2-7 帝国の足音
先ほどよりは攻撃自体の威力は上がっているものの、棍を振るその動作にしろ、間合いを詰める動きにしろ、それも俊敏さを欠いているのが取り乱した証拠だった。
―予力を使わずともわかる、単調な攻撃
―遅いっ!
サリが棍を振り上げたその瞬間、ジェーンは彼女の懐に潜り込んで逆袈裟斬りを放った。さらに振り上げた剣の柄を左手で押して、彼女の胸を狙って切っ先を突き出す。
しかしサリも傷が広がるのも構わず、棍をジェーンの剣の刀身に空いた穴に突き刺して、そのまま彼女を吹き飛ばす。
何回か回転して勢いを殺し、着地したジェーンは、強い血の匂いを感じた。
―上!!
棍を伸ばして跳躍していたサリが、ジェーン目掛けて空から棍を突き出す。
「『冰鑓』!!」
天高く円錐状の氷塊が衝きあがる。
だが、サリはそれを待っていたかのように、氷塊の直上で空に棍を出現させると、それを蹴り上げて、氷塊を躱した。
―!?
―・・・サリの騎士術は棍を操るだけでなく、場所を選ばず出現させられる
―こんな芸当も、可能ということか・・・!
「『冰鑓葬陣』!!」
『冰鑓』を一度に複数突き出す。地面を覆わんばかりに広がるそれに、サリは同じよう要領で宙に出現させた棍を、重力で落ちる前に蹴って宙を移動して躱していった。
「・・・「私」がなんだ!そんなものはいらない!!」
ジェーンが姿を追うのに精一杯の中、サリは叫んだ。
「命令されて動くばかり、それでいいのか!?」
「それで何が悪い!!騎士は軍人、命令に従うこそ求められるものだ!」
棍を蹴り上げ、ジェーンの真横から攻撃を仕掛ける。
―これなら・・・
―行ける!
微動だにしないジェーンにそう意気込んでいたサリだったが、直後彼女は思いがけない行動に出た。
サリの突き出した棍を、目が見えないにもかかわらず左手で正確に掴み、グンッと引っ張ったのだ。
―っ!?
驚いて目を見開くサリに、ジェーンは構わず右手で殴りつけた。
「グッ!」
よろめくサリに、ジェーンは続けて剣を振り下ろした。体を守ろうと反射的に構えた腕に剣が走る。
皮膚が裂け、赤い肉が露出すると同時に、どす黒い血が噴き出た。
自分の血だまりに足を滑らせ、その場に転んだサリに、ジェーンが告げた。
「命令に従うことが求められることは確かだ。だがな、それだけでその任務は“全うできない”」
「・・・何を・・・」
じりじりと後退るサリを、ジェーンは追おうとはしなかった。
―やめろ
―その先にある言葉は知っている
―頼む・・・
―言わないでくれ・・・
十年前。
サリ・プーマラは才女と呼ばれていた。
代々軍人を輩出していた家系に生まれ、幼少期に騎士術に目覚めた。敷かれたレールに沿って行くうちに、ノヴゴロド帝国軍アカデミーの小学騎士校を首席で卒業していた。
周りからは「流石プーマラ家の血統」とはやし立てられ、「どんな努力をしてきたのか」とたびたび質問された。
だが、サリは特に何かしたわけでは無かった。勉学は与えられた課題をただ黙々とこなし、剣の型も教えられたとおりにただ体に覚えさせ、騎士術も教本通りに鍛えて行った。特に自分で何か工夫したわけでもなかったし、しようと思ったことも無かった。
騎士となるために次の段階、騎士への師従へと進んだ。軍でも高位にある騎士の前で試験を行い、見込みのある騎士見習いを弟子として出迎える。高い能力を持つ子供は上位の騎士が、平凡な能力の子供は通常の騎士が受け持つという体制だ。
そしてその中で、あの人と出会った。
白人ではない、黄色みがかった肌。東洋風の黒い眼に細く切れ長の目。あまり高くない身長だが、四肢は役者のようにスラリと伸びていた。普通の騎士とは異なり、片刃の太刀を携帯し、時折異国の言葉を口ずさむ。にもかかわらず、帝国軍では少将の地位を築いていた。
サリは彼を一目見た時、言い知れぬ感情を抱いた。あえて言うなら、自分を見て欲しい、そういう感情だった。
だから彼に見てもらえるように、能力試験に取り組んだ。
だが結果は7位だった。16人中の7位である。
試験では緊張で、今までにないほど手が震えた。今までにないほど動きがぎこちなかった。今までにないほど、手が震えた。
彼が少将という高位にいる以上、3位には入っていないと弟子にはなれない。そもそも首席であった自分が、試験で7位ということがサリにとって有り得ない、耐え難いものだった。
頭が真っ白になった。
だが、彼は上位の子供達に一瞥もくれず、俯くサリの前で足を止めた。
「・・・某と共に来るか?」
一瞬、彼の言葉を飲み込むことが出来なった。
いったいどういう意味なのだろう。
ポカンと口を開けたサリに、彼は目を細めた。
そして差し出された彼の手を見て、ようやくその意味が分かった。
何が起きたのか信じられなかった。自分でも失敗したことを理解していた。だが、そんなサリに彼は手を差し出したのだ。
「参ろう、サリ・プーマラ」
手を取ったサリに、彼は穏やかにそう言った。
家に帰ると、家族からは試験の順位に苦言を呈された。
「7位とは信じられない」。「何をしているんだ」。
彼に選ばれたことに対しては、「プーマラの名がそうした」と言われ、彼のことも「7位の娘を名で選ぶなど嫌味な男だ」と吐き捨てた。
彼がどこまで考えているのか分からないが、単純に「あのプーマラ家のご息女」であるから選んだのかもしれない。サリもそう思いもしたが、しかし親の彼への罵倒は受け入れがたいものだった。
尤も、だからと言ってサリが親にすぐさま反抗できるかと言われれば、そうでもなかった。
だからサリは少なくとも彼の下で実力をつけ、彼が「名家の落ちぶれ娘を憐れんで拾った」などと言われないようにしようと思った。
そしてあの試験のようなことは二度と起こさないようにしようと思った。一から教本を読み直し、知識も、剣の型も、騎士術も、全て教範通りに。
いかなる時も、緊張をしない。どんな時でも、手が震えない。あの感情を抱かないように―。
そんなサリに、彼も様々なことを教えた。
矢を番えるような構えから、強力な突きを放つ。サリに最も適した型を教えたのも彼だった。
騎士術の間接発動も、彼に教わった。本来はもっと後に教わるようだが、基礎を学びつくしていたサリに、より発展した技を次々に教えてくれた。
だが、そんなある日、彼は少し暗い顔をしてサリに告げた。
「そなた、何ゆえに騎士の道を進んでいる?」
「・・・帝国の栄華と名誉を守り、祖国と家族に尽くすためです」
「それは帝国軍人としての宣誓であろう。そなたの本懐はなんだ?」
「本・・・懐・・・」
サリは彼の問いに答えることが出来なかった。ただ自分の感情もなく、敷かれたレールの上を、寸分の遅れも無いように走っていただけだ。
「・・・自分の無い者に、力はない。あの試験の時に見たそなたは、どこにいる?」
「わ、わた・・・し・・・」
俯くサリの頭に彼はそっと手を乗せた。
「『帝国の栄華と名誉を守り、祖国と家族に尽くすため』。その宣誓を真なるものとするには―」
「『自分の想う力を、大きな大義に溶かし込む。故に我らは戦える。故に我らは強くある。』」
ジェーンの放った言葉に、サリは雷に打たれたようだった。
―先生と・・・
―同じ・・・
「私はそう、教わったぞ」
メインデルトの言葉を思い出しながら、ジェーンはサリに剣を向けた。
「お前は、どこにいる?」
「・・・う、うわあああああ!!」
サリは転がっていた剣だけ抱えると、わき目も振らず駆けだした。ジェーンから逃げたかった。厚く覆いかぶさった殻を破って出てきた自分から逃げたかった。
ジェーンは特に逃げる彼女を追おうとはしなかった。サリにはもう戦う意思がないことが、分かっていた。
いや、彼女には初めから戦う意思などなかったのかもしれない。
「・・・」
短くため息をつくと、ジェーンは発砲音のする方へと駆けだした。
◇ ◇ ◇
「ちょ、ジェーン!!頭下げなって!!」
「うわっ!!」
崩れた家屋の横を走っていると、瓦礫に隠れていたカーラがジェーンの頭を掴んでグッと引っ張った。
バンッ!と言う乾いた音と共に弾丸が空を裂いて迫り、後ろにある石が爆ぜる。
「狙撃手だよ、全く。あそこに立てこもってるんだ。こっちの衛兵もだいぶやられちゃったよ」
「こっちもそうだった。スヴェンとフェリクスはまだ戦ってる」
「ジェーンが無事で何よりだよ。にしてもどうしたもんか・・・」
剣を片手に様子を伺うカーラ。彼女の横には負傷した衛兵が腹を抱えてうずくまっていた。
「アンタも頑張んなさいよ!私の目の前で死なれちゃ気味が悪い」
「グッ・・・言ってくれるな、嬢ちゃん・・・!ウゥ!」
青白い顔に笑みを浮かべて見せるが、どう見ても衛兵の容体は良くない。
「カーラ、私が壁を作る。その隙にこの人を抱えて後送しよう」
「・・・えぇ、そうね。オッサン、この娘に感謝しなさいよ!」
「すまねぇ・・・」
ジェーンが頷いて、騎士術で氷の壁を作ろうとしたその時、通りを駆けてきたアンナが狙撃をものともせず、狙撃手たちの籠る家屋に手を突き出した。
「『雷帝廻廊』!!」
腕から蛇のようにうねる電光が轟音と共に瞬く間に伸びていき、家屋を直撃した。眩い光を放ちながら、周辺の家もろとも粉砕する。
腕からポタポタと血を流しながら、アンナはジェーンたちの方へ走ってきた。
「二人ともケガは?」
「大丈夫。だけど、こっちの衛兵さんが・・・」
うめき声を上げる衛兵を一目見て、アンナはカーラに彼を後方に運ぶよう指示した。
「一体、街で何が起こってるの?」
「私も全部わかってるわけじゃないけれど、恐らくは帝国軍の仕業ね」
「帝国軍?でも私が戦った相手は、元帝国軍の堕騎士だったよ?『エルトリア皇帝とその帝都を支配下に置くことで、ノヴゴロドと交渉の場を設け、ここに我々の国を作る』。確かそう言ってた」
「“彼ら”はそう思っているんでしょうけど、このタイミングで起こるなんて裏で帝国軍に誘導されてるのは見え見えね。それに・・・」
「それに・・・?」
北の城壁の方に目をやるアンナに、答えを急かそうとしたジェーンだったが、大地が少し揺れているような気がした。
―地震?
―いや、それにしては様子がおかしい・・・
―何か、振動のような・・・
―まさか・・・!?
バッと振動の源の方に、北の城壁に顔を向けるジェーン。アンナは静かに頷いて言った。
「来たわよ・・・帝国軍が・・・!!」
◇ ◇ ◇
「オォー。こりゃおっかねぇな」
天を衝かんと聳え立つ城壁の頂上に、恐れることなく立っていたバルタサール・ドミンケスは、視界の先に広がる黒い大軍を眺めていた。アルプス山脈を越えて迫ってくる帝国軍。それは押し寄せる波のようだった。
「えらい、ぎょうさんおるなぁ」
「!・・・おおっと、アンタかい。脅かすなよ」
いつの間にか横にいたカルヴィンに声をかけられ、流石のドミンケスも体をビクリと震わせた。
―コイツ苦手なんだよなァ
―何考えてるのかわかりやしねぇ
相変わらず能面のような表情を顔に張り付けているカルヴィンをドミンケスは警戒していた。
「見物よりも、アンタは暴動の鎮圧でもしないといけねぇんじゃねぇのかい?」
「なんやァ、こないなトコでおさぼりかいしとるんが見えたからなァ」
「俺は騎士じゃねぇ、ただの使い走り。帝都を守る約束なんかしてねぇぞ」
「仕事に戻れよ」と追い出そうとするドミンケスを、カルヴィンはケラケラと笑っていなした。
「・・・君、裏切る気ィあらへんやろな?」
「・・・ハハァ、さっきも言ったけど、俺は使い走り。今回は公平中立の物見遊山と決め込ませてもらうぜ。・・・“邪魔しない限りは”なァ?」
ニィッと笑ったドミンケスの首筋に突然短剣が突きつけられた。
―!?
―誰だ!?
慌てて振り返ると、その先にはアラブ風の黒装束に身を包んだ男がその短剣を持って立っていた。
―旗騎士、ラルラ・アラルラ・・・!
―チィ・・・
「そうやねぇ。君が邪魔せえへんなら、僕らも動かんわ」
「・・・荒っぽいなァ、怖い怖い」
短剣が離れた首を擦りながら、ドミンケスはカルヴィンとラルラの背に目をやった。
「マァ、一番は君が僕らと一緒に戦うてくれることやけどなぁ」
「考えてはおくぜ」
「ハハハ・・・ほな、おやかまっさん」
手をヒラヒラと振って去っていく二人に、ドミンケスは改めて思った。
―コイツらは苦手だ・・・
登場人物増えて自分でもわからなくなってきたので、活動報告に簡単なまとめ作っておきます。




