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ユートピア  作者: 吉田 要
第二部 帝国会戦:開闢篇
29/70

2-5 東の大軍

 そのまま村で数日休養を取り、ちょうど村に買い出しに来ていた兵士たちの馬車に乗せてもらって長城に戻った。

 ジェーンの姿を見たアンナが手を振って駆け付け、肩に包帯を巻いたフェリクスもその後ろに立っていた。

「長城で診た時は、すごい熱で・・・もう大丈夫なの?」

「うん、もうすっかり。迷惑かけてごめんなさい」

 頭を下げたジェーンに、アンナは横に首を振った。

「また、お前に助けられたよ。ありがとう」

「いいんだ。あ、でも、一つ貸しにしておいた方がいいな」

「言ってくれんね」

 ジェーンの冗談にフェリクスも笑って答えた。

 騎士の宿泊場所である、長城内部の大きな部屋に通されると、そこで腹に包帯を巻いたスヴェンが寝っ転がっていた。フェリクスに聞いたところ、アンナたちとの撤退中、ノヴゴロドの追撃に遭い、銃弾を喰らったそうだ。容体を尋ねると、すこし青い顔で「大丈夫だ。今のところはな」と強がって見せた。

 ジェーンもベッドに腰かけて、二人に先日起きた、謎の騎士について話をした。

「ノヴゴロドの騎士じゃあねぇのか?」

「だとしたら、また長城を越えられていることになるな。帝国の水際対策も網の目が粗い」

「戦った感じだと、どちらかというと少し騎士として鍛えた程度のような感じだったな。強くはあるんだが、根が浮ついているというか・・・」

「堕騎士ってことか・・・」

 ジェーンの言葉にフェリクスもスヴェンも「うーん」と頭を捻った。

「仮に堕騎士だとして、こんな長城の近くにいるのは不自然だな。アイツらは基本、俺たち騎士には近寄らないから、もっと騎士のいない場所にいるはずなんだが」

「ああ、それは私もそう思う。ノヴゴロド軍の集結といい、防衛線の構築といい、それに関係しているのか・・・?」

「そうやとしたら、報告せなあかんなァ」

 いつの間にかジェーンの後ろに立っていたカルヴィンが、三人の会話に割って入った。

「ギュ、ギュンターフィック卿!」

「驚かさない下さいよ、傷口開くじゃないっスか」

「こら、堪忍、堪忍」

 口々に不満を訴える二人に、カルヴィンはいつも通り飄々とした様子で片手を上げた。

「でも、君らの話から判断するに、そら恐らく()()()()()()()ゆう堕騎士やなぁ」

「サリ・プーマラ?有名なんですか?」

「十年・・・くらい前やったかなぁ。僕がまだただの騎士やったころ、ノヴゴロドで才女って呼ばれた少女がおったんや。その子の名前が、確かサリ・プーマラや。なんでも、棒を操るとかでなぁ。最近は名前聞かへんけど、まさか堕騎士になってもうとるとは・・・」

 カルヴィンは「いやあ、懐かしい」と遠い目をする。その横で、ジェーンはフェリクスにそっとカルヴィンの年齢を尋ねたが、彼も分からないと首を傾げるだけだった。どうみてもカルヴィンはアンナと同年代のように見えたし、そう考えると騎士叙任の年齢がおかしいことになるからだ。童顔だとしても、すごいレベルである。

 カルヴィンの話よりも、彼の年齢の方が気になって仕方なくなった三人だったが、そこにアンナが慌てた様子で入ってきた。

「ああ、ここにいたんですねギュンターフィック卿!」

「なんや、エライ慌てて・・・」

 アンナの手渡した手紙に目を通しながら呟いたカルヴィンだったが、直後にその細い目を見開いた。特に隠すそぶりも見せなかったので、覗き込んだフェリクスが、その内容に絶句して呟いた。

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()・・・」

 その言葉に寝ていたスヴェンも身を飛び起こして、手紙を覗き込んだ。ジェーンもその袖をつかみ真偽を問うが、彼も「侵攻だ・・・」とだけ呟いて、ぽかんと口を開けるばかりである。

「戦力を一極に集中させ、完成間近であった防衛線も突破した模様です。近衛騎士団は即時召集命令が出ました。我々も帝都に戻らなければなりません」

 冷や汗を流しながら述べるアンナに、カルヴィンは珍しくその能面を引きつらせた。

「・・・邪魔くさいことになってきたなぁ・・・」



  ◇  ◇  ◇  



 数日後 帝都ビュザス・皇城

 フィオレンツォ七世の睨み椅子から転げ落ちたのは、今度はエーグマン元帥だった。

「・・・元帥、私の耳がおかしかったのかもしれない。もう一度報告願おうか?」

「は、はい・・・!」

 震える足で立ち上がったエーグマン元帥は、顔に噴き出た尋常ではない量の汗を拭って、報告書を読み上げた。

「せ、先日から突如として始まった、ノヴ、ゴロド軍の侵攻は・・・フランケンフルトにおいてレイン川及び長城を突破後、せ、戦力を一極に集中させることによって防衛線を突破し・・・現在、ア、アルプス山脈へと進軍をしております・・・」

「お言葉を挟むこと、お許しください。先ほどダキア方面でも、ヒステール川の長城が突破。()()()()()()()西()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ものと思われます」

 今にも倒れそうなエーグマン元帥に変わって、作戦部部長のフッドウォーカー大将が述べた。彼もいつも通り堂々としているものの、顔がやや青ざめている。

「防衛線の構築が間に合わなかったことはもうどうしようもない。そもそもは議会が長城の修復を承認しなかったことが原因だ」

 フィオレンツォ七世は「だが」と続けながら席から立ち上がり、エーグマン元帥に近づいて行く。

「エーグマン元帥。教会軍幕僚会議議長たる貴官が、この数日間、なにゆえ侵攻に対して指揮を取ろうとしなかったのか、そこが分からぬ。フッドウォーカー大将が前線の部隊の再編成をしている間、なぜ一歩も自室から出てこんのだ?」

「・・・そ、それは・・・ど、どうかお許しを・・・!」

 床に崩れ落ち、頭を下げるエーグマン元帥を、フィオレンツォ七世は大蔵相に向けたのと同じ目で見下ろした。

「私の視界に二度と入るな」

 配置されていた銃士がエーグマン元帥の両脇を掴み退室させると、フィオレンツォ七世は彼と同じく元帥位にある小柄な老人に目を向けた。

「バッペンボルドー元帥。帝都防衛軍司令官の地位を解き、現時点をもって幕僚会議議長に任命する。この戦争の指揮を執れ」

「・・・承知いたしました」

 バッペンボルドー元帥は頷くと、小さな杖をもってフッドウォーカー大将ら幕僚と共に部屋を後にした。



「幕僚会議議長就任、近衛騎士団を代表して、心よりお祝い申し上げます」

「ロット卿・・・」

 会議室を出たバッペンボルドー元帥に声をかけたのはメインデルトだった。その真っ白の髪を枝垂れさせて頭を下げる彼に、バッペンボルドー元帥はフッと鼻で笑った。フッドウォーカー大将らを先に行かせ、メインデルトと二人で長い廊下を歩く。

「エーグマンば追いやったんは、()()やろうて」

「怖いねぇ・・・私にそんな権力ないでしょうよ」

 数週間前に、同じように訛りの強いカルヴィンとこうして廊下を歩いていたことを思いだして、メインデルトは少し笑った。

「とぼけりなしゃんなや。大方、あいつに「法王がお怒りやけん、しばらく顔ば出さん方がよか」とでも吹きこんだんやろ?わいが、あいつん執務室に入ってくんば、部下が見とったんばい」

「前線の状況を説明するために、行ったまでだよ。それに・・・アンタだって、エーグマン元帥の存在は邪魔だったでしょうに」

「あいつは馬鹿だが、よかやつではあった。降ろすなら、おいん手で降ろす。邪魔なお膳立てはいらん」

 コツコツと杖を突きながら、メインデルトを鋭く威圧するバッペンボルドー元帥。その小さな体からは考えられない、歴戦の猛将たる圧が、メインデルトの体を襲う。

「あらら、それは失態。まあでも、この国難を乗り切るには、アンタの手腕がどうしても必要だと思ってね。以後気を付けますよ」

「フン。・・・小童が」

 バッペンボルドー元帥の威圧をサラッと躱して、メインデルトは「それより」と続けた。

「どうやってあの大軍を撃退するんです?奴さんの指揮官はたぶん」

「シュクロアフスキー国家元帥。わいん“()()”やろう?」

「・・・関係があっただけだよ」

 やや視線を伏せたメインデルトが、含みを持った答えをする。

「どうだか・・・。局地戦において、フッドウォーカーはおいん能力ば上回る。おいは彼んためん舞台ば用意すりゃよか」

「舞台って、“()()()()()”ってことかい。・・・やれやれ、骨が折れるねぇ」

「せいぜい足ば引っ張りなしゃんなや」

 T字路でバッペンボルドー元帥はそう言って軽く手を上げると、メインデルトとは逆の方向に歩いて行った。



  ◇  ◇  ◇  



 ノヴゴロド帝国軍は、西のガリア、東のダキアでそれぞれエルトリア帝国の長城を突破し、一路帝都ビュザスへと電撃的な進軍を続けた。各地にまんべんなく散らばっていたエルトリア教会軍は、一部に戦力を集中して防衛線を突破したノヴゴロド帝国軍に、いつの間にか背後を取られる形となり、次々に陥落した。

 圧倒的かつ正確無比な砲撃と、防衛線を食い破る騎兵突撃、続けて歩兵で構成された本隊による波状攻撃で、まさにエルトリア教会軍は完膚なきまでに叩きのめされたのである。

 幸い、帝都の存在する三角形の半島は、北の大陸との接点近くに巨大な連峰アルプス山脈があり、さらにそれを超えても休火山であるヴェスヴィアス山が存在するので、侵攻までの時間を稼ぐことが出来た。

「ご報告申し上げます。ガリア、ブリタニア、イスパニアの三総督がお目見えになりました」

「ダキア総督はどうした?」

「海路にて移動中、敵海軍の攻撃に遭い戦死されたとのご報告です」

「並びに申し上げます。ガリア総督領首都、ルテティアが陥落しました」

 皇城ビュザスの大広間で、次々と報告される戦況に、フィオレンツォ七世は頭を抱えた。

 大陸北西端に位置するガリア総督領には700万、エルトリアの最東端であるダキア総督領には800万の兵力が割かれている。人口一億五千万人の内、教会軍二千五百万人の勢力を持つエルトリアとしては、すでにその半数以上を喪失したも同然の状態である。さらに、ブリタニアとイスパニアの総督領に部隊を残す必要があるため、残った戦力全てをビュザスに集結させるわけにもいかず、帝都において動員できるのは300万人もいればいい方であろう。

 反対に、ノヴゴロド帝国軍は人口二億三千万人の内、帝国軍四千万人の戦力を保有し、今のところ教会軍が帝国軍を破ったという報告が無いため、恐らく西軍・東軍共に三千万の戦力は下らないはずである。ビュザスに侵攻する部隊と、エルトリア領を抑える部隊で分かれるとはいえ、帝都で相まみえるのは一千万を凌駕するはずだ。

()()しかありますまい」

 そう呟いたのはガリア総督だった。エルトリア十字教会の枢機卿にして、ガリア総督を務める男のその言葉は、重く暗い雰囲気に沈んだ会議の口火を切ることになった。

「ダキアとガリアを失い、教会軍の戦力は半減。自然の要衝に守られているとはいえ、ビュザスも時間の問題。法王猊下と皇帝陛下は今すぐにでも新大陸へ退避なされるべきかと」

 皇帝、法王、教会軍幕僚、閣僚、近衛部隊、そして総督たちが会したこの会議で、ガリア総督の言葉の意味が分からぬ者はいなかった。今の事態を正確に捉えた彼の言葉は、冷酷かつ無慈悲に会議室に響いた。

 だが、彼の言葉をすぐにでも実行に移せるかと言われれば、そうもいかなかった。体制上帝国の頂点に立つ皇帝と、帝国を実質的に支配する法王の両名が新大陸に退避するということは、すなわち帝国の崩壊を指す。

「しかしだな・・・」

 同じく枢機卿に位する衛生相が反論しようとしたが、それも歯切れが悪い。

 面々を見渡した後、バッペンボルドー元帥が口を開こうとしたが、それを思いもよらぬ人物が遮った。


「ならん」


 声の主は、皆が囲むテーブルを見下ろす位置にあり、法王の真後ろの席に座る男、皇帝エヴァンジェリスタ二世であった。会議において皇帝がその意思を表明することなど、前代未聞であった。それは議会に全権を委ねるという意思の表れであり、またそれが今では腐敗しているが、民主主義の根幹を為すと考えられていたからだ。

「・・・陛下、それは皇帝としての御意思でしょうか?それとも議会に対する助言でしょうか?」

「其方の想像に任せる」

 フィオレンツォ七世の問いに、エヴァンジェリスタ二世は鷹揚に答えた。

 異例の事態に、ざわざわと騒めき立つ室内に、フィオレンツォ七世は机を指でトントン叩いて黙らせた。

「・・・バッペンボルドー元帥。仮にこのまま帝都で迎え撃つとして、勝つ算段はあるかね?」

 一斉に視線がバッペンボルドー元帥に集まった。彼は少し息を吐いてから、立ち上がった。

「ございます。と申しましても、この帝都で戦う以上、一歩間違えれば軍はおろか、()()()()()()()()()()()()()もございます。大きな賭け、というわけです」

「作戦部、兵站部、情報部などもその方針に異論はないのか?」

 フィオレンツォ七世の問いに、バッペンボルドー元帥の後方に座る大将級の幕僚たちも、一部に青い顔はあれど頷いた。

「近衛三部隊は・・・聞くまででもないか」

 砲兵団長バルテルミ、銃士団長ゲクラン、そして騎士団長代理メインデルトの顔には、「皇帝陛下の思いのままに」という文字が如実に表れていた。

「猊下、戦うおつもりですか?」

「ふうむ・・・」

 詰め寄るガリア総督に、フィオレンツォ七世は長い白髭を撫でて、少しの間黙っていたが、スッと椅子から立ち上がった。

「我々が新大陸へと逃亡したからといって、そこで帝国が生きるかと言われたらその答えは否。教会もその力も失うのは、火を見るより明らかだ。・・・主は命を尽くしたものを必ずや、かの御国へと誘うであろう。死に抗い生にしがみつく者は、この輪から立ち去るがよい」

 首から下げた十字架を外し、それを大広間のステンドグラスから差し込む光に掲げる。

「十字架を掲げよ!この世から、かの邪智暴虐の異教徒を打ち払うのだ!!」

 次々と出席者が席から立ち上がり、同じように十字架を太陽の光へと掲げる。それはメインデルトとて同じだった。

「諸君、聖戦だ・・・!」

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