猶予をあげる
サイレは試すようにサザに告げると、ニコリと微笑んだ。その後の二人の間には少しの沈黙が訪れた。これ以上言う事はないように、サザの気持ちを汲みながら、静寂を保っている。二人は遠目から私達の様子を見ている「傍観者」に徹しながら落ち着くのを待っているようだ。正直、巻き込まれたくないのだろう。サザは何を考え、この光景を見ているのかは分からない。
二人の間を引き裂くように、守るように風が姿を現す。勘のいいサイレなら気づいていいのだが、気づく事はない。人々に交じりながら、隠れている存在に。
「……」
「リン、奴らの様子はどうだ」
リンは頭を抱える仕草をしながら、カイにアイコンタクトで伝える。呆れたような表情のリンの姿を見て、騒動の起きている方面へと視線を向ける。
「何やってんだ、あれ」
「私が知る訳ないでしょ……」
「見ていたんじゃないのかよ」
「見ていたわ、ジュビ達の行動は本当に予測不能」
そう語るリンは何かを思い出したかのように「フッ」と笑った。彼女は笑う事を忘れたように簡単には笑わない、だがこの時のリンは違った。まるで遠い昔の光景と重ねている様子をカイは気づいたようで、言った。
「アゴウの事思い出してんのか?」
「どうかしらね、あんな昔の事、忘れたわ」
表情を戻すと、バサッと羽織りがヒラヒラと揺れる。その隙間から見えるのは何かに縛られたように見せつける徳漱石で作られているブレスだ。逃げたいのに逃げる事など許されない、その証のように……
「しかし……あれだな。サザが俺達に気付かないなんて珍しいな」
「仕方ないわよ、誰かさんと同じで視野が狭くなるからね、彼は」
「ほう? ジュビより自分がサザに相応しいってか?」
からかったような発言に目を細ませるリン。サザはあの人とは違う存在。似ていても結局は別人なのだから。
「まさか」
「フン、どうだかな」
冗談で言った言葉で意外な反応をするリンを見て、カイは少し虫の居所が悪くなっているようだ。リンの傍にはいつもカイがいる。二人が監視しているのはあくまでも仕事の一環。遊びに来ている訳じゃない。カイもよく分かっているはずなのだが……
「長いは無用、行くわよカイ」
「……ああ」
二人は人込みの中でゆっくりと解けて闇の一部になる。姿を現したのもきっと、自分もこの世界で生きていきたいと思ってしまったからなのかもしれない。それは二人にとって許される行為ではない。それは本人達が一番理解しているはずだ。
リンはカイに聞こえないように呟いた。
「猶予をあげる、それまで苦しむ事ね、サザ」




