二人の関係性
ふんわりと浮いている雲はみるみると黒く染まっていく。まるで彼女達の心の闇を表しているかのような変化にリンは足を早める事しか出来ない。自分に与えられた役割なんてどうでもいい。アゴウとリリアの幸せを昔から願い続けた彼女の額にじっとりと汗が流れた。
「世界の統合が始まったあの時から、こうなるのは見えていただろう」
聞きたくもない声が空から振ってくる。その声は地響きを揺らがし、この世界までも壊そうとしている。
「サザは天使で俺は悪魔と思っているだろう。それは間違いだよ、お前の記憶は本当に真実の形なのかな?」
聞きたくないのに、邪魔をするように全ての感覚を『審判の時』へと戻していく。レイザはそうやって彼女達の不安、焦り、闇の部分にするりと入り込んで、沢山の言葉を与えてきた。リンはその影響を受けない存在のはずだが、この世界がバランスを崩れた時、『審判の時』が近づくとこうやって姿形を変え、支配しようとする。
(ばあやの時もそうだった……)
リンがこの役目を担う前は彼女のばあやが全てを束ねていた。勿論、今の彼女よりも時を守る力は兄弟だったのだが、リリアの消滅の影響でアゴウが暴走をし、闇に落ちた存在になってしまったあの時から、ばあやの力では彼を止める事が出来なかった。
「ばあやを葬ったアゴウが悪いだろう? 何故守ろうとする」
「……運命には逆らえない。それに彼を操っていた貴方が元凶でしょう? レイザ、いえバンヌース」
懐かしい名前を呟くと、心の奥底が震えた。信頼していた仲間だった彼の名前を口に出すのは古傷が痛む想いだったからだ。
「懐かしい名前を出してきたな。あの頃は幸せだったよ、東上リン」
『その名前で呼ぶのやめてくれない」
二人は見えない糸で繋がれている。それを知る者はいない。レイザとリンはあの出会いを悔やむしかない。違う形で出会っていれば、どれほどよかったか、と──
自分の子供を攫った犯人の車を追いかけていた東上は思い切りアクセルをふかす。彼女は沢山の顔を持ち、組織の為に潜入をしていた。自分の家族に迷惑がかからないように、危険が及ばないように、全て偽りの中で生きる選択をした彼女を子供は恨んでいたのかもしれない。
たった一度だけ、どうしても息子の顔を見たくて、元気な姿を見たくて、気を抜いてしまったのが、全てのミスだった。黒いバンは彼女の目の前に現れ、追跡を強制終了させる為に、彼女の心臓目掛けて発砲したのだった。
黒い霧が見えた。これはきっと地獄の使者が来たのだろうと考えると、フッと意識を手放した。
「あの時があったから、今のお前がいる。俺がお前にこの世界で生きる為の知恵を授けたんだからな。しかし、お前は違う選択をした、それを忘れた訳ではないだろう?」
レイザが何を言いたいのか、彼女は理解する。それ以上の言葉は欲しくない。それを彼も分かっているから、言葉の代わりに笑いを置いていく。
「……あんたと出会わなければよかった」
そこにいるのは誰も知らない東上リンの姿だった。