2-9 戦いへ 刻一刻と―
ヴェスヴィオ火山より後方に二キロ。お椀をひっくり返したような小高い丘があった。白い岩石に覆われたその丘は、遠目から見ると白く見える為、シルキーの丘と呼ばれていた。
兵士に囲まれた陣幕が張られ、物々しい雰囲気のその頂上に、音もなくクマのような巨躯の老人、マクシミリアン・シュクロアフスキー国家元帥が現れた。
「元帥閣下」
「ご苦労」
敬礼する兵士をねぎらいつつ、陣幕内に入ると、各総軍を率いる元帥たちと参謀総長などが一斉に立ち上がろうとした。それを手で遮って座らせると、自身も一番上座にある席に腰を下ろした。
「そのご様子、上手くはいかなかったようですな」
「うむ。奴等、このワシを突き返しおったわ」
長い髭を編み込んだ第一総軍元帥の言葉に、シュクロアフスキーは笑いながら葉巻を咥えた。
「と、なると、残るは戦争か」
「いつの時代も、血無くして潮流を変えることはできんか・・・」
「馬鹿どもめが・・・。兵員数で比較しても、五倍の戦力差だぞ」
「とは言っても、それなりの策があるのでしょう。相手にとってここは最後の砦。手負い獣は何をしてくるか・・・」
「その通り。油断は禁物ですぞ、パウルス元帥」
集まった元帥たちがシュクロアフスキーの言葉に、ため息をついて口を開く。
「我々は信号弾を用いて部隊間連絡をより密接なものとし、正確かつ圧倒的な砲兵火力を持つようになった。それと同じように、奴等も気球を運用して指揮を執ってくるようだ」
「気球?噂ばかりで、実用には程遠いものでは無かったのですか?」
「技術に金と力を注ぎ込まぬ国が、いつまでも大国の地位にいられると思うか?いつだって戦争というものは、時代を進める。否が応でもな」
一際大きく煙を吐き出し、シュクロアフスキーは机に広げられた地図に目を落とした。
「この戦い、今まで経験したことの無いものとなると思え。敵と味方が相対する場所はすべて前線。より機動的で、より流動的。それでいて一体的な方が勝つ」
シュクロアフスキーの紡ぐ言葉に、元帥という地位まで上り詰めた歴戦の猛者たちでもつばを飲み込んだ。
「麾下の将兵、皆々に伝えよ。・・・千年来の血戦、ここが果てなり!今こそ、暴虐非道の帝国へ、我らが聖帝陛下の赤き鉄槌を下そうではないか!!ウラー!!!」
シュクロアフスキーが握りこぶしを、天を衝かんばかりに突き上げる。元帥たちも元帥の象徴たる元帥杖を空へと突き上げた。
「「「ウラー!!」」」
「会議は終わられたのですか?」
胸を張って陣幕から出てきたシュクロアフスキーに、真っ白の長い髪を結った軍人風の妙齢の女性が問うた。
「バッハシュタイン大将。・・・騎士将軍は揃っておるかのう?」
「皆、閣下がおいでになるのを、今か今かと待っております」
長城の元帥たちの集まった陣幕から少し離れた場所にある、大きな樫の木の下。月明かりに照らされて、11人ほどの軍人たちが集まっているのが見えた。8人が少将、3人が大将の階級章を付けた、軍の高官ばかりである。
「部隊の指揮もあるのにすまんなぁ。ご苦労ご苦労」
「騎士にしかお伝え出来ないこともあるのでしょう。それに、自分たちの中には迷惑だなどと思う不届き者はいませんよ」
一人だけ海軍の所属を示す、白い軍服に身を包んだ女性の大将がシュクロアフスキーに答えた。
「なんや、いつもいつも自分のことアタシって言うやつが、丁寧やと怖いな?クイヴァライネン海軍大将?」
「その口、今すぐ塞ぐぞ。陸の軟派者が」
「オー怖!海の人は怖うて話しかけられへんわ」
カルヴィンのように訛りの強い陸軍大将バルトロメウス・ゾンネンフェルトが、海軍大将ヴィルヘルミーナ・クイヴァライネンをからかう。
いつものように陸海で対立する二人の大将に、シュクロアフスキーの横にいた陸軍大将クラウディア・バッハシュタインはため息をついた。
「二人ともいい歳していつまでやってるんですか。屋敷大将やキウル少将を見習ってください」
木の下に座った寡黙そうな東洋人と、影に体が半分同化しているような女性を指さすと、バルトロメウスとクイヴァライネンはハッ!と互いを笑ってからそっぽを向いた。
「元気でよいの。有り余り過ぎじゃがな」
「アー、そろそろ本題に入ってもらえませんか、シュクロアフスキー元帥。儂らも暇ってわけじゃあねぇんでー・・・」
「やっ」と手を上げ、間延びした声で中年の少将が述べると、シュクロアフスキーも咳払いして、話し始めた。
「これから各元帥・・・海軍は上級大将から連絡が回ると思うが、この戦いは前例の無いものになる。諸君らは騎士術の使える騎士であるが、その前に軍人、しかも将官だ。平時は部隊の指揮に全力を挙げ、敵の旗騎士が出た場合は、味方の被害を抑えるべく前線に出ることを許可する。その場合は部隊の指揮権を副官に一時譲渡することを、明確にしろ」
好々爺から元帥のモノへと口調の変わったシュクロアフスキーに、先ほどまで争っていたバルトロメウスたちも真面目な顔で頷く。肩に光る、大将を示す三ツ星は伊達ではない。
「旗騎士だが、レネ・ラフェンテ、アンナ・アーベンロート、ジルベール・ロロ・マルブランシュ、そしてエイト=ブラハム・シエンツ、この4名を特に警戒しろ。騎士団きっての猛者だ。また、ラルラ・アラルラとウィルバルフ・エスクロフトも騎士術がいまだ不明。交戦する場合は、一撃で屠れ」
「元帥閣下。メインデルト・ロットと団長、ヴァイオレット・ブーリエンヌへの警戒は?」
カイゼル髭が顔に似合う、いかにも軍人然とした男が尋ねると、シュクロアフスキーも「そうじゃな」と頷いた。
「メインデルト・ロットだが、多くの者が奴の騎士術を知らないし、また奴の名の通りようから警戒するだろう。だが、実際の戦闘力は“非常に低い”と見てよい。旗騎士として“最低”、むしろ騎士の方が高い」
意外な言葉に、驚く者も多かった。それほどまでに、メインデルトの名はノヴゴロドにも知れ渡っていたのだ。
「・・・それは確実でしょうか?」
「ああ。少なくと奴は騎士術が“使えない”。侮ってはいけないが、恐るるに足らず。団長ブーリエンヌは、あの放浪癖でいまこの大陸に無い。副団長と共に新大陸での目撃情報がある。よって警戒する必要はない。・・・戦争が長引けば話は別だがな」
少し含みを持たせながらも、シュクロアフスキーは二人のことをバッサリと切り捨てた。
意外な情報に戸惑ったものの、騎士将軍たちは一様に頷いて見せた。
「帝国の勝利のために、一層の死力を期待する」
「「「ハッ!」」」
◇ ◇ ◇
「ひぃ、ふぅ、みぃ・・・6個も総軍を揃えてくるなんてねぇ・・・」
城壁の上から、遠くに見える帝国軍の数を数えるメインデルトに、エスクロフトが顔を真っ青にした。
「ろ、6個の総軍って、元帥が6人もいるんですか・・・!?」
「そりゃ1,500万人も揃えれば、そうなるでしょ。プラス、海軍も内海に出張ってきてるわよ」
メガネを布で吹きながら、呆気からんと言い放つ旗騎士ティサ・カーマインにエスクロフトはもう泣きそうである。
「送り込んだスパイの話じゃ、向こうさんの騎士将軍、15人いるうちの13人来てるらしいからねぇ。いやだいやだ」
「こちらが送り込んでいるなら、向こうも送り込んでいるもの。団長の不在は知られていると考えた方がよさそうですね」
ティサの言葉に、メインデルトも「そうだねぇ」と頷いた。
「なんやもう皆サンお揃いで」
「・・・まだシエンツ殿らが来られていないようですな」
そんな3人にカルヴィンとラルラが、コツコツと足音を響かせながら近づいてきた。二人とも息が上がっており、よく見るとカルヴィンが旗騎士オレスティラ・スピッツィキーノを引きずっている。
特に目立った抵抗はしていないが、濃い紫色の短髪が地面に着きそうなほど自分の足に力を入れていないようで、逃げ回った彼女をなんとか二人が確保して連れてきたようだった。
「ちょっとギュンターフィック卿。女性にそれはないですよ」
「大目に見てや。今回は絶対に参加させなあかん思て、なんとか連れてきたんやさかい」
「スピッツィキーノ卿も、もっと騎士としての自覚を持って下さい」
「・・・」
ティサに怒られたカルヴィンが頭の後ろかきながら頭を下げたのに対し、オレスティラは彼女をギロリと睨み返した。
―!
―一体何を考えてるんだか・・・
若干鳥肌の立ったティサを、エスクロフトが心配そうに見つめた。
「おー、こんなに揃うと壮観だな、と。・・・相変わらず団長サマはいねぇがな・・・」
暫くするとエイト=ブラハムを先頭に、アンナ、ロロ、そしてラフェンテが集まった。
「先生・・・いや、シュクロアフスキー元帥はどうだった?」
「ダメだな。あの速さにゃあ、追いつけやしねぇ」
「恐ろしい人ですね・・・」
メインデルトの問いに、エイト=ブラハムとラフェンテが首を横に振った。シュクロアフスキーの乱入後、四人でその後を追っていたが、彼はいとも簡単にそれを撒いてしまった。
「ま、あの人は異常だからねぇ。追い払えただけでも、十分十分」
カッカッカと笑いながら、メインデルトは四人をねぎらうと、「さて」とこの場で唯一旗騎士ではない男に目を向けた。
「貴方の知識、共有していただけますか?エウスタキウス閣下」
「我が輩にものを頼むなら、地に頭を擦りつけるのが常識ではないか?ロット男爵」
エルトリアの上流貴族のみが着用できる、高級な絹のローブに身を包んだ目元の見えぬ中性的な男は、尊大な口調で引き笑いをした。
「旗騎士として、一代男爵に叙爵された貴様と違い、我が輩は世襲貴族、ヘッラス大公。貴様のような塵とは、天と地のほど差があることをわきまえよ。蟻めが」
ヘッラス大公アーキレスタ・エウスタキウスは傲岸不遜に言い放った。
「教会に領を奪取され、帝都で虚しく衰退の一途を辿る方が、近衛騎士にずいぶんな口を利くものですね?」
「っ!・・・教会の庇護下にある蟻めが・・・!貴様の父が枢機卿でなければ、今ここでその首刎ねてやったろうに!」
メインデルトへの誹謗にティサが言い返すと、エウスタキウスは苦虫を噛み潰したような顔をした。かつて東に国レベルの大領地を持った大公家ですら、今のエルトリアでは教会に逆らうことは出来なかった。それほどまで、エルトリア十字教会というものがこの国に根深く食い込んでいるのである。
「まぁまぁ、部下の非礼はお許しください、エウスタキウス大公閣下。そして今は国の危機。お懐深い閣下に、どうか御力添えを・・・」
「・・・フン、まぁよかろう」
メインデルトの取り繕いで、エウスタキウスは不満げながらも頷いた。
団長副団長を除く全旗騎士の集まった場に、こんなにも嫌味な貴族を呼んだのには深い理由があった。
「ンン、ではこの帝国随一の“騎士学者”である我が輩が、特別に貴様ら近衛の蟻どもに、帝国軍の騎士について講義してやろう」
騎士学者。それは騎士や騎士術、その歴史などについて研究する学者である。エウスタキウスはヘッラス大公であると同時に、騎士術研究を専門とするエルトリアきっての騎士学者である。そしてなによりも彼自身が、騎士術を扱う曲がりなりにも近衛騎士団の団員であった。
彼は判明している範囲で、騎士将軍たちの騎士術をメインデルトたちに伝えた。
「そしてさらに、シュクロアフスキーは勿論として、何よりも四人の大将に警戒することだな。他の面々が少将なのに対し、彼らは軍団を指揮する大将の地位まで与えられている。騎士将軍全般に言えることだが、騎士術だけでなく、部隊の指揮や作戦の計画など、将官としての頭脳を持っている。貴様ら力ばかりで成り上がる旗騎士と違って、な」
エウスタキウスの物言いには、やはり憤りを感じるところがあったが、しかし彼の言うことももっともだった。
ノヴゴロド帝国の騎士は、エルトリアのそれと異なり、軍人として扱われる。勿論一般部隊に配属されるわけではなく、12の総軍と2の艦隊、そして近衛軍集団の計15の部隊にそれぞれ三十人ずつの騎士小隊として配置されている。そして何よりの特徴が、軍人であるがゆえに、戦場の場数を大量に踏み、部隊指揮や統率の取れた騎士になっているということだった。端的に言うと、エルトリアが近衛騎士であるために、基本は宮仕えをしているのに対し、ノヴゴロドは軍人であり、常に戦場を渡り歩いているのである。その経験の差はやはり歴然であった。
改めて実感する、圧倒的劣勢の状況に、元より不安げだったエスクロフトに加え、勝気なティサたちも表情が暗くなった。
「・・・どんな状況であろうと、ボクたち騎士がすることは一つだろう?」
パンパンと手を叩いて、メインデルトが明るい声で告げた。いつも通りぼんやりとしているような表情の彼だが、目だけは真剣そのものだった。
「皇帝陛下とその帝国、臣民を守ること・・・ですね」
アンナの答えに、メインデルトたちは頷き合った。
「できる限り、頑張ろうじゃないの」
作戦の始動こそ、停戦状態の終わる三日後であるが、それまでに準備をしなければならない。実質、夜が開けるまでが開戦前最後の余暇である。
情報を共有し終わり、解散する旗騎士たちに、エウスタキウスがその一人を呼び止めた。
「アーベンロート女男爵」
「なんでしょうか、閣下」
公の場以外ではあまり接点のないエウスタキウスに呼び止められたアンナは、不思議そうな顔をしながら近づいた。
「貴様の弟子に、ファミリアエ家の娘がいるというのは本当か?」
「はい。確かにおりますが・・・」
エウスタキウスは珍しくその高圧的な態度を消し、寂しそうに、しかしどこか嬉しそうに息を吐いた。
「その娘に伝えてほしい。何か困ったことがあれば、いつでも我が輩に相談しろ、とな」
「っ!・・・承知致しました」
エウスタキウスは「うむ、よろしく頼む」と述べると、スタスタと去って行った。
◇ ◇ ◇
立てかけた松明で、何となく視界も明るくなる。
石の上に指を走らせて、それがアビゲイルの墓であることを確認したジェーンは、上に積もった枯れ葉を払うと、その前に屈んだ。
―アビー
―もうあと少しで戦いが始まる
―帝国軍も沢山集まっている
―シュクロアフスキーという親玉とはもう戦った
―力の差は歴然だったけれど・・・
―きっと何かを知っているはずだ
―絶対に真相を暴いてみせる
―お姉ちゃん、頑張るから
―例え・・・ここで死のうとも・・・
「やっぱり、ここにいたのね」
ギュッと目を閉じたジェーンに、アンナの声が降りかかる。
「アンナ・・・」
「アビゲイルちゃんはなんだって?」
「・・・さぁな。気まぐれな妹のことだ、もしかしたらこの穴倉から抜け出して、どこかに旅に出てるかもしれない」
ジェーンの冗談に、アンナはフフッと笑った。
「さっきね、ヘッラス大公っていう、それはもう貴族の中の貴族に会ったの」
「名前は聞いたことがあるな。確か、騎士だったような・・・」
「そうよ。血統を笠に着た、厭味ったらしい人だけれど、あなたに何かあったらいつでも助けるって言ってたわ」
予想外の言葉に、ジェーンは口をあんぐりと開けた。
「な、なんだってそんな大貴族が!?私が何かしたのか!?」
「あなたのお父さん、ユージーン・ファミリアエ。覚えていないでしょうけど、生前は帝都大学の騎士学教授だったのよ。その時の教え子が、いまのヘッラス大公エウスタキウス閣下」
ここで父からの繋がりが出てくると思っていなかったジェーンは、アンナに驚きを隠せなかった。
「ジェーン、あなたは一人じゃない。私もカウフマン騎士もエルマンデル騎士も、それにこんな大貴族だって、あなたを思ってる」
「だから」と続けて、アンナは大きく息を吸った。
「その死も顧みない顔はやめなさい」
「!」
例え、死んでもいい。明らかにできるなら。仇を取れるなら。
いつの間にかそんな思いとりつかれていたジェーンは、アンナの言葉にハッとした。
「死ぬ覚悟は必要よ。でもそれはどうしようもない時の最終手段。生きようとして生きようとして、目的のためにどうにもならない時に、命を投げ出す。だけど、あなたのその顔は死ぬ覚悟なんて映していない。ただ自分の命に投げやりなだけよ。自暴自棄と何かのために死ぬ覚悟は違う」
「・・・死ぬ覚悟・・・」
「軽々しく命を差し出さないで。その前に頼れるものがあるでしょう?」
アンナ、フェリクス、スヴェン、カーラ、ヴィーラン、ウィチタ・・・
頭の中を、仲間たちが駆け巡る。
「・・・はい!」
ジェーンの吹っ切れたような顔に、アンナは優し気に笑った。
「わが“弟子”、ジェーン・ファミリアエ。生きて、再びここで会おう」
「ハイッ、“先生”!」
第二部 帝国会戦:開闢篇完
第二部完です。
ここは正直五万文字くらいで終らせる計画で、実際に四万五千文字で終ったので順調ですね。
帝国会戦は三部と四部でより本格化していきます。二部はあくまでもその序章ということで少し退屈だったかもしれませんね・・・
一部完結後、二部の開始に一週間休みとしていましたが、三部がもう二万五千文字溜まっているので、今回はお休み無しで、来週も投稿します。
本格化するのでぜひお楽しみください。




