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FF《フォロワー・ファンタジー》  作者: 疎遠
序章 競合に満ちた明日へ Shoot_oneself
9/43

幸せの定義

「……、うわぁ。ホントに突っ込んでっちゃいましたよあの人」


 辺獄は信じられないものを見るかのように目を眇めた。

 その視線の先には、ラットの上で乗馬よろしく指揮を執って乳海に飛び込んでいくそえーんの姿がある。よくもまあ、あんな博打じみた行動を迷いなく選択できるものだ。人のことをキチガイだなんだと言っているが、実は一番狂ってるのはそえーんなんじゃないだろうか、などと若干呆れてみたり。


「あれですかね、実は喧嘩大好き狂戦士的な」

「そえーんくんのこと悪く言うなよ。ゲェジに振り回されてる姿が哀れでおもろいんやで。そえーんくんは今最高に輝いてるよ」


 流石いつも振り回してるだけあって、卿が言うと説得力が違った。結局まともなのは自分だけか、と辺獄は肩をすくめる。

 少し後ろでエアリアルが「やられた……こんなのトンチキ二人の押し付けじゃん……」とか頭を抱えていたけど意味がわからないので放っておく。きっと正しく人数を把握できないほど精神的ダメージが大きいのだろう。無数のおっぱい蠢く光景なんて見続けたらそれも無理はない。可哀想なエアさん、時間経過で回復するのを祈るばかりだ。


「じゃあ私ちょっとその辺捜索してきます。暇だし」

「やはり妹か、猥も同行するで」

「来ないでください花卿院」


 こんな異常者連れ歩いたら絶対にろくな展開にならない。最悪見つけたと同時におっぱいの海へ面白半分に投下されそうだし。

 辺獄は全力で拒否の姿勢を示しつつ、大雑把に方角を定めて歩き出す。彼に備わった天性の嗅覚は確かに妹の存在を捉えてはいるものの、さすがに人が多すぎる。おっぱいに蝕まれ廃人と化した者を含め、ざっと五〇人近くいる中から特定の一人を見つけ出すのは容易なことではない。


「妹は〜歩いてこない、だ〜から探しに行くんだよ」


 にも関わらず、鼻唄を零す辺獄は上機嫌だった。

 捜索の行程もまだ見ぬ妹に出会うためならば苦ではない。妹に関係する全ての事柄を楽しめない者は真に妹を愛する者に非ず、というのが彼の持論だ。

 加えて今この場には予想の斜め上から横槍を入れてくる(ろくでなし)もいちいち難癖つけてくるそえーん(人でなし)もいない。それだけでも楽園と呼んで差し支えないだろう。

 と、そこまで現状の幸せを噛み締めて、


「……あれ、そう言えば」


 軽く首を傾げる。

 そう言えば、謎の団体行動ルールが出てきていない。

 今までの流れからすれば一〇メートルも離れた段階で鈍痛が襲ってきたものだが、今回は一向にその気配がなかった。そもそも襲い来るおっぱいから逃亡していた時点でルール違反だったと言うのに一体どうしたことだろう。


「…………、」


 少し考えて、まあいいかと思考を放棄。

 そもそも現在立っている世界が既に通常通りではない。異世界の上から更にズリキチの内的世界というテクスチャを重ねている状況でどれだけ離れようが、実世界での距離換算に意味は無いのだろう。まあそのおかげでこうして一人自由行動ができているわけだし、そう考えればこの悪趣味なおっぱい世界にも感謝するべきかもしれない。

 などと適当に結論付けて、おっぱいの群れへ合掌を向————、


「————ん?」


 なんか、おっぱいがさっきより近い。

 辺獄は首を傾げてみる。つい先程までは半円状のシルエットを捉えられる程度だったはずなのだが、なんだか先端の突起物とか見える気がする。


「……いや、ない。それはない。だってラットさんいるし。タゲ集中するってそえーんさん言ってたし」


 きっと見間違いだろう。落ち着いてもう一度よく見てみる。

 各おっぱいのサイズ感まで判断できた。


「……いやいや、ないない。それはないない。だってラットさん快楽堕ちとかしないし。人外だし」


 自分も非常識な現象の連続で疲れているのだろう。落ち着いてもう一度よく見てみる。

 おっぱいがふよんふよん蠕動しているのが分かった。


「……いやいやいや!ないないないないない!それはない!だってそえーんさんだし!なんかもうそえーんさんだし!」


 転生前を含めて、そえーんはなんやかんやキチガイの暴走に振り回されてきた、言わば対キチガイのプロフェッショナル。その彼が出向いているのだ、今回だってなんやかんやいい感じに収まるに決まっている。

 実にふわっとした信頼で辺獄はどうにか目の前の現象を否定しようとするが、


「………、」


 ふとした、疑問。

 そもそも、そえーんは一体なんの根拠があってタゲ集中などと言う言葉を使ったのだろう。この荒地には数え切れないほどのおっぱいが咲いているというのに。

 もう一度よくよく見てみる。

 おっぱいは、すぐ足元にまで迫ってきていた。


「あの人マジで適当すぎる!!」


 もう全力猛ダッシュなのだった。

 なんちゃってツッコミ役のあの野郎、パッと見える範囲だけで判断したに違いない。そうに決まっている。なのによくもまああれだけ自信満々に断言できたものだ。

 帰ってきたら絶対に説教しよう、議題は主にエビデンスとか情報の裏付けとかについてだ。辺獄はそう固く心に誓う。

 置いてきた卿やエアリアルのことが脳裏をチラリと掠めたが、卿はあれで百戦錬磨の選ばれしガイジ。平時は周囲に害しか及ぼさないが、有事の際にはあの突飛な発想力と無駄な行動力でなんとかするだろう。そもそも、よく考えたらエアリアルはともかく卿が廃人となった所で痛む心などなかった。むしろここで物言わぬゾンビになってもらった方が今後のためにいい気さえする。

 どうあれ、今は自分の身の安全が最優先。余計な心配はかなぐり捨ててとにかくダッシュダッシュ。

 と、


「————、ぁ」


 そこで、辺獄の耳朶を小さな声が打った。

 何度も念を押すようだが、辺獄は博愛主義を掲げた英雄(ヒーロー)でもなければアニメに出てくるような主人公(イケメン)でもない。自分の身のためなら他人どころか行動を共にしてきた仲間でさえ平気で放り捨てる、ごくごく一般的な小市民だ。

 だから、そんなか細い声は無視するのが当然。

 それが小市民として当たり前の行動。

 そう。例えそれが、()()()()()()()()()()()()()()()


「————!」


 コンマの迷いすらなく振り返る。

 声の主を視界に捉える。

 当たり前をかなぐり捨てたその先で、くずおれた少女が今まさに胎動する胸の海に飲み込まれようとしてた。


「……っ、」


 咄嗟に伸ばした手は届かない。

 彼女と辺獄の間には一足では埋まらない距離がある。

 だから、待っている結末は一つ。

 少女は間もなく破滅の渦に飲まれ、その心は塵も残さず砕け散る。

 それが結末。原理と過程が正しく繋がり、正しく導かれる正しい結末。

 辺獄には少女を————いや、欺瞞は捨てよう。

 辺獄には、目の前の妹を救うことはできない。

 当然だ。正解だ。こんな窮地に陥るまで、その存在すら見つけ出せなかった自分がその結末だけを覆せる道理などない。

 だから、正しい。

 妹を救えないのは、正しい。

 彼女が壊れる結末は、正しい。

 

 ————ふざけるな。


 兄が妹を救えない道理など、正しいわけがないだろう!!


「————因果、再録」


 呟く。

 体感が極限まで引き伸ばされる。


「————其は請願に非ず、其は提言に非ず」


 不条理、不正解、分不相応。上等だ。

 妹一人救えない、こんな結末(こたえ)を世界が良しとするのなら、


「————宣告を此処に」


 正しさごと、その答えを否決する。


「『過法迭追(退け、私は)・選妹治世(お兄ちゃんだぞ)』————!」


 辺獄の衝動はただ一つ。

 救われぬ妹に救いの手を。

 例え道理を捻じ曲げてでも、この手を彼女へ。

 つまり。

 だから。


 その瞬間。

 世界は、彼を中心に断絶した。


 迸る斥力によって周囲の胸は悉く離散。

 傍から見るものがあれば、辺獄を中心点として渦巻く旋風が展開されていくように映っただろう。

 全方位、一部の隙もなく。全てを排斥する破壊の力場。

 だが、少女だけはその暴威に含まれない。

 弾け飛ぶ乳と逆行するように、あるいは見えざる手で優しく掬い上げられるように。

 柔らかな引力によって、小柄な体躯は青年へと届けられる。

 青年は軽く手を広げただけだった。


「……ア、ぅ?」


 寸分の狂いもなく腕の中へ収まった少女を抱きとめる。

 困惑するその表情を見下ろして、


「————おかえり」


 ただ一言。

 最大限の親愛と共に、辺獄は妹を迎え入れた。


 *    *    *     *    *


 そして。

 時間軸は舞い戻る。


「……問。傍迷惑なキチガイを黙らせて戻ってきたら別のキチガイが明らかに犯罪臭のする女児とだらしない顔でイチャついていました。この時のそえーんの心情を一文で述べよ」


 なおこの時、キチガイに妹は存在しないものとする。配点二〇。


「はい」

「はいエアリアルくん」

「トンチキもいい加減にしろ」

「はい正解。でもこの展開を阻止しなかったえあくんはマイナス一〇〇点なので合計マイナス八〇点です。八〇発殴らせろ」

「苛立ちの横滑りが理不尽!」

「今更そんな事言っても無駄ですよエアさん。なんせこの人、無理矢理他人を危険地帯に連れ込んでおいて最後はジャンプ台扱いするんですから。……いやホント、信じられないですよね。ははっ」


 体中おっぱいにまとわりつかれる感覚、分かります?と尋ねるラットは遠い目をしていた。口元には乾いた笑いが浮かんでいるのに、目は全く笑っていない。その様子にエアリアルは戦慄する。腰掛けていた椅子がガタリと音を立てた。

 あえて詳細は省きたいタイプの世界がズリキチの打倒と共に解けた今、五人の転生者組はギルド受付近くのテーブルを陣取っている。

 ちなみに騒乱の下手人であるズリキチは簀巻きにして放置。意識を取り戻した時のことを考えて、簡易的な猿轡も噛ませておいた。実際にやり合ったそえーんの感覚としては、たとえ意識を取り戻したところでまたあの世界を繰り広げる暴挙に出るとは思わないが、念には念をと言うやつだ。

 更に付け加えると、卿はそれに嬉々としてスマホのシャッターを切っていた。後で喧嘩になったら絶対にズリキチの味方をしてあげようと思う。

 で。


「……もうさ、心底聞きたくないけどさ。なにそれ、なにその子。どっから拾ってきたわけ辺獄くん」

「はい、あーん」

「……、…………!」

「美味しいかあ、そうかあ。よかったねえ。じゃあお兄ちゃんにもあーんしてくれる?」

「……、アーン?」

「ッンがわッッッ!!!」


 …………。

 ガン無視ですか。そうですか。

 普段ならこの時点で問答無用にぶん殴っているところだが、先のズリキチ戦でそえーんは疲れきっていた。ていうか普通に手が痛い、こんな所で無駄に自分を痛めつけたくない。

 仕方なし、尋ねる対象を変えてみることにする。


「あの?もしもし?もしもーし、そこで変態相手にパスタ餌付けしてるお嬢さん?」

「……?」少女が首を傾げる。

「君はどこのどちらのナニ子さんなんでしょうか」

「……、……?…………??」

「なるほど、ですよね。……何言ってるか欠片もわかんねえ」


 いや、察してはいた。なんとなく察してはいた。

 なんかもう明らかに異世界人ですこんにちはみたいな感じしてたし。金髪だし。碧眼だし。

 とはいえ、この少女が辺獄に懐いているのは様子からして明らか。他の人間ならいざ知らず、相手が辺獄とあっては面倒臭いからもういいやでは済まされない。事と次第によっては青少年健全育成条例違反でお巡りさんコースだ。


「つーわけで助けてエアえもん」

「さっきも似たような雑さで呼ばれましたよね。そえーんさんって自分を何だと思ってるんですか?」

「何と言われれば、自立歩行型便利道具AI―realとしか」

「遂に道具って言い切った!!」


 ブツクサ文句を垂れつつ、少女の横に移動して通訳の姿勢を取るエアリアル。やはり根っこが真面目な人間は扱いやすくていい。流され型日本人万歳、とそえーんは心の中で賛辞を送る。


「それじゃ、話を戻すけど。君はどうしてここに?」

『お兄ちゃんに助けてもらったから』

「お兄ちゃんって言うのは、辺獄(これ)のこと?」

『そう!お兄ちゃんかっこよかった!』

「ちなみにお兄ちゃん好き?嫌い?」

『大好き!』

「……、辺獄くん。アウトだ、警察に行こう。大丈夫、僕も一緒について行ってあげるから」

「なんで!?」

「辺獄さん……残念です」

「エアさんまで!?今の話のどこを取ったらその結論になるんです!?」


 だって辺獄くんが妹適齢期の女児にこうも好かれるとかありえないし。洗脳か脅迫か詐欺か、いずれにしても条例どころか法律違反のぶっちぎりアウトである。


「同意!これはあくまでも同意の上で築かれた美しい兄妹愛です!」


 だから洗脳を同意とは呼ばねえ。


「ちょっとなんですかその目、道路に落ちた酔っぱらいの吐瀉物を眺めるような目!その目で私を見るな!」

「辺獄くんって意外と表現力豊かだよね。ナイス比喩、的確に決まってるぜ」

「最悪のタイミングで最悪なポイントを褒められた!!」もういいです、と辺獄は憤慨して、「分かりました、分かりましたよちゃんと説明しますから!だからこっちをチラチラ見ながらヒソヒソ話すのやめて!!」


 かと言って少女との出会いをどこから説明すればいいのか。辺獄は少し悩む。

 順を追ってというのもなんか要らない部分が多すぎるし、かと言って結論だけを並べ立てるのも味気ない。となると、やはりここは、


「そうですね……出会いはきっと運命だったんです。抱きしめたくなる華奢な身体、くりくりの青い目、色白の肌、流れる清流のような金髪————そう、彼女はさながら現世に舞い降りた天使、私は彼女を守る一振の剣と」

「あ、そういうのいいから。誰でもわかるように簡潔に頼む。三文くらいで」

「酷い!いい気分で話してたのに!!」


 そうは言ったってそえーんにはそえーんの都合というものがある。ていうかぶっちゃけ辺獄の夢小説ライブとか誰も求めてないのだった。

 というわけでざっくり行くことにした。

 かくかくしかじか。

 ふむふむほうほう。

 へえへえふぅーん。


「……嘘だ」


 説明を聞き終えたそえーんは顔を覆った。

 もうなんか、半分泣きそうだった。


「辺獄くんがかっこいいとか嘘だ。僕らの知ってる辺獄くんはもう死んだ。ふざけやがって……誰だこいつ」

「そこまでですか?存在を否定する程私がかっこよくなるのは許せないってかアンタ!」


 細部までよくよく見れば結構キモチワルイところもあったのだが、今回は語り部が辺獄自身。そこらへんのキモチワルさを上手いこと美化してしまった結果、そえーん達の脳内にはただひたすらかっこいい誰そいつ状態の辺獄が刷り込まれてしまっていた。

 ちなみに当の辺獄は至って真面目なので美化している自覚すらない。


「……まあ、冗談は置いといてだ」そえーんが口を開く。

「流石に冗談だったんですね。ですよね、いくらそえーんさんでもそこまで酷いこと言わないですよね」

「当たり前じゃん、一割くらいは冗談だよ。具体的に言うと、ふざけやがってのところとか。流石にそんな酷いことマジで言わない言わない」

「そこ一番どうでもいい所!!」


 どうでもいい所に食いつく辺獄。いちいち構ってたら話が一向に前へ進まないので、そえーんは少女へと視線を変える。


「ところで君、一人?」

『違うよ?パパに連れてきてもらったの。でもパパ、さっきおっぱいでうわーってされちゃってから何も言わなくなっちゃったの』


 ほらあそこ、と指を指す少女に従って見ると、冒険者然とした中年が恍惚とした表情でぶっ倒れていた。


「……あー」そえーんはちょっと言葉に詰まる。「あれは、その。そういうことですかねエアリアルくん」

「多分そういうことでしょうね……」


 二人揃って溜息。哀れ異世界中年、恐らく今彼の頭の中はおっぱいでいっぱいなのだろう。


「ちなみにママは?」

『ママはいないの。神様のところへ行ったんだって、パパが言ってた』

「……わーお。予想外のところから予想外にヘビーなもんが出てきちゃった」


 この不発弾は流石にヤバい。そえーんとエアリアルは顔を見合せ、触れない方が吉とアイコンタクトで意思共有を済ませる。

 だがそうなると困った。

 声を潜めて通訳係と相談の姿勢をとる。


「……どうすんのこれ。どうするよこの子、おっぱいで天涯孤独になりましたとか割と悲惨すぎて目も当てられないよ?」

「いや……これは流石に自分達で保護するしかないんじゃないですか。元はと言えば原因もこっち側にある訳ですし、せめて安全な施設かなにかに送り届けるまでは……」

「ええ……やだよ僕ってばただでさえガイジ三人お守りしてんのにこれ以上言葉の通じないガキまで抱える余裕なんてないよ」

「それなら辺獄さんに任せるといいと思います。あの子は辺獄さんの妹だし、辺獄さんならきっと大事にしてくれるに違いありません」

「……、ナチュラルに自分になりすまして都合のいい方向に持っていこうとしますね、辺獄さん」


 そえーんは沈痛な表情で考え込む。

 呆れ顔のエアリアルはともかくとして、実際辺獄の言うことにも一理あった。

 卿やズリキチは考慮する価値もないし、エアリアルはガイジのブレーキ役として自由にしておきたい。残るはラットか辺獄なのだが、少女自身が辺獄に懐いていることを加味すると選択肢自体が実質存在しないのだ。


「……しょうがねえか、なんかめちゃくちゃ腹立つけど」

「……ですね、ちょっと不安ですけど」

「愛してるぜ」


 三者三様の反応で方針を固める。

 なんでもいいが、ここ一番のいい笑顔を見せる辺獄が死ぬほど業腹だった。

 と、そこで。


「なんや、辺獄くんついに妹ゲットしたん?」


 のびたズリキチを連写しまくっていたはずの卿が、いつの間にか背後に立っていた。

 そえーんに緊張が走る。咄嗟に振り向いて全力のアイコンタクト。

 頼むから、これ以上余計なことはしてくれるな。

 卿は分かっているとでも言いたげに一つ頷いて、


「うんうん、よかったやん辺獄くん」ポンポンと辺獄の肩を叩く。「辺獄くんの夢が叶って猥も嬉しいよ、おめでとう」


 どうやら今回は何も起こらなさそうだ。

 のんびりとした卿の声を聞きつつ、そえーんは体の力を抜く。

 よかった、本当によかった。これでようやく少しは休むことができる。

 そう安堵した、直後。


「いやほんま、おめでとう————『惨劇を描け、臓物(人よ、我が愛を賜れ)』」


 ニコニコと柔らかく笑いながら、辺獄の肩に手を置いた卿が告げる。

 ゾンッッッ!!と。

 空気が、死んだ。

 異質極まる空白。その感覚は、紛れもなく『魔法』の予兆。


「なんで!?ちょ、助けてくださいそえーんさん!!」


 慌てふためく辺獄。

 呼びかけられたそえーんは、一つ頷いて。


「おちんちんびろーん」

「ダメだこの人ついに現実逃避した!!」


 変革が完成する。

 真空が解け、逆流する空気が一陣の風を巻き起こし、そして。


「…………、あれ?」


 何も起きない。

 辺獄はあちこち体をまさぐってみる。何も無い。

 世界を見渡してみる。何も無い。

 地獄絵図のような光景も広がらなければ、阿鼻叫喚するような変異もない。

 もしかして不発だろうか。思えば詠唱もなかった気がするし、きっとそういうことだろう。


「よかったよかった」辺獄は胸を撫で下ろし、隣の席へと視線を向ける。「変なおじさんは怖いねー、ねえ————ぇ?」


 何か。

 赤黒い塊が見えた。


「え?あれ?……ぇ?」


 塊は、妙な質感を伴っていた。

 本能的な吐き気を催す赤に混ざり、日焼けしたような白が差している。黄色がかったゼリーのようなものが所々にへばりついている。

 規則的に蠕動する姿は、呼吸をしているようにも見えて。

 まるで、昔理科の教科書で見た————内臓、のような。


「————ぎ、ぃやああああああああああああああ!!!!!!!!!!???????????」


 そこには。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

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