外見主張
「いやあホント嬉しいですよ!我一人でもう心細くて心細くて!とりあえず酒場でも開いたらCoC友達とかできるんじゃないかなーって思ったのに実際やってみたら人どころか邪神も寄り付かないみたいな。あ、鼠っ子は一度来てくれたんですけどね、同族じゃないって分かったらどっか行っちゃって————」
「分かった、分かったもういい」
そえーんはもはや割れそうなほど痛むこめかみを揉みほぐしながら饒舌には喋る男を止めた。
男。男なのだろう、恐らく。
いまいち曖昧な表現になってしまうのは、その容姿に原因がある。毛むくじゃらの寸胴にざらついた顔貌、鼻面は長く前へと伸びて嬉しそうに笑う口元にはズラリと鋸のような牙。ただし前歯だけは綺麗な真四角で長く伸びていて、なんというかそこだけ芸人がキャラ付けのためにやる付け歯みたいだ。
とにかく全体的に一言で表して————めちゃくちゃ人外。妖怪サメマウスここに爆誕という感じなのだった。
「……ていうか」もうストレスでハゲそうな気がする頭皮を気にしながら、「もうなんとなく察しついてるけどさ、お前誰なんよ結局」
「え?やだなあ喋る鼠なんてTLに一人だけじゃないですか。ラットですよラット、見て分からないんですか?」
見てわかりすぎるから困るんです。そえーんは沈痛に目を閉じた。
いくらなんでも外見で主張しすぎだと思う。会話が成り立つ分ガイジ三人組と比べれば幾分マシなのかもしれないが、マシならいいと言う問題でもないのだ。
「ところで、あの。あの三人は……」
「気にすんな。聞いてりゃそのうち分かるよ」
もう説明する気も起きず投げやりに肩をすくめるそえーんの背後では、大の男三人が床に倒れ伏していた。
「響いてた声全部店内BGMとかマジかよ……あれだけ騒がしければ絶対巨乳の受付嬢とかいるはずだと思ったのによ……」
「ラットさんだけとか嘘だよ……こうなったらラットさんを金髪貧乳ツインテ妹に改造するしか……」
「猥の日魔星伝説が……騒ぎの中にサンマ登場させて楽しい気分のまま皆殺してやろうって優しさが……」
ボソボソと呟くバカげた内容をひとしきり聞き流した後、そえーんは酒場のテーブルに突っ伏した。
「な?」
「はい……」
対面から降る慄いた返事に溜息。なんであんなのと一緒に行動しなきゃならないのだろう。このパーティ編成を考えた奴は絶対に頭がおかしい。一度膝詰めで問いただしたい。拳付きで。
というか、
「ラットくんはさー」そえーんは顔だけを重く持ち上げて、サメ面に視線を投げる。「なんかやたらと順応しちゃってるよね、異世界」
「そんな風に見えます?」
「むしろそんな風にしか見えない」
主に姿かたちとか。
「実際そうでも無いですよ。見ての通り異世界友達も居ないですし」
「異世界友達て」
そんな趣味友達みたいなノリで言われても困る。少なくともそえーんの辞書にそんな言葉はない。
「ちなみにこの酒場はどうやって?」
「いや、ここに来た時から一人ぼっちだったので……とりあえず住む場所を確保しなきゃと思って空き家っぽかったのを直してみましたけど」
「ああそう……」
もうなんか何でもアリな雰囲気に閉口。ていうかそれはよく考えたら空き巣とかそういう方面の問題とかは無いんだろうか。いくら直したと言っても元は他人(人とは限らないだろうが)の所有物だったわけだし。
と、そこまで考えてそえーんはふと引っ掛かりを覚えた。
「……直した?直したって言ったよな」
「はい、まあ。と言っても森から持ってきた木を適当に打ち付けた程度ですけど」
「打ち付けたって……」
ぐるりと店内を見回してみる。どう少なめに見積ってもLDK以上の広さのあるこの建物を一人で直すとなればそれなりに時間と労力はかかるはずだ。
だが、そうなると。
「ラットくんってさ……この世界に来たのいつ頃?」
「正確には数えてないですけど……」天井を眺めてずんぐりとした指を折るサメ面。「三ヶ月くらい前ですかね」
「…………、マジか」
自分たち以外にも『やってきた』人間がいることくらいは予想していたが、どうも来た時期にタイムラグまであるらしい。
「てことはラットくんもしかしてこの世界のこととか少しは知ってたりするわけ?」
「いや全然。せいぜい地理と言葉が少し分かるくらいです」
「へーえ……」
思わぬ収穫に笑みがこぼれる。正直こんな化け物なんだか妖怪なんだか分からない奴は適当に話を聞いた段階でさよならしようと思っていたのだが、ナビゲーターとなれば話は別だ。通訳も兼ねることができるならなお良い。
これは是が非でもパーティに加えたいところだ、と慎重に交渉の段取りを組み立てるそえーん。
だが、
「ラットさぁぁぁあああん!私の妹になってぇぇえええええええええええええ!!」
こういう所で最悪の展開を持ってくるのがこのパーティーメンバーなのだった。
いつの間にか立ち上がっていた辺獄がそえーんの背後から猛ダッシュで襲来。駆ける勢いのままラットへ飛びつこうとした所で、そえーんが反射的に投げつけた酒場のボロ椅子に阻まれ墜落する。貴重な情報源を護ろうと間に立ったあたりでようやく事態に頭が追いついたであろうラットの引き攣るような小さい悲鳴が聞こえた。
「脈絡のない発作やめろ!ていうかお前この毛むくじゃらなんか妹に欲しいのか頭沸いてんじゃねえの!?」
「あの、毛むくじゃらって……」
「うるさいですぅ!別にどんな外見でも妹なら愛せますけど!!」
「辺獄さん!?」
「マジかよお前見境ねえな!!」
イカれていることは重々分かっていたつもりだったが流石はガイジ。想定など軽々と飛び越える許容範囲と異常性をお持ちらしい。なんと言っても目がマジだ。
かと言って貴重な情報源をはいそうですかと犯罪者に差し出すわけにもいかない。ここは何とか数の力で抑え込むしかない。
「おいズリキチ、卿!手を————」
「任せろ!身内で殺し合って苦しむ顔の撮影準備はバッチリやで!!」
「ズレない生物に興味無い」
即効で却下。あんなのに頼ろうと一瞬でも考えた自分の愚かさを心底悔やみつつ、辺獄に向き直る。
「世界一くだらねえ理由で争うことになるわけだけど、本当にいいんだな?」
「現実とか異世界とか関係ない!思う限り、妹はいる!」
「最悪の決めゼリフ!!」
言い切る————同時。
辺獄の足元が、爆ぜる。
次回、vs妖怪