大樹の泉と彼
死者が集う場所、それが大樹の泉だ。元は1つの世界だったこの「カナリア」は離れた世界の住人からは「異世界」と呼ばれるようになったのは千年前の事だった。
「いつまでこんなとこにいなきゃいけないのよ。リリアは自由に生きてるのに」
妖精の血筋をひいている彼女は気だるそうに呟くと、黒い瞳を泉へ落とすと、そんな彼女に寄り添うように囁いてくる声が聞こえてきた。
「誰?」
パッと振り向くと、誰の姿も見えない。気の所為と自分に言い聞かせながら、地べたに座ると、そこにはペンデュラムが落ちている。
自分以外がこの地に入った証拠を見つけた彼女の心臓がトクリと跳ね上がると、天界から見られないようにバリアを張り、自分のダミーを作り出す。
「やっと君と話せるね。レイ」
「へっ?」
「私に気づいていただろう? それが見えるのだから……」
長い髪を揺らしながら、屈託のない笑顔でペンデュラムを指さすと、慣れていないレイは固まるしか方法を知らずに、男の手を許してしまう。
久しぶりに感じるぬくもりに警戒心が解けていく。レイの手の中に隠されているペンデュラムを触ると、背中がゾワリとした。
「なっ……な」
「可愛らしいね、そんな緊張しなくていい。私は君と同じ立場だからね、ある意味」
「同じ立場?」
男はコクリと頷くと右手でペンデュラムを奪い去り、大樹の泉に翳す。今まで静寂を務めていた泉は命を吹き返したようにペンデュラムに向かい、流れていく。
キュ、と蓋を取ると、泉が自ら意思を持っているかのようにペンデュラムの中へと吸い込まれていった。今までみた事のない光景にキョトンとしながら、首を傾げ、頬をつねってみる。
「痛ひ……現実なのね」
「見るのは初めてかい? 大樹の泉は使命を果たした魂が大樹の成長の為に泉へと姿を変え、新しい生命の誕生をさせる為に存在しているんだ。それは君も知っているだろう?」
「そりゃあね」
「違う使い道もあるんだ。君の役割の跡を継げる存在を作り出したりね。妖精族の中では禁忌扱いになるけど「自由」を手にする事が出来る、君のお兄さんのようにね」
レイの耳がピクリと動いた。禁忌なんてリリアと張り合っている彼女からしたら、起こす訳にはいかなかった。だけど最後の言葉に反応してしまった。彼女の反応に手応えを感じたのか、男は話を続けた。
「禁忌を犯せば、君は消える。それはあくまで秩序を保つ為の話であり、抜け道がある。例えば、身近な存在に擦り付ける事だって──そうすれば、君の欲しい「自由」は手に入れる事が出来る」
「……身近な存在」
「悪い話じゃないよね。それを彼女は知っていて、君をこの牢獄に閉じ込める為に君の兄を利用した」
聞いてはいけないと思いながらも、入り込んでくる言葉の数々。そのまま時間は流れ、渡したペンデュラムを残して、男はその場を後にした。
「……自由に、なれ、る」
素直なレイの心に闇が生まれ、広がっていく。男のもう1つの置き土産を見つめながら──
泉には彼女の知らないリリアとカイが写っている。ギリッと唇を噛み締めると、涙の代わりに血が流れた。