3-12 このクソッタレな世界に
死こそ生物の証 無様にそれに抗うな
―――――――――――――――――――――――――――スヴェン・エルマンデル
長剣を構え、ゾンネンフェルトと相対する。
「・・・騎士術、どう思う?」
「ちらっと見えたのだと、自分そっくりの分身を作り出すって感じだったな。それに、分身への転移もできると踏んだね」
フェリクスの問いに、スヴェンは戦闘狂ながらも正確な推測を返した。
「ティサさんの一撃を食らっているとはいえ、情報にあった騎士将軍だ。舐めてなくても、こっちがやられる確率が高い」
「ハハァ、最強なら殺されてぇや・・・!」
緊張するフェリクスと、それとは真逆に楽しそうに舌なめずりするスヴェンを前にして、ゾンネンフェルトは再び懐中時計を取り出した。
「さっきも言うたけど、俺ァ忙しいねん。一人一分で済ませェや」
その言葉に、フェリクスはちらりとスヴェンの方に目を向けた。
「さっき嫌な気配を感じたんだ。コイツに長い時間かけていられねぇ」
「ったく、ジェーンちゃん絡みだろ?なら早く行ってやらねぇとなぁ。なんか策があんのかよ、フェリ」
「・・・スヴェン、何分持たせられる?」
「最強の奴なら、一分以内に死にてェとこだが、ダチのためだ。二分は生きてやるよ。・・・最強じゃなかったら、俺一人で倒す」
「フッ、大口叩いて、後で泣きつくんじゃねぇぞ」
軽く拳をぶつけあって、フェリクスは身を翻した。
―下手にぶつかっても勝ち目はない
―俺の騎士術をフルに生かして、アイツを倒す
―・・・頼むぜ、スヴェン・・・!
「なんや、せっかくの数の利を無くすんかいな。ちょっと舐めてるんちゃうか?」
「どうでもいいね。俺の興味は一つ・・・」
「てめぇが最強なのかどうかだけだ!!!」
言うが早いか両手で長剣を振り下ろす。
右手で握った剣で受け止めようとしたゾンネンフェルトだったが、思ったよりも重い一撃に反射的に左手で刀身を支えた。
―チィ・・・
―パワーファイタータイプかいな
「やるならもっとスマートにやろうや!」
スヴェンの背後から出現した分身が、彼の背に向かって剣を突こうと構えた。
それを予力で察知したスヴェンは、ゾンネンフェルトに斬りつけている長剣をパッと手放すと、左足を軸にその場で横に回転して、右足で長剣の柄を蹴ってゾンネンフェルトを下がらせつつ、騎士術で生み出した剣を手に取り、分身を叩き斬った。さらにブンッと振り切った剣から再び手を放し、ゾンネンフェルトに向かって投げつけてきた。
―ウソやろ・・・!!
回転しながら迫る剣を予想できず、何とか躱そうとしたがそれでも左頬をザックリと斬られた。
「舐めてんのはどっちだよ、オッサン?てめぇ、もっと強いんだろ?」
「さっさと本気出せよ」と煽るスヴェンを、頬の血を拭ってゾンネンフェルトは睨みつけた。
「・・・こら、驚いたのう」
突然地面に現れた影に、スヴェンは慌てて空に剣を振るった。
四体の分身が振り下ろした剣を、何とか受け止めたが彼らの体重に加えて重力の力もすぐに加わり、たまらずスヴェンは剣を離して後方にステップする。そこに斬りかかってきたゾンネンフェルトを、騎士術で作りだした剣で防ごうとしたが、一歩間に合わず背中を大きく切りつけられる。
当然、よろめいて距離を取ろうとするものと考え、下がったところを四体の分身で仕留めようと思っていたゾンネンフェルトだったが、スヴェンの取った行動は予想外のものだった。
一瞬よろめいたものの、彼は大鎌を生み出すとそれを手に笑いながらゾンネンフェルトに向かってきたのだ。
―戦闘狂・・・!
―ウチの“ベランコ”と似た、最悪のタイプやな
この手合いの相手は、いくら細切れに切り刻もうが、剣を持つ腕を斬り飛ばそうが、戦いへの本能がなくならない限りいくらでも攻撃してくる。
―一撃で
―屠る・・・!!
「最後に、名前だけ教えてくれへんか?」
「悠長な奴だなっ!・・・スヴェン、スヴェン・エルマンデルだ!!」
「そか。ほな、地獄に行き。スヴェン・エルマンデル君」
向かって来るスヴェンを前に、ゾンネンフェルトは出していた分身をあえて消した。分身はただ斬られた時のように空気にかき消えていくのではなくバンッと破裂し、そしてその飛び散った血がゾンネンフェルトの剣へと吸い込まれていった。
「『十葎一閃・伍架』」
ゾンネンフェルトの振り下ろした剣は、今までよりも圧倒的に早く、そしてずっと重かった。スヴェンの体を、彼が構える鎌を柄ごとスパッと斬りつける。
左胸から縦に一直線、太股まで及んだ傷は、剣が体から抜けきると同時にブシュッと音を立てて噴水のように血を噴き出した。スヴェンの厚い胸板を切り裂き、皮の下の肉が露わになる。
ドサッと倒れ込むスヴェンに、それを見つめるゾンネンフェルトも少し青い顔をして腹部の傷を押さえていた。
「一分・・・。片割れはいなくなってもうたし、これでようやく終いじゃあ」
ゾンネンフェルトの騎士術の真骨頂は、ただ分身を増やすだけではない。そして分身と本体を入れ替えることでもない。ゾンネンフェルトと同等の力を持つ分身を9体まで作りだし、そしてそれを自らの意思で消した場合、一撃だけ消した数分の力が加わる。当然、作りだしてそして消す手間と血の量が必要になるが、消した数が9体に近ければ近いほど、圧倒的な強化を得られる。
スヴェンには、自身の力に加えてさらに四体の分身の力が加わった一撃を与えた。旗騎士ですら沈むその一撃。ゾンネンフェルトは勝利を確信していた。
倒れたスヴェンのその身を起こすのを見るまでは――
ゾンネンフェルトの一撃を喰らった瞬間、スヴェンは天にも昇る快感を得た。
傷が痛むことも、フェリクスとの約束が果たせなかったことも、一切感じぬ、死への急降下。後悔も未練も突き放して、死へと一直線にひた走るこの感覚が、まさに求めていたものだった。
スヴェンは楽しくて仕方がなかった。
圧倒的な力だった。
抗いようのない、一撃。
これこそ、“最強”の力だ。
それに殺されることのこの快感。渇望したものを手に入れた喜び。
笑いながら目を閉じた。
―ようやく死ねるぜ・・・!!
―これで約束果たしただろ?
―母さん
この世なんてクソッタレだ。
神から与えられし生命だの言う割には、生き方を教える奴はいねぇ。毎日毎日泥にまみれて、吐き気を催す、どこまでも青い空に見下ろされる。
世界は美しいと宣う奴もいるが、たぶんそいつは頭が逝かれちまったんだろう。どこからどう見ても世界は掃き溜めだ。
生まれが悪い?良い人に拾われればよかった?汗水たらして努力すれば報われる?神に祈れ?
ふざけんじゃねぇ。
富豪になって酒池肉林で暮らそうが、貧民街でぼろ衣を纏ってカビたパンを齧ろうが、神の気まぐれで作られた、ちっぽけな埃の積もった薄暗いゴミ箱の中で暮らしていることに変わりはない。
なぜ懸命に生きる?どんなに金を持とうが、権力を手にしようが、このゴミ箱から出れるわけがねぇ。
なぜ神に祈る?どんなに祈っても、次に行くのが天国かどうか分かりやしねぇ。
本当に天国なんてあるのか?地獄なんてあるのか?帰ってきた奴でもいるのか?輪廻転生?この世の全てに神が宿る?
息苦しくて生きていけねぇ。
ここから脱出するには、方法は一つ。
この命を断ち切ること。
吐き気も感じない。息苦しさも感じない。忌々しい鼓動も、口から溢れ出る空気の感触も、何もかもを感じ無くなる、死という脱出路。
だから俺は死ぬ。
母さんとした約束、“最強”に殺されて死ぬ。
さぁ、このクソッタレな世界におさらばだ。
―・・・・・・
―・・・おかしい
―痛ぇ痛ぇ痛ぇ!
―死ねねぇ・・!!!
急速に早まる鼓動。
全身を燃やされるような熱さと激痛。
そして何よりも死んでいない。
スヴェンはカッと目を開いた。
―クソッ!
―どうなってやがる・・・!?
―なんで死ねねぇんだ・・・!!
胸の中で、怒りがふつふつと湧いてくる。
喰らった時の一瞬は、間違いなく最強に近いものだった。いままで受けたことの無い一撃だった。
だが現実として、今こうして生きている。
望んだものをようやく手に入れられそうだったのに、またその直前で100歩戻されたようだった。
怒髪天を衝くような怒りに身を震わせるスヴェンだったが、ふと別の考えに至った。
―まてよ?
―間違いなく最強に近い攻撃を繰り出してきたなら、オッサンの実力は最強のはず
―って事は、あのオッサンにはもっと強い力があるはずだ
クハハハハとスヴェンは楽しくなって思わず声を上げて笑った。
―焦らしてくるねぇ
―そりゃそうか・・・
―お楽しみは最後まで取って置かねぇとなぁ
笑いながら剣を握って起き上がる。
ゾンネンフェルトが信じられないといった顔でスヴェンに目を見開いた。
「最高の気分だぜ、オッサン!!」
意味が分からなかった。
確実に仕留めたと思っていた。
たとえ生きていたとしても、地面を這いずり回るのが精いっぱいで、到底起きれる傷ではない。
目の前で吼える男に恐怖を感じた。
「俺、バカだからさ。情報で強い奴の名前と人相は教えられたんだが、聞いた傍から忘れちまった。アンタの名前、教えてくれよ」
「・・・バルトロメウス、バルトロメウス・ゾンネンフェルトや。スヴェン・エルマンデル君」
「バルトロメウスねぇ、かっこいい名前じゃねぇか。なんかこう、強い男の名前って感じがするぜ」
「・・・そら、おおきに」
弾かれたように、笑いながらスヴェンが斬りかかってきた。もう剣の型など跡形もない、ただ無鉄砲に剣を振る。
ゾンネンフェルトは今までに感じたことの無いほどの緊張感に身を包まれながら、彼に剣を突き刺した。
だが倒れない。
また笑ってこちらに向かって来る。
彼の両手に持った剣がゾンネンフェルトの胸を薄く切りつける。それをものともせず、二体の分身でスヴェンを切り裂いた。
しかし倒れない。
汗が額を伝って、地面に滴る。
―一体何なんだこの男は!?
―斬っても刺しても倒れない
―こちらの方がはるかにダメージを与えているのに、まだこうして向かって来る・・・!!!
「『劍獄・刀輪処』・・・『刀輪八景』!!」
ゾンネンフェルトの頭上に無数の剣が浮かび上がり、雨の如く彼に向かって降り注いだ。それを三体の分身で防いでいると、自分が剣に当たるのも意に介さずスヴェンが間合いに飛び込んできた。自身から遠ざけるように剣の平でスヴェンを打って、吹き飛ばす。
それでも彼はまた笑って立ち上がった。
「いいねぇ、最高だ!!こんな気分は初めてだ!!死へ迫るこの感覚!!最強によって打ちのめされる、この抗いようのない感覚!!今度は何を見せてくれるんだ!?なぁ!?バルトロメウス!!勿体ぶらずに、そろそろフィナーレを決めてくれよ!!」
「さぁ!!さぁ!!さぁ!!さぁ!!さぁ!!さぁ!!さぁ!!さぁ!!さぁ!!さぁ!!さぁ!!さぁ!!」
「スヴェン・エルマンデル!!!!!」
恐怖に駆られるとはまさにこの事だった。
いつの間にかに彼の名を叫んでいた。そうしないと、彼に飲み込まれる気がした。
本能が叫んでいた。全力で仕留めろと。
脊髄が反射的に動いて9体全ての分身を作りだし、一瞬でそれを消して剣に力を籠める。
樹齢500余年もの大木を一撃で打ち倒す力。
シュクロアフスキーに使用することを禁じられたその技を、ゾンネンフェルトは旗騎士でも要注意人物でもないただの少年の騎士に放とうとしていた。
今まさに振り下ろされようとする剣にスヴェンは歯を剥き出しにして笑った。
遂に、遂に終わりを迎えるのだ。
これほど楽しい瞬間はない。
だが運命はそれをあざ笑うかのように、再びスヴェンから至高の瞬間を奪い取った。
彼の口から血が噴き出てきたのだ。
「・・・あ?」
唐突怠くなった体は、支えることもできず地面にそのまま崩れ落ちる。
人間として、スヴェンの体は既に限界だった。
胸も背中もバッサリと斬り伏せられ、腹は剣に貫かれた。どす黒い血がとめどなく溢れ出る傷口からは、ピンク色の肉が、白い骨が目に見えた。
当然、このままでは死ぬ。スヴェンが心から望んだ死だ。
だが、“最強”に殺される、という死を望むスヴェンにとって、これは到底満足できるものでは無かった。
―フザけんなよ・・・!!
―あと少しで最強の一撃を受けられるんだ
―こんな死に方、ねぇだろうがっ!!!
しかしどんなに歯を食いしばっても、もう体はピクリとも動かなかった。
―クソッ・・・
―どこまでも馬鹿にしやがって・・・
投稿遅れてすみません・・・




