人間なんて結局肉の塊
————曰く。人の死は二種類に大別できる。
肉体的死亡か、精神的死亡か。
肉体的死亡とはその名の通り、生命を維持するための機関が損耗、もしくは破壊されることによって肉体がその活動を停止すること。
対して、精神的死亡の定義は非常に曖昧だ。
いわゆる植物状態と呼ばれる脳死、過剰なストレスによる鬱や発狂を始めとした精神障害も含まれる。
つまり、精神的死亡とは『機関』ではなく『機能』。生命を維持するためのパーツは揃っていてもそれを動かすための燃料が枯れ果てた状態であり、極論、健全な精神性を維持するための柱となる大切なものが壊されればそれだけで人は死に至る。
その視座に立って見れば。
その瞬間。
辺獄は紛れもなく、死んだ。
「————ぁ、は?」
掠れた声音は意味を孕まない。
現実を受け入れられない脳が反射的に軋む音、それが口という機関を通じて漏れ出しただけ。
受け入れられない。受け入れてはいけない。目前の肉塊がナニかなど、どう見ても内臓にしか見えないそれがダレだったのかなど、気づいてはならない。
気づいてしまえば————後戻りが、できなくなる。
だから気づかない方がいい。気づいてしまってはならない。受け入れてはならないのに、
「…………ぅ、ぶっ!」
理性より、本能が先に答えを押し付ける。
この肉塊は、生々しい内蔵は、
かつて少女であったモノなのだと。
吐き気が、した。
ついさっきまで言葉を交わしていた人間が、何も発することの無いモノになった事実も。
視覚を汚すようなモノの外見も。
全部に吐き気がする。
それはきっと、本能的な自衛衝動だった。
だって、辺獄はありふれた普通の人間だ。死を隣人とする戦場を生きてきたわけでもなく、臓物を友人とする煉獄に身を置いてきた訳でもない。そんな普遍的な人間にこの情景を耐えられるはずがない。
だから辺獄は振り向いた。
仲間を探すように、同じ絶望を味わう誰かを探すように。
それはある種、現実逃避だったのだろう。
死滅した精神を立て直すための現実逃避。
だが、
「うわ、卿さん……辺獄さんに一体何をしたんです?」
認識が、
途絶する。
「あー……、でもまあいいんじゃん?辺獄くん以外に誰も影響受けてないなら、僕も喧嘩しなくていいし。ていうか疲れた、もうこれ以上ガイジとやり合いたくない」
意味が。
理解が。
何一つ、追いつかなかった。
「 な、ん」
この異常な光景を前にして平然と言葉を交わすその姿に————ではない。
そんなことはどうでもいい。
平然と言葉を交わす、その中身。
彼らの言い方はまるで、
「なんで……なんで、私がおかしくなったような言い方ができるんですか!?」
まるで、異常そのものがないかのような。
人肉を喰らうことを当然の慣習とする部族の中にただ一人放り込まれたかのような、得体の知れない疎外感を覚える。
途方もない、隔絶。
辺獄の背筋に理由の分からない怖気が走る。
「なんや、」
声は。
その震えを感じ取ったかのように、響いた。
「どうしたの辺獄くん?君のかわいい妹が、何か他のものにでも見えたんか?」
柔らかく、柔らかく、真綿のように。心を絞めあげる、声。
ギギギ、と。首の骨が苦鳴する。
「教えてよ、辺獄くん。君には————妹が、どう見えるんや?」
意思に反して巡る視界は、確かに見た。
満足気に微笑む、男の顔を。
その意味を、理由を、辺獄は理解する。
そして、
そして、
そして。
「…………………………………………………………………………………………………………………………あ、はい」
もうなんか、全部諦めちゃった。
だって卿だし。
これはもう災害だと思った方がいい。怒るとか悲しむとか、そういうのはあくまでそれが人の仕業であればこそだ。卿はあれ、人の分類じゃない。台風とか竜巻とか、そんな感じ。
まあ、その、なんだ。
妹は哀れだけど、運が悪かったとしか言えない。というかよく考えたらあの少女、多分自分のことを兄として認識してなかったし。欲しいのは一般名詞的『お兄ちゃん』ではなく特定指示語としての『お義兄ちゃん』なのだ。一方通行では真の兄妹愛にはならないのだった。
ということで哀れ名もしれぬ少女。君のことは忘れない。そう辺獄は肉塊に向かって手を合わせる。
「ナンマンダブ」
「辺獄くんはなんですぐ諦めるん?大切な妹が可哀想。もっと嘆き苦しんで妹を救う方法を考えるべき」
「……、…………?」
「………、ん?」
なんか今、おかしな声が聞こえた。
「人間何事も挑戦やで。妹キチの辺獄くんなら、肉塊撲殺して新たな妹錬成とかしそうやんな」
「ちょっと黙っててくださいサイコ」
ここはキチガイの出る幕ではない。
「…………、……!」
「え、あれ?おかしい、やっぱりあの子の声がする」
最初の一度は聞き違いかとも思ったが、二度続けばそれもないだろう。
もしや、この肉塊はあの子ではなく、彼女はどこか別の場所に隠れているだけなのでは?辺獄の脳裏に一筋の光が差す。
が、
「……………!!」
「ヒィ!?なんでこの内臓いきなり私に擦り寄ってきてるんですか!?キモイ!!」
「……………、」
「今度は萎びてるんですけど!!何もうホントに!!」
人がせっかく希望を持ちかけたというのに、厄介なナマモノである。肉塊なら肉塊らしく大人しく転がっていて欲しい。ていうか視界に入ってきて欲しくない。
「……あの」思わず飛び退る辺獄の耳に、遠慮がちなエアリアルの声が届いた。「なんとなく状況は分かったんですけど。辺獄さん、それ……あの子ですよ」
「……、はい?」
「いや、辺獄さんにはどう見えてるか分かんないんですけど、その……内臓?あの子です、妹って言ってた子」
「……、つまり?」
「さっきからずっと『お兄ちゃん』って呼んでます。辺獄さんに避けられて今ちょっと涙目」
「…………、」
エアリアルの指差す先をもう一度よく見てみる。
なんか内臓が汁出していた。ぶよっとした脂肪の上部、見ようによってはまるで涙を流しているよう、にも。
つまり、その、あれか。
辺獄にはどう見ても血と脂肪と生々しい肉の塊にしか見えないコレは、実はあの少女で。今も変わらず辺獄に懐いている可愛い金髪碧眼がちょっと泣いちゃってる、みたいな。
「————卿さんホント最悪すぎる!!」
もう心底冗談じゃなかった。
「なにそれ!なにその魔法!どこに需要があるんですか!?妹が内臓に見えるようになる魔法とか、私に対する嫌がらせ以外のどこにも使い道ないですよね!?なんなんですかそこまで私のことが嫌いですか!?」
「失敬な、猥は人類皆愛してるで。あとこれな、妹が内臓に見えるんやなくて好きな物が内臓に見える魔法だから。良かったね辺獄くん、君が妹大好きって証明されたで」
「意味わかんない!!」
こうなったらもう卿を殺すしかなかった。元凶を排除さえしてしまえばまたあの少女に巡り会えるはず、まだちゃんと『お義兄ちゃん』とすら呼んでもらっていないのだ、こんな所で諦めるわけにはいかない。
「てことでやっちゃってくださいそえーんさん!」
「————あ、ちょうちょ〜」
「なんでぇ!?さっき普通に喋ってたじゃん!!」
「卿さんの魔法が想像以上に厄介過ぎてまた許容量オーバーしちゃったんでしょうね……」
「肝心なところでいっつも役に立たないこの人!!」
普段あれだけ人を罵っているのだから少しは助けてくれてもバチは当たらないと思う。ていうかむしろ助けて当たり前だろう、なんなんだどいつもこいつも。
「こうなったら私がやるしか……!妹は私が救う!」
「やる気なん?あ、でもその前に一つ言っとくとね」
「うるさい!どうせまた余計なことしか言わないんでしょ!!人の幸せをぶち壊す加虐趣味のイカレサイコくたばれ!!うぉぉぉああああ————!!(怒)」
「この魔法、猥の意思でしか解けないから。猥が死んだら一生そのままだよ?」
「うぉぉぉああああ————!!!!(泣)」
振りかざした拳はそのまま急降下。流れるように崩れ落ちた辺獄が板張りの床をバンバンぶっ叩きながら号泣する。それを満足気に笑いながら動画に収める卿。世界は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄絵図を呈していた。
エアリアルは遠い目をして思う。
————そえーんさん、早く元気になってくれないかなあ……
* * * * *
「……お前らは根本的に学習能力ってもんが欠落してると思うよ」
ちょうちょ舞い踊る花畑(比喩表現)から時間経過で舞い戻ったそえーんは、開口一番そう言った。
ぶっちゃけ状況は何も掴めていない。
掴めていないなりにそう断言出来るのは、それほど目の前の光景が酷かったからである。
「こんな……こんなのってない。いくらなんでも酷すぎる……私はただ妹と幸せな小世界を築ければそれで幸せなのに……!」
「辺獄くんだけ一人で幸せになったら他の皆が可哀想やろ?幸せは皆で分かち合おうや、ちなみに猥は今幸せです」
「……こんなことがあっていいのか」
「エアさん壊れないで!壊れたらこの地獄のような空間に我一人取り残されてーっ!!」
「なあ、俺はいつまで簀巻きで転がされるんだ?体中痛えんだけど、腹いせに『無限乳挟射艶世』っていい?」
素晴らしい。ちゃんと会話を聞いても酷い以外の情報が何一つ入ってこない。卿はいつも通り論点と結論のズレたガイジっぷりだからいいとしても、辺獄はあれなんだ。何がどうなったら『目潰し厳禁』などと書かれた布で両手を巻かれた状態のまま大号泣することになるのだ。
なんかズリキチがちゃっかり起きてることからして軽く数時間は経っているというのに、ギルドの中から一歩も動かずこの惨状。激しくデジャヴ。
唯一喜べる要素と言えばエアリアルが疲れきって精神崩壊している姿くらいのものだが、それにしたって放置されたラットがあまりに哀れである。ていうかあっさり型ツッコミ役のエアリアルがああも疲れ切るような状況でまだ普通に嘆ける精神性を維持しているとか、実はラットって思ったより強靭な心をしているのかもしれない。
とにかく、全体的に言って。
「もうヤダこいつら……」
こんな世界に戻ってくるくらいなら、いっそのこと正気なんて失ったままの方が良かった。
もうツッコむ気力もない。それ以前にどこからツッコんでいいかも分からない。
そえーんは頭を抱える。
「……、…………」
「あ?」
蹲っていると、小さく袖を引かれた。
振り向く。軽く目線を上げた先、金髪碧眼の少女が不安げな顔で立っていた。
「あー……」
言葉は依然として何一つ分からない。だけど、言いたいことはなんとなく察せられた。
「……まあ。父親が快楽堕ちした上に辺獄もあれじゃ、不安になっても無理はないか」
「…………っ、」
少女は小さく俯く。
それを責める気にはならない。まだ体も心も未成熟な彼女に、今の状況はあまりにも酷だ。その小さな肩で孤独を背負うには早すぎる。
「でもな、このクソみてえな世界はあんまりそういう事考えてはくれねえんだ。平等とか順序とか、そんなものが正しく働く人生なんて、ほんのひと握りの幸せな奴だけだよ」
「……、……!」
少女は細かく震えている。
認められないのも仕方がない。本来、世界が不平等で不条理なのだということは教えられるものでも諭されるものでもない。多くの経験を得、自分で掴み取る事でようやく辛うじて納得できる類のものだ。
「何も悪くなくても奪われることもある、何も望んでいないのに押し付けられることもある。人間なんてちっぽけな生き物がそれをどうにかできるなんてのは思い上がりだ。僕らは所詮その程度にも手が届かない。————だから、まあ。泣くくらいの自由は認められてもいいんじゃねえの」
「…、……っ!」
少女は着ている服の裾を強く握る。
今は泣けばいい。泣いたって嘆いたって、最後に笑えればそれで十分。人は、そうして優しさの欠片もない現実に折り合いをつけてここまで連綿と歴史を紡いできたのだから。
そう、だから泣けばいい。裾を握り締め、身体を震わせ、小さく俯きながら、内股を擦り合わせて、
…………。
………………………?
なんか、違くね。
そえーんの脳裏に疑問符がつく。
いや、途中まではそれっぽい。それっぽいけど、内股はなんか違くないか。
「……おい、待て」
そもそも。そもそもだ。
少女は、一体どうしてわざわざそえーんの袖を引いたのか。
その理由を考えて。
内股の意味を想像して。
「まさかお前……!?」
導き出される結論なんて一つしか残っていなかった。
「ちょ、待てお前まさかおしっこか!?漏らすんか!?ここで!?ふざけんな冗談じゃねえぞ!僕そっちの癖は卒業したんだって!!なあ!おいやめろプルプルすんなモジモジすんな蹲って発射体制をとるな————!!うわぁぁああああああああお前ら喧嘩やめろぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!!!!!」
* * * * *
……人のおしっこは思ったより熱かったです。
「いやね」
そえーんは疲れきった顔で頭上を仰ぐ。
目とかもう、遠くを見ちゃってた。
「確かに昔こういうの好きだったことは認める。認めるよ。色々変なことに巻き込まれた僕に対する世界からの粋な計らいだったのかもしれない。………けどさ、時期が遅すぎるんだよ。もう今の僕にはそっちの情熱とか残ってないんだよ。情報のアップデートをサボりすぎてるって言うか」
ギルドの細い出入り口をくぐって数歩、掘っ立て小屋みたいなトイレ脇から眺める空は薄闇に落ちていた。輝く一番星が綺麗だ。
夜風に揺らされる染みの着いた袖口が冷たい。
「というか、なんでこの子はそえーんさんにトイレとか頼みに行ったんです?普通なつき度から言って私が受け持つイベントだと思うんですよね。賄賂?」
いやまあ、内臓に泣きつかれるのも嫌なんですけど、と辺獄がどっちつかずなぼやきを零す。
それに乗っかる形で卿が口を開いた。
「そえーんくんやぞ、おしっこが絡んだ時点で自分から土下座して頼み込んだ以外にないやろ」
「性癖のためならプライドとか捨てるスタンスか。俺はいいと思う、そういうの」
純度一〇〇%、混じりっけなしの偏見でさも常識を語るかのような口ぶり。ズリキチはズリキチでどこ目線なのかよく分からない上に欲しくもない理解を見せてくるし、ラットとエアリアルは安定の聞こえないふり。どうやらこの場に味方はいないらしい、とそえーんは溜息をつく。
「まあ、別にいいけどさ」どうせ全員ガイジ。どう見られた所で痛くも痒くもない。「文句言うくらいなら辺獄くんが最初から目を離さなければいいんじゃねえの?面倒見るのはお前の管轄だろうが」
「それは……ちょっと」
「なんでそこで引くんだ手のひらドリル」
「いや、妹が私以外に懐くのは納得いかないけど、内臓にしか見えないから微妙に愛せない。人間って複雑ですよね」
「何を真面目腐った顔で語ってんだ本気で沈めるぞテメェ。いいから手でも繋いどけよ」
「うわっ、内臓が!内臓からなんか紐みたいなぶよぶよの何かが!!ちょ、やめてこっち寄せないで!!」
辺獄の悲鳴は意図的に無視。こういうのにいちいち取り合っていたらガイジの相手だけで一生を潰す。
「感触は妹なのに見た目は内臓……」
「何かありそうだよなそういうキャッチコピー。名探偵なんとかみたいな……そう言えばこの子名前は?」
「え、知らないですけど」
「お前よくそれで今の今まで兄を名乗れたな」
所詮は内臓に見えただけで引く程度の愛。結局妹性愛者というのもファッションか。そえーんは呆れながらエアリアルへと視線を移す。
エアリアルは心得たように頷いて、
『君、名前は?』
「……………………………」
「『エウロペに連なる六三番』ですって」
「なんて?」
そえーんは真顔で聞き返す。
この世界、三秒に一回はボケを挟まないと維持できない呪いでもあるんだろうか。だとしても精度が低すぎる、固有名詞に助動詞を挟むとか聞いたことがない。
「いや、なんか。そもそも人名って概念が薄いみたいですよこの世界。まあ異世界ですし、あんまり元の世界の常識とか通じないんじゃないです?」
「だとしても長すぎ。却下」
「そうですよ、そんな味気ない名前で呼ぶのは流石に可哀想ですって」
どうやらこればかりはキチガイの湯だった頭でもナシの判断が下ったらしい。辺獄が珍しくまともな同意を見せてくる。
「じゃあ、あだ名とか付けてあげたらいいんじゃないです?」
「あだ名……」
そえーんは少女を見つめながら顎に手を当てる。
あだ名と言うからにはそれなりに少女のアイデンティティが反映されているべきだろう。金髪のてっぺんから爪先までじっくりと観察して、
「ホルモンだな」
「ホルモンしかないやろ」
「ホルモン」
「悪意しか感じない!!私の妹に恨みでもあるって言うんですかアンタら!!」
だって内臓だし。
恨みはないがインパクトが強すぎた。採決をとるまでもなく満場一致であだ名が決定する。
辺獄だけは最後まで悪足掻きを続けていたが、それもエアリアルの通訳越しに少女が『ホルモン!』とやたら嬉しそうな様子で叫んだあたりで撃沈した。
「よし、一通り辺獄くんで遊んだし帰ろうぜ。ていうか切実に風呂入りたい。ついでに洗濯。思ったよりアンモニア臭が酷い」
「今からラットくんの酒場行くん?おしっこガイジ連れて歩くにはちょっとしんどい距離やけど」
「えあくんの借家があるだろ」
あと息するように人を煽るな。
制裁としてヘッドロックをかける。卿の鼻の前にはちょうどホルモン産おしっこによって作られた染みがジャストミート。両手を振り回してもがき苦しむ姿が非常に愉快だった。
「……いやまあ」
上手く決まった報復に笑っていると、横合いから声をかけられた。
そえーんは卿の頭を解放して振り向く。
「ナチュラルにウチを拠点にされてることについてはもう何も言わないですけどね。けど……」
「けど?」
「あそこの人達、どうするんです?」
遠慮がちに、というより恐る恐ると言った感じでエアリアルが指差す先には薄闇の中でも存在を主張する白い塔、ギルドがあった。
人達、と言うからには建物そのものよりその中の異世界人を指しているのだろう。確かあの中にいた者達は例外なく『無限乳挟射艶世』に巻き込まれ、依然として廃人と化したまま転がっているはずである。
そえーんは彼らの現状とそれを補填、あるいは快復させる手間と費用を想像してみる。
ふむ、と一つ頷いて、
「ていうか腹減ったよな。晩飯どうするよ」
「一瞬で無かったことにするんですね、いいんですかそれ人として」
人道とか知ったこっちゃないのだった。他人の明日より自分の今日、良心だの道徳だのなんて腹の足しにもならないもののために破産するとか無理。
「そもそも異世界にまともな食糧とかあんのかな」
「猥はサンマの手羽先とか食べたい」
「お前の中のサンマ像って明らかに世間一般とズレてるよな」
「あ、パスタならありますよ。さっきギルドから貰ってきました。固すぎて三〇分くらい茹でないとまともに食べられないんですけど」
「多分それ人間向けじゃないんじゃないの?なんか獣っぽい絵描いてあるし」
「嘘でしょ私さっきペットフード食べてた感覚なんです?」
「ていうかそもそもここに何しに来たんだよ、パイズリして貰えなかったし完全に無駄足じゃねえか」
「無駄足にしたの!お前!!あの状況でどうやって情報収集するんだ。ていうかお前まだパイズリに拘るわけ?」
「ズリの極地は別にしても普通に巨乳がいたらパイズリはして欲しいもんだろ、男なら」
「ズリキチは何も分かってない。貧乳こそ至高」
「ガイジの二大巨頭で睨み合い始めんのやめてくんない?」
「ホント二人とも変な事言うのやめてくださいよ、妹のおっぱいならどんな大きさでも愛するのが人ってものでしょう」
「「「黙れキチガイ」」」
「なんで私だけ集中砲火!?助けてホルモンちゃ——うわグッロ……」
何事もなかったかのようにギルドへ背を向け、トコトコ歩いていく四人の雑談をエアリアルは呆然と見つめる。
そんな彼の肩を毛むくじゃらの手がそっと叩いた。
「ラットさん……」
「我最近思うんですよね、諦めると人生楽になるんだなって」
「ラットさん!?」