拒絶と十字架
何かを手に入れると必然的に手放すものも出てくる。特別な存在なのか、人には言えない自分だけの宝物なのか、人それぞれ。あの時があったからこそ、あたしは本当の意味で自分の宿命を受け入れられたのかもしれない。代償がある事なんて、考えもせず迷宮の世界で漂っていた。
キィと軋んだ音が鼓膜を刺激する。古く寂れた冷蔵庫は最後の力を振り絞りながら、ドアの中身をあたしに見せてくる。
「これ……は、骨?」
バラバラになっているけど、部分的に原型は辛うじて留めている。元々、全てのパーツが繋がっていたのを連想させる風貌に、言葉を詰まらせてしまった。
「そうよ、人骨。その中に貴女の記憶に繋がる物が隠れているかもね」
女性は不敵に笑う。彼女の背中には見えない闇が広がっているような感覚を全身で感じてしまった自分がいた。生きているのに、生気を感じささない彼女は、まるで異次元の存在のようで、怪しさを感じてしまう。本当に信用しても大丈夫なのかしら、自問自答を繰り返しながらも、思い通りに動いていく。
本当は素手で触る事に抵抗がある。だけど、どこか懐かしい匂いが失っていた記憶の一部として連動して、加速していくような気がした。バラバラと崩れていく瓦礫の中で指先は異質を捉え、そのまま掴み、引きずっていく。ギュッと握りしめていた拳を開くと、そこには十字架のネックレスが存在している。
「あたし、知ってる」
前世の記憶を掘り起こすのは、きっかけが必要。今までは物語のように、流れて歯車ががっちりとかみあった瞬間に、脳裏に流れ混んできた。でも、今回は違う。思い出さなきゃ前に進めないのに、邪魔しようと靄が包んで離してはくれない。
「今までとは違う。それは重要だからね。だからヒントをあげる。それは貴女が弟さんにプレゼントした物。覚えているでしょう?」
彼女の言葉は埋まってしまっている記憶を掘り起こすギアに変化している。あたしの中の隠された衝動が動き始めた瞬間だった。
「え」
目が熱い。あたしは無意識に泣いている。悲しい事なんてないのに、涙が止まらない。知らない自分が内側から暴れている、そんな違和感を抱えながら、崩れていく。
雨粒はいつの間にか湖になり海に変貌していく。その中で両耳を抑えながら、ブツブツと独り言を呟いている。そんなあたしの弱さを脆さを見て、彼女はただ冷静に観察しているようだった。
「これも私の仕事なのよ、門番としてのね」
その言葉があたしに届く事はない。全ての真実を模って、埋め込まれたあたしは暗闇の中で震えるしか出来なかったの。