3-15 Iron Man
己を任せろ 血に 肉に 骨に 本能に―――
―――――――近衛騎士団アルピーニ 旗騎士 ジルベール・ロロ・マルブランシュ
半島西の大林 脱出路
唐突頬を襲った衝撃に吹き飛ばされながら、帝国陸軍少将フェドート・オストロウモフはニカッと笑顔を浮かべた。
―ようやく来たか!!
―歯ごたえのある者が!!
殴りつけられたオストロウモフに兵士たちが悲鳴を上げる。
「鉄人少将!!」
「この程度でやられるかい!!」
ムンッとその木の幹のように太い腕を地面に突き立て、倒立前転の要領で着地する。
土埃に汚れ、鼻から血を垂らしているものの、ピンピンとしているオストロウモフに、兵士たちは安堵の表情を浮かべた。レスラーのような巨躯で威圧感は満載であるが、その一方で人柄の良いオストロウモフは部下に好かれていた。
「我を吹き飛ばすとは、凄まじき怪力!!名を名乗れい!!ブラザー!!」
太い指でビシッと指さすオストロウモフに、舞う埃の中から現れたこれまた大柄な男は豪快な笑い声を上げた。
「ガハハハッ!これはまた豪胆な男が来たな!私はジルベール・ロロ・マルブランシュ!貴君の名も教えてもらおう!」
腕を組んで笑うロロに、オストロウモフも整えたカイゼル髭の下で笑って答えた。
「なんとっ!要注意との命令があった男と拳を交えることが出来るとは!!この、フェドート・オストロウモフ!体の震えが止まらん!!」
自然とロロもオストロウモフも、剣を抜こうとはしなかった。本能的に分かったのだ。
拳でぶちのめさない限り、諦めることの無い相手だと。だからこうして喧嘩するしかない。
そして己の肉体が最高の武器と考える二人にとって、またお互いに至高の相手とも言えた。武器など必要のない、自らの術だけの戦い。
オストロウモフは全身に闘志が駆け巡るのを感じた。
ロロは老いた体に久々に血が滾るのを感じた。
二人ともほぼ同時に駆けだして、拳を突き出した。
拳と拳の間で凝縮された空気がバンッと弾け、続いて指と指がぶつかり合う。衝撃が肉を突き抜け、骨まで揺らす。
その一撃だけで指の付け根の関節の皮がすり剥け、血が滲んだ。
だがそんなものを気にしてはいられない。そもそも気にも留めない。
考えるのは、次にどこを殴ろうかということだけ。
それほどまでに、これは両者にとって楽しい喧嘩だった。
メリメリッとロロの拳がオストロウモフの鳩尾にめり込む。
「グゥッ!!」
低く唸る彼にニヤリと笑うロロだったが、しかしそのあごをオストロウモフの拳が突き上げて、気付いた時には宙に浮いていた。
ヨロリとよろめくロロに、呼吸を取り戻したオストロウモフは軽く助走をして飛び掛かった。体を一本の槍に、頭を穂先のようにしてロロの胸元に迫るオストロウモフは叫んで笑った。
「フッハハハハ!先ほどの拳は軽かったぞ、ブラザー!!喰らえい・・・!!」
吸い込まれるようにしてロロにヘッドバッドを放つオストロウモフだったが、その頭がぶつかる直前でガシッと掴まれた。
「確かにちぃと鈍ったかもしれんな!だが、貴君も随分と柔かったぞ!!」
オストロウモフの頭をギリギリと握りしめながら、ロロは血管の浮き出た太い腕を大きく振りかぶった。
「ぶっ飛べ!!」
まるで臼砲のように打ち上げられたオストロウモフは、「うおおおおお!!」と叫び声を上げながら派手に空を舞った。
「良い拳であったぞ!」
それに称賛の意を込めて拳を突き上げたロロは、「さて」と踵を返してはるか先に見える白いテントに目を向けた。
「ロロさん!どちら!?」
猛然と走りだしたロロに騎士の一人が驚きの表情で叫ぶ。
「元帥陣を落とした今、さらに時間を稼ぐには、現在総指揮を執るあの陣を落とすほかあるまい!気概のある者はついて来い!!ジルベール・ロロ・マルブランシュ、押して参る!!」
襲い掛かる帝国軍の兵士たちを文字通り粉砕しながら、一路現在の帝国軍の総指揮を執るラインハルト上級大将の陣へと攻勢を開始した。
「これは・・・」
陣を守る帝国軍の騎士たちの間に動揺が走る。土煙と共にこの司令部の陣へ何かが急速に迫っているのだ。
「なんだよありゃ・・・」
「あそこにはオストロウモフ少将がいたはずだろ・・・?」
「まさか、少将が倒されたなんてことは・・・」
「馬鹿者!怖気づくな!」
部下の焦りに長い黒髪を後ろ手に結んだ陸軍騎士少将、エカチェリーナ・スタロヴォイトヴァが檄を飛ばす。
「あまりそう怒らないで。恐怖は大切な感情よ、カチューシャ。屋敷大将からそう教わったでしょう」
「ハッ」
大将クラウディア・バッハシュタインはそう言ってエカチェリーナを諭したが、その一方で離れていても感じる敵の強さに、そしてなによりもそれに立ち向かおうとする一人の存在に気づいて身が震えた。
「オストロウモフ少将・・・」
快進撃を続けるロロの拳を阻んだのは、大空に打ち上げられたはずの男だった。
「貴君は・・・!」
「よォ、ブラザー。我との喧嘩はもう終いだったか?」
血で真っ赤になりながらもそう言って笑うオストロウモフに、初めはロロも驚いた様子だったが、彼に応えるように笑みを浮かべた。
「第二ラウンドと言うのなら、受けて立とう!」
「流石はブラザー!感謝感激、雨あられ!礼は拳で払わせてくれい!!『鐵拳』!!」
ゴウッ!と音を立てて迫る拳を掴もうとしたロロだったが、拳に手が触れた瞬間、人間の者とは思えない異常な質感と重さが骨に衝撃を与えた。
―これはっ!?
―拳がまるで鉄のようだ!!
―いかんっ!!
手を弾いたその拳は、ロロの鍛え上げられた腹筋へと突き刺さった。皮膚を裂き、肉を食い破って、骨を折る一撃。
内臓にまでダメージを与える殴打に歯をくいしばって耐えていたが、しかし遂には食道を逆流してきた血液を「ガハッ」と吐き出してしまった。オストロウモフはロロの腹筋が緩んだその隙を逃さず、押し込んだ拳にさらに力を込めて彼を思いっきり吹き飛ばした。
「ロロさん!!」
土手に叩きつけられたロロは受け身も取れず着地したため、肺に入ったダメージで暫く呼吸ができなかった。跳ねた小石で切れた額から血が垂れ、目に染みる中、舞う砂塵をこちらにノシノシと進む巨漢の影が見えた。
味方の騎士に支えられて身を起こすと、まるで傷を負っていないかのように瞬時に影目掛けて駆けだした。
オストロウモフも僅かに聞こえた足が地面を踏みしめる音に、瞬時に予力を発動した。
「右かっ!」
「遅い!!」
防御姿勢を取ろうとしたオストロウモフの顔面に、ロロの子供の胴体ほどの太さの足がめり込む。衝撃波が周囲の砂塵を吹き飛ばしたが、ロロは目の前の光景が信じられなかった。
―バカな・・・!
本来なら首が衝撃に耐えきれず、頭ごと胴体から千切れ飛ぶほどの威力であるが、オストロウモフはびくともしなかった。
それどころか蹴りつけたロロの足の骨に罅が入った。
「・・・ぬぅ・・・効かんな、ブラザー!」
ニヤリと笑うオストロウモフの顔を、金属のように光沢のある物体が覆っていた。
「これが貴君の騎士術・・・というわけか」
「その通り。『鐵頭鐵尾』。今の我は砲弾をも防ぐ、無敵の鎧を着ておると思え!」
「『鐵雨』!」
弾かれたように動き、ロロにジャブを繰り出す。普段なら軽い一発だが、全身を鉄で覆ったオストロウモフではまるで銃弾のようだった。
―このまま押し切り
―我のターンでKOを取る!
「『鐵突』!」
ジャブに混ぜて貫手を喉に放ち、ロロに反撃の余地を与えない。オストロウモフから距離を取ろうにも、一歩引くとすかさず距離を詰めてくるため、まさにロロは防戦一方だった。
「どぅれ、これで飛べい、ブラザー!!『鐵膝』!」
オストロウモフの膝がロロの胸板にまるで砲弾のように炸裂し、巨体が宙を飛ぶ。唸りながらも何とか耐え、着地しようとするロロにさらにオストロウモフがロケットのように迫った。
「着地も豪快に行かないとな!『鐵腕』!」
「ガッ!!」
鉄の棍棒のようなオストロウモフの腕がロロを地面へと打ち沈めた。それでも素早く起き上がるロロだったが、その後頭部をオストロウモフが蹴りつける。衝撃で倒れるように前へと一歩踏み出した彼の顔に、続けてオストロウモフは蹴りをかました。
「フッハハハハ!『延髄鐵蹴』と『十六鐵脚』!いかに“爆神”と称されるブラザーであろうとも、生身の人間。鉄人の攻撃には耐えられまい!」
そう叫ぶオストロウモフの前で、ロロはなおも身を起こした。外見でのダメージは所々の内出血と擦り傷程度にとどまっているが、内部は骨や筋、内臓にまで傷が及んでいる。
しかしそれを感じさせず、ロロは「ガハハハッ!」と大口を開けて笑った。
「蚊に刺されたのかと思ったぞ!こんなものなのか?鉄人とやらは!!」
「・・・ムゥ、やはり強し!!であるからこそ、派手な戦いは面白い!!」
叫ぶオストロウモフの後ろで、別の騎士が彼の背に剣を振り下ろした。旗騎士の戦闘は周りに影響を及ぼすため、極力加勢しないこととなっているが、ロロが形勢不利と思いオストロウモフの背後を取ったのだろう。
だがその刃はオストロウモフに届くことは無かった。
「『蛇腹格子』」
オストロウモフは振りむことなく、背後に鉄格子を作りだして剣を防ぐと、「水を差すな」と彼の顔面に肘打ちを放った。凄まじい速さで放たれたそれは、バンッと音を立てて騎士の頭を粉砕した。
「邪魔が入ったが、続きと行こう!ブラザー!」
脳漿がびちゃびちゃと地面に垂れる中、オストロウモフはまた楽し気に笑うとロロに殴り掛かって行った。すかさずロロも防御姿勢を取るが、オストロウモフは両手を組んでそれを彼に向かって思いっきり振り下ろすと、一撃で防御姿勢を破った。
ハンマーのように重い攻撃に、ロロの足元では地面にひびが入り、脳髄も激しく揺さぶられて一瞬意識が飛ぶ。
その隙にオストロウモフはロロの背後に回り込むと、彼の腰に手をまわして抱え上げ、ジャーマンスープレックスのような姿勢を取った。意識を取り戻したロロはオストロウモフの頭に肘鉄を食らわし、何とか振りほどこうとするが、鉄で体を覆った彼にはほぼ無力だった。
「フッハハ、効かん効かん!!・・・行くぞ!!『鐵橋堕とし』!!」
通常のスープレックスなら、ロロも耐えられると思っていた。
だがオストロウモフのこの技は自身の騎士術を遺憾なく発揮し、着地地点に鉄板を敷いた、まさに殺人用の技だった。
ゴリュッ!という鈍い音共にロロが鉄板に叩きつけられ、砂塵が舞い上がる。
ムクリと立ち上がったオストロウモフは、突っ伏したまま動かないロロを見下ろしてガッツポーズを取って言った。
「我の勝ちだ。楽しかったぞ、ブラザー!」




