それがあなたの答え
そこに居たはずの『匂い』は薄らいでいる。あたしは紫色の瞳で周囲を確認するけど、そこには誰もいない。
「確かにいたはずよね」
ポツリと呟くとあたしの声を聞いてか、風に漂いながら声が聞こえてきた。光るあたしの目から見えている光景は妖精達が微笑みながら、歌っている幻想的な景色だった。彼女達を包んでいる光も仄かに光を生み出しながら、緑色のオーラーを作り出している。複数の妖精達の声は沢山のヒントを与えてくれたの。
あの子が目覚める時
貴女も目覚める
あの子が歩き出した時
貴女も歩き出す
二人の道は交差していたはずだった
二つの『光』を持つ少女達は
決して『同じ結末』を選ばない
貴女と彼女は『表裏一体』
悲しい
楽しい
苦しい
嬉しい
妖精達の歌声は沢山の『喜怒哀楽』を演出し、現実世界へと伝染させていく。何を言いたいのか以前のあたしだったら、分からなかった。だけど現在のあたしなら、理解出来る。言葉で受け取るんじゃない、感覚で感情で全身で受け止めると、自分の次の行動を起こすきっかけを生み出してくれる気がした。
「……ミゲル」
いつでも傍にいてくれた彼女の名前を口にすると、ぽろりと大粒の涙が溢れる。悲しい訳ではないのに、何故だか溢れて止まらない。こんな経験をした事がないあたしは、戸惑いながらも瞼を閉じる。目で見える事も凄く大切だけど、一番はその裏に隠れている『真実』に気付く事だと感じた。
『ジュビア、もしあたしがいなくなったらどうする?』
「え? 何言ってんのよ」
『なんとなく聞きたくてねー。ジュビアがどうするのか興味があるのよ』
今思えば、あの時の言葉はこの瞬間を示していたのかもしれない。彼女にはあたしには見えない事も見えている。預言者としてだけではなく、彼女には何か秘密があるように感じていた。いつかミゲルから打ち明けてくれるだろうと、その時を待っていたけど、本当の心を隠して生きている彼女は決して明かしてくる事はなかった。
「何よ、ソレ。ミゲルはあたしの傍でいてくれるもの。そんな『答え』なんて必要ないわよ」
『ふうん。それがジュビアの答えなのね。まぁジュビアらしいっちゃらしいかな。現実逃避がお上手だこと』
あたしの事を『貴女』なんて呼ぶ事なんてなかったのに、その時だけは違っていた。見た目はミゲルなのに、別人と話しているような錯覚に陥ったのを覚えている。遠い目で懐かしい何かを見ていた彼女は、言葉に違和感がないように笑いながら茶化していた。
──ガサッ
彼女との思い出を見ていたあたしを現実へと戻したのは誰かの歩く音と木の擦れる音だった。期待を持っていないと言えば嘘になる。いつものように笑いながら、あたしをからかって楽しんでいる彼女が隠れているのかもしれないと淡い夢を見てしまう。
閉じていた瞼をゆっくり開くと、見た事のない男性がこちらの様子を伺っている。
『よう、ジュビア。来るのが遅かったな。サイレが施した魔法がお前をここまで導いたんだろう? どうだったかな? あいつの生み出した輝きは美しかっただろう』
「……あなたは」
『俺をお前は知っているんだけどな。まぁ仕方ないだろう。一応初対面だし。この世界ではな』
どうしてだろう。男が言えば言う程サイレの泣き声が響いてくる。何かから逃げるような、サイレの抱える弱さが男の周囲に響いて、耳が痛い。キィィンと機械音のような声は徐々に飲み込まれながら、最後に残ったのは『ごめんなさい』の呟きだった。
「サイレに何をしたの」
いつものあたしならこんな風にドスの効いた声を出す事はしない。何かあってでも、ジュビアとして生きているあたしは黒い感情を抱いた事はなかった。仲間に何かあったから? ミゲルが引き金だから? 沢山、理由付けをしてみても結果は同じ。綺麗な空間がたった一人の男のせいで真っ黒に染まっていく現実だけ。
「……この感覚、覚えてる」
独り言を呟くあたしの瞳の奥に沈んでいるのは、痛みと悲しみ、それより深い絶望だった。魂が記憶している『|転生する前の記憶』が再生されていく。小さい頃の記憶もあるのに、あたしはこの世界の住人ではなかったのだ。そしてミゲルも……
「そうかぁ、ミゲル、また裏切ったのね」
あんな記憶、思い出したくなかった──