秘め事
「創造者の使者としての覚醒はまだか」
「ええ。だからこそ、ここに来させたのでしょう?」
「俺に出来る事は限られているからな」
彼女は記憶の奥底に突き落とす為の前座を準備しただけにすぎない。ジュビアのいる世界への干渉が出来るのは、ゴウの後ろ盾があっての事だった。
「しかし驚いた、人間の姿を捨てるなんてね」
門番としての彼女は内側に飲み込まれている。同じ立場の存在として、友人として話しているようだった。会話を楽しむ余裕を見せながら、冷蔵庫の中身へと視線を移した。
「彼女の所持スキル、かなりあるのね。鑑定士の素質は勿論、浄化スキルも持っているなんて……」
真剣な眼差しを見つめていると昔を思い出してしまうゴウがいた。伸ばせば届くはずなのに、影でしか存在していない彼は、グッと感情を抑えるように、手を引っ込める。
「ジュビアは君と同じだよ、俺が見つけ、適合者だと判断したんだ」
「でしょうね」
「本当は君に迷惑をかけるつもりはなかったんだ。だけど、どうしても君の力が必要になってしまった」
「仕方ないわ。いつしか世界は創造者から離れて、変化を続けるようになるのだから。ルートを変更させる為に、私を条約で縛っていたのでしょう。嘘はつかないで、理解しているから」
「冴子、君は本当に……」
漏れた声は、微かに震えている。二人の間に流れているのは、目の前の世界ではなく、過去に囚われているようにも見えるだろう。
それは彼らにしか分からない。
「処理をするから、任せて」
「ああ、よろしく頼むよ」
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分断されていた意識が一つへと合わさりながら、目をパチパチと動かした。人の言葉を喋れなくなったラングニールは、うっすらと映る情景に揺られながらも、涙する。自分の描いた未来を最初の形に戻す。
本来なら自分が全てを処理しなければいけないが、大切な存在を失ってしまい、魔王の言葉に耳を傾けてしまった。
「大切な人を戻す方法を知りたくはないか?」
その一言から始まったのだ。勇者は沢山の加護を与えられると同時に100年単位の寿命を手にすることが出来る。そしてその間に神から提示された試練を受ける事により、特別な存在へとランクアップするようになっている。誰が決めたのか、どんな原理があるのかは不明だ。
「お前が私の力を支配すればいい。そしてある人間が生まれたら因子として植え付ける工程をするのだ。その魂は特別で私に引き寄せられる特徴を持っている」
まるで昨日の事のように、浮かんできては離れてくれない。勇者として自分が歪んでは、溺れてはいけなかったのに、誘惑に耐えきれず、無意識に魔王の肉を食い尽くしていた。
「愚かだった、あの時の俺は」
呟きは誰にも届かない。心の声はラングニールの体内を駆け巡り、力へと変換されていく。
地上を焼き尽くしそうな火力に驚きながらも、仲間達は彼の行く末を見届けようとしているのかもしれない。
「外れた道は、戻さないといけない」
本来なら創造者としての責務を果たすのはゴウの役割だった。特別な存在にしか、世界を作る特権は手にする事は出来ない。危険因子は二つの魂を呼び合う運命を作り出し、この世界にはいなかったはずの聖女の役割を作り出した。それがジュビアだったのだ。
「あんな小娘に出来る訳ないと思っていたが」
彼女はゴウよりも強く、清かった。いつでも真っ直ぐ生きようとするジュビアを観察するのが趣味になっていたぐらいだ。
聖女と鑑定士、そして創造者。全ては異端な存在だった。この世界を作り変えた時には、存在する事がないスキル持ち。見ただけで術をコピー出来る能力のお陰で何でも卒なくこなせていたのだ。その事にジュビア本人が気づく事はないだろう。
ビリビリと電流が走ったように、体の軋みを感じ始めた。魔王と繋がっているゴウは、同じ苦痛を抱えながら、世界の浄化をしていくしかない。
それが彼の懺悔の形でもあるのだから。