表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
君がき声る教室  作者: 生太
1/2

君の声

一生懸命書きます。

大した話じゃないと思いながら読んで頂きたいです。

僕には霊感はないし、おばけの存在を信じているわけでもなかった。


でも、彼女はたしかにそこにいた。


2020年 3月31日 午後11時00分


僕は、10年前に卒業した母校の校門の前にいた。

いかにも田舎の学校らしい木造二階建ての校舎。


今は廃校になってしまったこの学校は、校門が開きっぱなしになっており、地元の子供達がよく肝試しに訪れているらしい。


真っ暗な校舎の中を、スマホのライトを頼りに歩き、2階まで上がった。


2年生と3年生の教室が並ぶ長い廊下の1番奥。

中学生生活の最後の1年を過ごした3年C組の教室。


暗くてよく見えないけど、あの頃のままだと思った。

懐かしくて、懐かしくて、胸が苦しくなった。


ライトを足元に向けると、少し先に、黒板消しが落ちていた。

それを拾って、粉受の真ん中辺りに置いた。


教卓に立ち、ズボンのポケットからホームセンターで買ってきたチョークを出して、反対のポケットにスマホをしまった。

それから黒板に縦書きで、大きく自分の名前を書いた。

一文字目が大きすぎて、バランスが悪くなってしまった。

一度消して書き直そうと思い、黒板消しを手に持ったその時。


「何してるのー?」

背後から、女の子の声が聞こえた。


心臓を内側から叩かれたような衝撃の後、嫌に冷たい汗が背中をダラダラと流れた。


体は氷漬けにされたようにピクリとも動かなかったが、心臓だけは激しく音を立てて動いていた。


黒板の方を向いたまま動かないでいると、声は背中のすぐ後ろまで近づいてきた。


「おーい、こっち向いてよー」


そう言って、彼女はフフッと笑った。

僕は覚悟を決めてゆっくりと振り向いた。


案の定そこに女の子なんていなくて、そのかわりに、また声が聞こえてきた。


「やっぱりだ!」


意外な言葉だった。

何が「やっぱり」なのか想像もできなかったし、その言葉を言いたかったのは、むしろ僕だった。


そう考えながらも、僕は未だに声を出せずにいた。

そんな僕にはお構いなしに、彼女は続ける。


「今日って、何月何日なの?」


理由はわからないが、その質問で彼女に敵意はないのだと判断した僕は、乾燥してパサパサになった口を開いた。


「今日...今日は、3月31日、です」


そう答えると、目の前の席の椅子が、ガタッと、誰かが引いたように動き、その時初めて彼女はそこにいるのだとわかった。


「明日から4月なんだー。じゃあちょうどいいね!」


彼女は嬉しそうに言ったが、その言葉はまるで独り言のようで、僕は置き去りだった。


少しずつ余裕が出てきた僕は、おそらく彼女が座るその席を見つめ、聞いてみた。


「何がちょうどいいの?」


「明日から4月でしょ?だから、明日から1学期!」


「1学期?」


「そう!ちょうどいいでしょ?明日から授業!」


「授業...?」


「授業!」


ようやくまともに会話ができた気がしたけど、見た目だけの短いラリーだった。


すると、彼女が続けて言った。


「先生なんでしょ?」


僕は、反射的に答えた。


「う、うん」


「やっぱり!」


本当は、違う。

僕は、そう呼ばれることに憧れているだけ。

でも、姿が見えなくてもわかるぐらいに、嬉しそうな声でそう言った彼女に、僕は真実を伝えることはできなかった。


彼女は机をガタガタと揺らして、おそらく喜んでいる。

その様子を不思議に思い、僕は思い切って尋ねた。


「あの、君は?」


机の揺れがピタッと止まり、少し間を置いて彼女が答えた。


「あ、まだ名前も言ってなかったね。浅海夏希あさみなつきです。よろしくお願いします」


「浅海、夏希..?」


「うん...」


頭が何かを思い出す前に、心臓がざわつき始めた。


10年前、いや、もっと前から知っていたその名前。

名前だけじゃなく顔も、家だって知ってる。


「忘れちゃった、よね?」


忘れてない。

いや、さっきまでは忘れてたかもしれない。

けど、今は彼女の顔だって浮かんでいる。


「夏希...」


10年前たしかに目の前にいた彼女

頭の中の引き出しが次々と開き、飛び出した中身が辺りに散らばっていく。


春夏秋冬、それぞれの季節からはみ出してしまうほどの大量の記憶を、今までどうやってしまっていたのだろう。


彼女は、確かに今目の前に存在している。

聞こえてくる10年前の声が、僕の記憶に色をつけ、音を乗せていく。


色鮮やかになっていく思い出とは裏腹に、僕は暗く深い喪失感に呑み込まれそうだった。


「うん、夏希。思い出した?」


少し期待したような、彼女の声が聞こえた。


「うん。覚えてる、覚えてるよ」


震えた声で答えた。


「本当?よかった!でも、私はすぐわかったよ!」


そう言って、彼女がまた机を揺らしている。


彼女とは年が同じで家も近かったこともあり、小学生の頃は、一緒に登校し、放課後もよく遊んでいた。


特別な感情も、持ってたと思う。


そんな彼女が、おばけになっていた。

いつも明るくて、いつも優しくて、いつも可愛かった。

彼女に何があったのか、聞きたいけど知りたくない。


そんな気持ちで、頭の中はいつまでも整理がつかないまま、結局最後まで聞くことはできなかった。


「ねえ、今何時?」


いつのまにか机を揺らすのをやめた彼女にそう聞かれ、しばらくぼーっとしていたことに気づいた。


ポケットからスマホを取り出して時間を見た。


「もうすぐ12時だよ」


そう答えると、彼女は椅子が後ろの机にぶつかるほど、勢いよく立ち上がり言った。


「え、もうそんな時間?早く帰らないと!」


「あ、そうだね」


早く帰らないといけないのが彼女なのか、僕なのか、そんなこと考えずに答えた。


「じゃあ先生、また明日。授業は、8時50分からでお願いします。もちろん、夜の、ですよ」


そう言って彼女は、ドアのほうに向かっていったのだろう。

数秒後、彼女の「さようなら」という声と共に、教室の後ろのドアが、ガラガラと開いた。


慌てて「あ、また、また明日!」と声をかけると、彼女はフフッと笑い、ガラガラとドアを閉めた。


静かになった教室で、しばらく頭の中を整理しようと、さっきまで彼女が座っていた席に座った。


散らかった頭の中に、10年前の彼女の笑顔が浮かぶばかりだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ