庭に化け物がいる屋敷の夢
暗い夜の森の中に大きな屋敷がある。
そこに1人の外套を纏った人物がランタンを片手に屋敷に向って歩いていた。
その人物は立派な門の前まで来ると、次は囲いに沿って歩き始める。屋敷の裏まで行くと質素な扉があり、鍵を開けて入っていく。
屋敷の中は外より尚暗く、その人物はランタンを入口の近くに置くと外套を脱ぎ始めた。
外套の下はメイド服であった。どうやら、この屋敷のメイドのようだ。
メイドは外套とランタンを持ちなおし、広い屋敷の中を進んでいく。
しばらく歩くと目的の部屋に着いたようで、身だしなみを正した後ノックをした。
「どうぞ。」
扉の向こうから低い男の声が返ってくる。
「失礼致します。」
メイドが部屋に入るとそこは書斎らしく、壁を埋め尽くすように本棚が並んでいる。唯一本棚がない窓の前には立派な机と椅子に座った男がいた。
男は窓から差し込む月明かりを背にマントを羽織っており、青白い肌に痩せこけている容貌も相まってまるで吸血鬼のようだ。
「本日よりお世話になります。」
メイドが綺麗な所作でお辞儀をする。
「ああ、聞いているよ。よろしく頼む。」
男がそう言うと書類に視線を落としながら、続けて話しだす。
「仕事をする上で決してしてはいけない事は聞いてるね?」
「はい、庭に出てはいけないと聞いております。」
「よろしい。それだけに気をつけてくれれば良い。」
それだけ話すと男はメイドに興味がなくなったらしく、書類に筆を走らせる。
メイドは困惑の色を浮かべたまま口を開く。
「一つお聞きしてもよろしいですか?」
「なにかね。」
「何故、庭に出てはいけないのですか?」
「何も知らないのか?」
メイドは気まずそうに目を逸しながら言葉を続ける。
「化け物がいると噂は聞きましたが、それ以外は・・・。」
「大体合っているよ。」
信じられないという表情でメイドは男を見る。
「本当なのですか?」
「嘘を言っても仕方ないだろう。」
「それはそうですが・・・。」
男はため息をつき、手招きをした。メイドが近づくと立ち上がり、窓の外が見えるように退く。
窓からは庭が一望でき、長い間手入れされていないだろう事がわかる。その中で一つだけ動く影があった。
その影は騎士の格好をしており、長い髪で顔は見えそうにない。鎧が重いのかゆっくりした足取りで歩いている。
「彼女が噂の化け物さ。」
「何者なのですか?」
「元は私を殺しに来た侵入者だった。」
何故そのような人物が庭を徘徊しているのか・・・。メイドは疑問の表情を男に向けると、男は無表情のまま話し始めた。
「彼女は私が魔術の開発中に侵入してきてね。丁度、魔術を実験動物へ放つ時に攻撃してきたのさ。」
突拍子もない話にメイドは胡乱げな視線を男に送るが男は気にせず話し続ける。
「その魔術は相手の魂を縛り制御するはずだったんだが、攻撃されたせいで不完全な状態で彼女に当たってしまってね。」
男曰く、彼女は魂に呪縛をかけられ廃人になってしまったそうだ。
「呪縛を解くことは出来ないのですか?」
「絡まった糸を解くのは難しいだろう?それと同じさ。ましてや彼女には理性がなく、近づく人を無差別に攻撃してくる。そんな状態で繊細な魔術はかけれない。
更に運の悪いことに、彼女は相当な手練でね。何度か取り押さえようと、あるいは殺してしまおうと試みたが全て失敗した。」
男は憂鬱そうにため息を吐く。
「彼女を排除出来ない以上、体が朽ちるまで放置するしかないわけだ。」