第24話 研究者は喧嘩仲間に詰問される
「ハァハァハァハァやややっとハァハァハァハァついハァハァハァハァたハァハァハァハァ……」
ドタッと倒れ込み、荒い呼吸を繰り返しなんとか言葉を捻り出しているのは通りがかりの変質者……ではなく、慣れないルートで慣れないランニングをして息も絶え絶え心臓バクバクのトゥアンだ。
「貴女……」
「ハァハァハァ……へ? ハァハァ……みみミナエルハァハァ先輩? ハァハァハァハァ……」
「…………」
なんとか四つん這いの状態まで身体を起こしたものの、それ以上は生まれたての子鹿のようにプルプルするだけで立ち上がる事は出来ない。
「こここんな格好で、ハァハァハァハァ、すすすみません、ハァハァハァハァ……こ、こんなに本気で走ったのは、ハァハァ……初めてで……ハァハァハァ……流石に、キツくて……ハァハァハァハァ……ちち力が入りません……ハァハァハァハァ……」
「あ、あの……それは宜しいのですが……息を切らせて苦しそうな今の貴女にお尋ねするのも憚れますが一つお尋ねしても?」
「ハァハァハァァァ……な、何でしょうか?」
「な、何故、貴女は上半身を晒しておいでなのですか?」
「…………へ?」
ミナエルの言葉に、カクンと小首を傾げ、ゆっくりと下を向くトゥアン。
疲労で思考が回らないトゥアンは、自分の目に映るその光景が理解出来ない。
再びカクンと小首を傾げ、一旦顔を上げる。悩ましげに眉間にシワを寄せ、むむむと唸りながら目を瞑り、再度顎を引いて自分の胸元へと視線を向ける。
「…………」
「「「…………」」」
「…………」
「「「…………」」」
「な…………な……なななな何で裸なんですかあたし?!」
「「「っ!!」」」
さっき迄の疲労困憊な様子はどこへ行ったのか、トゥアンはガバッと身体を起こし、胸元を抑えて……やっぱり疲労が勝ったようで立ち上がれずにゴロゴロ転がりながら離れて行く。
10m程離れた所でようやく止まり、3人から胸元を隠すように背を向けて座りこんだ。
汗だくなその身体で地面を転がりまくったので、全身土まみれになっている。
「ひにぃぃぃぃぃ……こ、これはちちち違うですぅ……ろろろロイさんとツァーリさんが上を1枚脱いでいたのを見て、ああああたしも1枚だけぬぬぬ脱いだつもりで……ちちち違うんですぅ……決してふふ深い思索の結果ではなく……まままましてやろろ露出癖なんかではなくてですねぇ……ううう……な、何であたしまた脱いじゃってるのよぉ……」
耳まで真っ赤にして、俯くトゥアンの様子にため息を吐きながら、ミナエルは右手を翳して呪文を唱えだした。
『内なるマナよ
我が意に従え
うら若き水の乙女達を
我が下へ』
空中に魔方陣が描き出され、そこからひと塊の水塊が湧いて出る。
『水の精霊よ
我が意に従え
清渦となりて
この者を清め給え』
呪文の詠唱に応えるように、水塊はトゥアンの周囲で渦を巻く。
「へ?」
『洗浄の渦』
その魔法名を唱えた瞬間、渦を巻いていた水塊が、トゥアンの全身を包み込んだ。
「フゴッゴフゴフゴフ……………ッゲホッゲホッ……」
2、3秒で水の渦は消え失せて、濡れ鼠のような姿のトゥアンがその場に残る。
次いで……
『風の精霊よ
水の精霊の手を取り
天へと到れ』
微風がサッとトゥアンを包み込む。
「ふへ?」
『乾燥の渦』
「ひぁぁぁ!」
そして、次の瞬間、あっという間にトゥアンの身体と衣服が乾いたのだった。
「今のが、洗浄魔法と乾燥魔法か……便利だよねー」
「びびビックリしましたぁ……」
「土まみれのあの状態では、その腰に結んだ訓練着を着ることも出来ないでしょう。トゥアンさん、早く衣服を整えて下さいまし」
「あああ有難う御座いましたぁ。お、お手数お掛けいたしました……」
そう頭を下げながらそそくさと服を着始めたトゥアンを尻目に、ミナエルはロイフェルトへと向き直る。
「それで……どういう事かしら? トゥアンさんのお陰で見慣れてる……と仰ってましたわね? つまり……あなた方はそういったご関係だと理解してよろしいのでしょうか?」
硬い表情でそう尋ねて来たミナエルに、ロイフェルトは苦い物でも食べたかのような表情で言葉を返す。
「止めてくれ。あれとそういう関係だと思われるのは著しく甚だしく不本意だ。前に行った通り、アイツと俺はストーカーとその被害者ってだけだよ」
「ちちちち違います!! あ、あたしとロイさんは、かたーい友情で結ばれたお友達兼、おお同じ研究室の同僚じゃないですか?!」
「友情など結んた覚えは無いね」
「けけけ研究室の同僚なのはまま間違いないです!!」
「…………クッ……あのババァ、何でアイツを研究室に入れやがったんだ……」
「……そ、そそれは流石に傷つきますよぉ……」
「……同じ研究室?」
「俺の知らないところで、トゥアンが顧問のラ・サーラのクソババアに掛け合って研究室に入ってたんだよ」
「なる程……そして、あの研究室で、事に及んでいたと……」
「だから違うって言ってんだろうが!」
「で、ですが……だから見慣れているなどとの話になったのでは?」
「事に及ぶまでもなく、トゥアンは露出癖があるから、ひとの前でやたらと脱ぐの。最早彼女のアイデンティティ」
「はい?」
「そそそそんなアイデンティティはいらないですぅ! あああたしは脱ぎたくてぬぬ脱いだ訳ではなく……ぬぬぬ脱がざるを得ない状況がさささ差し迫ってしまったからであって……」
「いや、脱がざるを得ない状況ってどんな状況よ。今日も昨日もその前も、突如としてしかも自分の意志で脱いでるよね?」
「昨日、部屋から出てきた時には準備万端脱いで出て来ていたな」
「ぬぬぬ脱いだのではなく、脱げてしししまったと言うか……」
「それ、無理があるって自分で分かってるよね?」
「…………ななななんで、あたし脱いじゃうんですかぁ!」
「知るか! こっちが知りたいわ!」
「つまり……」
目を瞑り、眉間にシワを寄せ、こめかみを人差し指でトントンと叩くミナエル。
「トゥアンさんは露出狂であると……」
「「そう」」
「うぅ……は、はっきり違うとだだ断言出来ない自分が憎いですぅ……」
「……ハァ……もうそれは良いですわ。ただ、学園の風紀を守る人間の一人として、あなた方に注意を喚起させて頂きますが、学園の生徒である内は、モラルをしっかり守って下さいまし。特に女性は自分の価値を下げる様な真似は、決してしないで下さい。殿方の前で素肌を晒すなど、言語両断です」
「俺はいつでも品行方正だけど? いつも巻き込まれてるだけだよ」
「私の価値は剣の腕にあって、他は別にどうでも良い」
「ああああたしは別に好きで素肌を晒しているわわ訳じゃないのですが……」
三者三様の返答に、大きくため息を吐くミナエル。
「分かりました。ですが以後お気を付け下さいまし。悪い噂というのは得てして広まりやすいものです。私と致しましても、このような事で顔見知りを詰問したくはありません。それより……」
ミナエルは、3人を不思議そうに見渡した。
「それなら御三方はこちらで何をしていらっしゃったのですか?」
「見ての通り基礎体力訓練だよ。ツァーリが右肘壊してるのに身体動かさないとストレスで死ぬって言うから……トゥアンはそれに付いて来たの」
「うむ。剣を振るって訓練しては、怪我の治りも遅くなるとロイに言われたのでそれ以外の訓練方法を学ばせてもらっていた」
「あああたしは同じ研究室仲間として、ぶぶ部外者のツァーリさんに負けてたまるかとの思いでつつ付いてきました!」
「何に対しての対抗意識なのかは分からないけど、トゥアンが体力不足なのは間違いないから、結果的には良かったかもね」
「しょ、正直参加したのを後悔したほどキツかったですぅ」
「うむ。なかなかに興味深い訓練だった。これほど肉体的にもマナ的にも濃密な訓練はなかなか無い」
「……なる程、分かりました。その訓練は明日以降も行うのでしょうか?」
「その予定だけど?」
ロイフェルトの返答に、ミナエルは唇に拳を当てて少し考える素振りを見せる。
(第三王女の護衛騎士と何故一緒に訓練しているのかは気になる所ですが……)
ミナエルは、軽く小首を傾げながら、ロイフェルトに問い掛ける。
「その訓練……私が参加しても問題ありませんわよね?」
第三王女パーティとミナエル・ベラントゥーリーの関わりは、今後の物語の進行上のキーになりますので、頭の片隅にでも入れておいてもらえると嬉しいです。
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