また会おう
崩れていたものが蘇ってくる。それは形あるものかもしれないし、奥深くに刻まれている『記憶』のようなものかもしれない──
サザは目を瞑ったまま立っている。彼を中心に周っていく人々の中に彼女達がいる。沢山の今のサザとしての記憶が走馬灯のように走って体内に取り込まれていくのだ。それは彼にどんな『変化』を与えているのかは、私には分からない。きっとジュビアにしか感じ取る事は出来ないものだろうか。
『君達の運命は実に面白い──きっと俺様が描いていた物語を書き換えるのだろうな』
私は『魔法所』の中でそう呟いた。全ての創造主は人としての形を失う。私の場合はそうだった。自分の役目は人間として生きていた時代に終わりを迎えていたはずなのに、新しい『役割』が浮き出てくるのだ。
『俺様の『物語』をお前らに潰されてたまるか』
『……やめようよ、もう』
『ふん。君は俺様とあいつらのどちらの味方なんだ? 君だって俺様と同じ立場だろう?』
私の思考は魔導書と繋がっている。人間界では『封印』されているようだが、たかが人間の作った『結界』のようものなのだ。そんなもので支配出来る存在ではないのだよ、私は──
大きな置時計の音が鳴り響く。全ての始まりはきっかけにしか過ぎない。まだ出る訳にはいかないと思っていたが、サザの『生まれかわる』速度が今回は早すぎる。
白い髪の毛がふんわりと浮かぶ。私の身体は創造主と繋がる事を望んでいるのだ。欲望の中で生きる為に、自分の存在を守る為にも必要な作業。
私は天から地上へと頭からゆっくりと降りていく。そして私の存在を『作り出した』創造主の身体を通り抜けていく。
コーヒーを飲みながら青い髪を靡かせて彼は笑った。右目に愛しい女の影を残した男は地盤となる世界の衣装を脱ぎ捨て、名前を名乗る。
『君……いやお前が動き出すのなら、俺様も動かなきゃいけないな。サザだけ動くのでも俺様からしたら『計算外』なのに、お前まで動いてどうするんだよ』
『俺は……いや私は自分の意思で動きたいと思ったんだ。創造主様の操り人形には飽きたんだよ』
サザの闇を引き出すのが私の役割だった。未熟な彼を叩き潰す事が出来れば自分が体を奪い『主人公』へ返り咲く事が出来ると考えていた。
『お前の願いはなんだ──』
降りていく私に質問を投げかけてくる。見上げると創造主は私を見下ろしながら、愉快そうに笑っているのだ。
『私は──』
自分の本当の『願い』を口走っていた。彼に意見を伝える事は『禁忌』に近い行為だ。体も持たない私の存在は『無』なのだから。彼のおかげで私は生きていると言ってもいい。私の身体が『魔導書』から抜けようとした時、天にいたはずの彼は私の目の前に来て、囁いた。
『お前を消すのは簡単。だけど俺様が創ったこの世界が人間どもがどう動くかを見ていてやるよ。それと俺様の事を『創造主』と呼ぶのは終わりな。お前は俺様の下から離れようとしている存在だ』
『……』
出かけた言葉を遮るのは彼の剣。私の心臓に突き刺し、呪縛を解いていく。鎖のように固まっていた心は解放されていく。
『楽しんでこいよ、もう少しで俺様もそちらに行くからな。その時は──』
『アゴウ……』
彼は昔の表情を取り戻したように私に真っすぐな目で剣を思いっきり抜く。空中に私の闇が放出されて、固まって血の一部となるのだ。
『また会おう──〇〇』