3-16 Explosion God
死の恐怖に怯える暇はない
できるのはただ、その瞬間に目を瞑ること
――――――――――――――――――帝国陸軍少将 フェドート・オストロウモフ
30年前
旗騎士へと同時に昇進し、“神”のあだ名をつけられた三人の若者がいた。
冷静沈着を絵に描いたような男で、“水神”と呼称された、リチャード・ファミリアエ。
勝気な性格でキレっぽい割には規則に厳しい、“闘神”、ララ・ラディカーノ。
そして、豪快で戦場では常に一番槍として突っ込む、“爆神”、ジルベール・ロロ・マルブランシュ。
三人はその性格の違いゆえ、普段は衝突しないことの方が珍しい位であったが、ひとたび戦いになれば必ず勝利を呼び込む英雄として称えられた。
「オラ、死ねゴリラァ!!!」
「ガハハハッ!わが肉体、貫くもの無し!・・・それによく考えればゴリラは貴嬢であろう!!」
「マジで、三枚におろすぞ?」
ララの振るった木剣を避けることなく、むしろその筋肉で受け止め砕いてみせたロロを見ながら、日陰に座るリチャードが首を振った。
「君たちはもう少しその野蛮さを抑える努力をしたらいいんじゃないか?いくら山猿とはいえ、人間社会で生きていくには、それ相応の落ち着きが必要だよ」
「それによく考えなくてもララはゴリラだろう、ジル」とあっけらかんと言うリチャードに、ララが歯ぎしりしてプルプル震えながら苦笑いを浮かべた。
「ガリガリのモヤシが、人間の言葉喋ってるなんてしゅごいでちゅね?」
「言葉がうまくなったんじゃないか?その調子だよ、ララ」
「・・・ジル、止めんじゃねぇぞ。アタシはコイツを殺さなきゃならねぇんだ!!!」
「離せ!」と暴れる彼女を羽交い絞めにしながら、ロロが笑い声を上げた。
「モヤシ殿も言葉使いに注意すると良いな!それにもう少し日に当たる方が体にもいいぞ!」
「・・・時々、君の言葉は煽っているのか、それとも本気なのか分からなくなるよ」
そんな三人の下へ、一人の兵士が転がるようにして駆け寄ってきた。
「ハァ・・・ハァ・・・ファミリアエ卿、ラディカーノ卿、マルブランシュ卿!」
「どうしたんですか、そんなに慌てて」
「敵襲です!!すぐに前線へ!!」
兵士の言葉を聞き終わる前に、三人は弾かれたように走り出した。
特段、血相が変わるとか、目の色が変わるといったことは無く、三人は普段と変わらない様子だったが、それでも不敵に笑みを携えていた。
騎士で編成された敵の部隊は夜の闇に紛れて前線まで肉薄すると、夜明けと共に攻撃を開始した。突然出現した帝国軍、それも騎士を相手に統率を失った教会軍は烏合の衆も同然であったが、しかし三人が駆けつけた瞬間、襲撃者たちは瞬く間に制圧されてしまった。
「ば、バケモノがっ!・・・グッ!」
身を引き摺りながら逃げようとする最後の騎士に剣を突き刺す。非道ではあるが、捕虜にとっても負った重傷で命は長くない。痙攣が収まってからゆっくりと剣を引き抜いたロロは、目を閉じて彼に十字を切った。
「・・・君のそういう信心深いところ、僕は本当に尊敬するよ」
「それは私を煽っているのか?救いもせぬ宗教を未だ信仰している、と」
リチャードが差し出した水筒を受け取りながら、ロロは死屍累々の戦場を眺めた。
「そう聞こえたのなら謝るよ。確かに僕は十字正教を微塵も信じちゃいないが、君の信仰心は敬意に値すると心の底から思ってる」
「ガハハハ!それはありがたい!・・・時にその口調、貴君が最近取った弟子とよく似ているな」
「あぁ、ランスのことかい。あれも相当な逸材だよ。手を焼くけどね」
「人手不足から従者経験を経ずに、騎士叙任した者たちか。礼儀や作法はなくとも、武力では粒ぞろいで何とも頼もしいでは無いか!」
「“無知”の強者なら、学を与えればもう一人前さ。問題は・・・頭が回る強者だよ」
「おうおう、アタシ抜きで愉快にお茶会とはいい度胸してるじゃん」
ララがそう言いながらロロの隣にドカッと腰を下ろす。瓶に入った酒を呷り、「カー!」と唸る彼女に、二人は笑ってしまった。
「変わらないね、君は」
「アン?なんだよ藪から棒に」
リチャードの呟いた言葉に、ララはキュポッと瓶から口を話して不思議そうな顔をした。
「その恐れを知らぬ性格のことさ。・・・僕は怖くて震えが止まらないというのに」
「ンだよ、今更そんなこと。アタシだって怖くて怖くてビクビクしてるさ。・・・でもよ戦場なんだ。いつも全部が全部変わってたら、気が狂っちまうぞ」
「良いでは無いか!変わらないということは!この関係も変わらなければいいと私は思うぞ」
「・・・変わらないね、ホント」
ふぅと息を吐いたリチャードは懐から酒の入った小瓶を取り出した。いつも必ず彼が持ち歩いているウィスキーだ。
「ったく、お前も変わらねぇじゃねぇか」
「そうだね。酒好きだけは、どうやら努力しても変えられないらしい」
瓶を突き出す二人に、ロロも手に持っていた水筒をぶつけた。
「ガハハハッ!変わらない三人に乾杯だな!」
4年前
―・・・変わってしまったな
あの後しばらくして、ララは大病を患って旗騎士を辞任し、近衛騎士団を去った。
リチャードは大戦で片足を失い、全身に火傷を負って故郷に帰った。後に彼の死をジェーンから伝えられた。「自分を守ってくれた」と。
―リチャードよ・・・
―本当に逝ったのか・・・?
葬儀の日、建てられた彼の墓標の前で、ロロは自身も驚くほど無口になっていた。
騎士になると決意したジェーンがそっと去って行くのを傍目に、冷たい石となった戦友をただじっと眺めていた。
「・・・ロロさん」
「・・・お前は知っていたのだろう、ランスよ」
ようやく開かれたロロの口から出た言葉に、メインデルトは黙って俯いた。
「私はリチャードや貴君ほど頭が働かぬ。そして・・・物分かりがいい方でもない」
「だが」と続けて伸ばした手は、メインデルトの襟首を掴み上げていた。
「勘には自信がある」
メインデルトは特に抵抗しなかったが、彼の顔には悲しみの色は写れど、申し訳なさやくやしさというものは微塵もなかった。
「問おう。貴君は何を考えている?」
「・・・理想郷を」
白髪の下から覗く彼の目は、純粋に言葉通りのものを追い求めているようだった。そこから見えた、今は亡き戦友の影にロロは自然と彼を手放した。
「・・・去れ。今のままでは貴君を殺しそうだ」
「・・・それじゃあ、また明日会いましょう、マルブランシュ卿」
ロロは目を閉じた。メインデルトはその場を後にしたようで、始めはザリザリと聞こえていた彼の足音も次第に遠のいて行った。
―私には分からぬ
―一体何が起こっているのか
―私が最初に死ぬと思っていた
―貴君らは柔らかいベッドで安らかに息を引き取ると
思いに耽るロロの背後で、ザリッと砂利を踏みしめる音がした。始めは周りの墓への弔い脚だろうと思ったが、彼女の声を聴いた瞬間、ロロは目を見開いて振り返った。
「ジル、久しぶりだな」
「・・・ララ・・・!ララではないか!!」
振り返った先にはだいぶ痩せてはいるものの、昔懐かしきもう一人の戦友がいた。ロロやリチャードと肩を並べて戦っていたころの姿はもうなかったが、それでもあのころと変わらない笑みを浮かべてララは笑った。
「貴嬢、ブリタニアにいたのではないのか!?」
「ああ。骨を埋めるまで、そこで自分勝手に暮らそうと考えてたんだが、リチャードが、モヤシ君が逝ったってランスから知らせを受けてな」
「五年も前にくたばってたとは冷たい奴だ。知らせの一つや二つ、くれてもいいじゃねぇか」と愚痴りながら、リチャードの墓にドンと瓶を置いた。彼の好きだったウィスキーのラベルが、太陽の光でキラキラと眩しく輝く。
「・・・リチャードなら、今のところは「死人に何を望む」と返しただろうな」
「ハハハ、違いねぇ。・・・お前にしちゃ、ずいぶんと覇気がねぇな、ジル」
「・・・変わってしまったのかもしれんな。私も」
目を伏せてそう答えたロロを突然ララが蹴りつけた。
「バカが!なんも変わっちゃいねぇよ。リチャードがいなくなっただけだ。アイツは向こうで一杯やりながら、アタシらのことを待ってる。「神の国はあったよ。君が正しかった、ジル」って言いながらな」
あの頃よりもずっと軽い蹴りだったが、ララの言葉は沈んだロロの心に突き刺さるようだった。
「・・・ガハハハッ!そうだな!何も変わってはおらん!!リチャードとも、貴嬢ともこうして再び会えたのだ!」
「ったく、ようやく調子が戻ってきたじゃねぇかジル。・・・よし、再会の記念にお前の驕りで呑みに行くぞ」
「うむ!!今日は宴だ!!」
―ララの言葉通りだ
―変わっているようで、変わっていないのかもしれない
「・・・ガハハハッ!老いてしまったな!!わが肉体は!!」
そう言いながらフッと身を起こしたロロを、オストロウモフは吃驚の表情で見つめた。
「オイオイ・・・まだやれんのかい、ブラザー」
「当たり前だ!肉体は変われど、漲る闘志は一ミリも変わらない!!それに10カウントも取らずにKO判定とは、ずいぶんとせっかちだな貴君は!」
「ガハハ」と笑うロロに、冷や汗を流していたオストロウモフも再び拳を握ってファイティングポーズを取った。
「悪いなブラザー。だいぶ血を使った故、我の力ももう限界!第二ラウンドは一撃で決めさせてもらうぞ!」
「望むところ!私も貴君を評して最大の一撃で迎えよう!!」
ギュッと握られたロロの拳が、数回ボッボッと火に包まれる。それを見て楽しそうに笑いながら、オストロウモフが駆けだした。
地面を蹴り上げ、両足をロロに向けて突き出す。
「『鐵脚巨砲』!!!」
ズゥンと大地を揺らす振動と共に、オストロウモフのドロップキックがロロを仕留めた・・・はずだった。
「・・・素晴らしい一撃だ」
その言葉が聞こえた瞬間、オストロウモフはもうどうしようもないことを悟った。抵抗しようが何をしようが、目の前の男には勝てない。
煙が薄れていくと、ロロが左手でオストロウモフの足を受け止め、そして大きく右の拳を振りかぶっているのが見えた。ゆっくりと目を閉じて、一言だけ呟く。
「・・・無念・・・!!」
「『火骨』」
ロロの拳がオストロウモフの胸に当たった瞬間、砲撃をも凌ぐ爆炎が彼の体を突き抜けて天高く上がった。
果てしない焔に焼かれて、オストロウモフの体が黒く炭化していく。
炎が収まっていく中、ロロはゆっくりと拳を引き抜いた。その衝撃でオストロウモフの遺体がバラバラと崩れ風に飛んでいくのに、目を閉じて十字を切る。
「貴君の名、忘れはせんぞ、フェドート・オストロウモフ」




