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FF《フォロワー・ファンタジー》  作者: 疎遠
序章 競合に満ちた明日へ Shoot_oneself
14/43

paradigm-Ⅱ

 ……ありえなかった。ありえるはずのない光景だった。

 息があるならまだ分かる。自力で立ち上がる余力も認めよう。

 腐っても『神』。その自称を用いる規格外である以上、たった一度の反撃で殺しきれるとまでは期待していない。

 だが、

 完璧なタイミングで意識の間隙を突いた全力で、

 完全な意志の統一を経た殺戮で、

 傷の一つすら、負わせられない。

 そこまでの隔絶など、ありえていいはずがなかった。


「……マジで、」


 これは、一体なんだ。

 そんな漠然とした疑念すら抱くほどに、その存在は遠すぎる。

 理解できない。

 領解できない。

 承伏できない。

 いっそ、人智を超えた、未知のナニカだと言われた方がまだ納得できる。

 ……本当に、これは生命なのか。

 ここに来て、そえーんの脳は初めて正しく疑問を発した。

 一瞬、しかし確実に、思考回路が空白を生む。

 そして、その空白は、

『神』の前においてあまりにも致命だった。


「今一度、告げます」


 凍えた、声。

 我に返った時にはもう遅い。

 地震の前兆のような、微細動。それが足を伝うと同時、そえーん達の周囲を白い粉末が覆う。


「『神』は不可侵。『神』の裁定こそ道理。我らの力の一端を得たからと言って、見苦しくも増長するその浅薄。自らの愚かさを認めなさい」


 微風の中、揺蕩う粉末。

 その一粒が、日光に反射して瞬いた。

 そう、まるで————ガラス片のように。


「——ッ!?退がれ!!」


 叫びつつ、そえーんは全力で後退する。

 一秒でも、一瞬でも早く。粉塵の領域から逃れるために。

 刹那。


 ドバッッッッッッッッッッッ!!!!!!!と。

 異次元の轟音と共に、

 空間そのものが、爆発した。


 辛うじて粉塵の外に出ていたそえーんが爆炎そのものに巻き込まれることは無い。

 ただし、その余波は爆発圏の数倍に渡って拡散する。


「ゴ——、ァ!?」


 背中を潰す衝撃に息が詰まった。

 前のめりに地面へと叩き付けられる力を、転がることでどうにか逃がす。

 ザラついた地面に削られた肌の痛みに顔を顰めながら、そえーんは信じられないものを見るように爆発地点へ目を向けた。


「ふざ、けんな……シランだと!?」


 ()の世界で聞いた覚えがある。

 通常、土壌中に含まれる最多の元素、ガラスなどに使用されるケイ素が空気中の水素と結合する事で生み出されるシラン化合物。その発火点は異常に低く、常温でも容易に発火するため危険物指定される程の劇物が大量に撒き散らかされたことで爆発したのだ。

 だが、


(……石柱だの岩塊だの、石や岩を操れることくらいは分かってた。けどまさか、)


 シラン化合物を生み出すのは、単純に地中の石や表層に転がる岩を操作するのとはわけが違う。少なくとも、地中に存在するケイ素を抜き出し、放出するだけの繊細な技術が必要になるはずだ。

 いいや、それ以前に。

 土壌が含むのはケイ素だけでは無い。数多ある元素の中からケイ素だけを抽出するなど、それこそ大地の砂粒一つに至るまで掌握でもしていなければ到底行える芸当ではない。

 つまり、アールマティが司るのは単純な石や岩などではなく……、


(……まさか、()()()()()()()()()アイツの武器だって言うのか!?)


 冗談ではない。

 本当に、冗談ではなかった。

 仮に、もし本当にアールマティが大地の全てを手中に収めているのならば、地を踏み、駆けることしかできない人間に勝ちの目など無い。

 極端な話、地割れでも起こされてしまえば足場を失いそのまま墜落して終わりだ。

 ゾッ…と背筋に怖気が走る。

 そして、その怖気を裏付けるように、


「罰責」


 大地が、

 波打つ。


「————!?」


 後方、せり上がる土砂の高さは優に一〇〇メートル以上。周囲の大地を収縮したことにより形成された土壁は、重力によって崩落を始める。

 それは、土砂によって顕された津波だった。

 迎撃など不可能。逃げる道すら極大の自然は残さない。

 土石流。その三文字では表現しきれない暴威が、降る。


「『無限乳挟射艶世』!!」


 絶叫。

 瞬間、目前に迫る激浪ごと世界が塗り替えられる。


「……どうなってんだ、これ。いくらなんでもチートが過ぎるぞあの女」


 四人とアールマティを残し、全てを消し去った荒地の上でズリキチが呟く。

 その表情は、困惑の色に染っていた。


「ホントですよ。神様だからっていくらなんでも好き放題しすぎでしょうに」

「そもそも、なんでアレはシラン爆発なんぞ知ってるんや。まるっきり化学やで」


 半径約一メートル。唯一乳房に覆われない安全圏で体を起こしながら、卿と辺獄が追随する。


「考えるのは後だ、それより……」そえーんは注意深く周囲に神経を張り巡らせながら、「……やっぱ、意味ねえか」


『無限乳挟射艶世』は世界を塗りつぶして終わりではない。無数に咲き誇る乳房は標的を問わず、あらゆる人類を快楽の沼へ引きずり堕とす。

 故に必中。本来なら、展開した時点で趨勢が決するほどの効力を持つが、


「不埒。神に堕天を誘うか、獣」


 ズオッッ!!と、アールマティを覆う乳房が弾け飛ぶ。

『無限乳挟射艶世』が効力を発揮するのはあくまで人のみ、ラットに対して意味を持たなかったように、人でないものには通用しない。

 大地そのものを司るような神格が、人の区分に収まるはずがなかった。


「だからこそ、コイツは切り札に残しておきたかったんだけどな」

「ボヤくなよ、それともあのまま土の雪崩に巻き込まれてた方が良かったか?」


 ズリキチのごく真っ当な反論に、そえーんは肩をすくめることで答える。

 どの道こうするしかなかったのは事実だ。絶望的に聳えるアールマティに対して、出し惜しみなどしている余裕はない。

 判断は一瞬。一手間違えれば確実に死が待っており、間違えなくても次の瞬間にはまた選択が襲ってくる。

 絶えることの無い、生死の分岐点。


(……クソが。こんなんで、どうやって)


 額に流れる冷や汗を拭う。


「……ちなみに、僕らがこの中に突っ込んでいく方法は?」

「快感を極めろ。ズリの極地に立てばなんの問題もない」

「冗談やろ、猥は脳内ピンクのゲェジにはなりとうないで」

「それは私も賛成です」

「いや、辺獄くんはもう立派なゲェジやん」

「なんで卿さんっていつも自分はガイジじゃないみたいな言い方を自然にできるんです?」

「……お前らな」


 急に緊張感を無くした会話を始めるバカ二人に、そえーんは呆れた溜息を吐く。

 ……だがまあ。おかげで気は抜けた。

 出し惜しみなどしていられない。取れる選択肢に数はない。ならば、するべきことは後悔ではなく、選んだ一手を次にどう活かすかだ。

 そえーんは一息、長く細い息を吐いて。

 改めて眼前の敵を見据える。


「ズリキチ、もう一度聞くぞ。僕らが僕らのまま、乳の中に突っ込める方法は無いのか」

「……、この世界はあくまで俺の心象の具現だ。与える快楽も俺の想像に依存する」

「つまり?」

「お前らでも耐えられる程度に俺の想像力を引き下げれば、恐らく」


 ならば、次の選択は決まった。

 そえーんは一歩、アールマティへ踏み出すように前へ出る。


「正気ですか?想像力を引き下げる、なんて感覚的な話、ズリキチさんが加減を間違えたら普通に自滅ですよ?」

「そうなったとしても、アレに殺されるよりは多少マシだろ」

「仕方ねえ。どうあれ、アレ殺すには近づかないと話にならんしな」


 言葉とは裏腹に楽しげな笑顔の卿が並ぶ。

 その表情を見て、渋っていた辺獄も諦めたように頭を搔いた。


「内面に意識を割く以上、これからの俺はまともに戦える余裕がない。フォローは期待はするなよ」


 ズリキチの声を背中で聞く。

 一度、そえーんは首を鳴らして。


「……だとよ、作戦会議はいるか?」

「つまらない冗談よしてください。そんなのしたところで、どうせ誰も守らないんでしょ」

「よう分かってるやん、他人の指図なんか素直に聞いてたまるか」


 支離滅裂。理解不能に共感不能。チームワークの欠片もない会話。

 そんな、普段通りのやりとりにそえーんは

 小さく、笑った。


「だよな。そんじゃ、まあ」


 狙うは神殺。

 君臨する『神』は絶対。その存在は揺るがざる者、その裁定は正しき者。それを前にして呼吸することすら畏れ多く、挑みかかることなど不遜極まる。

 確かに、人間に勝ち目などない。平伏し、地に頭を擦り付け、裁定を粛々と受け入れることこそが世界の理念。

 繰り返そう。

 人間に、勝ち目はない。

 正しく認識した。正しく理解した。正しく思い知った。

 ならば、

 いいや、だからこそ。

 留意しろ。

 挑むは人間。ただし、それは常軌を外れた



 ()()()だ。



「行こうか————反逆だ」


 大地を蹴る。彼我の距離は目算にして五〇メートル弱。シラン爆発によって引き剥がされた距離を三秒で半数まで縮める。

 まとわりつく乳房は無視。快楽によって足が鈍らなければ、速度と慣性によって自ずと崩れていく。

 突貫するそえーん達を見て、アールマティの口元が僅かに引き結ばれた。


「これほどまでに諭して、未だ抗いますか。人間とは、なんと……っ」

「苛立ったな、カミサマ?」

「っ!」


 機械的な、感情のこもらない口調が崩れたことを嘲るそえーんに激高したかのような、轟速の石槍。

 温い。

 瞬き一つの間に命を貫くことのできる穿撃。当たれば絶命、掠っただけでも人の身にとっては致命的。

 だが、

 当たらなければ、そんなものはただの石塊に過ぎない。


「フ——ッ!」


 低く、地面を舐めるように身をかがめる。

 アールマティと対峙する上で、最も脅威となるのは物量と速度による圧殺だ。

 たかだか一本。感情任せに撃ち出された石槍など、複雑な軌道を描く人の拳を避けることより容易い。

 ズアッッ!!と後ろ髪を掠めるように、穿撃が頭上を通過する。

 前へ。


「増長も、そこまで行けば尊大。……いいでしょう、ここより先は折檻です。自身の蒙昧、その身をもって知るがいい!」


 アールマティが手をかざす。

 地面が胎動した。

 湧き上がるのは漆黒の粒子。噴出した砂鉄の粉塵が四人を取り囲むように半円状のドームを形成する。

 高速で微振動する粉塵が、まるで蜂の羽音を何倍にも増幅したかのような音を響かせる。

 圧倒的物量による隙間のない殺界。

 そえーんの足が、止まる。


「罪報」


 一節。短い宣告とともにアールマティの開いた五指が握り潰される。

 砂鉄の檻が瞬く間に収縮。不遜極まる反逆者諸共、空間そのものを削り飛ばす。

 それは紛れもなく不可避の一撃。逃避は許さず、防御すらも引き裂いて標的を削ぎ落とす絶殺の嵐界。

 故に、人間など跡形もなく削り殺すはずだった。

 そのはず、だった。


「————どうした、絶対者」


 嘲弄。

 拡散し、散逸する砂鉄の向こうから。度し難いまでに不敬な声が飛ぶ。


「お前の罰は、俺の理想も抜けてないぞ」


 吹き抜ける暴風。完全に形を失った檻の残滓を割って、四人が飛び出す。

 駆ける。

 立ち止まったことによって、()()()()()()()()()()()()()()()()()の残骸を振り落として駆ける。

 ただ前へ。


「小賢しい。その知性、醜悪に過ぎるぞ人間!」


 地中から幾多にも重なる軋轢音。共に、そえーんの両横から無数の岩棘が屹立する。

 必然、進路は一本。

 アールマティと四人を繋ぐ最短直線しか残らない。

 瞬後、

 その進路に亀裂が走り、


 割れた。


 襲いかかる浮遊感。出した一歩は踏みしめるはずだった支えを失い、不格好にも投げ出される。

 最も確実かつ、最も無慈悲な一手。

 自由落下による、高所からの転落死。

 数秒先の未来をそえーんは理解して、

 叫んだ。


「辺——、獄ッッッ!!」

「『過法迭追・選妹治世』————!」


 視界を流れ続ける岸壁の中、斥力場が展開される。

 だが、この場合において必要なのはそれでは無い。

 引力。

 辺獄と遥か頭上の岩棘が不可視の線で繋がれる。通常、あらゆるものを辺獄の元に引き寄せる力は、しかし硬く地面と繋がる岩棘を砕くほどの威力はない。

 結果。

 グンッッ!!と。辺獄の体が重力に逆らって浮上する。

 同時、別の線で繋がれたそえーんの体も高速で飛翔。瞬く間に地上へと踊り出し、


「ォ————、ォオオオッッッ!!!!」


 射出。

 引き上げられる勢いそのまま、アールマティへと肉薄するための慣性へ転用。

 一〇メートルの距離を一瞬で潰し、

 右の拳を硬く岩のように握り締め、


 激突。


 ゴッッガッッッッッッ!!!!!!と。

 通常の殴打ではありえない轟音が鳴った。


「……達すると、思いましたか?」


 ()()


「届くと思いましたか?『神』たる私に、矮小なる人間の手で触れられると思いましたか?」


 切り立つ石壁。

 アールマティとそえーんの間を断絶するように阻む灰色の向こうから、冷徹な目で射抜かれる。


「痴れ者が。何度も告げたでしょう、幾度も教導を与えたでしょう————己が位を弁えなさい」


 冷酷に。残酷に。厳酷に。

 揺るぎのない酷薄な目の、宣布。


「————、」


 届かない。到達しない。

 これだけやっても、指の一本すら触れられない。

 その、慈悲の欠片もない格差を目の当たりにして、


「…………守ったな」


 そえーんは、笑った。

 真正面、至近から『神』の眼を見つめ返して。

 ボタボタと、血を零す右拳に構いもせず。

 傲岸に、笑った。


「なあ、おい。カミサマ。ぐちゃぐちゃ勝ち誇ってるとこ悪いんだけどさ。……お前、『神隔』なんていう御大層な防御まで纏っておいて————()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「————ッ!!」

「焦ったか?遅せぇよ、間抜け」


 表情の歪んだアールマティを、嘲笑うように呟いて。

 瞬間、



「チェックメイトだ、三下」



 アールマティの背後から、

 そえーんと同じく射出された卿の爪先が、その頭を蹴り飛ばした。

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