2-6 蜂起
帝都ビュザスまでの道がノヴゴロド帝国軍によって遮られ、海路での移動を余儀なくされたジェーンたちは、海軍のコルベットやら戦列艦やらを乗り継いでなんとかたどり着いた。
船というと、幼い頃に家族で乗った小さな海峡を渡す船程度の経験しかないジェーンにとって、一番小さな船であるブリッグでさえ、その大海を突き進む速度と安定した船体に驚かされた。
ビュザスに到着後も塩の匂いと、全身に浴びた海風を忘れられなかったジェーンであったが、しかし街の雰囲気を感じ取とると、その高揚感も鳴りを潜めた。
法王により「聖戦」の狼煙が挙げられた帝都では、戦争の為の物資や兵士が慌しく大通りを行き交い、東の湾に面した民用港にはイスパニアや新大陸へ避難する人々であふれかえっていた。学術地区である二番街も、各所に土嚢が積まれ、さらに空気の抜けた大きな風船のようなモノがあちらこちらに横たわっている。
緊張感を保ったまま騎士団本部へ到着すると、直ぐに荷解きをして戦闘準備に着くことになった。
「帝国軍がアルプス山脈を越えたら、すぐにここも戦火に包まれる。一級警戒態勢を敷いて、街の防衛に入れ!」
旗騎士のティサ・カーマインがメガネを押し上げて声を張り上げる。
一級警戒態勢は各街区ごとに20人の騎士を配備し、帝都を守る態勢だ。ジェーンも兵仗に着替えて早々、フェリクスたちとともに繫華街が広がる四番街の防衛に着いた。
◇ ◇ ◇
皇城 教会軍本部作戦室
「げ、元帥閣下!計画されている防衛資材の40%は確保しましたが、これが現状の限界です・・・!」
情けない声を上げる、オロオロとした頼りない兵站部部長フランツフィクス大将に、バッペンボルドー元帥が杖を振り上げて怒鳴る。
「腑抜けた声ば出しなしゃんな!シャキッとせろ!・・・何が足らん?」
「城壁前の、ざ、塹壕建設に必要な木材を始め、騎兵障害物が全く・・・」
「城壁前んスラム街ば壊して、物資ば流用せろ。障害物は墓石でも何でん構わん。帝都んありとあらゆるもんば使え!」
「ぎ、議会の許可は・・・?」
「戦時体制や!そがんことやってらるるか!おいが責任ば取る!!」
どやされたフランツフィクス大将が慌てて作戦室から飛び出していくのを、作戦部部長フッドウォーカー大将が不安げに見ていた。
「・・・彼で大丈夫でしょうか?」
「兵站部部長が?」
「はい。正直、代々軍人の家柄だけの男で、しかも何もできず、誰からも脅威と思われなかったので大将まで“上り詰めてしまった”者です。部隊も後方ばかりで、この戦時下で大役が務まるとも思えませんが・・・」
フッドウォーカー大将の言葉に周りにいた幕僚たちも少し頷いて見せる。バッペンボルドー元帥はため息をつくと、葉巻に火をつけながら言った。
「無能な者でも今は異動させられん」
「何故ですか?」
「軍んトップたる元帥が一人干された。それに兵卒にも動揺が走りよー今、また幕僚ん交代なんてしたら、軍が崩壊する。それに・・・」
「それに・・・?」
「奴には大将まで上り詰めた“運”がある。勤勉さで上り詰めたわいに、そがん運があるか?」
小さな体で、巨漢のフッドウォーカー大将を見上げるバッペンボルドー元帥。自身も軍歴が長いとはいえ、老兵の鋭い視線にはフッドウォーカー大将も従わざるを得なかった。
「内輪ん話はこれで終い。国ば救うぞ」
「はっ!」
同時刻 皇城 皇帝執務室
「余に口を慎めと言うのか?」
「先日のようなことが続いては、民主主義に亀裂が走りかねません。陛下には泰然自若にして、御声の神格化に努めて頂きたい」
「物は言いようだな。要は座って黙っていろ、ということであろう」
法王フィオレンツォ七世の言葉に、皇帝エヴァンジェリスタ二世は呟きながら豪華なソファーに腰かけた。
「何が民主主義。教会のお墨なきものは当選どころか、出馬すら許されず、投票とて全てお前の思うがまま。そうだろう?法王“聖下”?」
「・・・今のお言葉は、聞かなかったことにいたしましょう」
「フン。それにしても尻尾を巻いて逃げ出すかと思うたが、この国と共に身を滅ぼそうとするとはな」
「それは陛下とて同じでありましょう。教会も国無くしては成り立ちませぬ。考えは違えど、国を護らなければならない立場は、同じではありませんか?」
白眉の下で睨むフィオレンツォ七世に、「よく言う」とエヴァンジェリスタ二世は大声を上げて笑った。
その時、突然執務室の扉が開かれ、フィオレンツォ七世の側近である教会軍の将校が飛び込んできた。跪く彼を、警備に立っていた騎士二人が慌てて連れ出そうとしたが、それをエヴァンジェリスタ二世が制する。
「許しも得ず余の部屋に入るとは、不届き千万であるが、理由があるのだろう?」
「申せ、中佐」
皇帝と法王に見下ろされ、冷や汗をダラダラと垂らしながら、中佐が叫んだ。
「帝都内部で蜂起がっ!」
「蜂起!?帝国軍でも侵入していたのか!?」
「い、いえ、それが・・・」
◇ ◇ ◇
「んだよ、これ・・・」
四番街をプラプラと歩き回るジェーンたちの目の前に、突然別の騎士が吹き飛ばされてきた。剣で胸を貫かれたらしく、口から血を吐いてぐったりとする騎士にフェリクスが慌てて駆け寄ると、今度は後方で銃声が鳴り響く。衛兵隊が突然住民に襲われたのだ。
「オイオイ、どうなってやがる!?」
スヴェンが叫んだその瞬間、ジェーンの耳が何かが接近する音を捉えた。
―来るっ!
剣を抜いて即座にそれを弾き返す。
剣が弾いたのは、棍のようなモノだった。
「あなたは・・・」
「・・・サリ・プーマラ!」
ジェーンが捉えたはずの堕騎士が、目の前に立っていた。
「ティサちゃん!ピストル!!」
「自分の持っててくださいよ!ロット卿!!」
突然切り付けてきた住民の剣を受け止めつつ、叫んだメインデルトにティサがピストルを投げ渡す。
バンッ!と腹部を撃ち抜き、何とか倒して周りに目をやると、街の至る所で衛兵や教会軍、警備に着いた近衛部隊が襲撃を受けていた。
「・・・どうなってるんでしょうか?」
「見た顔もいるねぇ・・・。さしずめ堕騎士たちやら軍のはぐれ者やら、エルトリアとノヴゴロドのハブられ者たちが蜂起したってとこだろうよ・・・!」
城内まで響く音を立てて、城門が閉じられるのを見届ける。
「元帥閣下!帝都内各地で、避難待ちの住民たちが反乱を!」
「この機に乗じて、帝都城壁外に追いやっていたスラムの者も、市内に侵入したようです!」
「狼狽えるでなか。前線ん軍は下げなしゃんな。憲兵ば衛兵隊に協力させて、鎮圧ば図れ!」
報告に駆け付ける連絡将校に指示を飛ばし、バッペンボルドー元帥は皇城から見えるアルプス山脈に目をやった。
「シュクロアフスキー・・・!」
◇ ◇ ◇
スヴェンと共に、じりじりとサリを追い詰めようとする。
だが、スヴェンの前では、先ほどの衛兵隊が堕騎士と思しき男に襲撃されている。フェリクスは騎士の手当てをしているし、一人で戦うしかないようだ。逡巡するスヴェンにジェーンは頷き、彼を行かせた。
―相手の騎士術はわかっている
―落ち着いて対処すれば問題ない!
対するサリも、自分を破ったジェーンと遭遇したことに驚いているようである。どうやって脱走したのかは分からないが、相変わらずその顔に生気は無かった。
まるで矢を番えるかのような姿勢をとって、剣を構えたサリは、タタッと軽いステップで地面を蹴ると、ジェーンの元に斬り込んできた。
鋭い突きがジェーンの体を掠めるが、何とか身を翻してそれを躱す。今度はこちらの番と言わんばかりに、ジェーンの放った斬り上げがサリの伸びきった腕を狙う。
だがサリはそれを右足で蹴り上げると、自分がバランスを崩して右に倒れ込むのを利用して、自身の右下にいるジェーンに向けて剣を振り下ろしてきた。
それを剣で受け流し、込められた力を利用して、横に回転する。手で弾みをつけて立ち上がると、ちょうどサリが再び矢を番えるような構えを取っているところだった。
突きからの連続攻撃という剣の型。ジェーンと最初に戦った時は剣の型などほぼ使っていなかったし、本気ということなのだろう。
―舐めてかかったら・・・
―死ぬのは私だ・・・!
ダンッと地面を蹴る音が響く。
―足音の感覚
―歩幅の癖
―体の捻り
―・・・ここだっ!
予力で剣の衝く場所を予測し、今度はジェーンも打って出る。
―剣が突き出されたその瞬間に、一太刀入れる!
「もうあと少し」と、ジェーンが思った瞬間、予力では予想できなかったことが起こった。
サリがジェーンには到底届かないような遠くから突きを放ったのだ。
いやそれは突きでは無かった。サリの手のひらからは血がにじみ出ており、剣を押し出すように、剣の柄を長い棍が衝いていた。
さながら槍のようにして突き出された剣に、ジェーンは慌てて地面を蹴ってサリから距離を取る。胸スレスレまで剣は迫ったが、なんとか躱すことが出来た。
―・・・ただの棍だと思っていたが
―こんな芸当まで・・・
ジェーンもいつでも騎士術を発動できるよう、十字架を胸に突き刺した。来るべき時に備えて、傷を負うわけにはいかない。だからこそ、騎士術を使ってでも、すぐに倒さなければならない相手だと思った。
駆けだして素早くサリの間合いに入ったジェーンに、彼女は再び突きを放った。それを氷で覆った腕で叩き、剣を振り下ろす。
サリはサッと剣を捨てると、両手に棍を握りジェーンの剣を受け止めた。そのままジェーンを押し返し、両手の棍で襲い掛かる。
剣で受け止めるわけにもいかず、ジェーンは小さく出現させた氷塊でそれを防いで、再び攻勢に移ろうとしたが、棍の長さを自由自在に操り、繰り出される突きに中々距離を詰めることが出来ない。
―クソッ!
―これじゃ防戦一方だな
―・・・ならっ!
ジェーンはその場でくるりと回って、突き出された棍がちょうど引かれる、予力で把握していたその瞬間に、棍に思いっきり回し蹴りを放った。
引いた力に加えて、蹴りの勢いでサリの掌を滑った棍は、長さを縮める間も与えずに彼女の胸を思いっきり衝いた。
「ッ!!カハッ!」
吹き飛ばされたサリは商店の壁に叩きつけられ、息が出来なくなったのか、その場にうずくまって咳き込んだ。
周りを粉塵が舞う中、剣を構えたジェーンがサリに距離を詰める。
酸欠で目を赤く充血させながらも、サリは顔を上げると血に濡れた片手を突き出して、ジェーンに棍を突き出す。
―!
―まだ!?
頬を掠める棍に、ジェーンがバランスを崩していると、サリは血を拭って立ち上がった。ゆらりと風にでも吹き飛ばされそうに揺らめくその体と、生気を感じさせない顔つき。なによりも今戦っているジェーンに対する、敵意や怒り、憎しみといった感情が一切浮かび上がらない目が不気味だった。
―剣を交えて分かる
―騎士術をぶつけあって分かる
―この女からは何も感じない
―今何がしたいのか
―これからどうするのか
―この女からなにも・・・
そんな彼女の、地に足がついていないような雰囲気に、ジェーンは戦闘中にもかかわらず疑問を問いかけてしまった。
「・・・何が目的なんだ?」
「エルトリア皇帝とその帝都を支配下に置くことで、ノヴゴロドと交渉の場を設け、ここに我々の国を作る。それが私たちの目的です」
即座に問いに答えるサリ。だがそのあらかじめ想定されていたかのような回答は、ひどく無機質で、彼女の考えは何ら入っていないようだった。
無論、ジェーンの聞きたいこともそんなことでは無かった。
「じゃあ、お前はなぜそれに参加しているんだ?その国とやらを作りたいのか?」
「・・・私は・・・」
今度はあからさまに狼狽した。視線を落とし、何か答えようとするが言葉が続かない。
「戦っていても、空気と剣をぶつけあっているようだ。お前は一体何なんだ?」
「・・・そんなこと・・・どうだっていい・・・!!」
ジェーンの問いに取り乱したサリは、力に任せて襲い掛かってきた。
シルバーウイークなので、火曜日にも投稿したいと思います。ストックが溜まりまくっている・・・
そう言えば、この前久々にラーメンを食べまして、やっぱり家系ラーメンしか勝たん!




