黒い羽根の帰る場所
「……全部、思い出した」
この世界とあたしを繋げた存在の事を、そして全ての現況を招いた親友だった彼女の事を思い出してしまった。何も知らなければ、ジュビアとしての人生を愉しめたのかもしれない。それはミゲルも同じだったと思う。
ミゲルはあたしよりも先にこの記憶の事を思い出していたんだろう。一度目、二度目と違う世界で生き、繰り返してきた昔の事を。
あたしは拳に力を入れると回避する事が出来なかった自分を責めるしか方法を知らなかった。憤りのない感情を吐き出す事も出来ずに、ただ茫然と目の前で微笑んでいる男の瞳を見つめる事しか出来なかった。
過去と現在と未来が合わさりながら、合わさっていたパズルが崩れるように、あたし自身も堕ちていく。
「中々連絡が取れないんだよね、豪どうしたんだろう」
あたしは親友の美瑠とファミレスで食事をしながら、今の状況を相談した。あたしと美瑠は大学で知り合ってから意気投合してから親友の関係性を保っている。姉御肌の美瑠を慕う人は多く、あたしもその中の一人だった。
『鳴川君、どうしたんだろうね。どれくらい連絡つかないの?』
こっちは真剣な話をしているんだけど、豪の性格を知っている美瑠はいつものようにパスタを食べながら聞いてきた。
「……一週間だよ。一応、お義母さんにも連絡したんだけど。様子が変なんだよね」
『変って?』
美瑠の手がピタリと止まる。聞き流していた様子だったのに、水で流し込むと真剣な表情に切り替わった。
「……豪のお義母さんがね『そんな息子はいない』って言ったのよ。変でしょ? どうしてそんな事言ったのか、訳分かんないよ」
『何それ』
「それでさ、あたしとも会った事あるのに『どなたですか?』って聞いてきたんだよ。一瞬、豪に会わせたくないからそんな事言ってるのかな? とも考えたんだけど」
ただ事ではない事態にあたしは焦りながら早口で説明をしている。どう返答していいのか分からない様子の美瑠は、ただただ、あたしの話を聞くしか出来ないようだった。
あの時のあたしは何も知らなかった。美瑠を信用していたからこそ相談したし、自分の中で調べた情報を教えていた。それなのに……あたしの情報を自分の物にする為に、あたしを騙していたなんて考える事もなかった。今思えば、浅はかだったと思う。どうして美瑠があたしを裏切ったのかは分からない。その答えは彼女しか知らないのだから。
『このサプリメントいいよ。あたしも飲んでんだけど、次の日体が楽になって、朝起きるの苦痛じゃないんだよねー』
美瑠はそう言いながら一つの瓶を見せつけていた。昔から知り合いの豪の母と美瑠には信頼関係がある。だからこそ疑う事なんてあり得なかった。
『美瑠ちゃんがそんなに言うのならいいものなんだね。おばさんも試してみたいなぁ』
『いいよ。じゃあ、コレあげるよ』
美瑠は二度目の時に記憶を取り戻したあたしにあの時の映像を見せ、種明かしをしたの。それがなかったら、あたしは彼女を疑う事もなく、裏切られていた事実にも気づけずにいたと思う。美瑠と彼女を呼ぶと嫌な顔をして、否定してきた。
『あたしは美瑠なんかじゃないわ。そんな名前、昔の事でしょう?』
悪魔に憑りつかれた彼女はもう人の魂を持ってはいなかった。あたしに対する悪意を隠す事もなく、豪が失踪した理由を告げてしまったのだ。
『全てはあの方の意思なのよ。だから豪がどうしても必要だった訳。あんたの傍にいたのも豪に近づく為だったのよ。昔から知っていたけど、大人になると豪はあたしとの関係性を切ろうとしていた。だからこそ、記憶を操作するクスリを周りの人間共に、まき散らしたのよ。あんたと豪の記憶を抹消させる為にね』
鼻で嗤うと『これ以上は言えないわ』と高圧的な態度であたしを拒絶する彼女が印象的だった。
「あんたの目的はなんなのよ」
『次会う事が出来たら、分かるわよ。まぁ出会う事は『必然』なんだけどね』
黒い羽根を靡かせながら、彼女はそう言い残し、黒い雲目指して飛び立った。その先にいる『あの方』の元へと帰る為に──
複数のごちゃ混ぜになっていた記憶達が色を取り戻したかのように、潤っていく。今まで心の中に引っかかっていた感情は少しずつ過去の産物に成り下がりながら、あたしの血肉へと変わっていくの。
現在のあたしになら分かる。
『あの方』が誰を示すのか──
「貴方でしょう?」
あたしの瞳が捉えていた男に投げかけると、肯定するように嗤っている。