3-20 飛んで跳ねて未来を読んで
ついてこられるかい?
―――――――――――――――帝国陸軍少将 アダルベルト・マシュタリーシュ
第三門 脱出路
「そうや、これが僕の騎士術・・・言えれば、僕も派手に戦えるんやけどなぁ」
カルヴィンは「残念やけどちゃうねん」とかぶりを振った。
「これは僕の騎士術やない。彼女の騎士術や」
まるでカルヴィンの影の中から現れたかのように姿を現した女に、アダルベルトは「ほぅ」と顎を撫でた。
長く地面に届くほど伸ばした髪に生気の感じられない白い肌。伏し目がちで目尻と口元の黒子が彼女のダウナーな雰囲気をより一層掻き立てていた。
「情報に無いねぇ~。そんな子の存在はさぁ」
「箱入り娘や。大事に大事にするんは当然やろ?」
「・・・隠し玉とは、怖いねぇ」
額から垂れた血を拭いながら、言葉とは裏腹にアダルベルトはニヤリと笑った。
対峙するアダルベルトをちらりと見て、「・・・先生」と不安げに問いかける彼女を、カルヴィンは手で制した。
「もう一歩下がっとき。そこやと君を守れへん」
「・・・はい」
カルヴィンの言葉に、騎士クロエ・モンタルティーニは小さく頷いて一歩下がった。
「ごめんな。・・・僕が弱いばっかりに、また君に力だけ借りてもうた」
「っ!そんな・・・!」
ハッとするクロエに背を向け、カルヴィンがアダルベルトに斬りかかる。
「んー、もうあの怪物の出番は終わりかい?」
「すんません、鵺は団体サン向けでなぁ」
「残念だねぇ~。あんな珍獣、逃したくはなかったんだけどねぇ」
「東洋には仰山おるみたいやで。あんさん、あないに動物に好かれるみたいやし、一匹飼うてみたらええんちゃいますの?」
鵺に抉られた彼の体に目をやりながらカルヴィンが言うと、アダルベルトは剣を振り下ろしながら「ハハァ」と笑った。
「あ~、これはずいぶんと煽られたもんだねぇ~。旗騎士ってのはみんなそうなのかい?」
「他の人が馬鹿正直なだけや。僕は思いやりがあるんや」
そう返したカルヴィンはいつの間に刺していたのか、胸の十字架を引き抜いて至近距離でアダルベルトに血を浴びせようとした。
予力で察知したのか、異常な速さで離れようとするアダルベルトだったが、僅かにカルヴィンの血が傷口に付着した。
「おっとと、やられちまったねぇ」
「・・・いやぁ、あんさん随分と避けるのがうまいなぁ」
「また煽りかい?」
「本心や」
もっと血をかけるつもりだったと、カルヴィンは臍を噛んだ。
ズキッ!とわずかに強まった傷口の痛みに、アダルベルトは顔を顰めた。
―んー・・・
―見た目上の派手な変化はない
―ただ、強力な痛み止めを塗ったのに、こんなに痛むのはおかしいねぇ
服の袖に隠した指先程度の大きさの瓶を取り出すと、パッと傷口にかける。
―血止めに麻酔をしとけばまあいいか・・・
―とはいえ、騎士術が全くわかないってのは、中々怖いよねぇ~
―・・・手は抜けないね
剣を手に再び迫るカルヴィンを見据えて、アダルベルトはベルトからピストルを引き抜いた。
パンッと乾いた音が響き弾丸が発射されるが、当然の如くカルヴィンはそれを躱した。
―何をしてくるつもりや・・・?
姿勢を崩さずそのまま剣を振るカルヴィンだったが、目の前で捉えていたはずのアダルベルトの姿が消えた。
―!?
予力でも予想できなかったその動きに、その場から慌てて引こうとしたカルヴィンだったが、その胸をドシュッ!と剣が貫く。
―なっ・・・!
―移動したとか、そないなレベルやない・・・!
「目じゃ追えないよねぇ~。本当の速さはさぁ」
「・・・なんや、えらいずっこい騎士術やなぁ。瞬間移動かいな」
「移動じゃあ、ないよ。転移だよ。ホラ」
キッと睨みつけるカルヴィンの目の前で、アダルベルトは彼に剣を突き刺したまま、何の前触れもなくその剣と共に消えた。
―・・・どんなに早くても移動なら剣を抜いて走らんといかん
―せやけど、転移ならそのままで別の場所にワープできるゆうことか・・・!
―問題は何処に・・・!?
回すカルヴィンの視界の端で、突然クロエに剣が突き刺さった。
いや刺されたというより、体に刺さった状態の剣が湧いて出たという方が正しい。
「ぐっ・・・!」
「君はこうしようとしていたんだろう~?胸に十字架を突き刺してまたあの化け物を召喚しようと。そして今は、次に腰の小さな剣を抜いて俺に刺そうとしているぅ。違うかい?」
「!?」
「驚いた君は、今度は刺さった剣を体から引き抜こうと、前へ身をよじるよねぇ~。だから俺はそこに足を絡めるよ」
アダルベルトの言葉通り前に体動かそうとしていたクロエは、彼の足に姿勢を崩し、剣がさらに体に食い込んだ。
「ぐあああああ!!!」
「そして怒髪天を衝いた君が襲って来るよねぇ~・・・この辺かなぁ?」
躍りかかったカルヴィンだったが、彼もまたアダルベルトの言葉通りの場所から斬りかかっており、その剣は易々と防がれてしまった。
「ん~、手に取る様に分かるよォ。君たちが何を考えているのか、さぁ~」
弾かれた剣を再び力任せに振ろうとするカルヴィンに、彼の背後に転移したアダルベルトが剣を振り下ろした。
―・・・あかん
―この男、騎士術もそうやけど、なによりも・・・
―予力が強すぎる・・・!
地面に手をついたカルヴィンは全ての動きが読まれていることに冷や汗をかいた。
「ふぅ~、疲れるねぇ~。いろんなことを考えすぎて、頭がくらくらしてくるよォ。だからあんまり、予力は本気で使いたくはないんだけどねぇ」
「・・・隠し玉とは、えらい怖いなぁ・・・」
強がるカルヴィンだったが、その目の前ではクロエが苦しそうなうめき声を上げた。
彼女の顔を見て、カルヴィンの頭の中に懐かしい記憶がフラッシュバックしてきた。
天蓋付きの立派な高級ベッドの上で、彼女の絹のように柔らかな肌が真っ赤な色の柔らかいローブから顔をのぞかせる。
「貴方の蒼い髪は、どんな宝石よりも美しいわ」
細く長い指がカルヴィンの髪を撫でる。それがとても心地よかった。
クレオパトラ・モンタルティーニ。言わずと知れた由緒正しき侯爵家の夫人だ。
許されざることである。侯爵夫人のクレオパトラと騎士従者のカルヴィンが体を重ねるなど。
だがそれを分かっていれば分かっているほど二人の愛は高まっていき、お互いに離れることのできぬ存在になっていった。
それでも別れの時はいつか必ず来るものである。不倫の発覚、想いのすれ違い、飽き、転属・・・近づいた人間の関係は、様々な理由によってまた遠くなるものだ。
カルヴィンの場合は、それはとても急で、とても信じられないことだった。
彼女はカルヴィンの腕の中で、突然眠るように息を引き取った。元々病弱だったのにもかかわらず、クレオパトラは想いの通わぬ夫との衝突から、酒を浴びるように鯨飲する毎日を送っていた。
彼女と別れたあの日以来、カルヴィンは腕にまだあの温もりがあるような気がしてならなかった。
予力で予測できたとはいえ、ブンッと振り上げられた剣をスレスレで躱し、トテテとアダルベルトは二、三歩下がった。
「おっとっと~。何か心境の変化かい?」
「・・・馬鹿やねぇ、僕も」
―この子の顔が、一瞬あの女に見えてもうた
―そんなこと、あったらあかんのになぁ・・・
カルヴィンは抱きかかえたクロエの顔を覗き込んで、彼女の苦しそうに歪んだ瞼を親指でそっと撫でた。
「・・・先・・・生・・・」
「ごめんな、守れんかった・・・」
「いえ・・・それは私が・・・・。それにまだ・・・私も戦えます。・・・先生のお役に・・・!」
「っ!・・・ちょっと・・・ちょっと気張るだけでええ、クロエ」
クロエはヒシッとカルヴィンの服を掴んだが、彼の顔をその虚ろな瞳で見つめてから、小さく「はい、先生」とだけ答えた。
彼に元気づけられたのか、傷口を押さえてクロエがふらつきながらも立ち上がると、カルヴィンも剣を手にアダルベルトと向き直った。
「・・・いくで」
「はい・・・!」
恥ずかしながら体調を崩しまして、筆が進まずストックが無くなる毎日です。
コロナウイルスではないようで、ちょっと胃腸をやってしまったようなのですが、このままのペースですとストックの関係上、三部完結後に一週投稿無しで休ませていただくかもしれません。一応三部は二月中旬までの投稿分で完結する予定です。
季節の変わり目ですので、皆様もご自愛ください。




