鍛冶屋で目立ってどーすんの?!
鍛冶屋の村──ラルク
ぼんやりとしながら歩いていると、いつの間にか村についていた。ここは鍛冶屋達が集まる村ラルク。鍛冶屋といっても色々な者がいる。中には王宮に頼まれた逸品を打っている人達や、冒険者の為に破格の値段で売っている者、様々だ。
サイレとミゲルは二人で話をしながら、ぼんやりとしているあたしに一言村の様子を見てくると言い残し、サザとあたしは二人きりになった。二人の背中が小さくなっていく。その光景を眺めていると、サザが服を引っ張った。
ハッと我に返ったあたしは、かがみ彼と目線の高さを合わし、どうしたの?と聞いてみる。すると彼はなんだか心配そうな表情をしながら、言った。
「ジュビア、様子が変」
「そうかしら? 気のせいじゃない」
「そう……かなぁ」
いたいけな子供に心配をかけてしまった自分を情けなく思いながらも、不器用な笑顔で微笑んで見せた。子供は大人と違って些細な事にも気づくから、無駄かもしれないけど、今の自分には精一杯。
「お願いがあるんだ」
「何かしら?」
「ジュビア、踊って?」
突拍子のない言葉に口をあんぐり開けて、サザを凝視してしまう。彼の目は真っすぐで何の汚れもない、純粋な瞳。ここには少人数だが人がいる。初めての村で目立つのはよくない。だけど身なりからして普通じゃないあたし達は彼等からしたら異質な存在だろう。
(異質なら異質らしく……か)
この気持ちを吹き飛ばしたかった。自分が楽しむ為に踊っているのもあるけど、観客がいて成立するもの。結局、人の笑顔が見たくて踊っていたんだなと気づく。
今、あたしの目の前にいるのはサザ、少し離れた所にも人はいる。観客にさせる事が出来るかどうか分からないけど、踊りたい、サザがサイレに見せた笑顔を自分にも振り向かせたい、そんな答えに行き着いた。
「いいわよ、小さな観客さん」
大切な事を忘れていたのかもしれない。どんな困難が待っていようと、楽しみながら乗り切るのがあたしのスタンスなのに、自分らしくなかったと思った。何が原因で不安に襲われていたのか分からない。ただ胸の奥がもやもやしていて、別人のような感覚で物事を見ていた。
サザはそんなあたしの変化に気付いたからこそ、踊って、なんて要望を口にしたのだろう。彼と初めて出会った時に言われた事を思い出しながら、呼吸を整えた。
瞼を瞑ると、見えるのはあの時の光景。広がるステージの中で楽しみながら自由を満喫していたあたしが踊り終わると一人の男の子が近づいてきた。
「お姉さん、天使みたいだった」
「ふふっ、ありがとう」
天使みたいなんて初めて言われたから少し恥ずかしくなったけど、男の子の真っすぐな瞳を見て、キラキラ輝いている彼を見て、凄く嬉しかったのを思い出す。
(早いものね、時間って……)
あの時の笑顔をもう一度見たい。それ以来あたしの踊りを見に来てくれるようになったけど、初対面の雰囲気とは違い、大人のような視線で見ていたから、笑顔を見ていない。どうしてだろうと、思いながらも、邪念になる感情には蓋をして、今は思いっきり踊ろう。
紫色のマントを外すと、両手で蝶が舞うように踊り始めた。折角あるものだもの、活用しなきゃ勿体ないでしょ?
いつもの踊りとは違う妖艶な姿に、少しずつ人が増えていく。中には女性もいるようで、綺麗なんて言葉が耳に飛び込んでくる。だけど、それ以上に変化しつつある自分自身を表現する楽しみに溺れて、あたしの視線はサザ、一人を捉えた。
歌を歌う。
「貴方がいるから私は笑顔になれる、その笑顔を自分のものにしたくて、それでも月の元へと遠のく貴方の背中だけが残るの」
どうしてこんな歌詞にしているのかしら。それでもこの姿で、この踊りにはこの歌が一番だと思ったの。まるで伝言を伝えているようで、胸がくすぐったい、何、この気持ち……
どこからか歌声が聞こえてくる。周りにはその歌声は聞こえていないようで、違和感を感じながらも、耳を澄ませた。
「君の涙は僕の涙、笑顔は枯れて、月に向かう君の笑顔が眩しくて、涙が溢れる、こんな僕を許してくれるだろうか」
誰の声かしら、知っているようで知らない声。どこかで聞いた事があるような気がするけど、高揚しているからきっと空耳が聞こえているんだわ。神様の贈り物なのかもしれないわね。
そんなあたしの現状を見つめて、クスリと微笑むサザの唇が動いた気がした。ターンをしていたからよく見えないし、完成が大きくて何を言ったのかも分からない。
「やはりジュビアは僕に相応しい」
サザは別人のように低い声で呟いた。その様子に遠目で見ているリンだけは気づいていた。
風に隠れながらジュビア達の様子を見物しているリンは口元を歪めながら、顎に手を添え「ふうん」と言った。見えなかった線が見えてきてという感じなのだろうか、複雑な心境の中で、確信へと近づいているのは彼女だけだった。
まだカイに言う時期ではないと自分の中で結論に至ったリンはスッと表情を変えいつも通りの無表情なリンになった。少しの変化だが、カイは何か気づいたような瞳をしながらも、口には出さない。今は出さない方が正解なのだろう。
「大胆な事をするよな、ジュビ様は」
「それが彼女の持ち味でしょう」
「そうかもしれんが……目立ちすぎじゃないか?」
「彼女には彼女なりの考えがある」
いつもと変わりないリンの言葉と態度に圧倒されながらも、そりゃそうかと納得するカイがいた。二人が監視をしている事にあたしは気づいていなかった。その時、リンとパチッと目が合う人物がいた。
「サザ……気づいていたか」
「どうした?」
リン達の様子をスキルを使って見ているサザがいる事に気付かないなんてカイはまだまだ半人前、そう思いながらも、ため息を吐くしか出来ない。
「なんでもないわ、行きましょう」
「行くってどこに」
「ミルとサレの様子を見に……よ」
サザが気づいているのなら、ここは一端離れた方がいいと判断したリンはミゲルとサイレの場所を特定すると、姿を消していく。
「これだから堅物は……」
リンに続くように、カイも姿を隠し、元の空間へと戻っていった。
何事もなかったように時間だけが流れていく。最初はこんな所で踊るの? 初めての土地で出来るの? なんて不安もあったわ。でもサザの一言が背中を押してくれた。その一言はすごく重要な言葉のようで、いつの間にかモヤモヤした感情も落ち着いていった。
踊れば踊る程、今までとは違う、新しい変化が訪れてきている、そんな気がする。今のあたしには何も映っていない、ただ無心に踊り続けるだけ。だから気づいていなかった。サザの変化も、冷たい視線も、崩れだした運命の音も何もかも。
【ジュビアよ、貴様はどんな結末を私に見せてくれるのだ?】
ふと天からそんな声が降り荒れた。
消えた気配を確認しながらもジュビアの踊りを見つめているサザは、少しため息を吐き、誰の耳のも入らないように呟いた。
「邪魔なネズミだな」
まるで成人している男性のような口調の彼の変化に気付く者などいなかった。それは変化と呼ぶよりも隠していた本性に近いものかもしれない。
まばらだった人間達もジュビアの踊りに引き寄せられている。彼女は自分の魅力に気づいていない、もしくは知らないふりをしている。鏡に映った本当の自分の姿から目を背けているようにも、サザにはそう見えていた。
最後のターンと曲がリンクし、舞台は締めくくられる。目立つ事はあまりよくないかもしれない、それでもジュビアの踊りを皆に見せるようにレールを繋げたかったのだろう。その真意はサザにしか分からない。予測をしているのはネズミと呼ばれていたリンぐらいだろうから。
最後までジュビアは演技者だ。ニッコリと微笑む彼女の表情は天使のように優しくて、甘く感じる。不覚にもドキリと心臓が跳ねた、その表情で男を虜にしている事も無自覚だろう。私はサザの様子を見つめながら、彼以外に見えないように姿を見せる。
「どうだ? 久しぶりの下界は。楽しめているのか?」
<ああ
「それならいいのだ、お前の望みはあったか?」
<ああ
「それが彼女か、面白い女だ、リリアとどこか似ているな」
<……
「図星か、無言はないだろう?」
<話はそれだけか、何しに来た
「ふふふ、彼女がお迎えだ、また遊びにくる」




