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ユートピア  作者: 吉田 要
第一部 家族の行方
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1-7 誰が為に剣を振るう

 ごうごうと音を立てて迫る業火は、もう今にも氷の壁を飲み込みそうである。

「お、おいフェリ!?」

「・・・もうちょっとだ!」

 心配そうな声を上げるスヴェンにフェリクスはそう返すと、予力で辺りの環境を確認し始めた。

 ―壁の向こうの気温が低い・・・

  ―もっと上げねぇと

 氷の壁の向こうを熱く、こちらを冷たくなるように、騎士術を発動する。

 次第に風にあおられた砂ぼこりが、フェリクスたちから氷の壁へと立ち込めていく。

 その時、フェリクスの耳をキーンという音が撫でた。

 ―来た!

「『飛烈陣風(ひれつじんぷう)』!!」

 フェリクスたちでさえ、立っているのがやっとというほどの、猛烈な風が氷の壁へと叩きつける。

 凄まじい風の中、フェリクスは素早く血を壁へと飛ばし、氷の壁を一気に溶かした。

 瞬く間に氷の壁は水へと姿を変え、支えを失った棒のように、風に押されて炎を喰らい尽くすと、目を見開いたコッカへ猛然と迫る。


「クッ・・・!『炎凱・炸罅(えんがい・さっか)』」

 ダガーで胸を切り裂いたコッカは、レイピアを波へと突き刺し、その中で炎を爆発させた。

 吹き飛ぶ水塊に胸をなでおろしたのもつかの間、今度は猛烈な風がコッカを襲う。

 砂ぼこりから手で顔を覆うコッカに、スヴェンとジェーンが斬りかかった。

「・・・フフ、読めているぞ!」

 正面から振り下ろされた剣を左腕に仕込んだダガーで、右からの攻撃をレイピアで受け止めるコッカ。

 吹き止んだ風にコッカは、正面から迫ったスヴェンを燃やし尽くしてやろうと顔を上げた。

 しかし、目の前にいたのはジェーンだった。

 ―馬鹿な!

  ―状況から考えて、私の予力では正面から男が来ると・・・!!

   ―足音もこちらの方が重かった!!

 ジェーンの足元をふと見ると、()()()()()()()()()()()()

「・・・読めていたか?」

「クソッ!!」

 ジェーンは自身の仕込み剣についた血で、コッカの左腕を凍らせる。

 コッカはそれを振りほどいて、さらに本当は右からきていたスヴェンにレイピアを振るった。

「隙が出来たぜ!!」

 レイピアを避けて、スヴェンが血をコッカに向けて飛ばす。

 左腕は凍り、レイピアを握った右腕は伸びきっていて、騎士術で短剣へと姿を変えた血を、躱すことはコッカにとって不可能だった。


 体に三本の短剣が突き刺さり、膝をつくコッカに、ジェーンがさらに追い打ちをかけた。首筋を剣が撫で、血が派手に噴き出る。

 コッカを見下ろす二人に、血を出してフラフラとしながらフェリクスも寄っていった。

「オイオイ、大丈夫かよフェリ」

「あぁ・・・ちょっとだけ血が足りねぇだけさ」

 スヴェンの言葉に強がって見せたものの、自分でもわかるほど白い顔をしている。心臓の鼓動がやけに大きく感じ、手持ちの包帯で胸の傷口を抑えているとはいえ、それももう真っ赤に染まっている。

 徐々に端から暗くなっていく視界をなんとか堪えながら、剣を手に震えるジェーンに声をかけた。

「・・・ジェーン」

「まだだ、私はまだ・・・!!」

 声を震わせるジェーンの手を、ふらつくフェリクス代わってスヴェンが抑えた。

「やめとけよ、ジェーンちゃん。生きてるなら医務室に運んで、情報を聞き出すべきだぜ」

 「それにコイツの世話もしてやんねぇとな」とスヴェンは笑ってフェリクスを指さした。

 何はともあれ、もう終わりだと、フェリクスたちが鞘に納めたその時―



 スヴェンの胸を、()()()()()()()



 ブッと血を吐きながら、ゆっくりと倒れていくスヴェン。

 ―なんだっ!?

  ―・・・火・・・?

 慌てて剣を抜こうとするフェリクスの眼前に、赤い線が迫った。


 スヴェンと同じように倒れるフェリクスの横で、首から鮮血を吹き出し、全身を真っ赤に染めたコッカが立ち上がった。

「『炎凱・赤燕(えんがい・せきえん)』」

「・・・お前・・・!!」

「メルセン・コッカ。六年前にお前の家族を殺し、今お前の首を撥ねて死ぬ者だ」

 もう死んでいてもおかしくない体である。それに鞭をうち、ジェーンを手にかけようと迫るコッカに、ジェーンは歯を食いしばって剣を向けた。

「お前を・・・殺す!!」

 ―この女に父と母は殺された!!

  ―この女に全てを焼き尽くされた!!

   ―この女に・・・!

 叫び声を上げて斬りかかるジェーンに、死を覚悟したのか、コッカは惜しむことなく騎士術をもって応戦した。

 剣を振り上げたジェーンに爆炎が襲い掛かる。

 火に呑まれる瞬間、氷の盾で身を守ったものの、服は焼け焦げ、肌も爛れる。

 ―熱い

  ―痛い

   ―・・・それでも!

 立ち上がって向かって来るジェーンに、コッカが波のような炎を放つ。

 体を守る氷が破られ、コッカに向かって投げつけた氷柱も一瞬で溶かされる。

 ジェーンの剣も氷も、コッカにはまるで届かない。反対にコッカが放つ、レイピアの突きや炎は、いともたやすくジェーンを射止めてみせた。

 それでもジェーンは剣を手放さなかった。

 もう、剣を持つ手すらも重い。全身にやけどを負い、焼かれた足は歩くたびに血を吹き出し、胸からはゴポゴポと音を立てて血が漏れ出ている。それでも・・・。

 振るった刃を受け止められて、太陽を纏ったような状態のコッカに、至近距離で炎を浴びせられる。もはや薄氷を張るのが精いっぱいのジェーンは、それから体を守ることすらできなかった。

 吹き飛ばされたジェーンは、呼吸することすらおぼつかなかった。空気を吸い込もうとしても、体が言うことを聞かない。ふと腹に目を向けると、その大部分が桃色の肉をさらけ出し、ベロリとはがれた皮膚が泡を作って爆ぜている。

 ジェーンの前でコッカが派手に血を吐いた。ラフェンテに斬られ、フェリクスに撃たれ、スヴェンに刺され、さらにジェーンの手によって致命傷を負わされているのだから、当然だろう。しかし、それでも、ジェーンと同じように、彼女もレイピアを手放さなかった。一歩、また一歩とジェーンの元へ迫ってくる。

 ジェーンにはそれを、ぼんやりと映る真っ赤なものを見つめていた。もう、立ち上がることが出来なかった。



 私は、十分戦ったのだろうか。

 家族を失い、叔父も失い、ただ復讐だけを糧に生きてきた。

 悲しみに暮れたことは無い。不思議と涙を流したことも無い。

 ただこの六年で、あの怒りを片時も忘れたことは無い。

 あの女に、刃を突き立て、同じ苦しみを味合わせてやる。

 ―でも、もう刃を突き立てる力が無い。

 もう、()()()()()()()()


 わたしはちゃんとがんばったよね・・・?

 熱いよ、おかあさん

 痛いよ、おとうさん

 会いたいよ

 みんなみんなどこに行ってしまったの?

 炎はどこへ、みんなを連れ去ったの?

 わたしには、もうあの炎は消せない・・・

 だってもう、復讐する力が、体からでてこないのだから。


 ―・・・復讐?

 違う

 そうじゃない

 私が六年間、生きていたのは復讐の為じゃない

 探しているんだ

 あの時、連れていかれた私の大切な・・・


 「・・・お姉ちゃん?」

 私はまだ

 「もう、まだ寝てる!」

 ここで

 「お母さんとお父さんがいないからって、いつまでも寝てちゃいけないんだよ!」

 死ぬわけにはいかない

 「もう先に行くからね!」

 探し出すんだ

 「ちゃんと来てよ!」

 助け出すんだ

 「『待ってるから!』」

 ()()・・・!!



「・・・私の・・・私の妹を何処へ連れて行った!?」

 寸前に迫ったコッカに、ジェーンは覇気を取り戻したように怒鳴った。目元に一筋の涙を携えて。

 その言葉を聞いたコッカは酷く動揺したようだった。一瞬動きを止め、俯く。そして逡巡してから口を開いた。

「・・・お前が私を負かせたら、教えてやる。全てのことを、なにもかも」

 そしてコッカは間髪入れずにレイピアをジェーンに向けた。

 ―来る!!

 レイピアが空を切った音でそう判断したジェーンは、躱そうと体を動かそうとした。

 ―一ミリでもいい!!

  ―体を動かすんだ!!

   ―妹を、助けるんだ!!

 節々から血が噴き出し、体に激痛が走る。

 骨が軋み、関節が悲鳴を上げるのも構わず、ジェーンは何とか横に体を回転させた。

 ―予力で分かっている。

  ―一回横に回転した程度で、躱せる技じゃない

   ―でもこれ以上は・・・!!




  ◇  ◇  ◇




 途中から一気に形勢逆転された状況に、汗を浮かべていたメインデルトは、流石にここまでかと首を振った。

「まずいね、行こうか!」

 言うが早いか駆けだそうとするメインデルトと、それに続くアンナを、ラフェンテが手で制した。

「オイオイ、さすがにもう」

「まだです。弟子をあんな()()()()()()()()()()()()()()

 ラフェンテは自信に満ちた目でメインデルトを見つめた。




  ◇  ◇  ◇




「・・・私もすぐに、後を追う」

 そう呟いたコッカが今にも火を放とうとしたその瞬間、レイピアが蹴り飛ばされた。

 苦悶の表情で手を抑えながら、コッカが顔を向ける。

「またお前たちか・・・」

「わりぃな。往生際が悪くてよ!」

「『倒れても殺せ。それが騎士だ』って教わったもんでね」

 威勢は良いものの、スヴェンは胸から血を吹き出し、フェリクスは顔面蒼白のままである。

 今一度コッカの攻撃を喰らえば、死んでもおかしくない。もっとも、ジェーンもそれは変わらないが。

 そんな重傷も気にせず、スヴェンが喜々としてコッカに長剣で斬りかかる。

「周りの温度を下げた。今ならある程度氷を張れるはずだ。腹の傷を覆っておけ」

「・・・ありがとう」

 その間に肩で息をしながら、フェリクスはジェーンに告げた。確かに鳥肌が立つような寒さが身を襲う。

 傷を氷で覆い、無理矢理止血すると、フェリクスの手を借りて何とか立ち上がった。

 コッカの炎を何とか避けて、首をコキコキと鳴らすスヴェンの横に並び立つ。

「ジェーン、悪いが俺はもう動けそうにねぇ。だけど奴の隙は作れる。お前とスヴェンで、とどめを刺してくれ」

「俺にも策がある。フェリがしかけたら、頼むぜ。ジェーンちゃん」

「・・・あぁ!」

 ―これが最後だ。

 おそらくジェーンたちも、それにコッカもそう思っただろう。彼女の身も、もう限界を迎えている。

「いくぜ。『氷河地震(ひょうがじしん)』!」

 通りの至る所に滴っていた、フェリクスの血が一瞬にして凍り付く。さらにほどなくして大きな揺れと爆音が街に響いた。フェリクスたちやコッカはもとより、メインデルトたちでさえ立っていられず、地面に手をつくほどの揺れだ。


 ―これは、氷震・・・!

  ―温度を急激に下げたことで、()()()()()()()()()()()()()()()

「クッ・・・だがこの程度か!!」

 揺れが徐々に収まると、直ぐにコッカは炎をフェリクスたちに向けた。

 だがその炎は舐めたはずのフェリクスたちが、フッと消える。

「!?」

「読めているぜ」

 ―蜃気楼!!

  ―しまった!

 そこから僅かに離れた場所で、ニヤッと笑うフェリクス。

 さらに揺れの間に移動したのか、視界の端からスヴェンが自分の血を投げつけてきた。

「おらよっ!!」

 ―奴は血を短剣に変える

  ―風向き、血液の量、腕の向きからここに来る!!

 予力で瞬時に予測し、それを躱したはずだった。

 しかし短剣に姿を変えるはずの血は、空中で大きな塊となって、デスサイズへと姿を変えた。

「わりぃな!!短剣だけじゃねぇのよ!!」

 軌道の読めない、カーブを描いて迫ったデスサイズは、コッカの左腹を大きくえぐり取る。

「舐めるなぁ!!!!『炎炎嶽嶽』!!」

 まるで火山が噴火するかのような、爆発的な炎が地面から湧き上がってフェリクスとスヴェンを襲う。

 そしてすぐにスヴェンの対角線、コッカの背後から迫るジェーンに気づいた。

「ああああ!!!」

「剣を奪えば、造作もない!!」

 声を上げて斬りかかったジェーンの剣を、回転蹴りで叩き落す。

 そして彼女を炎で覆おうとしたその瞬間、胸にズッと重みを感じた。徐々に刺された場所から体が凍り始める。

 ―なんだ!?

  ―剣は払い落としたはずだ!

 慌てて足元に転がる剣に目線を向ける。確かにその先に剣は転がっていたが、それはジェーンの使う仕込み剣ではなく、()()()()だった。

 ―あのガキ、デスサイズを投げつけた時に、この娘に血を!!

 今自分の胸に突き刺さっている剣こそ、ジェーンの仕込み剣だと気づいた時には、首元まで体が凍っていた。

 抵抗しようにも腕が動かず、全身の感覚が無くなっていく。

「お前の・・・負けだ・・・!!」

「・・・あぁ」

 眼球まで凍り付いて行くコッカを見上げた、ジェーンのその濁った瞳には、あの日の炎のような赤が宿っていた。

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