男ってこういうのが好きなんですよね?
怒涛のアイアイ詐欺をひとしきり断罪した後、歩くこと数十分。
「ここです」
そう言ってエアリアルは足を止めた。
ぞろぞろと後に続くそえーんやズリキチ、ホルモンと手を繋いだ辺獄、ラットもそれに習う。
ちなみに卿はエアリアルの背中の上。開きかけた傷口から血を流しすぎたらしく、途中でいきなりぶっ倒れたのだ。今すぐ命がどうこうという程でもなかったので、とりあえずの応急処置だけ施してそえーんが無理矢理エアリアルへ押し付けたという流れである。
で。
「ここです……って」
どことなく困惑した様子で呟くそえーんの前に鎮座していたのは、何の変哲もない町外れの一軒家だった。……いや、何の変哲もない、というのは若干正しくないか。
家そのものは確かに何の変哲もない。至って一般的な民家かそれ以下。長年誰も使用していないのだろう、外壁の木材は古ぼけて水垢で黒く染まり、屋根は薄く苔むしている。あばら家、と言った方がよりイメージに近いかもしれない。
だが、それだけだ。ボロい以外特筆するようなことも無い普通の家。
むしろおかしいのはその周囲の方だ。
そえーんはぐるりと辺りを見回してみる。
「……なあ、なんでこの家の周りだけ何にもないんだ?」
あばら家を中心として半径おおよそ数百メートル程度。その圏内は清々しいほど何も無い更地だった。
ついさっきまで大した間隔もなくひしめきあっていた家の隙間を縫うように歩いてきたからか、その空白は余計に際立って見える。
本当に、何も無かった。
家はもちろん、建造物のひとつも無い。それどころか、ゴミや残置物といった人工的なものすら無かった。あるのは乾いた砂地からでも逞しく伸びる雑草くらいのものだ。
人の気配というものが、ここにだけ欠片も無い。
いいや。無いというより、
まるで、街の人間が揃ってこのあばら家を避けている、ような。
「ああ、それは当然ですよ————だって、ここ一応立ち入り禁止区域ですし」
「……、はい?」
ほらあれ、とエアリアルが指をさす。
遠く、ミニュチュアのおもちゃみたいに見えるようになった家の傍に、なんかやたらと古びた看板が突っ立っていた。
目を凝らしてもそこに何が書いてあるか、細かいところまでは読み取れない。読み取れたところでどうせ意味の分からない異世界言語が書いてあるだけなのだろうから別にそれはいいが、問題なのはもっと前の話だった。
なにせその看板、赤いのだ。
もうホント、ドラマに出てくる危ない施設とかに立っていても違和感がないくらい真っ赤であった。
そえーんはその意味を想像し、空を見上げ、もう一度よく看板を見直してみて、
「よーし撤収するぞお前ら」
「判断早いとか以前に雑すぎません??」
「うるせえ!」勢いよくエアリアルを振り返る。「お前こそどんな頭してんだ!お前アレだぞ立ち入り禁止だぞここ異世界だぞ!!迂闊に踏みこんだら絶対バケモンみたいな奴が出てくるに決まってる!こっちは全身ズタボロなんだって!もう死ぬ、次は死ぬ、絶対死ぬ!!異世界舐めんなボケ!!」
割とマジに大号泣の訴えなのだった。
だって考えてもみてほしい。『神』などという訳の分からない規格外が当たり前のように出てくる世界なのだ。あんな見るからにヤバげな看板を無視して突撃しようものならろくでもないヤツが出てくるに決まってる。体長一〇メートルを超える三つ首の犬だとか、全長一〇〇メートルを下らない大蛇だとか、そういう類の物理法則を無視したモンスターがだ!!
「無理!そんなのもう無理!僕おうち帰る!!」
「そのおうちに帰れないからここまで来たんでしょうに……」
大丈夫だから開けますよ、と面倒くさくなったような雰囲気を隠しもせずエアリアルが扉に手をかける。
「ちょ、待ておまっ————!」
そえーんが慌てて止めに入ろうとするものの、もう遅かった。
数年単位で放置されていた廃屋に鍵などという上等な概念はなかったらしい。
なんの抵抗もなく朽ちかけの扉が開く。
必然、エアリアルの腕に掴みかかっていたそえーんも扉の奥を覗き込む形になり、
「……なんだ、これ……」
絶句。
広がっているのは、穴だった。穴としか表現のしようがない。
本来床のあるべき部分が丸ごと消失し、一個の巨大な穴と化している。
黒い。
本当に、どこまでも底無しの黒。
墨を流したような漆黒の暗闇は、まるで、得体の知れない怪物が口を開けているような不気味さを漂わせていた。
ジャリ、と。本能的な恐怖を覚えたそえーんは無意識に後ずさる。
それによって生まれた隙間から外の光が射し込んで、暗闇を薄く照らした。
「…………?」
……底無し、という印象はどうやら間違っていたらしい。
実際に底はあった。しかもごく至近————もっとハッキリ言ってしまえば、そえーんが今立っている大地から地続きに。
ただし、それは底が浅いという意味ではない。
潜っているのだ。地続きの長い坂が、奥へと深く下っていっている。
最深部で地下三メートル弱という所か。
だがそれはあくまで弱々しい光源が届く範囲での話。なだらかな坂が暗闇に続いていることからして、恐らく実態はもっと深い。
その様相は、その、なんというか、
「……迷宮だ」
恐る恐る覗き込んできた辺獄が感動したように呟く。
「迷宮!迷宮ですよねこれ!異世界定番のやつじゃないですか!!うぉおテンション上がって————」
「違います」
「————えぇぇぇ……?」
違うらしい。
一瞬でかっ飛んだ辺獄のテンションは訳知り顔のエアリアルによって速攻撃墜。ギリギリ不時着ならずの墜落事故というところか。辺獄二等兵の儚い命に敬礼。
「唐突に何してるんですか」
「いや、なんでもね」額に当てた右手を下ろす。「……で、結局なんなんよこれ。別に危ない感じはしないけど」
むしろ妙な懐かしさというか、安心感を覚える。
なんだろう、この『知らない人間ばかりの新しい引越し先でたまたまかつての同級生に出会った』的なホッコリする感じ。
心当たりのない感覚にそえーんは首を捻る。
と、その横でまじまじ中を覗いていたズリキチが訝しげに眉をひそめた。
「コンクリート……?」
一瞬。
そえーんは彼の言葉の意味が理解できなかった。
こんくりーとってなんだっけ?と頭の中で転がすこと数秒。
「————は!?コンクリ!?」
勢いよく顔を上げる。
確かに、穴の外壁を覆う滑らかな石壁はどう見てもかつての日本で飽きるほど目にした物と同一だった。
どうりで妙な懐かしさを覚える訳だ、と納得する。反面、
「……なあ、中世文化にコンクリとか生まれてたっけ?」
「……さあ?」
「じゃあこの世界でコンクリらしきものを見たことは?」
「少なくとも俺は無い」
ズリキチ、辺獄と共に三人で目を合わせる。
思うことは同じ。じゃあなんでこんな所にこんな物が?という一点である。
約一名、能天気に「わーホントだー」などと隣で感激している人外がいたが、この世界に来てからというものド級の異常事態ばかりを経験してきたそえーん達はそこまで純粋になれないのだった。
「なんで皆さん揃って首傾げてるんです?行きますよ」
「やっぱり僕らの戸惑いとか無視してガンガン行くのな。なに?異世界で一年も暮らしてると日本人的な感性とか無くなっちゃうわけ?」
一人だけもう坂を下り始めているエアリアルにちょっと引く。変なところでマイペースな野郎だった。
とはいえ、こんな開けた場所にいつまでも突っ立っているというのもよろしくない。忘れてはいけないが、そえーん達は絶賛逃亡中の身。いつまた異世界人の大群が襲ってくるか分からないのだった。
そんなわけでぞろぞろエアリアルの後ろを着いていく一行。
「足元気をつけてくださいね」
「気をつけろって言われても……これだけ暗いと、何に気をつけたらいいかも分からないんですけど。ライトとか無いんです?」
「自分の携帯はずっと前に充電切れました」
「俺のはパイズリ撮影用だからこんな所で充電使えない」
「それなら僕ライター持ってるぞ」
「どうして自然な感じでライターとか出てくるんですか……?」
「おいおい、脳みそまで小動物サイズかお前は。火はいつでも持ち歩くモンだろ。喫煙者ナメんな」
「我!?それ訊いた我が悪い感じなんです!?」
「でもそえーんお前、ここに来てから一本も吸ってないじゃん」
「タバコだけ切れてたの……」
しょんぼりしながら空箱を胸に抱えるそえーん。
そうこうしている内に最深部まで到達したらしい。それまでとは違う平たい感触が足裏に伝わった。
シュボッ、と。小気味いい音を反響させて、フリント式のライターが火を灯す。
「おぉ……」
想像を遥かに超える広さの空間だった。
内部に入り込んでさえその全貌が捉えきれない。
分かるのはせいぜい天井までの高さが五、六メートル程度ということだけ。横幅も奥行きも暗闇に呑まれて推し量ることすらできなかった。
ライターの火が小さいというのももちろんあるのだろうが、それにしたって広すぎる。まさかあんなボロ小屋の下にこれほど広大な地下空間があるなど思いもしなかった。……というよりあまりにも差がありすぎる。本当にあれの地下なのか、と来た道を振り返ろうとして、
視界の端を何かが掠めた。
「————ッ!」
思わず身構えるそえーん。だが、いくら待っても動くものは無い。
……?と慎重にライターを動かしてみる。
頼りなく揺れる蛍火が陰影を仄かに裂いて、
「……線、ですか?」
ボソリと呟く辺獄の声が聞こえた。
僅かな光沢を孕む地面に一本、真っ直ぐな線が走っている。そこから二メートル程の幅をとって、更に一本。
逆側を照らしてみると、そちらも同様に一本。
等間隔で並ぶ横線が遥か奥まで続いているようだった。
それらの線は中間を貫く長い縦線によって繋がれ、見ようによっては巨大な魚の骨のようにも思える。
「いや、これは……」
言葉もなくそれを眺めていたそえーんが目を見開いた。
外郭だけが取り払われた、歪な格子。そして二メートルという幅。なにより、滑らかなコンクリートという素材。
それ単体では意味を理解できない要素が絡まりあって形を成し、記憶を刺激する。
まるで、ピースを一つづつ嵌めていくことで絵柄を作るパズルのように。
屈みこむ。そのまま忙しなく線上の埃を払って、
灯火を返す線は薄い緋色————つまり、その下に隠れた本来の姿は白色。
疑念が確信へと変わった。
「……冗談だろ、オイ」
見慣れた形だった。日本で生まれ育った人間なら、誰しも当然のように目にしている景色だった。
だが辺獄では思い至らないのも無理はない。……いいや、辺獄でなくともたったこれだけの情報から全景を連想できる人間など、この場でそえーん以外にいないだろう。
そう。こんなの、引越し業という『運転が日常の生活』をしていたそえーんにしか分からない。
なぜなら、
「駐車場……!?」
それは、この世界にあるはずのない概念。
それは、この世界で思い至るはずのない存在。
知識としての有無など関係ない。中世文化の蔓延る異世界という前提に立った上で可能性を列挙した時、それは無意識下で真っ先に排除される。
それでもそえーんが気づいたのは、前提から来る先入観を超えるだけの経験があったからに過ぎない。
「正確には関西大型ショッピングモールの、という注釈が入りますけどね」
エアリアルはなんてことの無い風に、そう言った。
「どうも、自分が転生した時に一緒についてきちゃったようで」
「……てことは、立ち入り禁止っていうのも」
「ええ。見たことも聞いたことも無い謎の空間が突然現れたら、誰だって近寄らないようにするでしょう?」
随分とこともなげに言ってくれるが、それはいわゆるところの『大規模転移』とかいうヤツなのではなかろうか、とそえーんは思う。
ましてこの広さだ。大型ショッピングモールの地下空間を丸ごとなど、ものによってはキロ平方単位に届く。ちょっとした災害レベルの混乱が起きたのだろうということは想像に難くない。
と、いうより。
「……この規模でえあくんしか転生してないってのも謎な話なんだけど」
暗闇に慣れてきた目を軽く眇める。
駐車場、などと言う割には車の一台も見えなかった。エアリアルの口から他の転生者についての言及も無かったことも加味すると、彼とこの空間だけが転生したという事になる。
そもそも、そえーん達六人程度でこれだけの騒ぎが起きているのだ。ショッピングモールなどという人の集まる空間でそれら全てが転生したと言うなら、それこそ戦争くらいは起きていなければおかしい。
「そっちの理由は自分にもなんとも。そのライターとかと同じ原理なのかな、とは思いましたけど」
「ライター?」
「そえーんさん、元の世界から一緒に転生してきた物って何があります?」
「何って……服と、靴。後はポッケに入ってたタバコとライターと財布くらいだけど」
「その理由に心当たりは?」
「……心当たりもクソも、身につけてた物がついて来ただけだろ」
「そうですよね。それが『転生モノ』としてオーソドックスな形ですし」
一体何が言いたいんだこいつ?とやたら回りくどい言い方をするエアリアルに軽い苛立ちを覚えたあたりで、
「でも、ポケットに入っていた物は本当に身につけていたと言えるんでしょうか?」
エアリアルは、不思議そうにそう言った。
「身につけるという定義は、厳密に言えば『地肌に触れていた物』になるはずです。あくまでそれに従うなら、そえーんさんと一緒に転生するのは服と靴下。それくらいでなければおかしい」
「…………、」
「その矛盾を正当化する要素があるとすれば、それは個人の『認識』。そえーんさん自身が身につけていたと言ったように、転生者の『認識』に依存するということしか考えられない」であれば、と言葉を切って、「転生の瞬間、落とした小銭を拾うために手を着いていた自分は、床に触れていた。その無意識下の『認識』が駐車場ごと転生するという結果に繋がったのかな、と」
まあ、所詮こじつけに過ぎませんけどね。
エアリアルは苦笑混じりにそう締めくくった。
「…………、」
その理論を、そえーんはただ黙って聞いていた。
眉根を寄せて、唇を引き結び、ひたすらに真剣な顔で、余計な茶々を入れることも無く、聞いていた。
そして、
「ごめん、小難しくて半分以上聞き流してた。なんて?」
「もうなんとなく察してましたよ本当にこいつ!!」
だっていきなり言葉遊びみたいなことするんだもの。
『認識』がどうちゃらとか訳の分からんことをいきなり持ち出すなと言うのだ。こっちは異世界初心者だということを忘れてもらっては困る。
そえーんは頭に?マークを飛び交わせながら、
「で、結局何?とりあえず全部えあくんが悪いって事でおーけーなの?」
「自分が原因というのは否定しませんけどそこだけクローズアップするのも納得いきませんが!?」
納得いかないとか言われても、結論そうなってしまうのだから仕方がない。
要するに、エアリアルが小銭なんか落として『やだっ、アタシったらまたやっちゃった!てへ☆』みたいなことをしていたせいでこの駐車場は転生に巻き込まれた、とかいう話である。今ごろ関西のどこかでは大混乱が巻き起こっているだろう。
キャラ付けのためにキロ単位で消し飛ばすとか、まったく傍迷惑なドジっ子なのだった。
「……その目はまた変なことを考えていますね?」
「いや別に。僕はいいと思うよ、うん。渋い声のおじさんがギャルゲーヒロインとかに進出する時代だしさ」
「妹属性さえついていたら私はちゃんと攻略しますからね、エアさん」
「股間に刺されば考えないこともないぞ」
「それ慰めですか?慰めてるつもりなんですかそれ?」
「私はB級サメ映画に抵抗がない子なら……」
「ラットさんまで!?」
ドーン、という効果音がつきそうな感じでエアリアルが膝を着く。なんというか、全体的に哀愁が満載で愉快だった。
まあ、それはそれとして。
そういう事なら大して警戒する必要も無さそうだ。そう判断したそえーんはライターの火を頼りに進んでみることにする。
「ほら、いつまで幼児退行してんのえあくん。もういい歳なんだからハイハイは卒業しなさいよ。つーかここまで連れてきたのお前だろ、さっさと道案内しろ」
「頭からケツまで傍若無人なんだよなあ……」
ボヤきながらずり落ちた卿を背負い直すエアリアル。
諦観というか投げやりというか、そんな感じの後ろ向きな感情を顔いっぱいに広げながら、彼はとぼとぼ足を進める。まともな人間が割を食うというのはこの世界でも変わらない法則らしかった。
まあ、世界と言うよりメンバーに問題があるというのが本質な気はしたが。
「というか、これはどこに続いているんです?」とラット。
「……分からない、っていうのが本当のところですかね。初めて出た場所がさっきの街だったので、特に移動する理由も今までなかったですし」
それでもやっぱり気になるものは気になるじゃないですか、と立ち並ぶ柱の角を曲がりつつ、
「何度かこっそり調べてはいたんです。ただ、やっぱりこれだけ大きい駐車場ですし。全部の出口を調べ尽くすって言うのは流石に……そもそも、出口の数さえ把握しきれてはいないんですよね」
「……、ちょっと待ってください。それじゃあ、出た瞬間モンスターが襲いかかってくるようなジャングルに繋がってる可能性もあるって事ですか?嫌!嫌ですよ私!もうそういう血生臭い系の展開はお腹いっぱいです!あとウチの妹の情操教育的に良くないと思います!!」
「そもそもホルモンはお前の妹じゃねえけどな」
「ていうかそいつの見た目が一番血生臭いだろ。内臓なんだし」
「シャラップキチガイッ!!」
またぞろ流れるように脱線を始める三人。
もはや取り合うことを放棄したエアリアルは小さな溜息だけでそれを流し、適当に話を進める。
「まあ、辺獄さんが心配するようなことにはならないと思いますよ。見回った中だけでも数ヶ所は街に通じる出口がありましたし」
「……ちょっ、痛いですって!やめて!!私の腕はそんなに伸びませんってば!うわちょっとやめっ(ゴキッ)」
「「あ」」
「痛ったぁああ!?!?!?ちょっと今変な音が肩から————うぎゃあ!?なんかめっちゃブランブランしてる!!」
「やべ、脱臼した。戻せ戻せ。ズリキチそっちの腕な、せーので行くぞ」
「待って!?それ大丈夫なんですか?そんな雑に嵌め込む感じで大丈夫なんですか!?ねえちょっ」
「せーの!(ボグッ)」
「ぎゃぁぁああああああ!!外れた時より痛ってぇぇぇええええええええ!?!?!?!?!?」
「…………、」
もう未開のモンスター王国にでも送り込んでやろうかこいつら。エアリアルは本気でそんなことを思う。
「……やめよ」
三秒で諦めた。なんだか知らないがこのトンチキ共、トラブルへの対応力だけが並外れているっぽい。下手に生きて帰ってこられたら今より酷いことになるのは目に見えていた。主に自分の身の安全的に。
そんなわけで当初の予定通り、街へと続く道筋を辿りつつ暗闇を進む。
角を二、三曲がった辺りで小さな箱型に切られた建物が見えた。
「……エレベーターホール、か?」ごちゃごちゃやりながら着いてきていたそえーんが呟く。
「電気が通っていないのでエレベーターどころか自動ドアも開きませんけどね」
「ふぅん。ま、そりゃそうか」
そえーんは興味なさげに一言で答えて、目を外した。
「それにしても、よく迷わずに進めるもんだな。こんだけ暗いと方向感覚までぐっちゃぐちゃになりそうだけど」
「調べる時に結構歩き回ってたので。一応印とかも付けるようにしてましたし」
ほら、と柱を指さすエアリアルに従って見ると、確かにナイフかなにかで掘ったような傷跡が刻んであった。よく見ると矢印らしき形に見えなくもない。上から✕印が刻んであるものは、恐らく出口がないか危険な場所に続いているということだろう。
こういうのがあると、本当に迷宮を進んでいる気分になるよなー、などと変な高揚感を感じてみたり。
と、
「着きましたよ」
エアリアルが立ち止まった。
振り返る彼の後ろには鉄製の扉。緑のマークからして、もしかしなくても非常口らしい。
「……こういうのも出入口になるのな」
入ったのが車用のスロープだったものだからてっきり全部その形かと思っていたが、どうやらそうでも無いらしい。
そもそも出入口なんて決まっているのはあくまで元の世界のルールであって、それがそのまま踏襲される必要などないのだから当然と言えば当然か、と思い直す。
確かにこれなら全ての出入口を調べ尽くすなんてのは難しいだろう。
「それじゃ、今度は平和な街であることを願って————行きますか」
扉を開ける。
開かれた隙間から光が射し込んだ。
祝・序章終わり。
次回から新章。




