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ユートピア  作者: 吉田 要
第三部 帝国会戦:防衛篇
44/70

3-10 影法師





迎えに来てよ   貴男がいないと歩けもしない


手を貸してよ   貴男がいないと何もできない


一緒に行こうよ  貴男と共に行きたいから


――――――――――――――近衛騎士団アルピーニ 旗騎士 ティサ・カーマイン





「ハッ!笑わせないでよ」

 ティサ・カーマインが男の胸ぐらをつかんで笑みを浮かべる。

 彼女の顔は、血で真っ赤に染まっていた。

「アンタもここで死ぬのよ・・・!!」


 数分前


 脱出路を使って、侵攻してきた帝国軍の中腹を奇襲した教会軍と騎士団だったが、その一方で帝国軍の先鋒は既に城門まで到達していた。そこが突破されてしまえば、戦火は街にもおよび、作戦も水泡に帰す。

 教会軍が多く配備されているのは勿論、帝国軍の騎士や騎士将軍に備えて、旗騎士を始めとした騎士たちも防御についていた。

 その騎士たちの指揮を執っていたのが、旗騎士ティサ・カーマインだった。

「・・・化け物ね。防御線にこんな()()開けるなんて・・・」

 目の前に広がる、シュクロアフスキーの作った道に、ティサは唇を噛んだ。

 一路皇城へと迫りくる帝国軍は、既に目と鼻の先まで迫っていた。城壁に備え付けられた大砲が火を噴き、ロケットも発射されるが、その足は止まらない。

 城門前の陣では兵士たちが十字を切っていた。ひとたび戦いが起これば、どちらかが勝つまで終わらない。

 ティサも首から下げた十字架のペンダントにそっと口づけをした。

 ―この戦いが終わった後も

  ―きっと()()と・・・

 指揮官の号令に、兵士たちが構えたマスケット銃の引き金を引く。

 耳をつんざく銃声の中、剣を手にティサは戦いに身を投げた。


 一人二人と敵の兵士を倒していると、帝国軍の渦の中に、ひときわ目立つ男がいるのに気づいた。馬上で指揮棒を振り、指示を飛ばす指揮官風のその男は、中肉中背で決して何か特別な身体的特徴があるわけでもなかった。

 だが騎士には分かった。例え壺に入れて厳重に封をしたとしても染み出してくるような、彼から漂う死臭。

「あかんあかん。あんな城門、さっさと落としい!・・・おっ!」

 彼もこちらを見つめるティサの存在に気づいたようだった。

「なんやァ?えらい怖い目つきやなァ。あのオンナ」

 どっこいしょと馬から降りた男は、傍にいた副官らしき将校にポンッと指揮棒を投げた。

「指揮取っとけぇ。俺ァ、()()()

「ハッ!どのぐらいでお戻りになりますか?閣下」

「そうやなぁ・・・」

 頭のてっぺんから足の指先まで、ティサの体を舐めるように見つめた男は、少し笑って副官に答えた。

「5分・・・ってとこやな」


「騎士のねぇちゃん。出張ってもろうて悪いんやけど、オジサンあんま暇やあらへんねん。ちゃっちゃと始めて、パパッと終わらせようや」

 ポリポリと頭を掻きながら近づいてきた男に、ティサは剣を向けた。

 ―騎士大将、バルトロメウス・ゾンネンフェルト

  ―“()()()”と呼ばれる男か・・・

   ―騎士術の詳細が不明

   ―まずは一太刀、確実に決める

 グッと足に力を入れるティサに、ゾンネンフェルトはベルトから引き抜いたピストルを向けた。

「気だるいし、剣を抜きたやないんや。すまんなァ、ティサ・カーマインちゃん」

 通常騎士の一対一では銃は役に立たない。予力でその弾道が読めてしまうからだ。旗騎士や騎士将軍といった実力者同士ではなおさらである。

 だが、騎士将軍のゾンネンフェルトはピストルを抜いた。旗騎士のティサに向けて。

 ―言葉や態度でこちらを油断させ

  ―一気にカタを付けるつもりね

   ―来るッ!!

 銃弾ではない。

 ティサが予力で捉えたのは、面倒くさそうな言葉や、浮ついた態度とは裏腹に、周到に仕組まれたゾンネンフェルトの “()()()()()()()()”だった。

 ピストルから弾丸が発射されたと同時に、そのへらへらとした構えから瞬時にティサへと斬りかかる。

 ―弾丸を避ければ剣で

  ―剣を避ければ弾丸で

   ―左右も上下も逃げ場がない・・・!!

   ―前に進んでも後ろに下がっても意味を成さない・・・!

 一瞬で作り上げられた、()()()()()()()

 ティサは対峙するゾンネンフェルトとの、圧倒的な経験の差を嫌と言うほど思い知らされた。

 だがここで諦めるわけにはいかない。ペンダントを胸に突き刺し、息を吸う。

「・・・『白龍(はくりゅう)天昇り(あまのぼり)』」

 突然、ゾンネンフェルトの視界が反転した。

 いや、周りにいた兵士たちや構造物は元のように、つまり視界の上にある。

 首を傾げるゾンネンフェルトだったが、今度は抗いようのない力によって、ティサを中心に宙に浮いたままグルグルと回転し始めた。ハンマー投げの鉄球のように放り投げられた彼は、何とか受け身を取って着地する。

「剣を抜きたくないなんて見え透いたウソ、次ついたら死ぬわよ」

 睨みつけるティサに、擦りむいた肘を撫でながらゾンネンフェルトは不敵に笑った。

「・・・おーこわ」


 ―あーあ

  ―一発目で決めよう思てんけど、躱されてもうた

   ―これじゃ、部下に軽々しく「早よせぇボケェ」言えへんやんけ

 情報にあった通り、風、いや竜巻のようなものを使ってきたティサだったが、実際に喰らってみて感じるその強力さ。そして言葉や態度で騙しても、瞬時に動きを読んでくる予力。

 ―流石は旗騎士やね・・・

 もっと簡単に片付くと思っていたが、考えを改めねばならないようだと、ゾンネンフェルトは首を振った。

 ―せやけど、あの様子だと俺の騎士術は知らんみたいやし

  ―末恐ろしい若い芽は、早いうちに摘んどくモンじゃ

 ダッと駆け寄り、剣を交わらせる。

 右手に左手にと剣を持ちかえ、猛攻を仕掛けるゾンネンフェルトに、ティサは左足を軸に、右足を前に出したり後ろに引いたりで、一定の間合いを保ったまま確実に対応してきた。

 ―なるほどなァ

  ―こら、適当にやっとったら埒が明かんわ

   ―タイミングをずらせばどや?

 剣を振り下ろした隙に、兵士が落としたのであろう、地面に転がったピストルを拾い上げる。服と体の影になってティサには絶対に見えないそれに、弾丸が装填されていることを手早く確認した。

 剣を振ると見せかけて、突き出したピストルにティサは大きく目を開いた。火打石が火花を散らし、硝煙と共に弾丸が銃身から吐き出される。

 横に動くか、身を屈めるかと踏んでいたゾンネンフェルトにとって、彼女が次にとった行動は想定外だった。

 端的に言うと、彼女はその場で跳んだ。

 ただジャンプしたのではない。瞬時に()()()()()()()()()()()()のだ。

 同時にゾンネンフェルトの体に強烈な風が襲い掛かった。

 ―竜巻で飛び上がりよったんか!

  ―なんて大胆なオンナや!!

 顔を守ろうと交差させた両腕の隙間から、空のティサを見上げる。

 その目に映ったのは、もう眼前まで迫った彼女の姿だった。剣を横に大きく振りかぶり、自分に斬りつける。

 なんとか剣で防御しようとするゾンネンフェルトだったが、予力ではもう見える未来は一つだけだった。

 ―ッ!

  ―あかんっ!


 鮮血が宙に飛ぶ中、小さな竜巻を発生させ、衝撃を和らげて着地する。

 すぐさま振り返り、ゾンネンフェルトに剣を向けるが、目の前の彼は思っていたほどダメージを受けていなかった。

 腕ごと首を刎ねるつもりが、直前に後ろに足を引いたのか、腹部を斬りつけられるにとどまっている。

 ―クッ!

  ―あの一瞬で・・・!

 臍を噛むティサだったが、しかしそれでもゾンネンフェルトの傷は深いようで、腹部を押さえる彼の顔は青白く、額に脂汗が流れていた。

 ―今なら・・・いける

  ―ここでとどめを刺す!

 よろよろと剣を構えるのもおぼつかない彼に一気に駆け寄り、弱々しい力で振られた剣を躱す。

 グッと引いた剣を、ゾンネンフェルトの胸に思いっきり突き刺す――はずだった。


「・・・悪いなぁ。 “()” やで」


 目の前でゾンネンフェルトが笑ったその瞬間、突然背中を何かが一筋に撫でた。直後に鋭い激痛がティサの体に襲い掛かる。

 ―なっ!?

  ―後ろから!?

 歯を食いしばって振り向き様に剣を振るう。

 ティサの目には、それを「ヨッ」と言いながら躱す、余裕綽々といった様子のゾンネンフェルトの姿が映った。

 ―馬鹿な!?

  ―()()!?


 愕然とするティサを前に、ゾンネンフェルトも内心彼女の力に驚いていた。

 ―強いとは思い直したけど、まさかここまでとは思わんかったわ・・・

「カァー、恥ずかしいったらあらへんのう」

「何が・・・?」

「ねぇちゃんのこと、“五分で倒す”って大見得を切ってもうてん」

 両手を上げて「あーあ」と呟くゾンネンフェルトに、ティサは虚勢を張って笑った。

「・・・倒せないって事かしら・・・?」

 それをゾンネンフェルトは鼻で笑うと、チッチッチと人差し指を横に振った。

「確かに強いけどなァ・・・プラス一分でカタはつくで」

 そう言った彼の背後から、さらにゾンネンフェルトが一人二人と現れた。

 青い顔をするティサが、さらに嫌な予感を感じ後ろを見ると、傷を負ったゾンネンフェルトの周りにもまた、彼が二人出現している。

「戦いで大切なんは、()()()()やで」


 ―どういうこと・・・?

  ―・・・幻覚?

   ―いや、なら実体がないはずだわ

   ―私は確かに後ろから斬りつけられた

 ―ということは・・・

  ―()()()()()()()()()()()

   ―分身か・・・

   ―恐らく本体は、傷負ったアイツね・・・

 今はまだそれだけしか分からなかった。

 ティサを取り囲むように周囲には“六人のゾンネンフェルト”。一体どこまで増やせるのか?本体との差異は?同時に操れる数は?・・・

 分からないことだらけであるが、ティサが今できるのは戦って理解することだけだった。

 熱さを感じる背中の傷を耐えながら、深呼吸をする。「勝てないかも」だの、「帰れないかも」だの、唐突心に湧いた負の感情を拭いはらった。ただ、「貴男に会えない」ことだけが、チクリと刺さったまま消えなかった。

 剣を手に、まずは身近な一人に斬りかかる。この状態でなお向かって来るとは思っていなかったようで、そのゾンネンフェルトは驚いたような顔をしながらも、何故か防御をしなかった。

 一閃したティサの剣がゾンネンフェルトの胸を大きく切り裂き、艶やかな朱色の血が弧を描いて舞う。ぐらりと倒れ掛かった彼は、まるで体が砂になっていくかのように、サラサラと空気に溶け込んでいき、やがて完全に消え去った。

 ―なるほど

  ―こうして消えるだけなら防御は必要ないって事ね

   ―そして・・・

   ―消えた分身は“また出現する”

 振り向いたティサの前には、傷を負ったゾンネンフェルトを守るように、四人の分身が円陣を敷いていた。そして彼の後ろから、ティサが斬り捨てた分、再びもう一人の分身が現れた。

「・・・嫌にならないのかしら?」

「何がや?」

「分身とはいえ、自分が死ぬのを見るのが、よ」

 「私ならゾッとするわ」と身震いするティサに、ゾンネンフェルトはあっけらかんと「慣れたわ」と言い放った。

「そんなん気にしたかて、なんも変わらんわ。俺が死ぬんちゃうんやしなァ」

 六人が一斉に口を開くと、中々の威圧感である。その一方で、一秒たりともズレの無いその言葉に、人間とは異なるものへの恐怖感がティサの中で沸き上がった。

 不気味なまでに精巧に作られた人形が、あたかも人間かのように動く。まるで子供のころに見た悪夢のようだった。

「ああ、せや。オジサン、最近物忘れが多くてなァ。ねぇちゃん、俺が今()()()おるか、教えてくれへんか?」

 ニヤッと笑ったゾンネンフェルトに、何か感じるものがあったティサは、立つ鳥肌を抑えながら慌てて予力を発動させた。そこで見えた、予想された未来は彼女をさらに震えさせた。

 ティサの後ろには、新たに“四人のゾンネンフェルト”が出現していた。


 胸を貫く、真っ赤に沿った剣を見て、ティサは自分の運命を悟った。

 背中から入った剣が、肺を貫通して胸から顔をのぞかせている。

 刺される直前で竜巻を発生させ、三人のゾンネンフェルトをかき消したが、それでも一人残った彼の剣は、こうしてティサに致命傷を負わせた。

 歯を食いしばって、残った一人に剣を振るう。それを避けようともせず、ゾンネンフェルトは薄ら笑いを浮かべたまま血を吹き出し、やがて霧散した。

 崩れ落ちそうになる体を、地面に剣を突き刺してなんとか耐える。

 胸の名から、呼吸をするたびにゴポゴポと血が漏れ出る。息もヒューヒューと音を立てるばかりで、この息苦しさは欠片も消えない。

 ―もう・・・

  ―だめ・・・

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