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ユートピア  作者: 吉田 要
第三部 帝国会戦:防衛篇
35/70

3-1 開戦

 半島のつけ根、東にあるヴェスヴィオ火山の麓から、そのまま西向かって半島を横一列にノヴゴロド帝国軍が陣を敷く。

 それから間を三キロほど開けて、摩天楼のような城壁が、帝都ビュザスの鉄壁として聳え立っていた。石造りの強固な城壁は、火器の時代にも耐えられるよう城内側に厚く土塁が作られており、例え臼砲が直撃しようとも耐えられる構造だった。門は中央にある第一門、そこから東にある第二門、西にある第三門の三つだけで、防御も容易である。

 変わって北にある半島の先端、皇城のその先に広がる地中海には、エルトリア帝国教会軍の誇る二つの艦隊が勢ぞろいしていた。

 二帝国の争う大陸から大海を挟んで西にある新大陸。それを発見し、領有を確固たるものとしたのが、この艦隊である。フリゲートが海を埋め尽くさんばかりに展開し、そして何よりも一際大きい戦列艦がその異様な存在感を放っていた。帝国軍にも海軍が存在するが、教会軍艦隊の前に恐れおののいたのか、その姿は全く見えなかった。

 そして半島の東に広がる、大陸との間の細長い、ハリチ湾。半島から向こう岸の大陸には山が連なっており、さらに地中海からハリチ湾への入り口には、太い鎖が渡されて、船の往来が出来ないようになっていた。



 住民が避難したため、ひっそりと静まり返り、不気味さを漂わせる帝都の大通りにコツコツと杖の音を響かせながら、小柄の老人と二人の男が歩いて行く。

「ブルックリン大将、陸上部隊ん配置は?」

 教会軍幕僚会議議長、ヴィクトリオッティ・バッペンボルドー元帥がしわがれた声で問うと、髪をオールバックにまとめ、メガネを掛けた痩せ型の大将が口を開いた。

「城壁前までの第一から第三防衛ライン、各門の防衛、そして城内五番街の最終防衛ラインまで、配置を完了しました。フランツフィクスもなんとか資材をかき集めてくれたようで、まさか奴に感謝するときが来るとは・・・」

 「閣下の下で化けたものですね」と、運用部部長ブルックリン大将はメガネを押し上げた。それを笑って一蹴しつつ、バッペンボルドー元帥は傍らに立つ頬のたるんだ男に目をやった。

「フェザーン艦隊大将、そっちは?」

「最大規模を誇るわが第一艦隊だけでも、ノヴゴロドの弱小海軍など捻りつぶせましょうが、閣下の御指示通り新大陸駐留の第二を除き、予備艦隊の第三までかき集めました。第三は北の荒海から艦隊が来る可能性も考慮し、後方に停留しております」

「ん。陸海ともに士気んほどは?」

「「皆教会の勝利を信じております」」

 見計らったわけでもないのに、二人の大将は声を揃えて答えた。

 それに面白そうにバッペンボルドー元帥はひとしきり笑ってから、月明かりに目を光らせた。

「こん戦い、どっちが勝とうが負けようばってん、必ず戦争に終止符が打たるる。やけん、戦争ばどがんして終結させるかは、こん際問題やなか。問題は、そん終止符ば打つのが、儂らか敵かということや。・・・符ば打つ槌、持ちたかよな」

 一見すると小柄な老人であるが、元帥という軍のトップまで上り詰めたその男のオーラに、二人の大将はゴクリとつばを飲み込んだ。



 シュクロアフスキーの降伏勧告から三日目の朝。もうあと五時間で戦いへと突入する。

 煌びやかな内装の寝室で、エルトリア帝国皇帝ヴィルフリート・エヴァンジェリスタ二世はベッドに横たわって天蓋を眺めていた。

 長く続く皇室の血統ではなく、南大陸出身の孤児。先帝の強い意向と、皇帝の更なる権力低下を目論んだ教会によって、屁理屈に屁理屈を重ね戴冠した彼であったが、表面上とはいえ国のトップに立つ者として、自身に責任があることは重々に承知していた。

「・・・私はこれでよかったのだろうか・・・」

 自信なさげにぽつりとつぶやいたその言葉に、椅子に腰かけ本を読んでいた皇后マリー=フランス・ペトロニーユが顔を上げた。

「あなたには、私にはない力がある」

「マリー・・・」

「カリスマ性も、先見性も、行動力も、実行力も。・・・宮廷スポーツは私の方が得意かしら」

 ペトロニーユの冗談に、エヴァンジェリスタ二世はクスッと笑うとベッドから跳ね起きた。そのまま椅子に座ったペトロニーユに、後ろから抱きしめた。

「マリーには感謝しても、しきれないな。私一人では、何もできない。・・・ありがとう」

「あなたの弱いところを見られるのは、この私だけ。それだけで、私はあなたの傍にいてよかった」

 上級貴族の出身でありながら、いたずらっ子な笑みを浮かべてペトロニーユはエヴァンジェリスタ二世を見上げた。

「だけれども、皇帝たるもの、常に泰然自若、そして大胆不敵でいるべきよ」

 そして小机に本を置くと椅子から立ち上がった。彼の前で膝を折り、スカートの裾をつまんで、深々と頭を下げる。

「私は皇帝陛下第一の僕。例え火の中、水の中、陛下の御傍で、常にご一緒いたします」

「・・・行くぞ、ペトロニーユ。余にしかとついて参れ!」

 いつもの不敵な笑みを携えて、差し出されたエヴァンジェリスタ二世の手を、ペトロニーユはそっと掴んだ。

「ハイ、陛下!」



「神が見ている!」

 騎士団本部の中庭に団長代理、メインデルト・“ランス”・ロットの声が響く。整列した500もの騎士たちがそれに体を震わせた。

「臣民が見ている!」

 団長、副団長は姿を見せなかったが、旗騎士はもちろん、騎士学者のアーキレスタ・エウスタキウスなど錚々たる面々が並んでいた。

「だが、それ以上に・・・皇帝陛下が見ておられる!!」

 いまだかつてない緊張感が、ジェーン・ファミリアエの身を包んだ。いや、彼女だけではない。フェリクス・カウフマンも、スヴェン・エルマンデルも・・・。果てにはメインデルト自身も、この戦いへの緊張で声を震わせた。

「ミスをするな!失敗は許されない!」

 いつになく真剣な顔で、メインデルトが叫ぶ。いつのもの飄々とした雰囲気は一切感じられなかった。

「エルトリア帝国の興廃を決す、この戦いに、立ち上がらぬ騎士はいるかっ!?」

「「「「いません!!!」」」」

 騎士たちの返事が、天を衝かんばかりに空に木霊した。

「騎士は皇帝陛下の敵を三秒で討つ!!・・・3、2、1!」

「「「「斬れ!!!」」」」

 興奮で騎士たちの息も荒い。

 メインデルトは騎士たちを見渡すと、ひときわ大きく息を吸った。

「近衛騎士団アルピーニ!・・・気を付けェ!!」

 まるで一つの生き物かのように、ザッ!と一息で全員が気を付けの姿勢を取る。

「再びでここで会おう!・・・解散!!」



「・・・「『戦争』とは、数多の人間を捧げることによって、時代を先に進めることが出来る、 “()()”装置だ」」

 脚や背に彫刻が施され、豪華絢爛な椅子に座った女性がぼそりと呟いた。

 帝国軍の陣と帝都ビュザスのちょうど間、ヴェスヴィオ火山の正反対に位置する深い林の中。両軍の状況が見渡せるような場所に、その女性はいた。目元まで隠れるほどのベールを被り、漆黒のドレスに身を包んだ女性に、傍らに立った男、バルタサール・ドミンケスは問うた。

「誰の言葉よ?ソレ」

「さぁな。忘れてしまった。・・・だが、実に的を得た言葉だ。そうは思わんか?」

「気持ちのわりぃ言葉だ。所詮人間だって動物。獅子と鬣犬が縄張り争いするんだ。この戦争だって、デカい縄張り争いの成れの果てだろ。それを“夢の装置”だなんて、ソイツはよっぽど自分に酔ってんだろうな。「あぁ、人間とはなんと矮小な存在か!そしてそれに気づいた私は()()()()()()()()()!」ってな」

「それもまた、的を得た発言だな。記憶しておこう」

 吐き捨てるように言ったドミンケスに、女性はホウと漏らして頷いた。

「だが戦争というものは、技術を急速に発展させ、そして文化を再興させるモノだ、ということは否定できない。我々は忘れていた芸術や伝統を、破壊されることによってようやく思いだすのだ」

「・・・小難しくよくわかんねぇな。・・・で、今回はどうするんで?」

 耳の穴を小指でほじるドミンケスに、女性は「当然」と答えた。

「今は傍観。どちらが勝つか負けるか、楽しもう」



 帝都と相対する帝国軍。その総指揮を執る元帥陣が、ヴェスヴィオ火山の麓にあるシルキーの丘に張られていた。

 丘に吹く風が、大きな石の上に座る、クマのような大柄な老人の紫色の短い髪を撫でる。

「・・・来なかったな」

「ミローヴィチ・・・」

 クマのような老人、ノヴゴロド国家元帥マクシミリアン・シュクロアフスキーは、長年の同僚である、帝国陸軍第一総軍の司令官、ミローヴィチ元帥を見上げた。

 「呑むか?」と彼の差し出したウォッカの小瓶を受け取り、口に含む。

「また、若いのが死ぬのう・・・」

「いつの時代も、若いモンを死に急がせるのは、俺たち老人だ。・・・アンタは、もっと年寄りだがな」

 ミローヴィチが自慢の白髭を撫でながら、意味ありげにシュクロアフスキーに目をやる。

「千年・・・生きたところで楽しみなど何もない。時に担ぎ上げられ、時に投獄され・・・。やったことと言えば、偉そうに踏ん反り返って「死ね」と命令したぐらいじゃ」

「その命令で、俺らは生きてるし、祖国があるんだ。アンタは()()()()()()()()()だよ」

 ミローヴィチもグビッと小瓶を傾ける。

「フッ、()()()()()か。・・・それなら奴らの帝国にも、()()()()()がいるのう」

「近衛騎士団団長、ヴァイオレット・ブーリエンヌ・・・か」

「ああ。あの女狐、千年たってようやく二人とも騎士の親玉に返り咲いたかと思うたら、剣を合わせることもできんとはなぁ。千年分の一撃を、喰らわせてやろうと思ったんじゃがのう」

「冗談よしてくれ。アンタがそんなことしたら、天変地異が起きちまう」

 ヒッヒッヒと笑うシュクロアフスキーに、ミローヴィチは冗談ではなく、真面目な顔で言った。そこからは、彼がやろうと思えば天変地異すらも起こせる、ということが暗に示されていた。

「その戦争にケリをつけられるなら、天変地異だって起こしてやるわい。儂らの最後の戦いにしようや」

 空になった小瓶をポイッと宙に投げて、シュクロアフスキーは立ち上がった。




第三部 帝国会戦:防衛篇




「閣下、お時間です」

「ん」

 警衛の声にシュクロアフスキーは短く答えて、陣幕から出た。

 太陽が南に上がり、正午を示している。それは、停戦状態の終了を意味していた。

 シルキーの丘に組まれた台座の上に立ち、シュクロアフスキーは用意を整えた帝国軍将兵を眺めた。静まり返った彼らの視線が集まる中、ミローヴィチがシュクロアフスキーの前に立って敬礼した。

「ノヴゴロド帝国国家元帥、マクシミリアン・シュクロアフスキー閣下!ビュザス攻略作戦発動用意、完了しました!ビュザス攻略作戦第一司令、帝国陸軍第一総軍元帥アレクサンダー・ミローヴィチ」

 それにシュクロアフスキーがそれに答礼すると、ミローヴィチが下がって元帥たちの列に戻る。

 それを確認してから、シュクロアフスキーは目の前に掲げられた帝国旗と軍旗に敬礼をし、大きく息を吸って口を開いた。

「これまで千年に渡り、我々は血で血を洗う争いに身を投じてきた。多くの者が道半ばで倒れてきた。彼らが命を捧げたのは、皇帝陛下と祖国と愛する者を救うため、守るため、そして何よりも平和のためである!」

 シュクロアフスキーの凛とした声は、広大な帝国軍の陣営に響き渡った。

「必ずや、我らが皇帝陛下と偉大なる祖国は、勝利を掴む。我々が、その道を切り開くのだ!!」

 彼の叫びは、空気がビリビリと震えるようだった。兵士一人一人も、まるでシュクロアフスキーと一つになるかのように、乾くのも構わずその目を見開き、興奮に身を震わせた。

「帝国軍将兵諸君!!今日が、我らが帝国の・・・戦勝記念日である!!!ウラー!!」

 叫んで拳を空へと突き上げる。一瞬の静寂の後、兵士たちが大きく息を吸い込んだ。


「「「ウラー!!!!」」」


 三回叫ばれた、万歳を意味するその言葉は、大きな波となってビュザスの城壁へと押し寄せた。木々が、岩が、家が、塔が、揺れ動き、まるで津波が押し寄せるかのようだった。



 皇城の広大な中庭に、ロープで停留された気球が浮き上がる。

 教会軍情報部員の乗るその籠からは、停留用とは異なる細いロープが大広間の小窓へと続いており、その先に皇帝エヴァンジェリスタ二世、エルトリア十字教会法王フィオレンツォ七世、教会軍幕僚会議議長バッペンボルドー元帥といった、エルトリア陣営のトップがずらりと並んでいた。

 皇城の尖塔よりも高く上がった気球からは、陸海ともに全ての戦況を見渡すことが出来た。ここから情報を書いた札を大広間へと細いロープを通して伝え、大広間から各方面へ伝令を出す。機動力、そして一体的な行動を実現するために考え出された戦法だった。

 その気球から初めてロープを取ってきた札は、皇城をも揺らす、爆音の中で伝えられた。

「ご報告申し上げます。帝国陸軍が全方面でわが陣営へ大砲撃を開始しました」

「・・・見誤ったかもしれんな・・・」

 バッペンボルドー元帥は振動で机から跳ね上がった灰皿を葉巻でグッと押さえつけながら、忌々し気に呟いた。

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