宿敵から「くっ、殺せ!」と言われたのですが、何があっても思いどおりにさせてやりません
生命に溢れていた美しい草原は、今は見る影もない。
たった一人だ。たった一人の教国の英雄がこの光景を作り上げたのだ。
だが、いかなる一騎当千の猛者でも、圧倒的な人数差を覆すことはできなかった。もっとも、こちら側──公国の味方も、もう半数程度しか残っていないが。
「ここまでだな」
「くっ、殺せ!」
「殺せ……だと?貴様が望み通りに、死ねるはずがなかろう」
叶う限りの復讐を。
◇
「それでよ、参謀長。一体どういう風の吹きまわしなんだ?」
「何がだ?」
「とぼけるんじゃねえ。散々煮え湯を飲まされてきた、あんたの宿敵といっていい女を、ついに討ち取ったと思えば、その褒美に件の女の身柄を要求するなんざ、堅物でブイブイいわせてるあんたらしくねえぞ?」
昔馴染みの軍部の男は、興味津々といった風でそんなことを問いかけてきた。
いや、実際興味はあるのだろう。だが、この男の場合その興味は職務として向けられているということも分かるので、無碍にすることはできない。
「八つ当たりだ」
「八つ当たり?」
「ああ」
あの女に、幾人もの戦友達の命を奪われたことに対する、八つ当たり。
自分も、あの女の戦友達を確実に死に追いやっているので、これはもう仇討ちのような高尚なものではない。
ただの癇癪みたいなものだ。
「……良く分からんが、あんたが色に狂った訳ではないようで安心した」
「色に狂っていたら、俺は殺されたのか?」
「どうだろうな」
◆
「くっ……!このような服を着るなど!」
「拒否権があると思うな。貴様は、これから市中を引き回されることになるのだ」
「卑怯な!」
「腰の方、少し布が余っているな。後で手直しさせよう。他に必要なものはあるか?」
「いえ、今のところ特には」
◇
「それで?新しく服をプレゼントしたんだって???」
再び昔馴染みの男が、来訪してきた。
逐一俺の行動を監視する任務でもおっているのだろうか。
「それも、例の聖騎士の出身国の衣装を?」
「そうだな」
この国では、注目の的になる。
人目につくことを嫌うあいつにとっては、屈辱的だろう。
「服を、贈ったんだよな???」
「ああ」
度々同じ質問を繰り返して、何のつもりだ?
「念のために、確認するが、例の聖騎士の身柄を要求した目的は」
「八つ当たりだ」
「そうか…………。まさかお前、天然?」
少なくとも俺は養殖ではないが。
◆
「だ、だめ!もうこれ以上お腹に入らない!」
「そうか」
「いやぁ!こんなの抗えない!」
「俺が手ずから食わせてやろう」
「くっ、こんな屈辱……覚えておいてください!」
◇
「あー、もういちいちめんどくさいと思ってるかもしれんが、一応答えてくれ」
「何をだ?」
噂では、最近転属を願い出たらしいが、将軍直々に引き留められたらしい昔馴染みの男が、またもややってきた。
「飯を食いに行ったらしいな」
「飯は毎日食いに行くが」
「ああ、もう!これ、惚けてるんじゃなくて、素だな!?なんでこんなやつが作戦参謀なんてやれてるんだよ!」
そんなに叫ぶと、喉を痛めてしまう。
「お前のところの!捕虜と!一緒に!」
「ああ、なるほど。行ったな」
あの女は自分から「くっ、屈辱!」と言っていたので、嫌がらせは大成功だった。
昔馴染みは、膝に手を当てて肩で呼吸をしている。大声なんてだすからだ。
「贈った服を着せて?」
「当然だ。服を着ることは、最低限の人間としての尊厳だからな」
「そういうこっちゃじゃねえよ!しかも、あーんしてたらしいな!」
「あーんはしてない。手ずから食べさせたが」
「それを、あーんつうんだよ!邪魔したな!」
捨て台詞のようにそう叫んでから部屋を出ていった。
何だったんだ。
◆
「これをつけて貰おう」
「っな!?これは、隷属の証の指輪じゃないか!?」
「そうだ。隷属の証の指輪だ」
「くっ……こんなもの……!サイズいつ測ったのですか?」
「侍従長が知っていた」
◇
「っすーーーーーーーー」
「うるさいぞ」
「ああ、すいませんね!嘘だと信じていたことが
、現実だということが発覚してしまってなんとか逃避しようとしてたんですがね!」
「本気で何をいってるんだ?」
いつもの顔馴染みの男はつい先日、昇格したらしいが、上官がこれだと部下も苦労する。
「その指についているアクセサリーはなんだ?」
「指輪を知らないのか?」
「俺の聞き方が悪かったな!それ、隷属の証だろ!」
「そうだが……勿論レプリカだぞ」
隷属の証は、元は魔術的な奴隷契約のことである。本物の使用は、条約で禁じられている。
「そこは心配してねえよ」
「そうか」
良かった。冤罪は免れそうだ。
「俺がいいたいのは!それは、お前んとこの居候と、お揃いにしているのかということだよ!」
「隷属の証だから、揃いに決まっているだろう」
俺に隷属させられるなんて、あの女にとっては、最大級の恥辱だろう。
「はい、お揃いの指輪!確定ですね!こんなやつらを、英雄に仕立て上げるのもうやだ進言したの俺だけど!」
今日も今日とてえらく叫んでいるが、ストレスがたまっているのだろう。
茶でも出してやれば、落ち着いてくれるだろうか。
副官に指示を出して、お茶を出して貰ったのだが、やけに男の方に同情的な目を向けていた。
勤め人は、勤め人の気持ちが分かるからな。俺もここまでではないが、ストレスはたまっている。
しばらく、ティーカップを手にして固まっていた男が、顔を上げた。心なしか、目が据わっている気がする。
「明日……いや、もう今日の深夜だな。カメラマンをお前ん家に派遣するから、お前の同居人にも伝えておけ」
「カメラマン?」
「拒否権はない。ああ、もちろん同居人っていうのは、聖騎士のこと、いや違うなお前の婚約者だからな。侍従長とか連れてくるボケは要らんからな。せいぜい、仲睦まじい様子をカメラマンに見せて、銅像にされてろ!」
「婚約者???」
「そろそろぶん殴るぞ!」
◆◆◆
先の戦争において、終戦の契機になったのは公国軍の高官と教国の聖騎士(将官クラスに対応する)の成婚であったことは間違いない。
この二人は、現在でも演劇の題材として人気であることから、一般的な知名度は非常に高いと言えるだろう。(中略)
この二人の婚姻は『パエルシアの奇跡』として~(後略)
参謀長:ど天然狂人その一。英雄に仕立て上げられた。
聖騎士:ど天然狂人その二。英雄に仕立て上げられた。
軍部の男:苦労人。超有能。歴史には名が残らないタイプの傑物。最近、胃薬を手作りし始めた
隷属の証の指輪:ようするに婚約指輪。ど天然どもは、気づいていなかった。