残酷で美しい淡い記憶
ドクン──
その一言で心に大きな刃が刺さる。自分は人間……だけど昔から異常と思う事は何度かあった。僕は五歳だ。それは表での見せている年齢。思い出したくない記憶がフッと湧き上がりながら、僕を闇が支配しようとしている。
淡い記憶は残酷でそれでも美しく思えたんだ。
僕は草原にいた。人より成長速度が速い僕は生まれた瞬間に五歳の男の子の姿だった。どういう原理でそうなったのかは分からない。人に教えてもらってもいないのに、すぐに会話を交わす事も出来た。そんな僕を見て、両親と言える人達は『化け物』扱いをして、僕から逃げるようにして消えてしまった。僕は一人の老父に拾われたんだ。何故だが教えてもいないのに、全てを当てれた人だった。
怖いと感じたけど、優しい微笑みと『大丈夫じゃ』といつも抱きしめてくれた。その老父が言ったんだ。
『サザ。お前に『魔法』をかけてあげよう』
どんな魔法かは知らなかった。その時の僕は魔法なんてないと思っていたし、信じてもいなかった。その老父と一緒に生活をするようになって、僕の成長は止まった。五歳の少年のまま10年以上の月日が流れたんだ。街へ出かける時は何も知らない無知な子供を演じたさ。そうじゃないと違和感を持たれる、それが恐ろしかった。そして今の僕が存在している。ジュビアと出会って、沢山の絶望が希望に変化したのを覚えている。
彼女の踊りは僕の癒しだった。踊りは副業だと言っていたけど、それだけで生きていける程の実力と才能を持っていると感じてた。最初は遠くから見ているだけでよかった。それだけでよかったのに、老父との約束を破ってしまったんだ。人に恋をしてはいけないと、魔法は消える。そして今までの成長を止めている反動から倍以上の加速が始まると。
『人間でいたかったのじゃろう? しかしこれも運命かもしれんのぉ』
僕は老父と一緒にいる事さえ出来なくなった。しかし老父は悲しそうに僕の背中を押したんだ。そうやって次の日に『勇者適正者』と認定されていると迎えが来た。僕は今までの生活を手放す代わりに牢獄に入って行った。
あの踊り子の子とはもう会えないのだろうか。そう思うと胸が痛い。涙が出てきそうになるが、訓練中にそんな行動をする事自体厳禁だった。
『サザ知っているか? ジュビアと言う鑑定士が趣味で踊り子をしている。だいぶ馴染んできたのだから休みを与えてやろう。気分転換に行ってみるといい。夢の中でいるような感覚になるぞ』
「え、いいんですか?」
『ああ。いつまでもスパルタはダメだからな。国王にはお許しを得たから安心しろ』
そうやってまた彼女の踊りを見る事が出来るようになった。そして彼女の名前を知った。
「ジュビア、また踊ってるの?」
それが僕達の最初の言葉で繋がった瞬間だった。最初は観客がいるからだろうか。見向きもされなかった。訓練が始まる前、終わった後の少しの時間を割いて、彼女に会いに行く。城からここまでは遠くない。むしろ近いのだから用事をごじつければ、彼女に会える。
僕はミゲルに今までの事を話した。ジュビアとの事はミゲルも知っているから、そこは省いて。すると険しい顔つきでいたミゲルは少し安心したように優しい表情になっていく。
『話が聞けてよかった。サザのその成長速度の事はジュビア達にも共有していいかしら? 急に大人になったからどう関わればいいのか分からないみたいなの。私も話を聞くまでは……』
続きの言葉はどう表現したらいいのか分からない様子のミゲル。僕は話を信じてくれるとは思わなかった。またどうせ両親だった人達みたいに離れていくと思ったんだ。
『私達は仲間よ。だからどうか信じて欲しい』
「……分かった。僕の事を皆に共有していいよ。それにミゲルには僕の未来が見えているみたいだし」
『……』
「今は知る時ではないって事だね。いつか少しでもいいから教えて欲しいな。光への道を……」
『そうね』
カタンと腰を上げる。話を終えたミゲルはいつものように言う。
『サザが元気ないなんてどうすんのよ! あんたは私達の『元気の源』なんだから。シャキッとしなさいな』
僕は少し微笑むと、なんだか心の中がポカポカしていた。
今までとは少し違った温もり。