シュウバ
最近になって自分の記憶が曖昧になっている。僕は『サザ』なのに別人になっていくような錯覚の中でどうにか現状を保とうとしている。ジュビアには元気づける為に『僕がいるから』と言った。だけど、その自分もいつまで保てるのか分からないんだ。
皆と一緒にいる時には何も聞こえなくなった。以前ならアイツの声が聞こえてきたのに、そこは安心している。だけど一人になるとどうだろう。黒いモヤが体を包み込んで飲み込もうとしているような感覚の中で聞こえるんだ。
【時は来た──】と
僕はジュビアと皆と『サザ』として生きていきたい。今まで当たり前の環境が少しずつ歪みを生じている。僕はまだ五歳だ。そんな恐怖に打ち勝てる程、成長していない。
『体は幼いが、中身は違うだろう? シュウバ』
「僕の名前は『サザ』だ」
前までは『シュウバ』なんて呼ばれる事がなかったのに、その名前で僕を呼ぶ。アイツが何を企んでいるのか分からない。自分に関係のない事だったら分かりたくもない。だけどそこから逃げようとしても、逃げれば逃げる程、絡みついてくるんだ。
まるで逃げれないと言われているように。
僕の願いは間違っているの? 色々な事に巻き込まれて同い年の友達とは違う環境だけど、ジュビアが笑ってくれるから、どうにか耐えてこれた。『勇者認定試験』なんて受けたくなかったのに、国の決まりには逆らえない。それも変な石を使って、僕を勇者の代わりに仕立て上げようとしている。
僕は『勇者』なんかになりたくない。普通に過ごして、また初めてジュビアの踊りを見た時のように自由を感じていたいんだ。
それさえも許されないの?
心の中での呟きは少しずつ具現化していく。言葉が形に変わり、人になっていくんだ。走馬灯のように色々な映像が頭の中を支配していく。まるで『思い出せ』と言われているようで、苦しい。心臓が痛い訳でもないのに、自分の部屋に戻った僕を襲うのは『闇』と言う『発作』だ。
『サザ、お前もその時が来たんだよ。だからな俺と……』
その言葉は聞きたくない。瞳の奥が真っ暗になる感覚を知っている。そうあの時、ジュビアと約束した時のように。
「何コレ……こんな記憶知らない」
『お前は自分の役割も忘れたのか? シュウバ』
「僕はシュウバなんかじゃない! サザだ」
『その記憶そのものが偽りとしたら、どうする? 例えば俺が書き換えた『偽り』のものだとしたら』
「……え?」
コンコン──
僕からアイツを遠ざけるように誰かが部屋のドアをノックする。ふいに自分に戻った僕の脳裏には幻覚が嘘のように消えていった。ホッと胸を撫でおろし、呼吸を整える。胸に手を置くと、少しだけ鼓動がいつもより早く感じた。