3-9 Sleeping LION
話の都合上、今週は短めです。ご了承を・・・
「どうして殺さないんですか?」
若い騎士の言葉に、メインデルトは「それがねぇ・・・」と頬を掻いた。
帝国軍の総司令部である元帥陣を制圧し、元帥を始めとした高級将校の“処刑”も終わった。
残すは、幕の中で地面に倒れ伏した国家元帥のシュクロアフスキーだけである。
当然、この隙に倒すものと思っていた若い騎士にとって、旗騎士が三人も集まって倒れた彼に指一本触れようとしないのは異様だった。
「帝国軍は一枚岩じゃない。兵士たち一人一人の出身も、思想も、守ろうとしている対象だって違う。どんなに教育されてもね。そして君も分かっている通り、それを帝国軍として一つにまとめているのが、この“英雄”のシュクロアフスキー元帥だ。象徴としても、精神的にも、彼の立場に揺るぎはない。だから彼を失えば、帝国軍は瓦解するだろうね」
「どんなに高い建物でも、それを支える柱を壊せば崩れ去るように」とメインデルトは加えた。そして、「ならば、なぜ?」という顔をする若い騎士に、ホルスターからピストルを抜いて、それを弄びながら言葉を続けた。
「ここを制圧したのは旗騎士が三人とは言え、騎士少々と一個連隊。帝国軍がその気になれば一瞬で奪還される。だから、ミローヴィチ元帥といった高官は早くに処刑したわけだが、シュクロアフスキー元帥に関しては状況が特殊でね」
そう言うと、メインデルトはピストルを倒れたシュクロアフスキーに向けた。白目を剥き、完全に意識を失っている様子の彼であったが、それでもメインデルトが“シュクロアフスキーという存在”にピストルを向けたことに、ラフェンテはわずかに顔を青くした。アラルラも制止するようにメインデルトに顔を向けたが、彼は「言うより見てもらった方が早い」と言って狙いを定めた。
バンッ!という乾いた音が幕内に響き、若い騎士はこれでかのシュクロアフスキーも死亡したと思った。人間、それも身動きが取れず弱点に正確に狙いを定められる状態に、銃を撃てば確実に死ぬ。
そう確信していたがゆえに、彼は目の前で起きたことを理解できなかった。
気づくと、放たれた弾丸が自分の頬を掠めていた。
―・・・は?
頬を撫でて、指についた血を見て、若い騎士はぽかんと口を開けた。
改めてメインデルトに目を向けるが、彼のピストルは倒れたシュクロアフスキーの方を向いて、銃口から煙を上げている。どんなに銃身が曲がっていようが、確実に自分には届かない。騎士術ならまだしも、“理論上不可能”である。
「手で弾丸を受け止めて、こちらに投げたんですよ」
ラフェンテの説明を受けても、彼には全く分からなかった。
―弾丸を受け止めた?
―それを弾速と同じ速さで投げ返した?
―そんな動作一体いつ・・・?
「分かるかい?ボクらは彼を殺さなかったんじゃァ無い。・・・“殺せないんだよ”。シュクロアフスキーという存在はね。こうして無力化できただけでも“奇跡”だよ」
かく言うメインデルトも冷や汗を垂らしていた。
「そ、それじゃあ・・・この戦いは・・・」
震える声でいう若い騎士に、メインデルトは頷いた。
「大将の首を刎ねられないからね。作戦が成功しなければ、他に勝つ方法はないよ。・・・だからボクらにできるのは、シュクロアフスキー元帥をなるべく長い間無力化して、ここと彼が帝国軍に奪還されるまでに、一秒でも早く作戦が成功するよう祈ることだけさ」
そんな言葉をあざ笑うかのように、丘の麓で砲弾が炸裂した。
丘全体を揺らす砲撃に、騎士や兵士たちが慌てる中で、メインデルトたち三人の旗騎士は別の存在に気づいていた。
「・・・遂に来たみたいですね。“騎士将軍”」
いつかは必ず来る相手である。
問題はそれが誰か。
誰しも高い戦闘力の相手であるが、しかし、願わくば一撃で葬れるような者であって欲しい。そう思いながらも、三人は緊張に顔を見合わせた。
「ワタシが行きましょう」
暫くの静寂の後、口火を切ったのはアラルラだった。しかし剣を持って立ち上がろうとする彼を、「いや」とメインデルトが止めた。
「ボクが行こう。二人とも騎士術を使った後だろう。あまり無理はしてほしくないね」
メインデルトよりも若干若く、また近衛騎士になったのも先の大戦後とは言え、ラフェンテももう20年近く騎士として戦ってきた。だがその間に彼が、メインデルトが戦っているところなど見たことも無かった。ましてや騎士相手ならなおさらである。
不安な顔をする二人に、メインデルトは「大丈夫さ」と言った。
「一人くらい道連れにできるよ」
冗談なのか、本気なのか、彼の掴み所の無い性格では分からない。
しかしメインデルトの目を見て、ラフェンテは少し安心した。ジェーンのことで彼を疑ってはいるが、それでも彼の近衛騎士としての信念をその目は映していた。
石造りの階段を一段とばしに降りる。
どこか若い頃を思い出すようで、懐かしかったが、直ぐに漂う硝煙と血の匂いに現実に引き戻された。
丘の麓では、第七連隊の兵士たちがまさに獅子奮迅の働きをしていた。麓に並ぶバラック小屋や盛土の影に潜み、なんとか丘を取り返そうとする帝国軍を迎え撃っている。
倒れた手押し車の後ろに隠れ、戦場を見渡していると、攻め寄せる帝国軍の中に顔に覚えのある初老の将官が見えた。
飛び交う弾丸を恐れもせず、地図を片手にパイプを吹かし、周りの兵士になにやら指示を飛ばしている様子だったが、突然メインデルトの方に顔を向けた。
―チィ・・・
―気づかれちゃったかい・・・
こうなっては仕方がないと、メインデルトが影から出ると、将官も地図を兵士に渡してこちらに堂々と歩いてきた。
気づいた教会軍が、指揮官を討ち取れと銃の狙いを彼に向けるが、帝国軍もまるで道を作る様に、濃い弾幕を張る。やがて彼は一発の弾丸を受けることなく、メインデルトの前までたどり着いた。
「久しいね。誰がいるかと考えを巡らせていたら、まさか君が出てくるとはね」
「いやぁ、20年前の大戦以来・・・ですかねぇ。マトヴィエンコ大将」
―レフ・マトヴィエンコ・・・
―ロロの爺さんと同世代の騎士か
―やれやれ、面倒な相手だね
刀身が半円状に湾曲した剣、ショーテルを鞘から抜き、カシャッとマトヴィエンコに向ける。
彼もかけていたモノクルを外してポケットにしまうと、静かに腰から下げたサーベルを抜いた。
「一つ訂正して欲しい。私はもう老いぼれでね。今は予備役少将なんだ」
「おっとと、それは失礼を」
お道化た様子で頭を下げたメインデルトだったが、刹那、倒れ込むように前に身を倒すと、マトヴィエンコの足元に一歩で迫った。
地面スレスレの位置から一気に体を起こしてショーテルを振り上げる。
それを予力で予期していたのか、サッと避けるマトヴィエンコだったが、その行動はメインデルトの予想通りだった。
ショーテルの真髄は“一振りで二撃できる”ところにある。普通の剣では切り上げた剣を躱されたら、もうそれ以上の攻撃はできないが、ショーテルは躱されても刀身が半円状のため、剣を引くと自動的にその曲がった刃が相手に迫る。
剣を躱したということで次は自分の番だと勇む者であればあるほど、それに気づかず、また気づいたとしても限りなく防御のしがたい、背から刃が襲い掛かってくるのだ。
ここで仕留めると意気込むメインデルトだったが、目の前の老獪な騎士はそれを見透かしているかのように、涼しい顔をしていた。
キンッ!と音を立てて、ショーテルが何かに弾かれた。
―ッ!
動揺を隠せないメインデルトに、マトヴィエンコのサーベルが迫る。その場で地面を蹴り上げて、宙で一回転してなんとかそれを躱した。
「中々やるじゃないか」
「・・・そりゃこっちの台詞でしょうよ。腕は衰えてないみたいですねぇ、“叫喚”のマトヴィエンコ少将」
余裕綽々といった様子のマトヴィエンコに、メインデルトは吹き出る汗を拭って強気に笑って見せた。




