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FF《フォロワー・ファンタジー》  作者: 疎遠
序章 競合に満ちた明日へ Shoot_oneself
18/43

寝起きドッキリはグダってなんぼ

「————…………ッ!」


 微睡む意識の中で、喧騒が聞こえた。

 意味は分からない。理解する気もない。重く鉛のような体において、そんなどうでもいい事にわざわざ割くリソースなどどこにも無い。


「……、………!」

「……!!」


 浮かびかけた意識を再び沈める。

 騒音を遠ざけるために寝返りを打とうとしたが、何故か体は動かなかった。

 ……どうでもいい。別に動かなくても意識を手放すことは出来る。


「……!………、……ッッ!!」

「……ッ!………ッ!」


 どうでもいい。今はこの、瞼一つ動かしたくないほどの眠気と、指先一本動かしたくないほどに重い体以外は全てがどうでもいい。この心地よい微睡みだけがあればそれでいい。


「……!」「……ッ!」「……ッ!!」「……ッ!!」「……ッ!!」「……ッ!!」「……ッ!!」「……ッ!!」「……ッ!!」「……ッ!!」「……ッ!!」「……ッ!!」


 どうでもいい。

 どうでもいいどうでもいいどうでもいいどうでも


「————あ゛あ゛あ゛もうクソうるせえええええええ!!!!!!!!!!」


 無理だった。もう限界だった。

 そえーんは弾けるようにして上体を起こす。

 体が重いとかだるいとか、そんなん言ってる場合では無いのだった。とにかくうるさい。とんでもなくうるさい。これに比べたら日曜朝の廃品回収車だって可愛げがあると思うくらいうるさい。

 人がせっかく心地よく寝ているというのに今度はなんだ。卿か、辺獄か、ズリキチか、はたまた大穴のエアリアルか。

 いずれにしてもぶっ殺す!と血走った目を周囲へ走らせて、


「そえーんさん!良かった生きてたー!!」



 眼前。手を伸ばせば触れられる距離に、

 大口を開けて迫るサメ面が居た。



「うぎゃぁぁぁぁああああ!!!!!?????」

「ぶぎょぉぉぉぉおおおお!!!!!?????」


 反射的に殴り飛ばす。

 力任せに振り回した裏拳をモロに顔面へ浴びたサメ面はもんどりうって視界の外へと飛んで行った。

 灰色の毛が数本、残り火の様にひらりと舞う。


「……て、あれ?ラットくん?」

「頬骨が!今頬骨がメキャって!!鳴っちゃいけない音がした!!我なんか殴られるようなことしました!?」

「いや……その」


 そう言われると少し困る。本能的にぶん殴ってしまったものの、冷静に思い返してみれば害意とか無さそうな言葉だったし。両手を広げて迫る姿も恐らく抱擁の姿勢だったのだろう。そもそも、心から小動物なラットにわざわざ喧嘩を売ってくるような度胸とかあるはずも無い。

 ……ということは、あれか。ニュアンス的には尻尾を振りながら近づいてきた子犬を躊躇なしにぶん殴ったみたいな、そんな感じになるわけか。

 なんだかムクムクと罪悪感が湧いてきたそえーん、どうすべきかとしばし思案して、


「……うん。そんな凶悪なツラで寝起きにいきなり迫ってきたラットくんが悪い。人には心の準備というものがあるのです、次回からはちゃんと三回ノックしてから住所氏名生年月日を名乗った上でサブリミナル的に入ってくるように」

「責任転嫁するにも理不尽が過ぎません?我泣いていいです?」


 そんなこと言われたって寝起きの目の前に頭から噛み砕かれそうな勢いの鋸歯とかズラッと並べられたら誰だってビビると思う。罪悪感はあるけど正直にビビっておしっこチビりそうになりましたとかは言いたくない微妙なヲトコゴコロなのだ。


「んー……」


 サブリミナル的ってなんですか……などとぼやくラットを尻目に、そえーんはやたらと重く感じる右腕を上げ下げしてみる。

 なんだかやたら動きがぎこちないと思ったら、腕全体を覆うように包帯がぐるぐる巻きになっていた。というか、腕だけではなくほぼ全身が包帯でラッピングされている。


「……なんだこりゃ。ミイラ男か僕は」


 着ていたはずのパーカーもない。これではほぼ裸族だ。いくら見知った顔ばかりの男所帯とは言え、流石に少し恥ずかしい。自分は恥も外聞も捨てたガイジとは違うのだということを強く主張していきたい。

 そえーんは不満気に唇を尖らせながら、体の調子を確かめるようにあちこち回したり捻ったりしてみる。


「あー……ダメだ。なんかすごいダルい。冷房ガンガンに効かせた部屋で寝た翌日の酷い版みたいな」

「そりゃそうですよ。三日も寝たきりだったんですから」

「ああそう、三日も……」ラットの言葉に適当な相槌を返して、「……みっか?三日……って、え!?三日!?」


 聞き流しかけた情報に思わず目を剥く。

 ラットは大真面目な顔で頷いていた。どうやら冗談でもなんでもないらしい、と判断したそえーんだが、それにしたって少し信じられない。

 だって、三日だ。

 半日でも一日でもなく、三日。そんな長い間一度も目を覚まさないとか普通に考えて尋常ではない。それはもはや睡眠というより昏睡に近いんじゃないだろうかとそえーんは思う。

 そもそも、どうしてそんな三途の川一歩手前みたいな状態になっているのか。寝起きの重たい頭を無理やり動かして記憶を探り、


「————ッハ!えあくん!!あの悪鬼羅刹はどこに!?」


 重傷人相手に躊躇なしでボッコボコにしてくれやがってあの人でなし。詳細を語ると十八禁のグロ指定になってしまうのであえて省くが、もうとんでもなかったのだ。あれに比べたらアールマティなんてそれこそ木っ端みたいなものである。

 確かにあれだけグッチャグチャのギッタンギッタンのボロッボロにされれば三日という昏睡期間も頷けるというものだ。ていうか、その三日のうち二日くらいはエアリアルから受けたダメージが占めているんじゃないだろうか。

 とにかくこれは一度正式に文句を言ってやらねばなるまい。……いや、まあ。正直言ってめちゃくちゃ怖いが。だが怖いからと言って無抵抗のままでは何も変えられないのである。

 自分の身は自分で守るのだ。安全保障条約締結すべし、なんならガイジの二、三人は犠牲にしても私は一向に構わんッッ!!と、強い決意を固めるそえーん。

 が、


「……、あれ?」


 肝心のエアリアルの姿が見えない。

 どうやらここはエアリアルの借家のようだが、三日も経過していると言う割には薄暗い室内は依然荒れ放題のまま。変わったことと言えばあっちこっちに散乱していた家具や皿の破片なんかが隅の方で雑に山積みされているくらいだ。恐らくそえーん達を寝かせておくスペースを作るために急造で片付けたのだろう。

 視線を逆に動かすと、そえーんと同じく毛布一枚で床に転がされているガイジ三人のアホ面が見えた。

 そえーんのちょうど左隣で寝ている辺獄の枕元には、座り込んだまま項垂れている推定年齢十歳前後の女児、ホルモンの姿もある。その手元には替えた後と思しき汚れた包帯や桶に入ったタオルっぽい布があった。


「健気ですよね」そえーんに釣られてホルモンに目を向けたラットがそう零す。「ホルモンちゃん、ほとんど寝ずに皆さんの看病してくれてたんですよ」

「……、そっか」


 そえーんは静かにそう返事して、未だ目を覚まさない三人へと視線を戻す。

 毛布に覆われていない部分だけを見ても、全員傷だらけだった。

 腕と言わず顔と言わず、もはや傷のないところを探す方が難しい。毛布の下に埋もれた体も大概似たようなものだろう。その全てが、アールマティというたった一人の『神』を殺すために払った代償だった。

 ————神殺し。

 先程は冗談めかしたものの、改めて振り返ってみれば途方もない博打を仕掛けたものである。あんな規格外のバケモノ相手に一人も欠けず生還できたというのは、奇跡以外の何物でもないだろう。

 …………。

 ……………ていうか、本当に生きているんだろうかこいつら。

 そえーんの脳裏に不安が混ざる。正直、意識をなくしたまま眠るように死んでましたとか言われてもおかしくない。もしもそんなことになったらホルモンがあまりにも報われないので、是が非でも生きていてもらいたいところなのだが。

 そっと三人の方へにじり寄ってみる。


「……うぅん……、もっと……もっと鋭い罵倒を……ドS妹、万歳……」

「ダメやで辺獄くん……君の、妹……ハンバーグ…………残したら、かわいそう……」

「ズリ……ズリ…………ズリ……」


 …………………………………………………………。


「ちょっ、なんでいきなり無言で砕けた椅子の残骸とか振り上げてるんですか!?待って!待ってそえーんさん!!今そんなので殴ったりしたらホントにみんな死んじゃうから待ってーーーーーーーーッ!!」

「うるせえ!!こいつッ、こいつらだけは!この異状性癖クソガイジ共だけは!!僕がこの手でぶっ殺してやる!!」


 羽交い締めにされたラットの腕の中で暴れるそえーん。

 どいつもこいつも平常運転でろくでなしなのだった。ちょっと真面目に心配した純情な気持ちを返して欲しい。

 うがーっ!と両手を振り回すものの、彼もまた全身至る所が傷だらけ。肋骨辺りからビシリとかバシリとか嫌な音が鳴ったあたりであえなく沈黙した。

 全体的にぐったりとした感じのそえーんは言う。


「……なんか明らかにヤバい音が鳴ってるのに全然痛くないのって逆に怖いな」

「それだけ体がボロボロって事じゃないです?痛みは命を守るためのブレーキってどこかで見ましたし」ラットは羽交い締めにしていた腕をそっと外して、「ホント、一体何があったらそこまで傷だらけになるんですか」

「その辺はまた後でな。どうせえあくんにも同じ事聞かれるだろうし。こっちもえあくんに聞きたい事とかあるし」


 と、そこまで話してようやく最初の疑問に立ち返る。

 ガイジのせいで変な寄り道を挟んでしまったが、元はと言えばエアリアルを探していたのだ。


「そう言えばえあくんは?なんか姿が見えないけど」

「いますよ。そこに」


 ラットが指さす先、部屋の隅でうず高く積まれた家具の残骸の山。よく見ると、その端で壁にもたれかかるようにして座り込む影があった。あまりにも生気の抜け落ちた姿と薄暗い室内のせいで、パッと見ただけでは残骸と同化しているように見えたのだ。

 もう、なんというか一言で言って、


「どしたのあれ。燃え尽きたみたいになってるけど」どこぞのボクサー漫画か?などとそえーんはにわか知識で首を傾げてみる。

「ああ……えぇと。それは、その」

「んだよ煮えきらねえな。……おーいえあくん、エアリアルくーん!ちょっと君に文句とか質問とかあわよくば一発ぶん殴ったりしたいのでこっち、こっち来る」


 ちょいちょいと、まるで小さな子供に飴を見せびらかして手招きするような胡散臭さでそえーんはエアリアルを呼ぶ。

 名前を呼ばれた事に反応したのか、エアリアルの肩がピクリと震えた。

 のろのろと、緩慢な動きで顔を上げて、


「…………、アイーン……」


 開口一発、めちゃくちゃ場違いな単語が聞こえた気がした。

 エアリアルは生粋のツッコミサイドである。死ぬまでガイジの暴走に付き合わされてトンチキがどうのと喚き散らすのが宿命だ。怪我人に迷わず拳を振るう良識の無さでも常識は捨てていなかったはず。

 だからそんなはずはない。そんなはずはないのに、どう記憶を探ってもアイーンしか出てこなかった。


「どうしたんよえあくん。ボケの供給不足で自家発電路線へ切り替えちゃったの?」

「アイ……アイーン」

「やめとけって、今時ノリツッコミなんかするの酔っぱらいのオヤジくらいだぞ。流行らねえって」

「アイッ!?アイーン!……アイーン、アイ、アイーンッ!!」

「……いい加減にしろよお前。さっきからアイアイアイアイ、猿かテメェは!!」

「アイーーーーーーン!!」


 もうそろそろ面倒くさくなってきたそえーんは、まともに取り合うことを放棄した。

 そもそも会話自体が成り立っていない。何を聞いてもアイーンの一点張りでは、それこそ異世界人と無謀なコミュニケーションを図っているようなものである。単語にバリエーションがあるだけ異世界人の方がマシかもしれない。

 そんなわけで早々に相互理解への道を投げ捨てた彼は、唯一話の通じるラットへと視線を移す。


「なにアイツ、個性の設定捻りすぎて方向性見誤ったキャラみたいになってるんだけど。テコ入れするにしてももう少し利便性とか考えなさいっていうか」


 こんな会話すらままならない感じにしてどうすると言うのだ。これが週間漫画なら扱いにくすぎて間違いなく次週にはいなくなっているパターンである。

 呆れ顔で問うそえーんにラットは困ったような、言い淀むような、なんとも言葉にしにくい感じをザラついたサメ面で器用に表現して、


「いや、その……しょうがないんですよ。エアリアルさん、この三日間ほぼ休み無しで魔法を使い続けているので……」

「は?なんだってまたそんな訳分からん展開になってんの?」

「……アレですよ」


 毛むくじゃら指が部屋の壁際、ちょうど通りに面した方の窓を指す。


「……ッ!!」「……ッ!!」「……ッ!!」


 何故かぴっちりとカーテンが閉じられた窓の外からは、人の叫び声のようなものが絶え間なく流れ込んできていた。

 聞き覚えのない言葉なので意味は分からないが、誰も彼も口を揃えて同じ単語を叫んでいるらしい。


「……そういや、さっきからずっと聞こえてんなアレ。なんなの?異世界のお祭りかなにか?」

「そんな平和的なものだったら良かったんですけどね」ラットは疲れたように溜息を吐いて、「アレは全部、我達に向けた————罵倒ですよ」

「…………、は?」


 あまりにも予想外の言葉に、一瞬思考が止まる。

 罵倒?罵倒ってなんだ。どうしたらいきなりそんなきな臭い言葉が出てくる展開になる。

 無理解を表情に滲ませるそえーんに、ラットは「分かりませんか?」とまた困ったように苦笑して、


「そんなボロボロになるまで何して来たかは知りませんけど、そえーんさん達は三日前に外で『何か』をしてきたんでしょう?」

「……ああ、まあ。そりゃ、ちょっと派手に暴れてきたけど、別に異世界人の不興を買うようなことなんて何も、」

「本当ですか?()()()()()()()()()()()()()()()

「————は、」


 呼吸が、

 空白を生んだ。


「中心地から半径五〇〇メートル近くの街が全部、跡形もなく押し潰されてるんですよ?当然そこには異世界人だって大勢いました。その人達を含めて、もう何一つ残っていないんです」

「ちょ……っと待て、待てよ!そりゃ確かに僕らがその関係者であることは認める。街がぶっ壊れたことだって知ってるさ、けどそれをやったのは僕らじゃない!全部アールマティって奴の仕業だ!むしろ僕らはそいつを殺した側だぞ、それがどうしてこっちに矛先が向く話になる!?」

「それを証明できる人はいますか?」

「……な、に?」

「我やエアリアルさんはいいです。これでもそれなりに付き合いは長いですからね、いくらそえーんさん達でも流石にそこまではしないだろうって信用はあります」でも、とラットは冷然に逆説を紡いで、「異世界(ここ)の人達はどうです?」

「…………、」

「面識も無い、言葉も通じない、経歴も出身も分からない。そんな正体不明の誰かが、街を消し飛ばした中心地から歩いてきた。その姿は彼らから見たらどう映ると思います?」

「それ、は……けど、でも!」

「ええ、真実は違うんでしょう。本当のところは真逆なのかもしれない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()————彼らにとって大事なのは、自分の知人が、大切な人がいなくなってしまったこと。その怒りと恨みを向けられる相手が明確に存在していること、ただそれだけなんですよ」


 ……どこまでも。

 どこまでも底冷えのする理屈だった。

 冷たくて、本当に一分の隙間もないほど冷たくて、

 心が、凍るかと思った。


「それじゃ……それなら!お前達はどうなるんだよ!?」


 だから、そえーんは否定する。理屈も理論も、整然とした道のりも捨てて、まず否定を念頭においた上で言葉を発した。


「ラットくんもえあくんも、僕らよりずっと前からこの世界にいるはずだ。こんな立派な家を借りられるくらい生活だってしてきたんだろう!?たとえ僕らが疑われたとしても、お前達が否定してくれれば!」

「同じですよ」


 それでも、ラットの答えは変わらなかった。

 凍り付くように冷えきった声のくせに、その表情は痛みを堪えるような————まるで、無様に喚くそえーんを労わるような目をしていた。


「エアリアルさんだって、ここで生活してきたのはたかだか一年程度です。いくら異世界人との交流があったとは言っても、感情に突き動かされた暴動を鎮めるほどの力なんかありません。……我なんて、こんな見た目です」灰色の体毛に覆われた体を主張するように、両手を広げる。「こんな、どの種族とも言えない亜人が何を言ったところで聞く耳なんか持ってくれませんよ」

「……でも、」

「彼らがこの部屋まで押し入って来ないのは、単にエアリアルさんの魔法でこの家に近付けないようにしているからです。それがなかったら、今頃我も含めて皆八つ裂きにされてます」

「…………、」


 嘘みたいな話だった。嘘みたいな話なのに、否定できるだけの根拠がどこにもなかった。

 それでも信じられない。それでも信じたくなかったから、そえーんは信じないことにした。


「……嘘だね。だってここは異世界だ、僕らは転生者だ。だったらもっと都合よく話が進まないとおかしいだろ!」

「この世界が、我達の都合よく動いてくれた事がありましたか?」

「うる、せえよ……!」


 ラットでは話にならない。重い体を無理矢理動かして、よろけるように窓際へ進む。

 否定する根拠がないのなら、自分の目で根拠を見つけ出せばいい。

 大丈夫だ、きっとラットはなにか大きな勘違いをしているだけだ。外から響く大音声も、本当は街を破壊したアールマティを殺したそえーん達に向けての歓声とか、そういう物の可能性だってある。……うん、そう考えたらむしろそうとしか思えなくなってきた。だって、そっちの方がよっぽど『異世界転生もの』っぽい。一つの試練を乗り越えたら目一杯のご褒美を、異世界人から口々に褒め称えられ、胴上げされまくって、金もたんまり貰って、ついでにこの辺で可愛い美少女ヒロインとかに脈絡もなく好かれれば文句なしだ。元の世界に彼女を置いてきてはいるものの、そこはそれ。モテたいというのは男の根源的欲求なのである。そもそも、こんな所に来てまで元の世界のやさぐれ感とか不条理感とか引っ張って来られてたまるかと言うのだ。いくら文化が中世風だからと言って、まんま中世の魔女裁判みたいなことあるわけが無い。

 だから、大丈夫。大丈夫だ。

 そえーんはニッコリと、褒め称えてくれているであろう群衆に向かって満面の笑みを用意して、

 カーテンを、開く。


「……ッッッ!!」「……ッッッ!!」「……ッッッ!!」「……ッッッ!!」「……ッッッ!!」「……ッッッ!!」「……ッッッ!!」「……ッッッ!!」「……ッッ「……ッ「……ッッ「……ッッ「……ッッッ」ッ」ッ」ッッ」ッッッッ!!!!!」



 音の、

 洪水。



 ジャッ!とカーテンを閉める。


「————よし、逃げよう」

「気持ちは分かりますけど変わり身早すぎません?そこまで手のひら返すの早いと真面目に語ってた我の立場がないんですけど。というか純粋になんかちょっと恥ずかしいです」

「んな事言ったってお前あれ、あれどうみてもヤバいじゃん!家の前にズラッて!!二桁じゃきかない数の血走った目をした人間がズラッて!しかも叫んでる内容絶対に死ねとか殺すとかそっち系でしょ!異世界新入生の僕でも雰囲気だけでなんとなく分かったんだけどあれ!!」


 異世界だろうとなんだろうと何も変わりゃしないのだった。人間怖い。

 畜生なんだって僕らばっかりこんな目にーっ!!と頭を抱えるそえーん。本人は至って真面目にガタブル震えているのだが、先程までのシリアスな温度感との落差も相まって非常にコミカルな感じになってしまっている。

 異世界というのはどこまでも非情なのだった。


「ていうかラットくんはどうしてそんな冷静でいられるんだよさっきから!もっと慌てたりしろよ!!危機感とか足りてないんじゃねえの!?」

「いや……我はそえーんさん達から逃げきれなかった時点でいつかこんな日が来るだろうとは思ってましたし。来るべき時が来るべくして来たっていうか」

「悟りの境地!?実はお前全然僕らのこと信じてないだろ!!」


 何が『信用はあります』、だ。そんなもん欠片も感じられないではないか。

 思えばこの半ネズミ、しばらく前から諦めがどうのとしょっちゅう言っていた。全体的に仲間意識とかが欠如しまくっている。

 憤慨するそえーん自身も生贄だのなんだのと、ラットに対してかなり心無い形容をしていたはずなのだが、そのへんの都合の悪い部分は全部棚の上にうっちゃったらしい。

 ただし悲しいかな、エアリアルというもう一人のツッコミ役が完全に機能不全に陥った今、そこを追及する者はいないのだった。


「アイーン……」

「もうなんでもいいけどしゃっくり(それ)、どうにかならない?根本的に緊張感なんですよ」

「アッイ……」


 ダメらしい。全く本当にどいつもこいつも状況を把握していてこれなのだからろくでなしばっかりだ。

 何が酷いって、普段はまともを装っているくせにいざと言う時はしっかり頭おかしいエアリアルとか言うやつが一番酷い。まともまとも詐欺か。TLの良心だのなんだのと甘やかされてきたからこういう大事な時に使えない人間が出来上がるのだ。やはり人間厳しい環境の中で育つべきなのである。

 ゆとりの甘ちゃんめ、とそえーんは蔑んだ目を壁際へ向ける。

 特に謂れのない理不尽でいきなり見下されたエアリアルは「アイイ……?」と困惑したような声を上げていた。


「……とは言え、逃げるにしたってもうあまり時間の余裕はありませんよ」


 この緊張感ぶち壊しドリフ崩れ、いっそのこと吉本あたりにでも売っぱらってやろうか、などと思案を巡らせていたそえーんは、ラットの声で我に返る。

 めちゃくちゃに荒らされた部屋の中、比較的まだマシなキッチンの上に畳んで置かれていたそえーんのパーカーを手渡しつつ、


「今まではエアリアルさんが魔法で何とか抑え込んでくれていましたけど、一回の『魔法』が持続する時間はどれだけ引っ張っても数時間が限度らしいですし……なにより、もう水や食糧が尽きかけてます」


 今回のが切れたらおしまいですね、とラットは肩を竦めた。

 ……やけに軽い調子で言ってくれるが、それはいわゆる限界ギリギリの崖っぷちと言うやつではなかろうか。そえーんは土埃にまみれ薄汚れてしまったパーカーに袖を通しながら首を傾げる。


「食糧のことはどうしようも無いとしても、別に『魔法』だけなら切れてもまた使えばいいだけの話じゃねえの?」

「あんな状態でまともに『詠唱』なんか出来ると思います?」


 ラットが気の毒そうに目を向ける先、エアリアルは未だ空中を見つめながら一秒に一回のペースでアインアインしていた。


「……ちなみに『魔法』が切れるまでの具体的な時間は?」

「ハッキリと断言はできませんけど、最後に使ったのが三時間前なので……恐らく、一時間くらいじゃないですかね」

「なるほどね、よし分かった」


 そえーんは冷静に頷いて、家具の山から半分くらいに割れたテーブルの天板を引っ張り出す。


「……うぉぉぉおおお起きろバカ共逃げるぞおおおおおおおおおおおお!!!!!」

「だから今そんなので殴ったら死んじゃいますから!!ていうか今じゃなくても普通に重傷コースそれ!!ストップ、ストーーーーーーーップ!!!!」


 振りかぶられた両腕を羽交い締めにするラット。……というかこのくだり、ちょっと前にやったばかりな気がする。激しくデジャヴ。

 そえーんさんって普段からゴチャゴチャ言ってる割に実は脳筋なのかな?などと思ってみたり。


「じゃなくて!そえーんさんの中に平和的なモーニングコールの概念とかないんですか!?」

「あぁん!?」リアルに命がかかっているそえーん、今回ばかりはビキビキという全身の骨があげる悲鳴を無視して暴れながら、「んなもんで貴重な時間を浪費してたまるか!人間ぶっ叩いたら大体起きるだろ!死んだら死んだ時だ、ガイジの命より僕の命の方が大事!!はーなーせーッッッ!!!!」

「もう全体的にめちゃくちゃ!!人の命大事にして!そもそもホントに死んじゃったらそえーんさんだって無事に済むとは言い切れないでしょうに!!」


 やけくそ気味で放たれたラットの叫びに、そえーんの動きがピタリと止まる。

 ギギギ、と音がしそうな感じで振り向いて、


「……今、なんて?」

「いや、だから」頬を引き攣らせたそえーんに、ラットは呆れたような溜息を吐いた。「我は含まれていないのでよく知りませんけど、そえーんさん達四人は文字通りの意味で一蓮托生みたいな状況なんですよね?……だったら極端な話、一人が死んじゃったら皆道連れって可能性はないんですか?」

「……いや、それはないでしょ。美少女ヒロイン相手ならともかく、こんなガイジと強制的に桃園の誓いとかいくらセオリーガン無視の頭悪い世界だってそこまでは流石にさあ。……うん、ないな。ないない……ないはず、ないと思う…………ない、よな?」


 加速度的に言葉尻から自信がなくなっていくそえーん。言われてみれば、それを否定する根拠とか見当たらないのだった。

 そもそも、四人のうち誰かがちょっと離れただけで正体不明の痛みが襲ってくるのだ。それが死んだともなれば、どんなフィードバックが待っているかわかったものでは無い。

 振り上げていた両腕をパタリと下ろす。

 手から離れた天板の残骸が床に倒れて、派手な音と共に埃が舞った。


「しゃーねえ、ぶっ叩く路線は無しにするか」

「……言うまでもないことですけど、蹴るとか殴るとかもダメですよ?平和的に!あくまで平和的に!」

「ラットくんは僕をなんだと思っているわけ?」


 人のことをサルか何かと同列視してる風味がある。まったく失礼な毛むくじゃらなのだった。

 ここまでバカにされてはもう引き下がる訳にいかない。スマートかつ知能的にしっかり叩き起してやろうじゃない!とそえーんは鼻息を荒らげて最初のターゲット、辺獄へとズンズコ進む。


「……あ、っあー」


 辺獄の枕元、へたりこんだまま熟睡しているホルモンの隣に胡座をかいたそえーんは、喉に手を当てて発声練習。

 何度か首を傾げつつも、最終的に「よし」と頷いて、

 言った。


「————オキテ、オニーチャン♡(裏声)」

「どこからか可愛らしい妹の声ッッッッ!!!!」

「はいここですかさずホルモンちゃんをドーン」

「……?……っ!オニーチャン!!」

「おぎゃぁぁぁああああああ!!!???起き抜けに内臓がぁぁぁああああああああ!!!!」

「————ハッ!なんや面白そうな辺獄くんの悲鳴ッッッ!!」

「何にも面白くないッッ!!ちょっと助けてください卿さん!!内臓が!内臓が首を絞め落とす勢いで絡みついてくる!!」

「————ハッ!新境地首絞めパイズリシチュッッッ!?」

「ズリキチさんは一体なにをふざけた聞き間違いしてるんですか!?助けてって!!」


 そえーんの一言 (とホルモン) によって瞬く間に生み出される阿鼻叫喚。

 むさ苦しい地獄絵図を眺めながら、そえーんはうんうんと頷いて、



「な?平和的解決なんてやればできるんだぜ」

「この惨状でどうして自信満々に歯とか煌めかせられるんですか????」



 立てた親指が涙のように虚しく光っていた。

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