博士と冬を探す少女
エス氏はとても頭のいい博士だった。
だから町の人たちは何か悩みがあると彼の元へ行き相談するのだ。
ある日、町内に住む男の人が訪ねてきました
「博士、靴を片方落としてしまいました」
「あはは、それは簡単だ……残った靴をそこの鏡に映したまえ」
「確かに鏡に映った靴は反対向きに……無くなったのと同じ靴になりましたが……」
「そうしたら下についている引き出しを開けてごらん」
「あっ!? 鏡に映した靴ができあがってるっ!! ありがとう博士っ!!」
男は感謝して帰って行きました。
博士は満足そうにうなずくと、新しい研究を続けます。
次の日は女の人がやってきました。
「博士、私の旦那がお酒を飲みに行ったまま帰ってきません」
「あはは、それも簡単だ……そこの鏡の下にある箱に何かご主人の身に着けていたものを入れてごらん」
「はい……あぁっ!! 鏡の中の景色が変わりましたっ!!」
「ご主人の匂いなどを読み取って、その日のご主人が動いた景色をまるで犬が追いかけるように見せてくれるのです」
「いました、こんなところで寝ているなんて恥ずかしいわ……ありがとうございます博士」
女の人は感謝して帰って行きます。
博士は満足そうにうなずくと、新しい研究を続けます。
次の日はお年寄りがやってきました。
「ふが……ふががぁ……ふがぁ……」
「あはは、簡単簡単……そこの鳥かごに入れてある機械の鳥を肩に乗せてみてください」
「ふがふがぁ……」
『私の入れ歯が無くなってしまったのです、どこにあるかわかりませんか?』
「その鳥はどんな言葉もわかりやすくしてくれるのです……それでしたらその鳥を連れていくといい、そして探し物を思い浮かべればその場所に飛んで行ってくれますよ」
博士の言葉に、お年寄りは感謝して帰って行きます。
博士は満足そうにうなずくと、新しい研究を続けます。
次の日は若者がやってきました。
「博士、もうじきクリスマスだというのに僕には一緒に過ごす彼女が居ないのです」
「あはは、簡単な話じゃないか……そこのドアを開いてみたまえ」
「ああっ!? ど、ドアの向こうで可愛らしい女性が僕に向かって微笑んでくれていますっ!!」
「ドアノブが意識を読み取って、君の望む女性が居る世界へとつなげてくれるのだよ」
「ありがとう博士っ!! 僕はこの世界で新しい人生を生きてみますっ!!」
若者は感謝して勢いよくドアの中へと飛び込んでいきました。
博士は満足そうにうなずくと、新しい研究を続けます。
次の日は少女がやってきました。
「博士、私ね冬を探しているの……どこにあるか知らないかしら?」
「あはは、簡単だとも……そこの玩具のピストルを空に向かって打ってごらん」
「あら、空が急に暗くなったわ……まあ雪だわっ!!」
「この雪はしばらく降り続くのだよ、そうすればまさに一面雪景色だ」
「だけどそれって冬なのかしら?」
少女の疑問の声を聞いて博士の手が止まります。
「ふむ、簡単に冬と言えば雪だとイメージしてしまったが……なるほど確かに別の季節でも降らないとは言い切れないなぁ」
「じゃあやっぱりこれは冬じゃないのね……博士、冬ってどこにあるのかしら?」
「むむむ、これは困ったぞ」
博士は難しい顔をして悩みました。
今までどんな相談も解決してきた博士にとって初めてのことでした。
「ごめんなさい、難しいことを聞いてしまって……自分で考えてみますわ」
「いやいや、待ちたまえ待ちたまえ……私が分からないことを君のような子供がわかるとは思えないのだ」
「じゃあどうしたらいいのかしら?」
「また明日来たまえ、それまでにはこの私が答えを出しておくとも」
「わかったわ、じゃあ博士また明日」
少女は足取りも軽く帰って行きました。
しかし博士はそれを見る余裕もなく、研究も放り出して必死に考えます。
「冬……冬とは何だ?」
分厚い本をめくり、冬について調べます。
「冬は季節……冬は寒い……冬は夜が長い……冬は……」
博士はあらゆる本や資料が揃っている室内を調べて回ります。
博士はあらゆる問題を解決できる優秀な頭で時間をかけて考えました。
だけど何も思いつくことができません。
「おかしいなぁ、この場所にはあらゆる知恵と知識が揃っているというのにどうしてわからないのだろうか?」
今まで博士はどんな悩みもこの場で解決してきたのです。
だからこのような時、他にどうすればいいのかわからないのです。
本をめくり資料をあさり頭を捻り、難しい数式を書き並べて……それでも答えを出すことはできませんでした。
そうしているうちに次の日になり、約束通り少女がやってきました。
「博士、私ね冬を探していたの……」
「すまないがこれはとても難しい問題なのだ……だがもう少しだけ時間をくれればきっと答えを見つけてみせるとも」
「あら博士まだ冬を見つけてなかったの? 私はもう見つけたわよ」
嬉しそうに笑う少女の言葉を聞いて、博士はとても驚きました。
「おお、なんということだっ!! 私があらゆる手を尽くして見つけられなかった答えを一体どうやって見つけたというんだい?」
「それはね博士、こっちへ来てちょうだい」
博士は少女に言われるがままに外へとついて行きます。
そして一歩二歩と歩いたところで、少女は足を止めて振り返ります。
「どうかしら博士、わかったかしら?」
「少し待ってくれないか、君が分かったのならば私にもわかるはずだ……ううん……」
博士はその場で考えようとしますが、風が寒くてとてもそれどころではありません。
「いかんいかん、こんなに寒くてはとても分からない……一度部屋に戻って考えようじゃないか」
「あら、それじゃあ駄目よ博士……じゃあもう少し歩きましょう」
少女にそう言われると博士はついていくしかありません。
雪が積もった博士の庭をぐるりぐるりと回る少女、その後を博士はついて回ります。
「さあ博士、これでわかったかしら?」
「ううむ、同じ場所をぐるぐると回ることが冬と関係あるのだろうか?」
博士はその場で考えようとしますが、降り積もった雪に埋まった足が冷たくてそれどころではありません。
「いかんいかん、こんなに冷たくてはとても分からない……やはり部屋に戻って考えるべきだ」
「あら、これでも駄目なのね……じゃあもう少しだけ歩かないといけないわ」
少女にこう言われてしまうと博士は後を追いかけるしかありません。
庭から出てしばらく歩き、ふと少女は水たまりの前で止まりました。
「さあ博士、あの水たまりを踏んでみて」
「ううむ、これが冬だとは思えないのだが……えいっ!!」
博士が足で水たまりを踏むと、ピキピキと表面にひび割れができました。
余りの寒さに凍り付いていたのです。
その足の裏から伝わる感触に、博士は懐かしさを感じました。
「ううむ、私が子供の頃はよく冬にこうして遊んだものだ……あっ!?」
「やっとわかったかしら?」
「ああ、そうだ……これが冬だったね」
そこでようやく博士は気が付きました。
「家から出たらとても寒い思いをした……この寒さが冬だったのだ」
「博士の部屋はいつでも居心地がいい温度だもの、そこに居たらわからないわ」
少女の言う通り、機械で調整された室内にいる博士は温度の違いなどすっかり忘れていました。
「降り積もった雪に足跡をつけて冷たさに震える……これもまた冬だったね」
「博士は部屋から出ないもの……閉じこもっていたら気づけないわ」
少女の言う通り、部屋にある本や資料を読んで雪を降らせる機械を作れてもその冷たさなどすっかり忘れていました。
「凍り付いた水たまりや霜柱を踏みつけて遊ぶ……冬を感じる遊びだ」
「博士は無駄なことはしないものね……それじゃあわからないわ」
少女のいう通り、役に立つ研究しかしてこなかった博士は遊ぶということをすっかり忘れていました。
「なるほど、ようやくわかった……冬とは見つけるものではなくて感じるものだったのだ」
「あらまた博士ったら難しいことを言って……困った人だわ」
「これはすまないね、しかし君はなぜ冬を知っていながら私に尋ねたんだい?」
「うちのパパとママが冬が来る冬が来るというから、どこまで来ているか気になったのよ」
「なるほど、そう言うことだったのか」
博士が納得すると、少女は満足そうにうなずいて立ち去って行きました。
それを見送った博士もまた満足そうにうなずいて自宅へと戻っていくのでした。
その途中、博士は凍り付いた水たまりを見つけては割っていき降り積もる雪には足跡をつけて回りました。
「部屋の中でいくら本や資料を読んでもどれだけ時間をかけて考えても、この感触を知ることはできないだろうなぁ」
次の日から博士は、何か悩み事をするときは外を出歩くようになりました。
すると不思議なことに部屋に閉じこもって本や資料を読んでいた時には気づかなかった方法を見つけることができるのです。
おかげで博士の研究はもっと素晴らしいものになり、そんな博士に助けてもらおうとより多くの人が訪ねてくるようになりました。
そして今日も博士のところに人がやってきました。
「博士、私ね春を探しているの……どこにあるか知らないかしら?」
「あはは、簡単だとも……なあにちょっと外に出て探せばすぐに見つかるとも」
「それもそうね、じゃあ博士……一緒に探してくれるかしら?」
「もちろんだとも」
博士は満足そうにうなずくと、研究の手を止めて少女と共に春を探しに外へと出かけていくのでした。
おまけ
「博士、私ねサンタクロースをさがしているの……一緒に探してくれる?」
「ううむ、これは難しい問題だ……もちろん協力するとも」
「博士、私ね白馬に乗った王子様を探しているの……一緒に探してくれる?」
「ううむ、これは難しい問題だ……もちろん協力するとも」
「博士、私ね素敵な旦那様を探しているの……一緒になってくれる?」
「ううむ、これは難しい問題だ……もちろん協力する……うむ?」