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ユートピア  作者: 吉田 要
第三部 帝国会戦:防衛篇
40/70

3-6 仇敵





この世界は速すぎる 幾ら走っても追いつけない


この世界は酷すぎる 涙はその源まで枯れた


この世界はあまりに()()()() それでも私は生きていく


―――――――――――――――――――――――――ジェーン・ファミリアエ





 ―クソ・・・

  ―厳しいな・・・

   ―予想していたよりも、ずっと

 口に入った返り血を吐き出して、ジェーンは心の中で悪態をついた。

 ここで妹を、アビゲイルを殺した犯人の手がかりを掴み、両親の暗殺の真相を暴こうと心に誓っていたが、それをまるで妨げるかのように、帝国軍の兵士たちが襲いかかってきた。

 まるで海のように押し寄せる彼らに、ジェーンの周りでは教会軍の兵士だけでなく、騎士たちも多く倒れていく。

 そんな中、ジェーンは何か冷たい気配を感じた。蛇のような捕食者が舌なめずりをして見つめているような、剣を胸に突きつけられているような、その刺すような寒さに思わず身震いをし、慌てて切っ先を向けた。


()()()()()


 聞こえたその言葉に、ジェーンは体が凍りついた。


 この冷たく、全ての暖かみを擂り潰した声を()()()()()


 体にまとわりつくような、この恐怖感を()()()()()


 そしてなによりも、この言葉を前に()()()()()()()()()


 忘れもしない。

 あの日のことは―

 ようやく助けた妹が、目の前で無残に斬り捨てられたあの夜だけは―

 今でも覚えている、妹の笑顔。

 今でも腕に残っている、妹のぬくもり。

 そして徐々に冷たく、声に応えない妹の体。


 ―アビゲイル・・・

  ―間違いない

   ―()()()()()()()()・・・!!


「たかだか、一個連隊と騎士に後れを取るなど。帝国軍兵士としての意地はその程度か?」

「ベーベルシュタイム少将・・・!!」

 一つ星の階級章を着けた旅団長自らの登場に、兵士たちの攻撃は俄然熾烈さを増していった。

 声の主にたどり着こうと、ジェーンが懸命に歩を進めようとしても、銃弾に、銃剣に、拳にその道を阻まれる。

 ―目の前にいるんだっ!!

  ―あと、もう少しで・・・!!

 転んでもなお這って進もうとするジェーンを、カーラが慌てて引っ張った。

「ジェーン!!危ない!!」

 振り下ろされた剣がジェーンの髪をバッサリと切り落とす。斬りかかってきた相手に、味方の騎士が応戦した。

「帝国軍の騎士が来たぞ!!」

「騎士団は前へ出ろ!!応戦するんだ!!」

 騎士と騎士がピストルを撃ち、剣を交わらせる。両軍の兵士たちはそれに巻き込まれぬように、彼らから広く迂回して戦闘を再開した。

「馬鹿、アンタ無茶しすぎ!!」

「でも・・・でもあの男が!!」

 カーラに頭を叩かれるが、ジェーンはそれでもベーベルシュタイムと呼ばれたあの男の元へ走りだした。再びカーラが止めようとしたが、その突き出された手は彼女を掴むことは無かった。ジェーンは止められるのを拒むかのように、剣を強く握りしめ、今こそ仇を討たんと歯を食いしばった。

 そのジェーンの前に、ユラリと幽霊のように揺れる影が立ち上がった。二角帽の下から覗くそのグレーの瞳が、ジェーンのことを丸呑みにするように見つめてくる。

 ―っ!?

「“()()()”とは、私のことか?ジェーン・ファミリアエ」

「お前かぁああああ!!!!」

 逆手に持った短剣をジェーンの胸に滑らせる騎士将軍、アルフレッド・ベーベルシュタイムに、ジェーンは短剣を避けようともせず、剣を振ろうとした。

 冷静さを欠いた、粗雑な太刀筋。怒りを剥き出しにするジェーンだったが、どう考えてもベーベルシュタイムの短剣の方がより的確に急所を捕え、より早く動いていた。

「最後に教えてやろう。君の両親を殺せと命令したのは私だよ」

 冷たくジェーンを見下ろした彼の手でギラリと光る短剣は、ジェーンの胸まであとわずかのところまで迫っていた。

 だがその短剣は、耳に木霊す発砲音と共に弾丸によって弾かれた。


 ベーベルシュタイムはすぐさまジェーンから一歩下がって彼女の剣を躱すと、訝し気な目をまだ硝煙の上がるピストルを持ったヴィーランに向けた。

 ―あの小僧、この距離で正確に撃ち抜いたのか

  ―偶然・・・ではあるまい

   ―騎士術・・・か

 淡く黄色に発光する、狙いを定める左目とピストルを握る左手。ヴィーランは素早く装填に移った。

 そんなジッと彼の方を見つめるベーベルシュタイムに、カーラが背中から剣を振り下ろした。

 彼が、いや人間が全く捉えることのできないはずの、真後ろからの攻撃。カーラの一太刀はベーベルシュタイムの後頭部から股下まで一気に斬るはずだった。

 だが剣が後頭部に触れた瞬間、ガンッ!と音がして、金属と金属がぶつかるような火花が上がった。

「なっ!?」

「一つ忠告しておこう。急所というものは当然だが、何も攻撃する側のみが知っているのではなく、防御する側も知っている。ではなぜ、防御側がそこを分厚く守っていないと思うのかね?」

 剣で入った二角帽の溝からは、頭部を覆う楔帷子のようなモノが見えた。ヴィーランの方に向いていた顔をグルリとカーラの方に向けたベーベルシュタイムに、カーラは舌打ちをした。

「・・・ずいぶんと用意周到なことね」

「お褒めに預かり光栄だ。それにしても、ずいぶんと粗い剣の型だな」

「ハッ。私は騎士叙任以降、師は取ってないからさ。生憎と基本型以外は全部独学でねっ・・・!」

 言うが早いか、猛然と背後から襲い掛かるジェーンとタイミングを見計らって、カーラも剣を振った。その奥では装填を終えたヴィーランもピストルでぴったりと狙いを合わせている。


 ―前も後ろも横も

  ―逃げ場はないっ!

 だがベーベルシュタイムは一切に動じることなく、淡々と攻撃をいなしていった。

 ジェーンの剣は彼の蹴りで弾かれ、カーラの剣は掌で受け止めた。

 本来ならざっくりと斬り落としてもおかしくない一撃だったが、先ほど楔帷子にぶつけたせいか、刃がボロボロの剣では手の皮膚を切るのがやっとだった。

 続けて、剣を受け止めた手を勢いよくヴィーランの方に振るう。ピストルから発射された弾丸がベーベルシュタイムに迫ったが、手から飛んだ“血”が当たると急速にその速度を落とし、彼の体をわずかに小突くにとどまった。

 「クッ!」と慌ててカーラがベーベルシュタイムから距離を取ろうとしたが、彼の手がガシリと彼女の腕を掴んだ。そのまま彼は腰から下げた異様に長い、レイピアのような突き専門の長剣、エストックを抜いた。

 ―っ!!

「カーラ!!」

「カーラさん!!」

 彼が何をしようとしているのかに気づき、ジェーンとヴィーランが駆けだした。

 ―だめだっ!!

  ―これ以上お前に奪われてっ!!

 カーラも必死に藻掻き、手に持った剣を乱雑に振るうが、ベーベルシュタイムは多少斬られて傷ついたくらいではびくともしなかった。

「もう一つ忠告しておこう。元来、剣というものは、斬るというより、刺すものだ。火器の登場で甲冑が廃れたとはいえ、突くことによる確実性に揺らぎはない。・・・こんな風にね」

「っ!!」

 ベーベルシュタイムはグイッとカーラの体を引き寄せると、彼女の胸にエストックを突き刺した。長い剣は彼女の華奢な体を突き抜けて、背から血に濡れた刀身が突き出した。

「私の故郷ではこの剣をパンツァーシュテッヒャー、()()()という。君が鎧をしていなくて残念だよ。この剣の真価が見せられなかった」

 ジェーンの目の前で、エストックを引き抜かれたカーラの体がぐらりと傾いて倒れ込んだ。

 ドサッという音と共に大地にその身を横たわらせたカーラに、ジェーンは慌てて駆け寄った。

 手で触れると、どくどくと血が溢れ出ている。ビクビクと痙攣する彼女の体から、どんどん弱々しくなっていく鼓動の音がジェーンの耳に響いた。

「待て!!今、助けるから・・・!!!」

 体の震えが止まらなかった。

 ―大丈夫だ!

  ―これから後送すればまだ・・・!!

 手で傷口を圧迫するが、血で滑ってうまくいかない。

 指の間からは防ぎきれない血が漏れ出て行った。

「・・・ごめんね・・・役に・・・立てなかった・・・」

 弱々しい声で、カーラが口を開いた。

 彼女の口から、ドロッとした血の塊が溢れ出た。

「ダメだ、喋るな!!」

「ジェーン、あんたは・・・生きなさいよ・・・。全部全部明らかにして・・・仇も取って・・・ヨボヨボのおばあちゃんになって・・・フフッ・・・」

 カーラは何処か嬉しそうに言って笑みを零した。とても戦場で、血に塗れ、泥の中で倒れ伏しているようには見えない、美しい笑みを浮かべていた。


 あの時と同じだ。


「頼む・・・」


 また一つ奪われる。


「もう失いたくないんだ・・・」


 何一つ変わっていない。


「逝かないで・・・」


「まさか・・・フェリクスとスヴェン(アイツら)よりも先に・・・私が死ぬなんてなぁ・・・」


 少しだけ寂しそうな顔をして、カーラの首が支えを失ったようにゴトリと大地に伏した。



 どうすることもできなかった。

 何もできなかった。

 ただあっという間に・・・


 ジェーンはただ俯いていただけだった。

 この目ではカーラの最後を見ることもできなかった。

 ただやるせなさに、彼女の服をギュッと握りしめるだけだった。


 どうして私は弱いのだろう

 どうして誰も守れないのだろう

 どうして何もできないのだろう


 不思議なことに、カーラの死に怒りを感じることも、ベーベルシュタイムに復讐心を燃やすことも無かった。

 ただ、自分がひどく空っぽに思えた。


 いつの間にか、手から剣が滑り落ちていた。



「ぐっ!!」

 後ろでヴィーランのくぐもった声が聞こえた。ベーベルシュタイムに折られた剣を片手に、手当の時間を稼いでいたようだった。

「ヴィーラン!!」

「ジェーン!!・・・カーラさんは!?」

 ジェーンは答えられなかった。

 何と言っていいかわからなかった。

 ジェーンの様子に、ヴィーランは息をのんだ後、それを吐き出して、「そうか」とだけ告げた。

 そしてジェーンのように止まることも、俯くことも、そして剣を落とすことも無く、口元の血を拭ってベーベルシュタイムに向き合った。

 彼に蹴り飛ばされ、地面を転がろうが、這いずってでも、剣が折られていても、必死に抗おうとしていた。

「ヴィーラン・・・」

「剣を取れないなら、黙ってそこに居ろ!」

「っ!」

 ヴィーランは珍しく口調を荒げ、ジェーンに怒鳴った。

「僕は弱い。君よりもずっと。・・・それでも、やらなきゃいけないことぐらいわかってる!!」

「ほう。仇を討つということかな?」

「そんなんじゃない。カーラさん(あのひと)とした約束を、果たすことだ!!」

 見下ろすベーベルシュタイムを睨みつけながら、ヴィーランが叫んだ。

 ―君が剣を取れないのなら、僕が代わりに剣を取る

  ―君が受ける傷を、僕が代わりに受ける

   ―それが「体を張って人を守る」ってことですよね

   ―カーラさん・・・

 ベーベルシュタイムはまるで子供と戦っているかのように、ヴィーランの攻撃をいなしていたが、それでもヴィーランは必死に喰らい付いた。



 彼の剣を振るう音に―

 彼の地面を蹴る音に―

 彼の言葉にならない声に―

 彼から流れる血の匂いに―

 ジェーンは心が震えるのを感じた。

 そこに昔の自分がいるような気がした。

 必死に抗っていた自分が。


 「君は何の為に剣を取るんだい?」


 メインデルトに告げられた、あの言葉が蘇る。


 今になって、怒りがふつふつと湧いてきた。

 今になって、あの男を、ベーベルシュタイムに復讐心が湧いてきた。

 ようやく、剣を持つ力を取り戻した。



 ―どうやっても・・・

  ―届かない・・・!

 膝をついたヴィーランが肩で息をしながら、汗を拭う。

 それをつまらなそうにベーベルシュタイムは見つめて言った。

「飽いたな。君、もう死にたまえ」

 一瞬だった。

 視界から消えたと思ったら、一瞬でベーベルシュタイムが目の前にいた。

 彼の指から血が滴り落ち、ヴィーランの左目と左手に垂れる。

 ―っ!?

  ―まずい!!

 慌ててそれを払おうとするヴィーランに、ベーベルシュタイムはエストックを彼の首筋目掛けて突き下ろした。

「では、ごきげんよう」

「・・・ちくしょう・・・!」


「待てっ!!」

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