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ユートピア  作者: 吉田 要
第三部 帝国会戦:決戦篇
67/70

4-5 マックスという男

40年前

 「それでも騎士になる」。

 「人非ざる者になる覚悟があるか?」とマックスに問われ、そう答えたメインデルトとエイト=ブラハム。

 二人の瞳、そしてその奥にある心をじっと見据えたマックスは、ため息交じりに「そうか」と答えると、直ぐにその悲し気な顔を消し去って、笑うでも怒るでもない、あえて言うならやさしげな顔をして頷いた。

 その日から二人にマックスは、あれだけ嫌がっていた騎士の鍛錬を施し始めた。

 と言っても、初めの数か月は騙されたと思っていた。ひたすらマックスの土地を耕すよう言われたからだ。

 二人の身の丈程はありそうな大きなノコギリで木を切り倒し、地中深くまで張った根を牛を叩いて取り除く。大きな石を二人で何とか持ち上げて運び出し、固い地面に鍬を立てる。子供の力でできることなどたかが知れている。手のひらには常に豆ができ、照りつける太陽の光で作業中はフラフラになった。ようやく柔らかくなったら今度は小石を取り除く。さらに牛や馬の糞を撒いてようやく畑の完成だ。

 はっきり言って絶対に利用されただけだ。あんな糞真面目な顔をしていたのに、マックスは二人に「腰を入れろ!」とか「吐きそうになっても飯は食え!」とかいうだけで、自分は家の木陰でのんびり座って昼間からラム酒を呑んでいる。

 メインデルトは確かにエイト=ブラハムより頭はいいが、素直故馬鹿な行動をとることがある。エイト=ブラハムが常にブーブーと唇を尖らせて文句を垂れるのに対して、彼は愚直にそれをこなしていった。

 過酷な開墾作業もそうだが、メインデルトのそうした馬鹿正直さもエイト=ブラハムのいら立ちに拍車をかけた。

 第一、エイト=ブラハムはこの故郷の街が嫌いなのだ。皆ひたすら真面目に働いている。農家のものはせっせと畑を耕し、畜産家は羊や牛を牧草地に放っている。商人は各地を回って集めた物資を売り、新聞屋は最近のニュースを一言一句違わず読み上げる。突然来た盗賊には保安官が毅然とした態度で立ち向かい、駐屯している軍が先住民を追い払う。

 もっと楽をすればいいのだ。農家は多少形が変な野菜でも出荷すればいいし、畜産家はミルクと肉さえ取れればいい。商人だってその辺のガラクタにテキトーな名前を付けて売ればいいし、新聞屋はもっと端折ればいい。保安官は賄賂を受け取っていいし、軍は先住民を手なずければいいのだ。

 できるだけ面倒ごとを避けよう、できるだけ楽をしよう。

 心の底からそう思っているエイト=ブラハムにとって、マックスから課せられた鍛錬は我慢ならないものだった。

 だからある日思い切って言ってやったのだ。「これの何に意味があるのか」と。

 マックスは「青二才がほざきやがって」と嬉しそうに笑って、「もういいぞ」と二人から鍬を取り上げた。

「いつ来るかと思ってたが、案外もったのう。そう、これは単純に儂が楽したいから!・・・と言うとあまりに身も蓋も無いので、体力づくりと言い訳しておこうかのう」

「オイオイ、ずいぶん舐めた真似してくれんじゃねぇか、と!」

 悪びれもなく言い放つマックスに、思わずこめかみを引くつかせたエイト=ブラハムだったが、突然彼が鍬の柄を二人に振りかざしてきたことに、反射的に指を噛んで血を出した。

 自身の騎士術である盾を張って自分と、そしてメインデルトを守ったエイト=ブラハムは、「何のつもりだよ?」と眉間にしわを寄せてマックスを睨みつけた。

「ふむ、なんのつもりと言われてものう。テスト・・・試験・・・調査かのう。お前らがどれだけ成長したかを確かめるための調査じゃ」

「ああ?こっちに鍬振り下ろしといて何ほざいてやがる!?」

「これはすまんかった。じゃが、こうでもしないとお前、面倒臭がって騎士術を使わんじゃろう?」

 マックスの言うことは正しかった。

 痛いのも嫌だというエイト=ブラハムは、メインデルトと違って極力騎士術を使いたがらなかった。戦い自体したくもない。騎士になりたいのはこの街から出て、帝都に行きたいのと、楽して暮らしていきたいから。

 そんなエイト=ブラハムに、マックスはホレと体を指さした。

「今まで騎士術を使った後は怠くてつらかったろう?血を使うからそれは当然なんじゃが、今はどうじゃ?」

 言われてみて気が付いた。いつもは血を消費して直ぐに体が重くなって横になりたくなるのに、今は大したことは無い。

「騎士術というのは、体が出来ておらんと行使なぞできん。身体なくして騎士術なし。言ったじゃろう、体力づくりとな。お前らの体は、これでようやく騎士術の不可に耐えられるんじゃ」

 確かに二人の体つきはだいぶ変わっていた。

 エイト=ブラハムは元々中肉中背といった年相応の容貌だったが、メインデルトはひどくやせ型でガリガリだった。それが今や二人とも筋肉が浮き出て、体格ががっしりしており、体力も増えた。

 「おお!」とは一瞬思ったものの、それでも納得がいかなかった。それならそれで早くそうと言えばいいのだ。

 そんなふくれっ面のエイト=ブラハムに対して、メインデルトは純粋にその成長に嬉しそうな顔をしていた。

 マックスはそんな二人を見て、「時に」と顎を撫でた。

「お前ら名前が長すぎるわい。呼びにくくて仕方がない」

 「お前はずっと素直にやっていたから、一本槍(ランス)じゃ」とマックスはメインデルトに言った。

「自分の思いを曲げず、その為ならどんなことでもやってのけ、どんな苦労も越えて行く。メインデルト・()()()・ロットじゃ」

 「そしてお前はなぁ」と困ったようにエイト=ブラハムに頬を掻いた。

「・・・・そうじゃな、守護神(アポロ)でよいかのう。何者にも貫けぬその盾と、何者にも砕けぬその精神。エイト=ブラハム・()()()・シエンツ」

 「お前ら二人で矛盾じゃのう!」と自分で言ってマックスは愉快そうにケラケラと笑った。


 ランスとアポロ。

 そんな大層なあだ名をつけられた二人だが、騎士術の修練や剣の型を学んでいくうちにみるみる頭角を現していった。

 それには家族や街の住人も大層びっくりしていたが、他でもない当人二人が一番驚いた。妙な言い回しにはなるが、メインデルトもエイト=ブラハムも自分にここまでの力があるとは思っていなかったのだ。

 ただ一人マックスだけは元から二人の真価を見抜いていたようで、「よくやった」と誉めることはあっても、驚きはしなかった。

 エイト=ブラハムにはなんだかそれが予想の範囲内と思われているようで癪であったが、しかしそれほどまでにマックスが歴戦の猛者なのだと畏敬の念も同時に抱いた。

 それからしばらくしたある日。

 街に懐かしい人物が現れた。

 風にはためく皺一つない近衛騎士団のマントに、傷跡が痛々しいが精悍な顔つき。

 エイト=ブラハムとメインデルトの二人が、騎士を志す要因ともなった男――()()()()()()が再び街を訪れたのだ。

 ちょうどマックスの家に向かおうとしていた二人は、彼の姿に顔を輝かせて駆け寄った。

 ペンドラゴンも彼らのことを覚えていたようで、ガラリと変わった二人の姿に「すごいじゃないか」と頭を撫でた。

「フフ、よく頑張ったな。・・・もし騎士になる心づもりが変わらないのであれば、任務が終わったら迎えにこよう」

「本当ですか!?」

「ああ、近衛騎士に他言無し。なぁ、メラニー?」

「はい、先生」

 ペンドラゴンの周りには7人ほどの屈強な面々が控えており、どれも場数を踏んだ旗騎士のようである。唯一彼にメラニーと呼ばれた少女だけ、まだ近衛騎士のマントを身に着けておらず、あどけなさの残るその風貌と相まって二人は親近感を抱いた。

「メラニーはまだ従者でね。でも才能は抜群だぞ。君たちも彼女に学ぶことが多いだろう」

「団長、そろそろ」

 少し恥ずかし気な顔をするメラニーの横で、まるで我がことかのように胸を張るペンドラゴンだったが、そこに眉の無いスキンヘッドのいかつい男が口を挟んだ。

 懐中時計を手にしている辺り、時間に追われているようだ。

 どこに向かうのだろうと、エイト=ブラハムとメインデルトが顔を見合わせた時、ちょうどマックスが家から出てきた。

「ウォーイ、ガキども!いつまでちんたらしとるんじゃ・・・」

「――――――――ッ!」

 刹那、ピキリと空気が張り詰めた。

 戸惑うエイト=ブラハムとメインデルトの前に、かばうようにメラニーが出る。ペンドラゴンたちもそれぞれピストルを抜いてマックスに向けた。

「・・・なんじゃい、わざわざこんなとこまで来るとはのう」

「帝国中、貴方のことを血眼になって探し回りましたよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()閣下」

 ペンドラゴンの言葉に、マックスは「よせ」と手を振って笑った。

「儂はノヴゴロドを追放された身じゃ。閣下など仰々しいわい。ただの爺じゃ」

「ジジイにしちゃ、やりすぎだぜ?」

「若いの、もう少し爺を労わりなされ。近衛騎士にしては口が荒いぞ。・・・それにのう、ペンドラゴン。今更、国を追放された儂を捕まえたとて何になるんじゃ。それよりも戦争を終わらせるよう何とかできんのか?」

「その為にあなたが必要なんです。敵とはいえ、伝説の騎士だ。殺したくはない」

「殺したくはない・・・?クックック・・・戦いたくはない、の間違いじゃろう?」

 ニカッと笑って、太い眉の下の瞳をギラリと刃物のように光らせるマックスに、ペンドラゴンたちに衝撃が走った。「本当にやる気なのか」と。

 メラニーの影でメインデルトとエイト=ブラハムは、何が起こっているのかよくわからなかった。突然現れたペンドラゴンたちが、何を血迷ったか自分たちの師であるマックスにピストルを向けているのだ。思わずメインデルトがメラニーの背後から叫ぶ。

「ま、待って下さい!どうしてマックスさんと戦おうなんて・・・!?それにノヴゴロドって・・・!?」

「そうか、君たちを鍛えたのは、シュクロアフスキー、あなたなんですね」

 ペンドラゴンの問いにマックスは「ああ」と頷いた。

「とんでもない逸材じゃ。たんと育ててやったんじゃから、拾って帰れ。そして儂と会ったことは忘れるんじゃな」

 手にしていた鍬でポンポンと肩を叩きながら、マックスは「でないと」と続けた。その瞬間、ズンと重い空気がその場にいる全員を襲い、メインデルトとエイト=ブラハム、それにメラニーは立っていられなくなり地面に膝をついた。

「――――――クッ!!」

 騎士団指折りの実力者である旗騎士たちが、そろいもそろって動けずにいる光景に、メインデルトとエイト=ブラハムは目を剥いた。

「クソがッ!こんなもん・・・こんなもん屁でもねぇぜ!!」

 一番若手そうな男が叫ぶが早いか、冷や汗を振り飛ばしてピストルの引金を引く。

「よせっ!!フランシスっ!!」

 ペンドラゴンが決死の形相で叫んだその時、フランシスと呼ばれた若い旗騎士の頭がブチュッと生々しい音を立てて潰れた。それはまるでトマトを押しつぶしたようで、人の死というにはあまりにあっさりとし過ぎていた。

 旗騎士たちもそれは例外ではなかったようで、信じられないという表情で、重い空気も忘れて呆気に取られている。

「じゃから、爺を労われというたじゃろうて。それに人の話は最後まで聞かんかい」

 一人、まるで蚊を潰したかのような軽さで耳をほじりながら、マックスは旗騎士たちに目をやった。

「さっさとここから立ち去れ。でないと・・・」


「・・・ 死 ぬ ぞ ?」


 お久しぶりです。吉田要です。

 ユートピアを休止にしてから二か月と少し、お待ちいただいていた方には大変申し訳ありませんが、長いようで短い時間でした。

 気力が戻ってきたというのも変な話ではありますが、全く別のものを書いて息詰まるうちに、ふとユートピアを書いてみると「面白い」と思えるようになりました。私の言葉ではありませんが、「人間の興味は一か月二か月」とはよく言ったものですね。

 すこし急ぎの用もありまして、毎週日曜に更新できるかはまだ不透明ですが、できる限り頑張りたいと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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