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 そうこうしている内に、侯爵家主催の夜会当日になった。

 アドリアーナは亡くなった母から受け継いだ宝飾を身に纏い、この日の為に誂えたドレスに身を包む。

 祖父母や伯父伯母に会うので、少し化粧は大人っぽくして欲しいとメイドに頼み、その通りに仕立てられた自分を鏡越しに見て、感激した。

「これは……結構美女なんじゃない?ベルタ!」

「ええ。お嬢様はいつでも愉快……じゃない、とてもお綺麗ですわ」

「ん?愉快って言った?言った??」

「まさかそんな」

 ほほほ、とわざとらしく言われても、誤魔化されてなるものか!とアドリアーナは柳眉を逆立てたが、メイドがアンガスの来訪を告げに来た為、威勢は挫かれた。


 ゆっくりとアドリアーナが階段を下ると、階下の玄関ホールで待っていたアンガスが顔を上げて目を見開いた。

 普段は動きやすいドレスに、髪も乱れることがないようにきっちりと結い上げているだけ。彼との逢瀬の時には令嬢らしいお洒落をしていたが、それでもさほど屋敷での印象が変わるものではなかった。

 が、今夜のアドリアーナはまるで印象が違った。本気で着飾った彼女は、とても豪奢な美女であり、普段の活発ささえ凛々しさに変わっていた。

「……こんばんは、アンガス様」

「アドリアーナ様……とてもお美しい」

 アンガスが感動して言うと、彼女は満更でもなく微笑む。

「お上手ですね」

 彼の差し出した手に、アドリアーナの手袋をはめた小さな手が重なった。

 僅かな接触に胸が高まったりはしないけれど、嫌な気分にもならない。こうして少しずつ彼の体温に慣れていくのだろう。


 侯爵家の屋敷に着くと、中は既に盛り上がっていた。

 アドリアーナの夜会の練習、ぐらいのつもりで聞いていたアンガスだったが、参加人数こそ数十名と少ないものの、きらびやかな屋敷とそうそうたる顔ぶれに大いに驚いた。

 アドリアーナと年の近い貴族の来賓は少なく、どちらかというと祖父や父世代の、かなり高位の貴族が多い。彼らは皆侯爵家と親しくしている者達で、アドリアーナの成長も孫のそれのように微笑ましく見守ってくれているのだ。

 まず現当主であり、主催者であるペルメル侯爵夫妻に挨拶をする。

 侯爵はアドリアーナの亡くなった母の兄、つまり伯父にあたる。

「お招きいただきありがとうございます」

 淑女の礼を取った姪を、よく出来ましたと言わんばかりににこやかに迎え、侯爵は機嫌よく挨拶を返してくれた。

 アンガスとも少し会話をし、順にならって二人はその場を辞す。


 ダンスホールに出ると、アンガスの視界に見慣れた友人達の姿がちらほらと見えた。

「……俺のことまでお気遣いいただいてしまったようですね」

 アンガスの知り合いが誰もいなければ、退屈だろう、と侯爵は知り合いの知り合い、ぐらいの間柄である、アンガスの共同事業者である青年貴族を数名、今夜の夜会に招待していた。

「伯父様はとても優しい方なんです」

「そのようですね、そしてアドリアーナ様のことをとても大切になさっている」

「ありがたいことです」

 伯父夫婦には娘がいない為、昔からアドリアーナを自分の息子達よりも猫可愛がりするところがあった。母を早くに亡くしている彼女としても、伯母やまだまだ健勝である祖母の存在はとても頼りにしている。

 そう言ってはにかむアドリアーナを、アンガスはにこにこと微笑んで見つめた。

 優しい眼差しに、こんな風に年の近い男性に扱われたことのない彼女は徐々に赤面してしまう。

「アンガス様?何か言ってください……」


「やはり、あなたは素敵な女性だ」

「え?」

 小さくそう言うと、アンガスはその場に跪いた。

 今!?ここで!?とアドリアーナがぎょっとし、周囲で談笑していた者達も何事かと視線が集まる。

 その中で、アンガスは彼女の手をとって甲に口づけた。

「もう一度言わせてください、アドリアーナ様。俺はあなたほど素晴らしい女性を知りません、どうか、俺と結婚してください」


 だから、何故今!??

 アドリアーナはアンガスの突飛な行動と羞恥で顔を真っ赤にする。

「そろそろ、返事を聞かせて欲しくて」

 彼に微笑んで言われて、アドリアーナは困惑した。確かに返事を保留にしてはいたが、まだ出会って数週間だし、会うのも数回目だ。常識的に考えて待たせすぎた、ということはない筈だった。

 しかし、こんな場所で大勢の前で堂々と求婚されては返事をしないわけにもいかない。


 アドリアーナは動揺している自分をなんとか落ち着かせようと周囲を見渡した。

 父は、この件は彼女の裁量に任せてくれている。元々アドリアーナの結婚相手が齎す益は伯爵家には必要がないので、極端に言うと彼女が望んだ人と結婚していい、と言われていた。

 兄も同じ考えだと言ってくれていて、その上でまだ結婚は早いんじゃないのか、とは難色を示していたが。

 視線を巡らせるアドリアーナの、その視界の隅で人垣の向こうにエドガルドが見えた。

 彼は、強張った顔をしていて、でも真っ直ぐにアドリアーナを見つめている。


 そうだ、もう決めたんだった。

 彼女は再確認する。


 そして、恋を殺して、アンガスの手を取った。


「……私でよければ、よろしくお願いします」

 彼女がそう言うと、アンガスは大きく破顔する。そのまま立ち上がって、両手でアドリアーナの手を握った。

「勿論です!よろしくお願いします!」

 それから、力強く抱きしめられる。ぎゅう、と強い力で押し付けられて、痛いぐらいだ。

 途端、わっ!と喝采が飛び、あちこちから拍手や歓声が上がる。

「おめでとう!」

「アドリアーナ嬢、お幸せに!」

 祝福の言葉をどんどん贈られて、アドリアーナはアンガスの腕の中で真っ赤になった。

「ありがとうございます」

 それらに如才なく笑顔で受け答えしているアンガスを見て、ちょっと強引だけど頼りになる人だな、と感じ、自分の選択は間違っていなかった、とアドリアーナは胸を撫でおろした。



 ホールは大きな喝采に包まれ、アドリアーナは何度も祝いの言葉を贈られ、その一つ一つに感謝の言葉を返して回った。

 アンガスの方は年上の男性貴族達に囲まれ、にこやかに会話を弾ませているのが遠巻きに見えた。

「アドリアーナ、おめでとう。急なことだけど、あなたに幸せが訪れて嬉しいわ」

「ありがとう……!」

 親しい令嬢達にも言祝ぎをもらい、アドリアーナはじわじわと実感が沸いてきて、ようやく内心も落ち着いてきた。


 それからしばらくするとお祝いの盛り上がりも落ち着き、本来の優美で和やかな夜会の雰囲気が戻ってきた。とはいえ、人々は突然の慶事により一層にこやかであり、先程よりもより華やかな様子が増してはいる。

 人への対応にいささか疲れたアドリアーナは、部屋の隅で冷たいグラス片手に休憩中だ。アンガスの方はスモーキングルームにでも行ったのか、会場に姿が見えない。

 ふとそこに影が差し、彼女が顔を上げるとエドガルドが立っていた。

「エド」

「お嬢さん、一曲踊ってくれませんか」

 手を差し出されて、少し前までのアドリアーナだったら喜んでそこに手を重ねたのに、と切なくなる。

「……お断わりするわ」

 真っ直ぐに彼を見上げて言うと、エドガルドは唇を歪に歪めた。

「フッた女に対して、随分な仕打ちなんじゃないかしら」

「フラれたのは俺の方でしょう?……お嬢さんと踊れる、最初で最後のチャンスかな、と思ったんですけど……」

 差し出した手をひらひらと振ってから引っ込めて、エドガルドは情けなく眉を下げた。アドリアーナも彼を見上げて、寂し気に眉を下げる。

「……?」

 何故エドガルドのことをアドリアーナがフッたことになるのか、彼女には意味が分からない。

 引っ込めた手で己の口を覆い、エドガルドは無理矢理苦笑を浮かべる。

「……変なこと言って、すみません」

 彼はそれだけ言うと、引き留める間もなくアドリアーナの前を離れていく。

 つい、その長身の背を彼女は見送った。


「……今の、どういう意味なの?」




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