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FF《フォロワー・ファンタジー》  作者: 疎遠
序章 競合に満ちた明日へ Shoot_oneself
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8時だョ!

 ————言葉が世界を変える瞬間。

 まま口にされるそれは、単なる幻想に過ぎない。

 例えば大統領による情熱的な演説。

 例えば戦勝国による勝利宣言。

 例えば恵まれない者の悲痛な叫び。

 確かにその瞬間、世界が変わったことは事実かもしれない。

 だが、

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 例えば権力。

 例えば武力。

 例えば数力。

 世界を変えうるほどの影響を与えたのは、言葉によって分かりにくく覆われた『力』だ。


 故に。

 そえーんは今日、初めて言葉が世界を変える瞬間を見た。


「————其は悪行にて(フィリップ・)焦身へと至る(サンクチュアリ)


 世界が、固着する。

 比喩ではない。確かに振り下ろしたはずの拳は、意志の介在しない何かによって停止。弾けるはずだった衝撃は行き場を失い跡形もなく霧散して、


「ぁ——、」


 疑問を正しく発する間すら、無い。

 集束————激発。


「——、がッ!?」


 殴り飛ばされる感触。構える暇もなくまともに食らったそれに、思わずたたらを踏む。

 口端に苦いものを感じて拭うと手の甲が紅く染まった。どうやら唇を切ったらしい。

 ……意味が分からない。

 振るった拳は間違いなくラットへ直撃する軌道を描いていたはずだ。あのタイミングからの回避は不能。ましてカウンターなど、反応するよりこちらの拳が届くほうが遥かに早い。

 なにより、


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 空気に殴られたとでも言うような、妄想じみた表現が最も的確である異常。

 混乱と困惑が頭を埋め尽くす中、


「悪には罰を。罪には裁を」


 足音が聞こえる。

 ざり、と。砂地を擦るだけの単調な音。

 それがやけに大きく聞こえる。


「善には報いを以て応え、無辜には庇護を以てこれを法とす」


 声が聞こえる。

 横合いから。若年と表すことはできず、老成したと断ずることも出来ない。だが積み重ねた重さだけは伝わる声。

 軽快な色の下からでも滲む、『力』が聞こえる。


「さあ、」


 言葉一つで世界を変えた声は、


「お前の罪を数えろ————初めまして、そえーんさん」


 柔らかく、挨拶した。


「……、痛ってぇな」


 血の味が残る唾を吐き捨て、声を視界に捕える。

 飄々とした男だった。

 白色のシャツに黒いスラックス。長く滑らかな黒髪は後ろで束ねられ、肩口から背中に流している。特徴はあるはずなのに、記憶に引っ掛かりを残さないような男。


「誰だテメェ」


 ようやく発した問いかけは、しかし返答を期待してはいない。質問というより恫喝、正体不明の『敵』に対して一歩を踏み込む為の時間稼ぎ。

 だが、


「どうも、エアリアルです。アイーン」


 間髪。男は細い目尻を下げて、そう答えた。


「……えあくん?」予想外の名前に、踏み出そうとした一歩を潰されるそえーん。「えあくんって……えあくん?仮面ライダー大好きオタクのえあくん?」

「それです」

「……なんでこんなとこいんの?ていうかさっきの何あれ」

「自分も転生者なので、ここに来たのは一年くらい前ですけど。アイーン。あとさっきのは魔法的なやつらしいです。アイーン。この世界に来た時に一人一つ固有の魔法もらえるって聞きませんでした?アイーン。ああ、変に動かない方がオススメです。アイーン。自分の————」

「ごめん、ごめん待って」

「アイーン?」

「それなに?もうさっきから気になって話が全然入ってこないんだけど」

「しゃっくりです」

「しゃっくり」

「アイーン」


 ダメだった。もう無理だった。

 さっきまでのドシリアスな雰囲気とか欠片も残っちゃいなかった。ていうかよく聞いたら声も完全にそれだし、あの人だし。もうこの先の展開とか全員集合しか見えない。

 完全に脱力してしまったそえーんは、ラットの傍らに立つ辺獄と顔を見合わせる。これには流石のガイジトップランカーも唖然としているようだった。

 溜息をついたそえーんは視線をエアリアルへと戻して、


「あのそれ……大丈夫なの?なんて言うか、コンプラ的に」

「ていうかそれ、思いっきりバカ殿ですよね」

「それ言っちゃうんだ?」


 遠慮とかないんだ。

 JACとかドリフとか色んなところのギリギリをいきなり攻めた怖いもの知らずの辺獄に、そえーんはちょっとビビる。


「しょうがないんです。アイーン。これ魔法の副作用みたいなもので、一言喋ると必ずアイーンって言わなきゃいけないようになっちゃうんですよね。アイーン。まあしばらくすれば治るんですけど。アイーン」

「えあくんもその状態で普通に話進めるんだ!?」


 *    *    *    *    *


 曰く。

 この世界も異世界ものの定番に漏れず、魔法というものが存在しているらしい。

 転生者にはそれぞれの性格・行動原理・趣味嗜好に則った上で最も象徴となる要素が選択され、それぞれに固有の魔法が一つ『神』より与えられる。

其は悪行にて(フィリップ・)焦身へと至る(サンクチュアリ)』もその内の一つとして数えられ、その能力は「自身の視認できる範囲において任意のルールを敷き、それに背いた者に罰を与える」————要するに、カウンター特化の独裁政治を行えるというもの。この場においては、他人への攻撃行動を禁止と定めたため、ラットを殴ろうとしたそえーんに「罰」が与えられた。


 ……というのが、アインアインうるさいエアリアルからなんとか引っ張り出した情報をまとめた結果である。


「うーん、ファンタジー……」

「なんか一気に異世界って感じしてきましたね」


 辺獄と揃って空を見上げる。異世界は今日も快晴。のんびりとした青空が綺麗だ。

 正直言って、まったく実感がわかない。

 そもそも、まほーってなんだ。木の棒振り回してちちんぷいぷいしたらキラキラするあれか。いくら異世界定番とか言ったって実際にそんなもんあるとか聞かされたら普通に引く。まずもって原理が不明だ。常人ならまずそんなものにいきなり手を出したいとか思わないだろう。


「痛い!痛いですって辺獄さん!」

(かいな)よりいでよ妹!」

「……何してんの辺獄くん」

「え?いや、せっかく魔法なんて便利なものがあるなら試しに妹改造魔法をラットさんにかけてみようかと。……はいラットさん、リピートアフターミー『おにーちゃん』」

「我に何訳の分からないことしようとしてるんですか!?誰か助けてください!!」


 ……忘れてた。このパーティ誰一人として常人の枠に収まる奴とかいなかった。


「それはそれとして。えあくんよ」

「え、はい。ていうか一言でラットさん見捨てるんですか……」

「お前あの中に飛び込んで無事に済むと思うの?」

「思わないですね」


 じゃあ見捨てるしかないだろ。

 アイコンタクトでラットを尊い犠牲として処理することを決めたそえーんとエアリアルは紛争地帯からそっと距離をとる。


「そのまほーとか言うのがあるとしてだ。なんでえあくんだけそれ使えんの?」

「いや、なんででしょう?」

「質問に質問で返されても」

「自分はこの世界に来た時からもう使えたんで分からないんですよね。使い方とかは転生する時に教えてもらえましたし、練習なら教習所でできましたし」

「なんだ教習所って」自動車学校みたいなノリで言われても困る。「……ていうか教えてもらったって誰に」

「神様です」


 ………………………………………………………。


「…………まーたまた、よく分からない話になってきたんですが」

「あれ?そえーんさん達は会ってないですか?転生する時に。あの凄く美人な人」

「生憎俺がこっちに来てから見たのはキチガイとバケモンだけだよ」


 なんだろう。出会ってからこっち、数少ないTLの常識枠エアリアルというブランドが秒単位で崩れ落ちていっている気がする。ツッコミ役というアイデンティティも異世界に一年も放り込まれたら消え去ってしまう程度のものだったのだろうか。

 なまじ本人は真面目な顔で話を進めるものだから微妙にツッコミづらいそえーんだった。


「えーと……で?なに?そのカミサマとか言うのがまほー学校の先生なわけ?」

「まあそんな感じです。魔法と言っても、実際は催眠術のようなものに近いらしくて。さっきの『詠唱』もその一環だとか」

「うんまあ、細かい話はいいんだ」どうせ聞いてもわかんねーし。「で、それは誰でも使えるものなの?」

「それは無いと思います。固有魔法は一人に一つ、それこそ宝具みたいな扱いですし。自分の『詠唱』をそのまま使ったところで多分何も起きないんじゃないかと」


 でも、そえーんさん達にはそえーんさん達用の固有魔法があると思いますよ。エアリアルはそう話を締めくくったが、そえーんとしてはそこも懐疑的である。

 魔法の使い方はおろか、その存在すらアナウンスされていないのだ。第一、そんなものが与えられていると知ってたら転生直後に面白半分かつ後先考えずに使っているのがガイジというものである。それがなかったということは、卿やズリキチ、辺獄もその存在自体知らなかったと見て間違いはない。ラットはもう人外として扱われてるみたいなので例外としても、四人も転生者がいて誰一人その手の説明やアナウンスを受けていないというのもおかしな話である。

 そえーん含む四人にだけ働く謎のパーティ縛りと言い、不思議な点の多い世界だった。


「まあいいけど」特に追求することも無く思考を放棄するそえーん。「ていうかそもそもなんだけどさ、えあくんはなんで僕の事とか知ってたわけ?いくらなんでもタイミングが良すぎって言うか」

「いやぁ、なんか昨日の夜いきなりラットさんが来て『殺されそうだから匿ってください』とか言うので泊めてたんですけど、いきなり外に飛び出していったかと思ったら喧嘩が始まってるし、ついでなので止めようかなと思って」

「あの生贄め。なんて正確に未来を想定してやがる」


 君のような勘のいいネズミは嫌いだよ。


「でもちょうどいいや、僕達も泊めてくれよ。なんの説明もなしにこんなとこ連れてこられて正直困ってたんだよね。具体的に言うとこのままじゃ無一文ホームレス一直線ルートって言うか」

「勘弁してください。一応借家なんですよ、壊されたり爆破されたりしたら困ります」

「お前は僕らをなんだと思ってるの?」

「卿さんと辺獄さんとズリキっつぁんとそえーんさん、ですかね」

「…………、」


 腹立たしいことに言い返す言葉が見つからない。なんなら爆破程度で済めばかわいいとさえ思うメンツである。下手したら半径数キロにわたって草も生えない原爆跡地みたいになっても不思議ではない。

 だが困った。そうなってしまうと本格的に行くあてがない。右も左も分からない異世界、このままでは泊まる場所どころか食料の確保すらままならないが、働こうにも言葉すら分からないという状態では開始早々に詰んでいる。


「……あれ?そういえばえあくんさ、借家に住んでるんだよね?」

「ええまあ、はい」

「家賃とかどうしてんの?」

「それはまあ、その辺の獣とかを狩って。近くに森があるんですけど、そこで狩った物をギルドに持っていくとお金とか貰えるので」

「ギルド!やっぱあるんだギルド!」


 日付を跨いでようやく当初の目的のヒントを得たそえーんは目を輝かせる。しかも取引をしてるとなればエアリアルはそのシステムや言葉なんかもある程度分かっていそうだ。そうなればもはや妖怪サメマウスにナビゲートを頼む必要も無いので遠慮なくガイジ共の生贄として捧げられるようになるわけで、どこをとっても得しかない一石二鳥だった。


「そこ!そこ行こうえあくん!案内してくれ!」

「いやまあ、いいんですけど……」

「けど?」


 語尾を濁したエアリアルに眉をひそめる。まさかこいつ、絶賛無一文の無職から金でもたかるつもりか?異世界というのはこうも人間を醜く変えてしまうのか、とそえーんは常識人の闇堕ちに心を痛め、


「その……あっちはいいんです?」

「あっち?」


 エアリアルが遠慮がちに指さす方を振り向いてみる。


「妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹妹」

「やだ……もうやめて……助けて……………」


 なんか、狂信者に襲われる哀れな半魚類がいた。


「それとあっちも」


 別の方向へ指を回すエアリアルに従って視線を動かす。


「ズリキチ……やっぱり君とは決着をつけなきゃあかんみたいやな……!七輪の燃え種にしてやるから大人しくしろ」

「雑魚が囀るな。俺がパイズリの奥深さってやつを教えてやるよ……ッ!」


 なんか、最終決戦みたいなノリで向き合うボロボロのガイジと性犯罪者予備軍が見えた。


「…………、」


 そえーんは何度かその光景の間で視線を行ったり来たりさせ、ふむ、と一息。


「……なあ、えあくんよ」

「はい」

「魔法、もっかいいける?」

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