3-3 帝国の策謀
今回も主人公始め騎士は登場しません。戦争の展開上、読んでいただければ幸いですが、次話に騎士が登場しますので、飛ばしていただいても構いません
陸のバッペンボルドー元帥ならば、海はフェザーン艦隊大将の縄張り。海軍という独立した軍を持たない教会軍では、たびたび二人の意見は割れることがあったが、今は国家の一大事。フェザーン艦隊大将は彼の下で戦うことを決心していた。
「フェザーン提督!本艦正面より帝国海軍のフリゲート艦二隻が向かってきます」
「二列だと?・・・一体何を考えているんだ、奴らは・・・」
旗艦である戦列艦ヴィットリアの甲板に立ち、望遠鏡を覗き込んだフェザーン大将は、縦に二列に並んで向かって来る帝国海軍のフリゲート艦に首を傾げた。
この時代の海戦は、戦列艦の名からも分かる通り、戦列、つまり縦一列に並ぶ単縦陣をもって、向かい合う敵と撃ち合うものだった。
無論、単縦陣の敵艦隊を二列にした複縦陣の艦隊をもって挟み込み、左右から砲撃するという方法もあるが、それは戦闘の直前で一列から二列に分かれるのでできるものであり、初めから二列に分かれている敵艦にわざわざ突っ込んでいく馬鹿はいない。それにこの方法は息の合った高い練度が必要とされ、艦隊の貧弱な帝国海軍では到底不可能な話である。
「あれでは、右側を通ってくれと言わんばかりですね」
「んん・・・。そこまで奴等も馬鹿ではないだろう。そこに“誘いだそうとしている”のかもしれんな」
鼻で笑う大佐に、フェザーン大将は首を横に振った。確かに大海原で二列に並んでいる艦隊があれば、その側面に向けて単縦陣で向かって行き、一列ずつ潰せばいい。だが、流石にそこまで海戦の知識がないとも考えられなかった。
「むぅ、よし。艦長、射線ギリギリに入ったら取り舵だ。縦に向かって来る奴等を、こちらの最大火力で迎え撃つ」
「はっ!」
甲板の左右に大砲のある帆船は、両舷のどちらかを敵に向けた時が一番、火力が出せる。つまり、敵の艦隊との交戦距離ギリギリで、L字に折れることで、縦に向いた敵はわずかの火力、横に向いた艦隊は最大の火力で撃ち合うことが出来るのだ。勿論、縦に向いている船は的が船首しかないため効果的なダメージを与えることは難しいが、それでも戦列を組んだ戦列艦ならその火力で薙ぎ払える。
加えてフェザーン大将は、直前で舵を切ることで、敵艦隊の動揺を引き起こし、例えば二列に並んだ先頭の船がどちらも中央に舵を切り、衝突を起こすかもしれないと考えていた。
「何を考えているのかは知らんが、我らは栄光ある教会軍第一艦隊だ。舐めてもらっては困るな」
後ろに続く艦にもそれぞれ手旗で信号を送り、頃合いを待つ。
威風堂々と迫ってくる艦隊に焦ったのか、早くも帝国海軍のフリゲート艦は船首についた旋回砲をバンバンと撃ってきた。
ヴィットリアの周りに着弾した砲弾が白い水柱を上げ、甲板に並ぶ水兵に水をあびせる。
「提督、こちらも旋回砲を?」
「慌てるな。そういきりたたずとも、獲物は逃げん」
もう望遠鏡を使わずとも、フリゲート艦に乗る帝国海軍の水兵が見える距離まで迫っていた。
「カノン砲、有効射程に入ります!!」
「取り舵一杯!!右舷砲門開け!!」
操舵手が舵をグルグルと回し、ヴィットリアは左に急カーブしながら、右舷の砲門を次々と開けた。敵フリゲート艦の前に躍り出た時には、三層ある甲板の右舷全てからカノン砲が顔をのぞかせていた。
「ファイアー!!!」
重く体を揺らすような砲音が大海原に木霊し、ビリビリとヴィットリアを震わせる。
帝国海軍のフリゲート艦は、一瞬でその船首を粉々に砕かれた。木片が吹き飛び、帆を止めるロープが引きちぎれる。爆風で吹き飛ばされた水兵たちが、海面にバシャバシャと落ちる。
砲撃を続行しつつ、しばらくその光景を見守っていたフェザーン大将だったが、ふと疑問を抱いた。
―船首に砲弾が直撃しただけで、あんなに水兵が吹き飛ばされるものか・・・?
―それにこちらの手の内が分かったのに、なぜ舵をきらない?
―僚艦と衝突の危険があるとはいえ、反撃の兆しすらないのはどういうことだ・・・
こちらが横に向いたのだから、負ける相手であっても回頭して反撃するのが、この状況では当たり前の選択だ。
しかし、まるで舵を取る人間がいないかのように、フリゲート艦は船首をボロボロにしながらもこちらへ突き進んできた。
後続の戦列艦も左にカーブして砲撃を開始しているが、フリゲート艦は今にもそこに突っ込みそうであった。
―・・・っ!!
―まさかっ!?
「マストを撃て!!!フリゲート艦の速度を緩めるんだ!!!」
突然青い顔で怒鳴ったフェザーン大将に、大佐は驚いたような顔をしながらも水兵に同じことを命令する。
「提督、いったい?」
「艦長、後続艦にこちらに曲がらず直進するよう連絡しろ!!おそらく、あのフリゲート艦は爆発す・・・」
フェザーン大将の言葉は爆発の轟音でかき消されてしまった。すさまじい熱風がヴィットリアを舐めるように吹きつける。
飛ばされた大将帽に目もくれず、フェザーン大将は水兵を押し退けて船尾に走る。慌ててその後を追った艦長は、目の前の光景にわが目を疑った。
ヴィットリアのすぐ後ろについて来ていた、最新型の戦列艦ロワイヤルが船央を木端微塵に吹き飛ばされ、船首と船尾が海面に渦を巻きながら沈んでいった。帝国海軍のフリゲート艦も跡形もなく消し飛んでおり、海面に木材や帆、樽、そして水兵があちらこちらに浮かんでいる。
絶句した様子の艦長の横で、フェザーン大将はヴィットリアに迫ってくるもう一隻のフリゲート艦を見て、ギリギリと歯ぎしりをした。
なんとか船首のマストに砲弾が命中し、少しは速度が落ちたものの、依然として突き進んでくるフリゲート艦に、慌てて取り舵を命令する。
「フリゲート艦から距離を取るんだ!!不要なものは海へ放棄しろ!!船を軽くしろ!!」
叫んだその瞬間、再びすさまじい熱風と天に響く轟音がヴィットリアを襲った。
その一方で、左に曲がらず直進した後続艦からも火の手が上がった。どこに隠れていたのか、戦列艦では砲の俯角が取れず、撃てないほど低い小さな舟が次々と現れ、列艦にぶつかると爆発した。フリゲート艦の自爆程ではないが、それでも船体に大穴を開けられた戦列艦が、浸水によって大きく傾き、次第に海へと沈み始めた。
札に書かれていた内容に、フィオレンツォ七世は頭を抱えた。
大金をかけて完成した最新鋭の戦列艦ロワイヤルが、自爆とはいえ帝国海軍の老朽化したフリゲート艦によって沈められたのだ。さらに往年の名鑑ヴィットリアも、別のフリゲート艦の爆発に巻き込まれている。
「わが艦隊がノヴゴロドの海軍にここまで後れを取るとは・・・提督が無事ならばよいが・・・」
「・・・艦隊は精鋭無比。例えフェザーン艦隊大将が亡くなろうとも、必ずや戦果を挙げて見せます」
バッペンボルドー元帥は陸上部隊出身であるため、多少不安の色をにじませながらも、それでも艦隊を信じて告げた。
「うむ、そうだな。・・・元帥、作戦の発動は?」
「もう間もなく、準備が完了します。・・・騎士団に感謝せねばなりませんな」
「馬鹿なことを」
元帥の冗談に、フィオレンツォ七世は少し嬉しそうに笑った。
椅子に座り、ぼんやりと机上の地図を眺め、シュクロアフスキーは無精ひげの生えた顎を撫でた。
「作戦の進行は順調です。敵第一防衛線を全方面で突破し、その防衛戦力の後退も阻止しました。変わって海上ですが、自爆による攻撃は戦列艦二隻を仕留めましたが、それ以上の戦果はまだ・・・」
「・・・海は、まぁ突破されなきゃいい。問題は陸だ。ここまであまりに“順調すぎる”」
参謀長の報告に答えながら、シュクロアフスキーはパイプを手に取ってそれに草を詰めた。
「バッペンボルドー元帥と作戦部部長フッドウォーカー大将。この二人がこんなヤワな策を立てるはずがありませんな」
「ああ。ここは動揺を起こしてみよう」
ミローヴィチ元帥に、シュクロアフスキーは怪しく笑った。
バッペンボルドー元帥によって、前線の視察を命じられた兵站部部長フランツフィクス大将が、第三防衛線の指令所でおっかなびっくり馬から降りていると、帝国軍の陣営からピューッという音がしていることに気づいた。
―なんだ?
―笛・・・?
手袋を脱ぐ手を止めて、空を眺めていると、大空で大きくバァン!とオレンジ色の花火がその花弁を広げた。
予想外の花火に、思わず「ウワッ!」と声を上げてすっころんだフランツフィクス大将に、慌てて副官が手を差し伸べた。
「大丈夫ですか!?」
「あ、ああ。・・・なにかの合図かあれは」
手を借りて何とか立ち上がったフランツフィクス大将は服に付いた泥を払うと、副官と大将旗を持った旗手と共に指令所に足を踏み入れた。
「フランツフィクス、視察か?」
「あ、はい。ロングストンさん、今のは・・・?」
双眼鏡を首から下げた第三防衛線指揮官のロングストン大将に、軽く手を上げ挨拶もそこそこに花火について聞いた。
だが彼もそれには首を傾げるだけだった。
「信号弾のようなもので連携を取ると聞いているが、恐らくあの花火がそうなのだろう。だが、何をしてくるかはわからんな・・・」
「茶でも飲んでいけ」とロングストン大将に促され、フランツフィクス大将が紅茶の入ったカップに手を伸ばした時、指揮所の入り口でなにやら騒いでいる声が聞こえてきた。
「閣下にお目通り願います!!何卒!!」
「ダメだ!!持ち場に戻れ!!」
顔をのぞかせると、ボロボロで泥まみれの兵士が指揮所に入ろうとして、警衛に止められている。
「どうした?言ってみろ」
いつの間にか横に立っていたロングストン大将が言うと、ボロボロの兵士はその場に跪いた。
少し体を震わせる彼に、初めは二人の大将に見下ろされて緊張しているのだと思った。だが何やらブツブツと呟き、いつまでたってもうずくまっているその兵士に、ロングストン大将は何やら嫌な気配を感じた。
警衛の兵士に取り押さえさせようとしたその時、兵士は懐から二丁のピストルを引き抜いて立ち上がった。
「っ!!下がれ!!」
ニィッと悪魔のような笑みを浮かべた兵士が引き金を引く。発射された弾丸の内、一方はロングストン大将の右腕を貫き、もう一方は二人の後ろに控えていた別の兵士の頭に直撃した。
ロングストン大将に突き飛ばされる形で転び、何とか弾丸を回避したフランツフィクス大将は、殺せなかったと見るや否や短剣を引き抜いて向かって来る兵士、いや帝国軍の間者に全身の血の気が引くのを感じた。震える手で腰から下げたサーベルを抜こうとするが、その柄すらうまく掴めない。ロングストン大将も利き腕を負傷し、自分のサーベルを引き抜けるような状態ではなかった。
「ヒィッ!」と悲鳴を漏らして目を閉じたフランツフィクス大将の前に、二人を押し退けて副官が躍り出た。
―っ!
突き出された、ギラリと光る短剣が副官の胸を貫く。
その隙に警衛の兵士たちが、マスケット銃の銃剣を間者の背に突き刺した。ザクッ!と肉を断つ音が響き、そのまま地面に間者は押さえつけられた。
指揮所内の兵士たちに引きずられる形で、なんとか安全なところまで下がったフランツフィクス大将は目の前で苦悶の表情を浮かべる副官に慌てて駆け寄った。
「お、おい!!少佐、しっかりしろ!!」
「閣下が・・・ご無事で何より・・・です・・・」
自分の制服が汚れるのも構わず、彼は副官の傷口に外套を押し当てた。
「衛生兵はっ!?」
「そこで倒れとるよ・・・グッ!」
叫ぶフランツフィクス大将に、腕をハンカチでギュッと縛り、止血しながらロングストン大将が答えた。
先ほど弾丸が命中した兵士に目をやると、確かに十字の書かれたバッグを肩から下げている。どう見ても息絶えている彼のそのバッグを、一人の兵士が拾って持ってきた。
「き、君、衛生兵なのかね!?」
「・・・講習で落ちましたが、ある程度は・・・」
「頼む!!・・・オイ待て、しっかりしろ!!」
若い兵士が頼りない手つきで包帯を出す中、目を閉じようとする副官をフランツフィクス大将は揺り起こした。
彼は准将として将官になって以来の部下だった。情けない自分よりもずっと軍人然とした男で、自分よりもずっと有能な男だった。
「兵站は・・・地味な兵科ですが・・・軍の、帝国の勝利に必須です・・・」
「そ、そうだ!!だからお前がここで死んだらっ!!」
「閣下が、います・・・」
「私は何も、で、できない!!」
仮にも大将であるものから出たその発言に、騒々しかった指令所内は一瞬で静まり返った。
「ここまでひたすらにご機嫌を取ってきただけだ!!大将になったのも、兵站部部長になったのも、エーグマン元帥にゴマをすっていたからだ!私は・・・!」
「・・・長年、お傍で仕えておりましたから・・・私には分かります。・・・閣下は、教会軍幕僚の大将です。・・・教会軍兵站部部長です。どうか、ご自分に自信をお持ち下さい・・・閣下には・・・その地位にふさわしいお力があります・・・」
そう言ってゆっくりと目を閉じた副官に、フランツフィクス大将呆然とした様子だった。ゆっくりと視線を傷口に包帯を押し当てる兵士に向けるが、彼も首を横に振って視線を落とした。
「ご、ご報告申し上げます!!第3連隊長が司令壕の爆発で戦死したとの連絡が!」
駆けこんできた伝令はそう言ってから、指令所内の状況に気づいて申し訳なさそうに俯いた。
「・・・フランツフィクス、いつまでそうしてるつもりだ?」
「ロングストンさん・・・」
ロングストン大将は伝令に「ご苦労さん」と言ってから、自分の副官に何やら代筆させた。
そしてそれを遺体の傍らで膝をついたままのフランツフィクス大将に差し出した。
「さっきの花火が合図で、至る所で将校が襲撃されてる。これ持って元帥閣下に会ってこい。“大将”の連名で緊急事態を報告するんだ」
「・・・はい・・・!」
その手紙を受け取って、彼は力強く頷いた。




