過去のあたしと真実の彼
何が大切で何が必要か理解出来ていないあの頃のあたしは、ただひたすらに前を向いて走っていた。色々な困難があるのは分かっているつもりだけど、まだ何も見えていない状態だった事が自分の未熟さを浮き彫りにしていた。
「ジュビア。君が望むなら──」
白髪の男は今まで以上にない微笑みであたしの手を掴もうとしている。この手を掴めば楽になるのかもしれない。また違う物語が始まるのだろう。そんな予感がする。
「……あたしは」
「まだ時間はある。過去の君を見つめながら待っているよ」
「……」
『はい』とも『いいえ』とも答える事が出来ない。彼の美しい手を見つめていた視線をあげると、いつの間にか白髪の彼の顔が近づいていた。
「……」
「……」
お互いの瞳を見つめ合いながら、ゴクリと唾を飲みこんだ。そんなあたしの緊張を楽しそうに見ている彼。
「サザを選ぶか、俺を選ぶか。君の自由だ」
彼はそう耳元で呟くと風のようにふんわりと口づけをした。天空にいるのはあたしと彼。そこにあたしの仲間はいない。勿論『サザ』もね。
ふんわりと抱きしめるように風が包み込んでいく。あたしと彼を見守るように森林達が見上げている。下を見る事は出来ない。あたしは彼と『同等』の存在になったのだから──元には戻れない、戻りたくない。
精霊達の声が聞こえてくる。あたしとサザを呼ぶ声。どう返事していいのか分からずに、彼の前で勝手な事をするのは違う気がして、無言を貫いているのが現状。地上には『精霊樹』を守るように木々に囲まれている世界。こちら側とあちら側では見えているものが違うのに、あたしの香りを辿って精霊達は『言霊』を届けているようだった。
ぐっと拳を握ると、痛みを感じる。自分の爪が手を傷つけ、血が涙のように零れ落ちる。ポタン──と地上へと向かうのはあたしの心の結晶でもあるのだ。
「そんなに自分を傷つけていいのかい? ジュビア、現在の君は俺と同種族にあたる。地上に君の血潮が染み込まれる時、新しい生命が誕生するの理解しているのか? まぁ俺はいいけど」
「……分かってます」
「俺は化け物を創り出すけど、君は何を生み出すのかな? それはそれで楽しみだ」
「あたしと貴方を一緒にしないで!!」
「くすっ。認めたくないのは分かるけど、これが『現実』だ」
「……」
世界はあたしの予測を通り越して、すさまじい速さで変化していく。それを止めるも、止めないもあたし次第と言うわけなのだろう。
「さぁ、続きを見ようか」