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ミルガードと彼

 初めてキスをされた、頬っぺただったけど、体制のないあたしは赤い顔のままステージへと上がる。同色系のライトの中で中心に立つ踊り子が暗闇に埋もれながら、消えてゆく。その合図であたしのステージが始まるの。瞳を閉じて、深呼吸をすると、いつの間にか緑いっぱいの自然の中へと放り込まれる。これはあたしの世界、あたしの居場所。


 赤い幕にライトが照らされると、複数の色へと変化していく。特殊な染め方をしたものだろう。王国に入る時に見た事があった記憶がある。まるで何かの映像を映し出しているようで、観客達は歓声から静寂へと大人しくなる。


 黒色のテーブルに大量のお酒を出している光景、先ほどまで踊っていた踊り子があたしの踊りに注目している、試すような視線で……


 あたしは暗闇の中へ落ちていた自分を演じながら、両手で自分の体を震える手で抱え込む。踊り子を含む観客達は、どうしたのだろうかと、緊張しているのではないかとザワザワし始める。その中でもあたしは音の中に生きている物語の主人公になる為に、静止している。すると、急に穏やかな曲が流れ始めた。


 店から提示された曲ではなく、自分で指定した曲だ。煌びやかな空間でも、新しい風を吹かせる事が出来ると思い、この曲にした。


 私の思い描くストーリーは、こうだ。一人ぼっちで何も出来ずにいた泣き虫の主人公は一目ぼれをする。相手は王子だ。主人公のミルガードは自分の立場と王子の地位の違いに悲しむが、優しい王子と約束の木の下で、ありきたりな会話をする。惹かれていく一方で、この一瞬の幸せを大切にしたい想いが勝り、自然の流れに身を任せながら、歌を歌う、そんなイメージがある。


 あたしはミルガード。今日もここで彼を待つの。待つ時は心が軋むけど、それもそれで一つの楽しみ。だから、どんな結末が待っていても後悔なんかしない。


 抱えていた両手を広げ、悲しげな表情から少しずつ笑顔を取り戻していく。あたしとミルガード。


 (あたしの体を使って、訴えなさい)


 流し目をしながら、纏っているキーボと言う踊り子の衣装をひらつかせながら、涙を流す。ガヤガヤ言っていた観客達は、言葉を忘れたかのように黙り、その光景に目を奪われていた。自分でもどんな表情をしているかなんて分からない、あたしはジュビアとしてではなくて、ミルゲールとして、歌と言う名の踊りを踊っている。


 現実には歌など歌っていない、その代わりに音楽がある。心の歌で、踊りを通じて、観客達とこの空間を過ごしたい。きっとその中に王子も見ているのだろうから。


 軽くステップをする。何もない所で花を摘む仕草をする。勿論踊りながら。


 ガランダ・デーン・ドアスン・ザ・ガイ


 愛の言葉を囀りながら、ミルガードの周りには沢山の鳥達が集まる。悲しみの中にも穏やかさがある事を信じて、今日もあたしは彼を待つの。


 両手を広げ、羽織っているストーンを片方ずつ添えると踊りが終わった。結構な時間踊っていたようだけれど、自分の中では数秒の感覚しかない。驚いた踊り子達は、拍手をしながら涙している。他の観客達も、呆気に取られたような感じで、骨抜きにされているようだった。


 「素敵な貴方様へ」


 その一言を添えると、再び照明が落ち、暗闇の中に消えていくミルガード。あたしの中に生き続ける彼女の行く先が幸せでありますように、と願いながら、舞台裏へと消えた。


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