貯古齢糖
あなたは、いつも目深に帽子を被る。
黒い自動車の窓に見える、あなたの横顔。
そう。
少し青白くも光る頬。
ふっくらとした薄桃色の唇。
控え目に顔の中央から突き出す小さな鼻。
でも。
あなたの細い指先が触れるつばの広いその帽子は、僕の想いなど軽々と見透かしたように、そうやっていつもあなたの瞳を隠してしまう。
暑い夏。
下駄の音を引きずる僕は街路樹の下に逃げ込んで陰を背負う。
まだ細く頼りない幹に背を預け、どうしようもなく本を読む。
熱く火照る道路の肌上から沸き立ち揺れる幻影は僕の心臓の扱い方をよく心得ているようで、待ち望む自動車のシルエットを幾度も空に描いては消していく。
その中の一つが、ふいに現れた。
聞き慣れたエンジン音に引っ張られ、僕は本から目を剥がされる。
言葉と言葉の隙間に、あなたの横顔が滑り込んで。
ああ。
少しだけ、その目深に被る帽子を上げてくれはしないだろうか。
少しだけ、こちらの方へと振り向いてくれはしないだろうか。
なんて。
ああ。
冗談じゃない。
例えば、もし、もしかしたら、あなたはこちらの方へと振り向く機会があるかもしれないけれど、それでも僕は、あなたと目を合わせるなんてそんな事、恥ずかしくてできるはずもなくて。
どうやら僕は、この本の八十六ページと八十七ページの谷間の歪んだ三角形からちらりと見るのが関の山らしい。
それでも。
僕は。
エンジン音が小さくなっていく。
木陰から踏み出し、太陽に身を焦がし、朧気に霞んでいく自動車の後ろ姿をただ見つめながら吐く溜め息以上の甘くて苦い味を、僕はまだ、知らない。
深窓の令嬢と男子学生の片っぽあまにが。