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ユートピア  作者: 吉田 要
第二部 帝国会戦:開闢篇
32/70

2-8 降伏勧告

 三日後の深夜。帝国軍は遂にヴェスヴィオ火山まで到達した。

「帝都から脱出を希望した避難民は、その60%をイスパニア総督領へ輸送することに成功しました。作戦、及び安全性から考慮し、ここで輸送船は打ち切り、残りは二番街へ収容します」

 教会軍運用部長の声が静寂に包まれた皇城大広間に響く。

 反響して廊下まで響きそうなその声に、皇帝エヴァンジェリスタ二世の警衛に立ったジェーンも体をわずかに震わせた。

 近衛騎士として、今までにもこうして皇城や皇室の警衛に幾度となく就いてきたが、こうした重苦しい雰囲気には毎回慣れなかった。

「スラム街の浮浪者や奴隷も数多く臣民に混ざっているが、それを二番街に置くのは危険ではないか?教会軍の監視が必要だと思うが・・・」

「労働相閣下の仰ることもその通りですが、教会軍ではこれ以上戦力を裂くことは出来ません。ビュザス衛兵隊が治安・風紀の維持に当たるよう、内務相閣下にお願い申し上げます」

 骸骨のようにガリガリに痩せた内務相は、運用部長の視線に頷いて見せた。

 それを確認してから、フィオレンツォ七世は視線を近衛三部隊の方へと向けた。

「先日起きた、エルトリア、ノヴゴロド両国の元軍人たちによる暴動だが、鎮圧はできたのかね?」

「追放された騎士、我々は堕騎士と呼んでいますが、今回蜂起した彼らの大部分を検挙ないし討伐しました。残るは騎士術の使えない元軍人たちですので、完全鎮圧も時間の問題です」

 メインデルトの後ろに控えるように座っていたレネ・ラフェンテが答えた。

 それにフィオレンツォ七世は鷹揚に頷き、今度はバッペンボルドー元帥に顔を向ける。「作戦を説明せよ」ということを暗黙の内に理解した老将は、杖を突いて立ち上がった。

「んん、本作戦は・・・っ!?」

 ステンドグラスの上を見上げて、何かに気づいたバッペンボルドー元帥は言葉を止めた。バッと腰に下げたサーベルに手をかけた彼に、フィオレンツォ七世たちも慌てて上を見上げる。

「シュクロアフスキー・・・!」

「気づかれたかい・・・仕方ないのう」

 清掃用の小窓を開けて、ヒョイッとその身を大広間へと投げ出したクマのような大柄な老人は、間違いなく死ぬような高さであったにもかかわらず、「よっこいしょ」と何事もなかったかのように立ち上がった。

 カーキの軍服に身を包み、胸から腹部に至るほど大量の勲章を付いている。それをガシャガシャと鳴らしながら、軍帽を被ると、胸から一通の封筒を取り出した。

 唖然とした様子の面々を気に掛けることも無く、ツカツカと軍靴の音を響かせながら、エヴァンジェリスタ二世の座る玉座へと近づいてくるその男の進路を、ジェーンは同じく警衛についていたカーラと共に塞いだ。

「私、ノヴゴロド帝国軍国家元帥、マクシミリアン・シュクロアフスキーと申します。エルトリア帝国皇帝、ヴィルフリート・エヴァンジェリスタ二世陛下に何卒お目通りしたく存じます」

 ジェーンとカーラの剣に少しも怖気づくことなく、好々爺然とした男、帝国軍の総司令官であるシュクロアフスキーは跪くと、エヴァンジェリスタ二世に首を垂れた。

「・・・シュクロアフスキー国家元帥。世に疎い余とて、其方の名は知っておる。遠慮はるばるご苦労であったな」

 皆が見守る中、エヴァンジェリスタ二世はジェーンたちを下げることなく、威風堂々とした態度で答えた。

「ご心慮、感謝いたします。本日こうしてお伺いいたしましたのは、降伏を勧告するためであります」

 シュクロアフスキーが言葉と共に差し出した封筒を見て、大広間は騒めき立った。

 それをフィオレンツォ七世が片手を上げて黙らせると、静かにエヴァンジェリスタ二世に頷いた。エヴァンジェリスタ二世もそれを確認すると、シュクロアフスキーに気づかれぬよう近衛三部隊の方に視線で合図を送った。

「シュクロアフスキー国家元帥、其方は“余の軍”が弱いと申すのか?」

「弱いとは申しません。幕僚の方々を始め、技量は非常に高い。ですが、この帝都ビュザスを攻撃するために我々が用意した軍勢は数にして、1000万と500万余り。対して陛下の軍は、ざっと見積もって300万もいないでしょう。塹壕を掘り、障害物を構築し、帝都で徹底抗戦されるおつもりでしょうが、端的に申しますと、それで勝てるとお思いですか?」

 「なにやら気球なども揃え、大胆な策を講じているようですが、それを聞く前に気づかれてしまいました・・・」とシュクロアフスキーは頭を掻いた。

 エヴァンジェリスタ二世がどう出るのか、緊張の面持ちで見ていると、彼は吹き出して笑い始めた。

「フッハッハッハハ!エルトリア1億5000万の民の頂点に立つ余に対して、ずいぶんと世話を焼いてくれるではないか!あまりに不遜!」

「・・・では、勧告を受け入れないと?」

「不届き!余を誰と心得ておる?勧告したくば、東の皇を寄越せ。其方と余では話にならぬ!」

 エヴァンジェリスタ二世が手を振り上げた瞬間、ジェーンとカーラが剣を手にシュクロアフスキーに躍りかかった。

 ―シュクロアフスキーは騎士!

  ―騎士術を使わせる前に仕留める!!

 グッと踏み込み、振り下ろした剣であったが、それが彼を捉えることは無かった。

 ―!?

  ―しまった!!

 タタッと走る音が自分の右側ですることに気づき、慌てて剣で防御する。

 ジェーンに襲い掛かった強烈な蹴りが、剣を撓らせる。

 ―まずい!

  ―正面から受け止めてしまった!

「ほう。盲目でこの脚を受け止めるとは、中々やるのう」

「お前には・・・聞きたいことが山ほどある!!」

 ―帝国軍の総司令官・・・!

  ―何か知ってるはずだ!!

 カーラがこの隙にと、シュクロアフスキーに剣を突き出すが、彼はその丸太のような腕で剣を叩き落してしまった。

「どーれ、ここで戦争、終わらせるかのう!」

「ぐっ!」

 ジェーンを蹴り飛ばし、カーラを薙ぎ払ったシュクロアフスキーはエヴァンジェリスタ二世の目前まで迫った。ラフェンテがその背後に走ったが、シュクロアフスキーの伸ばす手は、もう皇帝の目の前である。

 エヴァンジェリスタ二世は大して驚くことも、そしてその手を避けようともしなかった。

「余裕じゃなァ・・・その命、頂戴するぞ」

「其方が余に触れられると思うてか?」

 ニヤリとエヴァンジェリスタ二世が笑みを浮かべたその時、シュクロアフスキーの体が吹き飛ばされた。

 宙で回転して勢いを殺し、着地したシュクロアフスキーに、マスケット銃の銃床が迫る。

 ―!

「うぇい!」

 その銃床を、勢いを付けた額で思いっきり受け止めると、マスケット銃の持ち主に拳を放つ。

「ちょっとちょっと危ないじゃないの、と!」

 それを間一髪で躱して、旗騎士エイト=ブラハム・“アポロ”・シエンツは再びマスケット銃で殴りかかってきた。

「エイブ!・・・まだ生きとったか、このクソガキめが!」

「そりゃ、こっちのセリフでしょうに。こんなとこまで何しに来たんです、と。()()?」

「お主らに引導を渡すためじゃよ・・・!」

 言葉とは裏腹にうれしそうな表情で殴りかかるシュクロアフスキーを躱し、回転して勢いを付けたマスケット銃を彼に叩きつける。

「もうお年なんだから、やんちゃしないでくださいよ、と!!」

「ガッハッハ!少し右手を引くその癖、毎回注意したじゃろうて!!」

 しかし、シュクロアフスキーはその銃床をガシッと掴んで受け止めると、それを引っ張ってエイト=ブラハムを手繰り寄せた。

「マジかいっ!」

 慌てて手を放すエイト=ブラハムだったが、その青くなった顔にシュクロアフスキーの掌底が叩き込まれた。

 「グッ!」と短く唸って後ろに倒れ掛かったエイト=ブラハムだが、飛びそうになった意識を何とか保って、姿勢を直す。

「戦争前だからって、血を貯めようとするからこうなるんじゃ」

「・・・相変わらず、手厳しいねぇ」

「だから“()()使()()”と、言っとるだろうに」

 会話の最中に背後から斬りかかったラフェンテの剣を、シュクロアフスキーは振り向きもせず躱した。

 ―!?

「予力を使わなくても、小童の動きなんてのう、百年も前から承知じゃよ。血を使ったら、その差は埋められるかもしれんがな。ラフェンテ卿」

「名をご存じだとは。光栄ですね、シュクロアフスキー元帥」

 予想外の出来事に、ラフェンテも珍しく冷や汗を流した。

 再び振り下ろされたラフェンテの剣を、白刃取りで受け止め、そのまま突き返す形で彼を吹き飛ばす。

 その隙にエイト=ブラハムがマスケット銃から放った弾丸を、予力で察知して余裕の表情で躱し、目にも止まらぬ速さで彼の懐に飛び込む。

 突き上げられた拳をなんとかバク転して回避すると、エイト=ブラハムは態勢を立て直したラフェンテと共にシュクロアフスキーを前後で挟んだ。

 その後ろで二人に駆けつけようとした、旗騎士ウィルバルフ・エスクロフトをメインデルトが止めた。驚いたような顔をするエスクロフトにメインデルトは黙って首を振ると、自ら剣をもって、シュクロアフスキーと対峙するエイト=ブラハムたちの下へ向かった。

「オウオウ、メインデルトぉ~」

「やっ、お久しぶりですね、先生。お元気そうで何よりですよ」

「ほざけ。・・・ククッ、楽しいのう、楽しいのう・・・!」

 旗騎士三人を前にしてなお、笑みを浮かべて嬉しそうなシュクロアフスキーだったが、バンッと扉を開けてアンナと旗騎士、ジルベール・ロロ・マルブランシュが大広間に入ってくるのを見て、大きくため息をついた。

「神童に老兵の登場・・・。残念じゃが、潮時か・・・」

「暴れずに帰っていただけると、嬉しいんですけどねぇ」

「生意気な口を聞きおって」

 そうはいったものの、旗騎士五人に加え、ジェーンたち騎士や銃士なども駆けつけ、もはや逃げ場のない状態になったシュクロアフスキーは、「三日」と全員に聞こえるように言った。

「三日後の正午ちょうどまでお待ちいたします。勧告を受け入れてくださるのであれば、軍使を遣わせてください。・・・さもなければ、あなた方諸共、帝都は灰燼に帰すでしょう」

 「検討を期待しております」と言い残し、シュクロアフスキーは膝を曲げて床を蹴ると、人間技とは思えない高さまで高く飛び上がり、清掃用の小窓から姿を消していった。


「アポロ」

 メインデルトはそれだけ言うと彼に頷いた。エイト=ブラハムもそれに頷き返し、ラフェンテ、アンナ、ロロに目配せすると彼らを引き連れて大広間を後にした。

「・・・してやられたな」

 フィオレンツォ七世はそう言うと、席にドスッと腰を下ろし、深くため息をついた。

 バッペンボルドー元帥は、机の影に隠れた兵站部部長フランツフィクス大将を引っ張り出しつつ、咳払いして面々を見渡した。

「敵方の大将を本陣にまで侵入させたことは、大きな痛手はありましょう。数に劣るわが軍の士気はさらに下がり、数に勝る敵方の軍の士気はさらに上がる。しかしながら、今はもうそれを嘆く時間がございません。万一に備えて作戦の諸所の変更はできても、それ自体の変えはもう利きません。この場で閣僚閣下と枢機卿猊下、法王猊下と皇帝陛下に求めますのは、明確な判断にございます。それが揺らげば、我々軍に成せることは無し。今一度ご判断を願います。」

 静まり返った大広間に、バッペンボルドー元帥の老成しながらもハキハキとした声が響いた。

「・・・勧告に、伸るか反るか、か・・・」

 エヴァンジェリスタ二世の独り言のような呟きに雰囲気がピリリと引き締まった。そう言った彼の声からは、確固たる意志が感じられた。

「無論、伸るわけにはいきませんな」

 フィオレンツォ七世もその長い白髭の下でニヤリと笑みを作って答えた。

「バッペンボルドー元帥、作戦の説明を」



  ◇  ◇  ◇  



 会議が終わり、バンっ!と開け放たれたドアから、次々と要人たちが出てくる。

 先頭から一歩遅れて出てきたフィオレンツォ七世を、廊下で待機していた白ローブを身に纏った者たちが彼を守る様に囲む。

「あ、教会軍帝都防衛軍の“玉葱”大隊・・・」

「うーん、相変わらず怖いねぇ」

 エスクロフトにメインデルトも頷いた。

「あ、あくまで“()()()()使()()()()()()()()”で構成された、“()()()()()()()”だなんて、よ、よく法の穴を衝くものですね・・・・」

「『騎士術を扱う騎士は、近衛騎士団のみに配属される』。議会でも触れられない、不変法で定まってても、見方に寄っちゃいかんにでも解釈できるからね。法というのは、土台人間が作るのだから、穴だらけさ」

 白ローブの集団、玉葱大隊を見送りながら、メインデルトたちも大広間を出た。

「で、でも騎士術が使えるだけで、あの人たちってまともに戦えないんじゃ・・・」

「だねぇ。そんな簡単に使えるもんなら、騎士団だって、万年人手不足じゃないだろうし」

「それを、ぜ、前線の防御に使うって、非道ですよね・・・」

「そうかなぁ。ボクは別にそう思わないけどねぇ」

 同意を求めるように見上げたエスクロフトに、メインデルトは意外な回答をした。

「え、で、でも・・・」

「君も言ってたけど、彼らは“信者”。それも熱狂的なね。日頃から信仰に身を投じてるんだ。教会のためなら死を恐れないだろうねぇ。ましてや、それが法王の“勅令”だとしたら、喜んで命を差し出すだろうよ。肉壁と化そうが、単なる足止めと化そうが、それは彼らにとっちゃ本望なんだよ。ボクらが皇帝陛下に仕えるのと同じようにね」

 「狂信者だし心酔度なら、ボクら以上だろうねぇ」と加えるメインデルトに、エスクロフトは「こ、声が大きいですよ!」と慌てた。話が聞こえたのか睨んでくる教会関係者に誤魔化すように、「そ、そういえば!」と露骨に話を変えて見せた。

「さっきは、なんでボクのことを・・・?」

「そりゃ、君の方がボクより強いかもしんないけど、でもここで君に万が一があっちゃいけないからさ」

 エスクロフトがラフェンテやエイト=ブラハムに助太刀しようとした時、メインデルトがそれを制止したことについて聞くと、彼は目を細めて答えた。

「そうだろ、“()()()()()”?」

「・・・はい」

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