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FF《フォロワー・ファンタジー》  作者: 疎遠
序章 競合に満ちた明日へ Shoot_oneself
7/43

三番人気あたりが一番怖い

 徒歩で移動すること約三〇分弱。

 白塗りの壁が目に痛い円形の建物を前に、そえーん一行は勢揃いしていた。


「えあくんよ。あれなんて書いてあんの?」


 正面入口と思しき開け放たれた空間の上、デカデカと赤字で記された象形文字のような何かを指さしてそえーんは隣に立ったエアリアルへ問う。


「『ギルド』ですね」

「……捻りもくそもねえのな」


 正直ミミズののたくった跡にしか見えない。一年この世界で生活しているとは言え、エアリアルはよくあれが読めるものだと感心する。

 ていうかそれ以前にこのギルド、見ていてすごく危なっかしい。高さからして優に五階程度はありそうだが、それにしては設置面積があまりにも小さい。パッと見地面に綿棒でも突き立っているようなイメージなのだが、この世界には建築基準法とかないのだろうか?

 あるいはまた魔法とかいう不思議パワーで何とかしているのかもしれないとも思ったが、


「それは多分ないと思います」


 エアリアルの陰に隠れるようにして着いてきていたラットが、遠慮がちにそれを否定した。


「我もこの世界に来て三ヶ月くらいになりますけど、魔法を使えるのなんてエアリアルさん以外に見たことないです。多分、魔法が使えるのは転生者だけなんじゃないかと……他にいたとしても本当に少ないでしょうし……」

「そんな貴重な人間がこの程度のギルド建てるのに魔法なんか使わない、か」


 結論を引き継ぐと、ラットは小さな首肯で答えた。イマイチ自信なさそうだが、一応話の筋としては通っている。その仮定なら、この世界の文明レベルがやけに低そうなのにも説明がつくし。魔法なんてトンデモ能力がある割に街並みは現代の中世前後とか、絶対におかしいと思ってはいたのだ。


(……おい。今あいつら普通に魔法がどうとか言わなかった?)

(……なんかあるらしいですよ、魔法。さっきの意味わからない攻撃がそれらしいです。エアさんの固有魔法とか)

(……マジかよ。じゃあなに?猥らが現在進行形でボコボコなのはエアくんのせいってこと?フォロワーボコるとか人として最低やな)

(……全くです、私はただ妹を作ろうとしただけなのに)

(……猥もラットくんを腸リードで散歩させてあげようとしただけやが?)

(……お前らはいいけど正しくパイズリ布教しようとしただけの俺まで巻き込むんじゃねえよ)


 だがそうなるとますます不安だ。単純に建造物としての設計基準に問題がある気しかしない。地震とか来たら一発で倒壊しそうなのだが、本当に足を踏み入れて大丈夫なのかこれは。


「とりあえず受付はこっちです」

「ごく日本人的な不安を抱く僕とか無視でズンズン行くのな。異世界二年生はやっぱり違うぜ」


 一年間で労りとか慮りとか言う和の心も無くしてしまったらしいエアリアルに溜息をつきつつ、しょうがなしついて行くそえーん。先導されたらとりあえず従ってしまうのもまた日本人的な流され体質だった。

 ついでに後ろでボソボソやっていた卿達もしっかり着いてきていた。ガイジとは言えやはり日本人、基本的には集団行動とか好きらしい。ラットがなぜ着いてきているのかは謎。生物的な防衛本能だろうか、群れとか。


「サメのくせに日和るなよ。肉食獣なんだからもっとこうガッといけ、ガッと」

「なんで我は唐突に説教されてるんです?普通に野菜も食べますけど」

「その口で!?」


 などと益体のない会話を交わすその実、そえーんの胸中は言い知れぬ不安感が拭い去れないでいた。

 何とは言えないが、凄く嫌な予感がする。

 不規則的に並べられた木製のテーブルに座るのは冒険者然とした屈強な男や異種族。探せば女性もチラホラいるようだが、どれも腹筋バキバキ二の腕ゴリゴリの姉さんというか姐さんみたいな人ばかり。辺獄が騒ぐような妹属性を持っているのはいなさそうだし、たまに飛んでくる視線にも敵意を感じるようなものはない。あくまで珍しい格好をした集団への好奇が含まれている程度だ。

 やはりこの建物の構造に向けたものだろうか?と思うものの、いまいちしっくりこないまま奥のカウンターへとたどり着いて、


「ここが受付です。彼女に——」

「麗しい巨乳の貴方、俺のそそり勃つ息子をどうか慰めてもらえないでしょうか?」

「テメェかズリキチィィイイイイ!!!!!!!!」


 エアリアルの説明を完全に無視して突撃するズリキチが全ての不安に答えを出した。

 異世界✕ギルド+受付のおねーさん。

 その計算式から生まれるのはテンプレ的に巨乳でしかなく、巨乳と聞けば暴れ出すのがズリキチという男だ。これを予期できなかった時点で必然的にそえーんの対応は後手に回らざるを得ず、性犯罪者予備軍が予備軍でなくなる前に絞め落とそうと伸ばした腕はヒラリと躱される。


「危ねぇな。いきなり何すんだよ」

「何すんだよ、じゃねえんだよ!どうしてガイジってやつはどいつもこいつも胸張ってキチガイムーブできるかなホントにもうさあ!」

「俺の何がキチガイだって言うんだ。魅力的な異性にアピールすることは生物として当然の本能だろうが、俺がどんな形で彼女にアプローチをかけようとお前には関係ないし止める権利もないはずだが?」

「ヤベェ!こいつ理性を保つタイプのガイジだ!!」


 転生してからこっち、辺獄や卿の二人が暴れ散らしていたせいでいまいち影が薄かったダークホースがよりにもよって一番面倒臭いタイプの異常者だった。この手の異常者は明らかに大事なものが欠落しているくせに、一面的に見れば正しいように思う通称『ガイジ理論』で武装しているため、気を抜けば簡単に言いくるめられる。

 ここに来て、対ガイジ抑制戦闘は頭脳戦という新たなステージに登ったらしい。

 心底嬉しくないステップアップに顔を顰めつつ受付嬢とズリキチの間を阻むように立ち位置を調整するそえーん。


「ズリキチ、落ち着け。ギルドがあるならきっと娼館とかもあるはずだ。なにもこんな言葉も通じない可能性低そうな芋臭い田舎上がりの子を狙わなくても、もっと合理的に手っ取り早くヤれる方法はある。ていうかめっちゃ純朴そうじゃんこの子、大学とか入ったら完全にヤリサーお持ち帰りされるコースっぽいよ?そんな子に手を出すとか人としての良心が傷むだろ」

「そこがいいんじゃねえか。快楽を知って積極的になるシチュとか大好きだぞ。ていうか男なら誰でも嫌いじゃないだろ、そういうの」

「……うるせえうるせえうるせえ!現実と妄想の区別をつけられていない異常者め!去れマーラよ!!」


 好きじゃないし。全然好きじゃないし。

 そえーんくんは純愛一筋だし。


「ちょっと何かしらあのそえーんとかいう方、また喧嘩してますわよ奥様」

「やぁねえ、近頃の若い子ったら我慢というものを知らないのかしら。きっとあの方一人っ子でしてよ、妹のいない環境で育った方は野蛮でいけませんわね奥様」

「……、もうお前らアテにすることは諦めてるけどせめて後ろでボソボソ茶番繰り広げるのはやめてくんねえかそこのバカ二人」


 背後から飛んできた野次は無視。まともに取り合ったところでどうせ碌でもないボケを拾うだけで時間を浪費するだけだ。

 むしろそえーんがアテにしているのは、


「えあくん、魔法とかっていける?」

「流石にさっきから使いすぎてるので無理ですかね。次使ったら多分しゃっくりでまともに喋れなくなります」

「あー、そういうシステムなのな」


 流石に通訳がアイーンしか喋れなくなるのは困る。そうなると残りはラットだが、これは聞くまでもなく割愛。ガイジの中では一番戦闘力の低そうな辺獄にすら組み敷かれていた事を考えると、ポテンシャル云々の前に勢いだけで蹴散らされるのがオチだ。


「結局損な役回りは全部僕らに回ってくるわけね。お互い災難な立ち位置だよな、えあくん」

「え?このトンチキイベント、自分も参加するんです?魔法使えないって言いましたよね?」

「一人じゃしんどくても二人なら立ち向かえるはずだ。手を貸すぜ」

「あの、なんか知らないうちに自分がメインみたいになってるんですけど。なんでそえーんさんが一歩引いて並び立つ構図なんです?そんなニチアサ決戦前みたいな顔してもダメですって、嫌ですよちょっと」

「サポートは任せろ、行くぜ相棒!」

「相棒!ではないが!!」


 ゴチャゴチャうるさいエアリアルをそえーんが背中から蹴っ飛ばし射出。つんのめるように飛び出すエアリアルの陰から回り込むようにしてズリキチの背後を狙う。


「二人がかりって、まあいいけど。お前にもズリの極地を教えてやるよ、エアリアル」

「何も言ってないのにしっかり自分もロックオンされてるんですね……」


 もう全てを諦めたらしいエアリアルの顔を視界の端に捉えつつ、そえーんは神経を前方に張り巡らせる。彼我の距離は三メートル弱、一足で潰せる間合いだが体格的にはズリキチの方がわずかに上。脱力しきった体勢ではあるが、迂闊に踏み込めるほどの隙もない。格闘技を修めた者特有の肉付きでは無いことも考えると、


「……テメェ、喧嘩慣れしてんな?」

「さあな。俺はただのズリライターだから」

「ぬかせ乳狂い!」


 裂迫。同時に床を蹴る。

 上背でのハンデがある以上、まともにやり合えばジリ貧。必然、標的は————下。


「——ッ!」 


 一呼吸を一足で潰し、巡る酸素を激動に回す。

 余分は不要(いらない)。余力は排斥(いらない)。必要なものは既に叩き込んである。

 即ち閃撃。

 回避より疾く、反撃の糸口すら潰す足刈り。

 だが、


「ぅ、おッ!?」


 寸前、何の予備動作もなく。ズリキチの脚が跳ね上がった。

 ほとんど脊髄反射だけで仰け反ったそえーんの鼻面を爪先が掠める。ヂ、という音と共に広がる渋い痛み。


「……チッ」小さな舌打ちが聞こえた。「今のは普通当たるだろ、めんどくせえ」

「……、やっぱ慣れてんじゃねえかテメェ」


 偶然でもやけくそでもない。今のは————()()()()()()

 それはつまり、そえーんの狙いが完全に読まれていたことと同時に、即座に対応策を練り上げ、実際にそれを実行できるだけの技量があるという端的な事実を示す。

 先読み、対応力、技量。

 どれも素人が持っていていいようなものでは無い。


「厄介、なんてレベルじゃねえぞクソ……」


 恐らくこの性犯罪者予備軍はそれなりの修羅場をくぐってきている。それも一度や二度ではない。文字通り、桁が違う。


(……あ、エアくんこっち来たん?)

(……いや、なんか自分入る隙間とかなさそうですし。なんですかあれ、なんでいきなり喧嘩漫画みたいな感じになってるんです?)

(……見てる分にはおもろいで、映画感覚で。サルミアッキとか売ってねえかな)

(……ポップコーンのノリでゲテモノ出すのはどうなんです?)

(……ていうかいつまでやるんですかね、あれ。私ちょっと妹探してきていいですか?なんかあっちの方から妹の匂いするんですよね)

(……妹の匂いとかまたトンチキな……)


 再び一足の間合いを保ちつつ睨み合うそえーんとズリキチ。戦闘能力が互角である以上、先に主導権を握った方が必然的に有利になる。しかし迂闊に踏み込めば逆にそこを狙われるだけ————故の膠着。

 一見そう見えるが、そえーんの狙いは別にある。


「(……無理にこいつを抑える必要は無い。要はこいつが暴れる要因を排除出来ればそれでいい)」


 先程の一瞬の交錯で既にお互いの力量は把握している。こちらから不用意に動けはしないが、それはあちらも同じ。ならばこの膠着状態を維持しつつ、受付嬢の逃げる時間を稼げればこちらの勝ちだ。

 問題は、


「…………、」そっと視線を背後に飛ばす。

「…………?」

「やっぱ通じてねえんだよなあ……」


 そも異世界。言語体系すらまるきり違うのにアイコンタクトだけで意思疎通を図ろうとすること自体に無理があった。

 加えて場所も悪い。ギルドというからには日常的に冒険者みたいなものが出入りしているのだろうし、小競り合いなどはそれこそ日常茶飯事なのだろう。受付嬢の表情も「またか」という程度で危機感に欠けている。狙われているのが自分だという自覚も無さそうだ。

 これではただ時間を稼いでおけばいいという問題でもなくなってくる。唯一の希望として、姿の見えなくなったエアリアルが上手く意図を汲み取り立ち回ってくれることを祈るばかりだが、流石にそれだけでは賭けの要素が強すぎた。


「結局、お前を潰すのが一番手っ取り早いんだよな」

「やってみろよ、執筆から逃げた雑魚が。おしっこ小説の続きはまだか?」

「人の黒歴史を掘り起こすんじゃねえ!!」


 反時計方向から回り込むように二歩。踏み込みと同時に拳を放つ。これをズリキチは半歩退くことによって回避。問題ない、避けられることを前提に残しておいた右手で胸倉を掴み取り————膝蹴。引き寄せる勢いを突き上げた膝で腹部へと突き戻す。


「……ッ!」

「甘ぇよ」


 だが浅い。両手を重ねて膝蹴りのダメージを受け止めたズリキチがそのままそえーんの脚を絡めとる。

 一蹴。

 全体重を支えた軸足を払われ、完全に体が宙を浮くそえーん。同時、体当ての要領で床へと叩きつけられる。


「ッガ、ハ——!?」


 衝撃。背中から強引に肺の空気を絞り出される。

 酸欠で明滅する視界。だが構っている余裕はない。

 上から打ち込むように殴りつけようとするズリキチを気配だけで探り、畳んだ脚を思い切り伸ばすことで距離を離す。


「……つッ」

「——!」


 言葉を挟む隙間はない。一瞬でも速く、半歩でも近く。姿勢を崩したズリキチが立ち直るその前に。

 伸脚の勢いを利用して飛び起きたそえーんが拳を振るう。踏み込みは不十分、威力など無いに等しい。だが最速で到達した左拳は、初めてまともにズリキチの顔面を打った。

 ————逃がすな。

 ひるめば十分。その一瞬で既に次の拳撃は用意できている。

 殴打。殴打。殴打。

 逃がすな、拳を止めるな。ここを失えば恐らくもう後はない。

 呼吸すら置き去りにして————限界まで引き伸ばされた三秒が、終わる。


「ハ、ァ————」


 立っているのは、肩で息をするそえーん一人だった。その足元には一方的に殴られ続けたズリキチが横たわっている。

 立ち上がってくる気配はない。それを確認して、大きく溜息をひとつ。


「……あ゛ー、疲れた……」


 ていうか、なんでこんなガチ不良バトルみたいなことをやらなければならないんだ。もうなんか途中からキャラまで違う感じだったし。それもこれも全部あれだ、暴徒鎮圧役を押し付けてきたバカ二人と途中からどっかいった一人とイカつい顔つきのくせにメンタルが草食動物の人外一匹のせいだ。ていうかマジで途中からえあくん影も形もなくなったんだけどどこに消えたのだろうか?


「……うっわ、知らねえうちにちゃっかり観客席側行ってやがるあのドリフ崩れ。職務放棄かよ」


 なんか気づいたら見世物にされていた。もうなんだっていいがツッコミ役の自覚を忘れた間抜けには後で説教しよう、と心に決める。ハリセン素振り一〇〇〇回とかいいかもしれない。

 あとなんであいつら現地人とちゃっかり仲良くなってるんだろう。卿とかニコニコしながら札束振り分けたりしてるけどまさか人の喧嘩で賭けとかしていたのではあるまいな。


「……いや、やるな。あいつならやる、うん」


 もう面倒くさいので全員まとめて膝詰め説教コースだ、と頭を掻きながら戻ろうとして、


「————理想を描き、理念を突き詰め、理屈を極め」


 背中から。

 声が、した。


「————研がし澄ました無数の研鑽」


 背後には誰もいないはずだ。あるのは意識を刈り取ったズリキチが転がっているだけのはずだ。

 なら、誰が?


「————至りし境地は此処に、求めし極地は未だ彼方に」


 振り返る。背骨に走る悪寒が音を鳴らす。


「なあ、そえーん。お前如きに、俺の道は折れないよ」


 満身創痍でなお立ち上がろうとする求道者(ズリキチ)が、そこにいた。


「顕現しろ————無限乳挟射艶世ズリ・サプリマ・オービス

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