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ユートピア  作者: 吉田 要
第三部 帝国会戦:決戦篇
69/70

4-7 死の形

西 第三門

 撤退を続けながら、旗騎士カルヴィン・ギュンターフィックは臍を噛んだ。

 敵の総司令官、伝説のシュクロアフスキーを撃退し、士気が総崩れしたかと思った帝国軍が歌一つで勢力を盛り返し、攻勢に移りつつある。

 ――なんや、奴さん、いけずやなぁ

 ――あないな隠し玉残しとるんなんて、聞いてへんわ

 隣を走るかつての愛人の娘にして弟子、クロエ・モンタルティーニもそのダウナーな雰囲気の顔を不安そうに顰めている。

 ――せやけど、このまま攻めてくるだけやったらええ

 ――コッチの作戦じゃあ、敵さん惹きつけへんと話ならんからなぁ

「なんだかわざとらしいよねぇ~。その逃げ足」

「――――――!?」

 振り返ったカルヴィンは、突然目の前に現れた男に蹴り飛ばされた。

「先生っ!」

「あかん!早う行き!」

「でも・・・」

「行きったら行き!」

 慌てて駆け寄ろうとするクロエに怒鳴って、カルヴィンは剣を引き抜いた。彼女は動揺したようだったが、やがて困惑した表情のまま走り出した。クロエは既に深手を負っているし、それにここで死なせるわけにはいかない。

 ――少なくとも、僕が死んだ後や・・・!

「読める読める、読めるよ、君の考えていることがさ」

 彼の振り下ろした剣を、そこにくると分かっていたかのように自身の剣で受け止めた男――帝国陸軍少将アダルベルト・マシュタリーシュ。彼の体に痛々しく残った、クロエの騎士術でつけられた鵺の爪痕は、何故か先ほど分かれた時よりも、ずっと深くなっているようだった。

 まるで()()()()()()()()()かのように。

「いやぁ~痛むんだよねぇ、この傷跡がさ」

「はて、何のことやら」

 とぼけるカルヴィンにクツクツと笑って、アダルベルトは「ほら吹きだねぇ」と呟いた。

「これは()()()()()、だろ?派手に戦うものじゃないなんて言ってたけど、まさかこんなに陰湿だなんてねぇ」

「あぁ、なんぼ褒めたかて何もでぇへんで」

「クックック。エトルリアには拷問の得意な騎士がいる・・・って風の噂聞いたことがあるけれど、まさか君かい?」

「・・・どうやろね」

 のらりくらりと躱して、斬り込む機会をうかがうカルヴィンに、ふとアダルベルトは笑顔を消した。

「・・・そんなタイプには見えないかもしれないけど、俺だって仲間を殺されるのはあまり気分が良く無くてねぇ。特に数少ない親友を失うってのは、それはそれは深い悲しみを負うんだ」

 少しだけ遠い目をするアダルベルトに、カルヴィンは唇を噛んだ。

 彼の言うことは当たっている。カルヴィンの血をかけると傷が塞がらず、侵食していくという騎士術は、戦闘にはあまり向かないが、反面裏の仕事で活躍した。暗殺やそれこそ、拷問で。

「さて、いくら戦争に騎士道精神で望もうとも、私情を捨てられないのが人間。俺はそれを押し殺してまで聖人君子にはなりたくないね」

「・・・ほな、僕を殺すか?」

「いやいや、それで休まるほど、俺の傷心は浅くなくてね」

 刹那、アダルベルトの姿が掻き消えた。彼の転移する騎士術。それは直接発動なら血を飛ばした場所なのだろうが、彼ほどの実力者なら間接発動は・・・。

 ――アカンっ!!

 予力をフルに発揮して未来を予想したカルヴィンは、彼の後ろを帝都へと走るクロエに慌てて振り返った。

 全速力で翔る。例え脚が千切れようと、肺が潰れようと、構わない。

 ――彼女だけは・・・

 ――彼女だけは守る!

 かつての愛人クレオパトラ・モンタルティーニ。長い睫毛の下から覗かせる切れ長の目は蠱惑的で、潤んだ唇は甘い桜桃のように瑞々しく、きめ細やかな肌はスズランの花のように白かった。愛おしくて愛おしくて、たまらない彼女。

 そんな侯爵夫人と騎士従者の許されざる恋は、彼女の病死にとって終わりを告げた。死の間際、自分の腕の中で彼女は耳元で囁いた。

 「クロエを守って」と。

 クロエは知らない。彼が母の最愛の人だったことを。彼女にとってカルヴィンはただの騎士の師匠。

 カルヴィンもそれを明かすつもりはない。ただ彼女を守れればそれでいい。

 そう、彼女を守れれば。

「先生?」

 カルヴィンの足音に振り向いたクロエ。もう少しで彼女に駆け寄ると思った時、二人の間にふっと影が現れた。

「――――――!!」

「クロエぇええええええッ!!」

 剣が振り下ろされたその瞬間、カルヴィンは体がふっと軽くなるのを感じた。突然体が風に吹かれて飛ぶ紙切れになったように軽く、そしてそのまま尋常非ざる速さでクロエとアダルベルトの間に割って入った。

 だがそれだけである。

 そこから剣で防ぐことも、アダルベルトに応戦することも、あまつさえ彼女を抱きしめることも出来ず、カルヴィンは斬り伏せられた。

「せ・・・先生・・・?いや、うそ・・・先生!先生っ!!」

 アダルベルトのことなど眼中にない様子で、クロエがカルヴィンのもとで屈みこむ。

「あかんなぁ・・・女の子が、そないなはしたない座り方したら・・・あかん」

「先生!そんなこと言ってる場合じゃ・・・!」

「ごめんなぁ・・・こないな血生臭いトコ、君に似合うわけないのにな・・・」

「そんな・・・先生がいなかったら、私・・・私!」

 見る人を惹き込むような黒色の瞳から、とめどなく涙を落とすクロエに、カルヴィンは手を上げて、ふとそれを止めた。

 母親譲りの彼女の美しい顔を、自分の血に濡れた手で汚したくなかった。

「いやッ!止めないで!」

「クロエ・・・」

「私、先生がいなかったらとっくに心が折れていた!先生がいたから、ここまで生きてこれた!先生が・・・・・・先生のことが・・・好 「あかんよ」 」

 ブッと口から血を吐きながら、カルヴィンはゆっくり首を横に振った。

「・・・僕みたいな・・・人を不幸にするやつに、勘違いしたら・・・あかん。・・・僕にできるんは君を守ることだけや・・・せやから、逃げ」

 「戦うとしたらあかんで」と優しく告げて、カルヴィンはクロエを突き放すように手を地面へと落とした。

 彼女は呑み込めない感情に息すらおぼつかなくなっていたけれど、やがてグッと血が滲むほど下唇を噛みしめて走り去っていた。

 頃合いを見計らっていたのか、傍でこちらに背を向けてタバコを吸っていたアダルベルトが歩み寄ってきた。膝を折ることはせず、眩しいほどに透き通った青空を背にカルヴィンを見下ろす。

「・・・ありがとうな」

「ん~、何のことだかさっぱりだねぇ・・・君につけられた傷が痛くて痛くて、動けなかっただけだよ」

「あんさん、嘘がうまいなぁ」

 嘯くアダルベルトに弱々しい笑みを浮かべて、カルヴィンは息を吐いた。

 おそらく彼は初めからクロエを殺すつもりはなかったのだろう。カルヴィンだけを殺せれば、それで・・・。その証拠に、本当に彼女を殺すつもりなら、剣を彼女に刺した状態になるよう転移すればよかったのだ。それをわざわざアダルベルトは距離を取って、剣を振り下ろそうとしていた。

「どっちに転んでも、憎しみの連鎖はこの戦いでもう終わる。安らかに行くと良い」

「・・・ああ、そうやね・・・」

 剣を手にするアダルベルトに頷いて、もう一度青空を仰いだカルヴィン。

 それと同じくらい蒼い彼の髪に、少しだけ赤い色が跳ねた。



  ◇  ◇  ◇



中央 第一門

 一度は退いた帝国軍の部隊。それは巨大な波となって、再び押し寄せてきた。

 英雄、シュクロアフスキーを撃退したとはいえ、何も教会軍や近衛騎士が増強され、また死傷者がいなくなったわけでは無い。帝国軍の攻勢の前に、手ひどくやられた瀕死の軍勢がそこを文字通り死守しているだけだった。

「ぼ、防衛線の守備隊が撤退するまでここを守れって・・・むちゃくちゃだ!」

「やってられっか!俺は退くぞ!!」

 作戦のためには城壁で敵を押しとどめなければならない。だが、城門を守備する将兵たちは、今にも死んでしまうような死線から、恐怖に駆られて一人、また一人と五番街に敷かれた最終防衛線へと勝手に撤退を始めた。

 五番街の最終防衛線は、いわばダムだ。作戦の発動前にそこに撤退してしまっては、意味がない。怒鳴り声を上げて制止する者、それを振り払って撤退する者、ただ黙ってマスケットを撃つ者、動かなくなった体を壁にもたれかけて、空を見上げる者・・・。

 この世界の縮図が、地獄のようなテイストでそこにありありと描かれていた。

 その死線で、一人奮闘する騎士がいた。

 いつもの情けない表情は掻き消え、血と泥にまみれた顔で、歯を食いしばって剣を振るう。

 ――まだだ・・・

 ――まだ、戦える!

 叫び声を上げて斬りかかってくる帝国軍の兵士を斬り伏せて、旗騎士――ウィルバルフ・“ウィル”・エスクロフトは転がったピストルを拾い上げた。

 もう事前に周囲に撒いていた血――騎士術は、二人の騎士将軍とシュクロアフスキーの撃退で使い果たした。いまはただ、少しだけ力の強い騎士程度の力しかない。

 それでもまだ戦う。銃口から硝煙が上がり、銃剣を突き出してきた兵士の眉間を撃ち抜く。

 ――死ぬ最後の最後まで、戦い抜く

 ――生き抜く

 ――それがティサ()との約束だから・・・

 先に逝ってしまった想い人を思い起こしながら、また一人兵士を斬りつけた。

 バシュッとどこからか飛来した弾丸が、その腹を撃ち抜いた。滾々と噴き出る血に、思わず後退って地面に手を突く。

 ――まだ・・・

 ――僕は、まだ・・・

 身を起こそうとしても体は悲鳴を上げるばかりで、言うことを聞かない。それでも手を握って前を睨みつけるウィルを、誰かが背後から抱え上げた。

「――――――・・・あなた達は・・・!」

 いつの間にか自身の左右に並んでいたのは、白ローブに身を包んだ集団だった。金に輝く十字架が背に大きく刺繍され、その異様な雰囲気を醸し出している。

「『玉葱』大隊・・・」

 騎士術を行使する騎士は、皇室近衛騎士団のみに所属できる。古に帝国の不変法で定められたこの規則は、例え議会を占有する教会であろうとも触れることはできない。

 故に教会は、あくまでも騎士術を使えてしまう信者によって構成された慈善団体を作り上げた。それが、玉葱大隊だ。

 彼らは騎士術を使えるといっても、騎士団の訓練を受けたわけでは無いので、真っ当な騎士に比べればその差は歴然、嬰児のようなものである。

 そんな彼らだが、守る対象こそ違えど、それに尽くす忠誠心は、騎士に並ぶものがあった。

「この門、突破されし暁には、わが教会の死に直結する」

「あなたは皇帝を、我らは教会を」

「だが、あなたも私も信ずる神は同じ」

「その守るための心意気も」

 彼らとて無傷では無かった。白いローブにはあちらこちらに血が染み込み、よく見ると仲間に支えられて何とか立っている者もいる。今も銃弾で頭を撃ち抜かれた者がいた。

 それでも自らの体を肉壁と化してまで、この門を護ろうという姿勢は、ウィルと同じだった。

 一際大きな叫び声を上げて、帝国軍の一団が突撃してきた。槍のように構えたマスケットでは、道を切り開かんと銃剣が鈍い輝きを放っている。

 それに一歩も道を譲ることなく、互いに肩を組んだ玉葱大隊は高らかに歌い始めた。

「油で揚げた玉葱一つ (Un seul oignon frît à l'huile,)

玉葱一つで我らは獅子に (Un seul oignon nous change en lion,)

だがモスカーリ人に玉葱はやらん (Mais pas d'oignons aux Moskal,)

犬どもにやる玉葱はない (Non pas d'oignons à tous ces chiens)」

 ウィルも玉葱大隊も帝国軍の波に飲み込まれる。ドチュッという生々しい音と共に、銃剣がその腹へ、胸へ、頭へ突き立てられた。

 それでもその肉壁は微動だにしなかった。既に事切れた者も、まだかろうじて息のある者に支えられて、一歩も引かなかった。

「進もう戦友よ、共に進もう。前へ、前へ (Au pas camarade, au pas camarade, Au pas, au pas, au pas.)

進もう戦友よ、共に進もう。前へ、前へ (Au pas camarade, au pas camarade, Au pas, au pas, au pas.)」

 自分から引き抜かれた銃剣が、鮮やかな血を宙へと飛ばす。

 鉄錆の匂いに包まれながら、ウィルは赤黒い海に体を横たえた。

 ――ティサ・・・

 ――僕も今そこへ・・・


先週は間に合わなかったのでスルーでした

今後もたびたびあると思います。すみません

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