ミゲルの『決断』
彼女の残した記憶を知っているのはレイザとあたしだけ。その残り香の中で自分の役目を再確認するミゲルは彼女の分身が覚醒をする段階に辿り着いた事を知った瞬間だった。
『時間がないわね……大竜。ジュビアが来るわよ』
『……だから?』
『ここは身を隠した方がいい。まだ貴方はその身体を制圧出来ていないでしょう? 馴染むまで時間がかかる』
大竜はミゲルの言葉に耳を傾けながら、クッと笑った。まるで自分がジュビアよりも劣っていると言われたみたいで面白くなかったようだ。大竜は気に喰わない事があると笑う癖がある。その事を把握していたミゲルは困った表情で言った。
『あたしには視えているの。貴方の先も……このまま居座るのなら、思い通りに事は運ばないと考える事ね。それが嫌なら、あたしの言う事を聞きなさい』
大竜の力に飲み込まれてはいけない。いつでも大竜の邪魔をする事は出来た。しかし、それを実行してしまったら『本物の未来』を描く事は難しい。何度も繰り返しながら、四つの世界を一つに修復させる為にはサイレと大竜の統合が必要だった。今はサイレの方が弱い、意思も能力も。大竜が馴染むと言う事は慣れる事でもある。彼の力はきっとサイレの役に立つ。
『お前の仲間だろう? あの鑑定士は。なのに何故、俺を守ろうとする?』
ミゲルは表に出さないように、心の中で笑い転げた。
貴方の存在はサイレをより確実な指導者へと変えていく。
国王の娘として民に慕われている彼女には欠点があった。
優しすぎるサイレの性格が甘さを招いている事に気付いていた。冷静に物事を見ながらも、相手に対しての気づかいを忘れない彼女の信念と純粋さは一歩間違えれば危うさを産む。あの時、呪文を唱えられた瞬間から関係性のバランスは崩れかけ始めたのだ。
『ジュザリア・ゴウン』
男の声はミゲルに届いていた。まるで合図をするかのように、聞かされているような感覚に陥ると、リリアとの隠された記憶が自分の中で再生されていた。初めて見る景色に戸惑いながらも、何かヒントが隠されている気がして、見て見ぬ振りする事が出来なかった。
あたしの中で知らない記憶が湖のように広がっていく。レイザと言われている少年の姿を見た時、彼は自分に気付いているように微笑んだ。記憶の中での存在として存在していた彼は、決して違う行動を起こしてはいけない。過去が変化すれば必然的に未来も変わってしまうからだ。レイザは倒れたリリアを残して、その場を去っていく。その時に見えていた光景は彼が殻を破ったように大人の姿へと変貌していく様だった。白い髪は闇に濡れたように真っ黒に変色すると、長い髪を創造していく。あたしはその姿から目を逸らせなかった。
『貴方は……何者なの』
声が届くはずもないのに、くるりと振り向くと声に出さずに、口をぱくぱくしながら伝えてきたのだ。
彼女から逃げろ──と。
闇は彼を隠そうとしていたが、一瞬、自分の思いが伝わったかのように霧が晴れると、その顔をミゲルに見せつけてきた。
『大竜……』
そこに居たのはサイレを取り込みつつある大竜、そのものだった。預言者としての仕事を始めろと言われているようで、鳥肌が立つ。ミゲルはピンとその言葉の意味を受け取ると、意を決したかのように頷くしか道はなかった。
『……それは貴方が一番、知っているでしょう? 大竜』
ジュビアはあたしにとって『親友』だった。
ずっと、傍に居れるって信じていた。
ジュビアはまだ気づけない。
彼女にとってリリアと言う存在がどんな意味を示すのか……
そしてリリアにとってジュビアは──
一つの道を歩いていたはずの仲間は分裂しながら、違う未来を夢見ている。ミゲルと大竜、そしてサイレとの共存の道を。そこにジュビアの姿はいなかったのだ。