ワイバーンハリケーン
国の外に出ると緑色の世界が広がっているのよ、ジュビア、貴女も時が来ればこの国を出る時が来るでしょう。
何処からか死去した母の声が聞こえた気がした。まるで天から言葉を運んでくれたように風が吹き荒れる。整っていた髪を風の妖精がいたずらをしているように、乱していく。
「風が強くなってきたわね」
そうミゲルに囁くと、彼女は瞳を閉じ、両手を翳し予測をする。手と手の間に水晶が具現化され、未来を映し出してくれると言ってたっけ。あたしから見たら、ただの光の玉にしか見えないんだけど。予知の上位スキルを持つ彼女には色々なものが見えるみたい。どんだけ避けようとしても、避けられない未来があるらしいけど、役に立つのは確実ね。
「ワイバーンのハリケーンがくるわ、バリアを張って姿を隠した方がいい」
「!! ワイバーンですって?」
普通のハリケーンが起こる事なら時々ある、だけどワイバーンのは別。別名『死の目』と言われているものだもの。巻き込まれたら終わり、命を持つワイバーンのハリケーンは標的の生命を全て奪いつくすまで動き続けると言われて恐れられている。
「バリアでどうにかなるものでもないでしょ」
「それしか凌ぐ方法はないわ、私達じゃ」
あたしとミゲルが話しているとサザのお守をしていたサイレが口を挟んできた。
「私なら、どうにかできますわ」
その言葉に耳を疑ったのはいうまでもない。
サイレの話を聞いていると全ての種明かしをしてはくれない。ただ大丈夫です、と言っている。信じていない訳じゃないけど、正直半信半疑。私達にも仕事があるらしく。サイレを包むようにバリアを張ってほしいとの事。あたしもミゲルも複数スキル所持者だから、出来るんだけど。どうして二重バリアなんて必要なのかしら。それも左右と後ろに貼るだけで、サイレを守る事は出来ない。バリアを張った中心でサイレが突っ立っているから、こんなの攻撃されたら一たまりもない。
「不安でしょうが、私を信じてください」
あたしとミゲルはゆっくりと頷くと、サザを後ろの木へと向かわせた。そこでバリアを張り、サザを守る。けがをされたら困るのはあたし達だし、こんな子供の泣き叫ぶ姿を見たくないから、念には念をいいれて、ってね。
「ガウウウウウウ、ガウア」
ワイバーンのハリケーンを見る事になるなんて想像もしなかった。ハリケーンなのに、古龍ワイバーンの姿をかたどっているものだもの。破壊力は本物のワイバーンに引けを取るけど、それでも協力な力を持っているのは事実。
あたしとミゲルがはったバリアめがけて突っ込んでくる。その中心にサイレがいるからだろう。奴の標的となってしまった彼女は何をするのだろうと、心臓をバクバクさせながら見守る事しか出来なかった。術者は能力により、自分達にもバリアが適用となり、気配を消してしまうのだから余計に。このまま何の手立てもなかったらサイレが危ない。
(どんな事があろうが、解いてはいけません、て言ってたけど、どうする気なのよサイレ)
そう思っているのはあたしだけじゃないはず、ミゲルも同じ思いだろう。でもあたし達はサイレを信じると決めたからにはきちんと自分の役割をこなす事しか出来ない。
ワイバーンのハリケーンがサイレの目の前まで近づいたのを見計らって、彼女は口を開き、歌を歌った。
〔セイレハーン ドゥア ヒトリア ドゥセンク イン ザ ハーン〕
意味はこうだ。
〔起こりうるものよ 鎮めたまえ 涙あるものよ 沈みたまえ〕
(これは……精霊唱?)
少しの声と音が全ての空間を圧倒していくのが分かる。まるで異次元に飛ばされたような感覚がして、少し寒気がする。
(こんな精霊唱……はじめて聴いた)
未熟な人たちの精霊唱は何度か聞いた事があるが、ここまで完璧なものははじめてだ。精霊唱とは精霊の加護を受けているもの。声と音を武器にして、精霊の力を引き出す上等技術。選ばれた人にしか出来ない。そして威力も凄い、ワイバーンハリケーンの攻撃を包み込み、全て無に返している。姿があったはずなのに、精霊唱に包まれながら消化されていった。まるで夢を見ているようだった。
「……終わりました」
気がつくと、何事もなかったようにサイレがあたしの前で微笑み続けている。ミゲルもあたしと同じく圧倒されていたみたいで、言葉を失っていた。
「サイレ……貴女は」
「私は全ての精霊の加護を受けた人間、人は私達の事をナルクと呼んでいます」
「ナルクですって?」
その名を聞いて我に戻ったミゲルは大声で叫んだ。まるで異物を見るような目でサイレの周りをくるくると回って、観察している。
「そんなに驚かないでください」
「驚くにきまってるでしょ? あのナルクよ」
勇者アゴウと共に国を安定へと導いた者の中にナルクの存在がある事を聞いた事がある。その人は研究者でナルクの存在を肯定している人だった。周りの人達は夢を語るなら寝て語れ、と嫌味を言っていたのを思い出した。
「本当にいたのね……」
ミゲルは現実が受け止められないといっているように聞こえた。あたしはポンと彼女の肩に手をのせ、「あの精霊唱が確信なんじゃない」と言った。
元は呪文の一つであったものを歌に変換したもの。あたしとミゲルのような精霊の加護を受けていない人間には到底出来ない。それにナルクと呼ばれる人間は全ての精霊王に認められてはじめて名乗る事が出来るのだから、たいしたもの。
サイレは選ばれてなったって感じだわね。
そういえば昔ナルクを隠していた歌姫がいた。父からそんな事を聞いたのを思い出し、サイレに聞いてみる事にした。確信はないけど、直観で思った事を伝えてみたの。
「貴女の母上様もナルクでしょう?」
「ご存じだったのですね」
「いや、昔ナルクの歌姫がいた事を思い出して……ね」
父から聞いた話なのに、さも自分は知っていましたアピールをしてみる。一応国王の娘だし、となるとサイレの母上は王妃様だから。一応念には念ってね。
「そうですか、やはり有名なのですね」
「貴女の母上でしょう? その歌姫」
「……ご想像にお任せします」
うまくかわされた気がするのは気のせいではない。ふふっと悪戯っ子のように微笑むサイレを見つめながらそう感じた。これ以上追及するつもりはない。人間だれしも触れていい部分といけない所がある、その事くらい分かっているから。
あたし以上に興味津々なのはミゲル。サザは何の話をしているのか理解していない様子。そりゃそうよね、あの場にいないサザにこんな話しても分かる訳ないもの。あたしとミゲルの二重バリアに守られていたから余計に難しい。外の景色、音を遮断する効果があるからね。
サザの事を考えて話を切り替えようとすると、便乗するかのようにサイレはサザの背丈に合わせ、頭を撫でた。その姿はまるで母親のようで、空間が止まった気がした。
「サザ、大丈夫でしたか?」
「うん、大丈夫だよ、サイレ」
「やはり男の子ですわね、頼もしい」
「えへへ」
あたしの時と態度違くない? まさかサザってばサイレに一目ぼれでもしているのかしら。あたしって女がいながら罪深い男ね。まあ、まだ子供だから仕方ないんだけど。よく見ると、サザの顔って凄く整って見える。いつもは大人ぶっているのに、素直に笑うサザを見て、胸の奥が熱くなるのを感じた。
(これがいわゆる母性本能というやつかしら)
不思議な魅力のある男の子。勇者の器に選ばれたのも納得してしまう自分がいた。どうしてだかコロコロと表情の変わる彼の姿を目で追っている自分がいたのだから。この時のあたしは無意識で、それがどんな感情に結び付くのかなんて理解しようとしなかった、いや見て見ぬふりをしていたのかもしれない。
「さぁ、行きましょう。少し疲れたでしょうが、もう少し歩けば、村があります。今日はそこで休みましょう」
「……そうね」
サイレの提案に乗りながらも、疼く胸の意味は分からない。けれども、彼女の言う通りだ。長い間歩いてきて、あんな事があった後、もう少しだけ頑張れば、眠れる。いつもの自分なら全然平気なのに、どうしてだか少し休みたい気分だった、考えたりもしたいけど、それはしたくない、曖昧な感情の中で周りに気付かれないようにため息を落とし、歩き出した。そんなあたしの姿を見ていたサザに気付く事なく……




