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ユートピア  作者: 吉田 要
第二部 帝国会戦:開闢篇
27/70

2-3 長城

 ウィチタやヴィーランと行った、従者の最終訓練の戦場を思い浮かべていたジェーンにとって、真っ先に耳に入った鳥の鳴き声は意外だった。

 だが、直ぐ近くにいるのかもしれない。

 そう思って身構えるジェーンに、フェリクスが背中を叩いて言った。

「こんな近くに敵はいねぇって」

「何故そう言い切れる?」

「俺は()()()()()

 フェリクスの言葉に首を傾げたジェーンに、いかにもベテラン騎士といった風格の中年の男が答えた。

「鳥は警戒心が強いだろ?」

「っ!・・・なるほど。ありがとうございます」

「なーに、そうやって一つずつ覚えるもんさ」

 先を行く兵士たちは、一人として列を乱すことなくザッザッと音を立てて進み、軍靴が地面を踏みしめる。

 鳥や虫の鳴き声、風が木立を抜ける音、森林の匂いと僅かな獣臭。とても戦場とは思えず、むしろどこかの田舎のような中を進む。

 一時間ほど経ったところで、川の匂いがし始めた。フェリクスに尋ねると、少し驚いた様子で頷いた。

「もうあと一キロほどで川に着くけど、よくわかったな」

「だろう?」

 「匂いで分かる」と言おうとして、()()()()()がすることに気づいた。

 ―味方の火薬の匂いじゃない!

 ジェーンが足を止めたことに、フェリクスたちもマスケット銃を手に辺りを見回す。

 道が少し低くなっており、丘と丘に挟まれた地点。待ち伏せには絶好の場所だ。

「どうしたの?」

「火薬の匂いが・・・」

 そう言いかけた瞬間、耳とつんざく銃声が響いた。

 丘の木々や草に隠れていたノヴゴロドの兵士たちが、一斉に銃を発砲する。

「方陣を組みつつ、後退!!」

 中隊長が馬から飛び降りて叫ぶと、発砲後のもうもうとした煙の中で、兵士たちが四角形の陣を作る。

「後方を確保する!スヴェンとカーソンは私と右に、残りは左を!」

「了解!!」

 最後方にいたジェーンたちが、中隊の後退を援護すべく、退路の確保に走り出すと、道の後方を塞ぐように、ノヴゴロドの兵士数名が草むらから飛び出してきた。

 なんとか躱したジェーンだったが、その横でさきほどのベテラン騎士が胸に銃剣を突き立てられる。

 顔に飛んだ、生温い液体が頬を伝い、口に入る。

 ―・・・血・・・

 アビゲイルが死んだときを思いだして、ジェーンは腰の力が抜けてしまった。

 銃剣を引き抜き、次はジェーンを襲おうとする兵士を、フェリクスが銃床で殴りつけた。続けざまに、もう一人をそのままマスケット銃で撃つ。

「ぼさっとするなジェーン!!伏兵を片付けろ!!」

 フェリクスの言葉にハッと我に返った。剣を引き抜き、立ち上がる。

 ―大丈夫だ・・・!

  ―落ち着け!!

 走り出したその先に、兵士がいるのを感じた。

 ―風、湿度、手の震え

  ―弾丸はここを通る!!

 バンッ!という音と共に発射された弾丸を、予力で回避し、足を止めることなく接近する。

 ―マスケット銃の装填は長い

  ―装薬を入れ、炸薬と弾丸を込矢で押し込み、狙いを付ける

   ―熟練者でも20秒は優にかかる!

 一度は装填しようとした兵士だったが、迫るジェーンに無理だと思ったのか、銃剣を突き刺そうと、突っ込んできた。

 叫び声を上げて突き出された銃剣を、その場でクルリと回転して躱し、間髪入れずに喉仏に刃を滑らせる。

 刃が抜けきった次の時には、兵士の喉から鮮血が噴き出していた。

 なんとか退路は確保したかと思った時、再び鋭い発砲音が鳴り響いた。

 方陣のまま退却していた中隊が、道の正面から迫るノヴゴロドの騎兵に、一声に発砲したのだ。

 一辺が30人でできている陣であったが、30発の弾丸では騎兵はその足を全く緩めず、陣を食い破った。

 馬に蹴り飛ばされて兵士が悲鳴を上げ、中隊長が騎兵の刃の前に倒れる。

 這う這うの体で逃げ出した兵士たちを、容赦なく蹄が踏みつけた。

「ジェーン、逃げろ!!」

「フェリクス!」

 音で辺りの状況がわからなくなり、右往左往とするジェーンを、フェリクスが抱きかかえて茂みに飛び込んだ。

 すぐ横を騎兵が駆け抜けていき、一歩遅れて生き残った兵士二人が、草むらに隠れに来た。

「お、おい騎士さんよ!アイツら何とかできねぇのか!?」

「騎士は魔法使いじゃないんだよ!そんなこと言われたって出来ねぇもんはできねぇ!」

 「それより今は逃げるぞ!」と、フェリクスが言うと、二人は顔を見合わせてから、ブンブンと首肯した。

 赤と白の目立つ服を脱いだ二人は、持つもの持たず逃げたのか、手ぶらだったのでマスケット銃とピストルを手渡した。

 少し離れた大きな石の影まで逃げた四人は、地図を持つフェリクスを先頭に道沿いに林を進み、頂上まで戻ることにした。

「で、でもよぉ、噂に聞いてたけど、あんな部隊が待ち伏せてるなんてやっぱ大戦がちけぇのかな・・・」

「給与が良いから徴兵には感謝してたけど、そうなるとやってらんねぇよなぁ」

 トボトボと歩きながら、ぼやく二人の前を歩くフェリクスとジェーンは、厳しい顔つきだった。

「戦争・・・」

「ああ。そういや前回の大戦で、ジェーンの伯父さんが・・・」

「足を失い、大やけどを負ったそうだ」

 リチャードの痛々しい傷跡に触れたことを思いだしながら、ジェーンは頷いた。

「アンナたちは・・・」

「大丈夫さ。アンナさんは強いし、スヴェンは丈夫だ。野生の勘で乗り切るだろうよ」

 スヴェンに対してやや投げやりなフェリクスの冗談に、ジェーンはつい笑ってしまった。その一方で、それだけ彼のことも信頼しているということも感じた。

 ―いまは自分たちが生き残ることが先決・・・

 しばらく歩を進めていると、小さな沢に着いた。

 「いったん休憩だ」とフェリクスが呟くと、途端に二人の兵士が水をバシャバシャと浴び始めた。

「うへえ、こりゃあ気持ちいなぁ」

「喉がカラッカラだ」

 ジェーンも足を水につけてみたが、なるほどこれは気持ちがいい。ぼんやりしていると、首筋を蚊に噛まれてしまった。

「騎士のお嬢ちゃんは、その・・・目が見えないのかい?」

「馬鹿お前、失礼だろうが!」

 ジェーンの曇った目に、一人が尋ねたが、慌ててもう一人が頭を叩いた。

「すいません、コイツ分別が無いもんで・・・」

「いえ。私の目が見えないのは確かです。だから・・・迷惑をかけることもあります」

 チラリとフェリクスの方に意識を向けたが、木陰で地図とにらめっこしているようで、全くこちらに気づいていない。

「でも、それでも戦いたいんです。私はやらなきゃいけないことがある。それを果たすまで、戦いたいんです」

 ジェーンの言葉に、二人は深く息を吐いた。

「お嬢さん、アンタはすごいよ。俺らなんて、軍にいなきゃ稼ぎが立たねぇってんでやってんだ」

「ああ。アンタみたいのが生き残ってほしいなぁ」

 しみじみと頷く二人に、ジェーンが「そんなそんな」とあわあわしていると、フェリクスが近づいてきた。

「日が暮れたら、この辺りは真っ暗になる。敵に見つかる危険も多いが、道に出て、陽が落ちる前に長城に着くべきだと思う」

 三人を見渡すフェリクスに、兵士二人はペコペコと頭を下げた。

「騎士さんがそう言うなら、俺たちは着いて行きまっせ」

「ジェーン、お前は?」

 「どう思う?」と聞かれたジェーンは、自身をもって首を縦に振った。

「フェリクスが言うなら間違いないな」



  ◇  ◇  ◇  



 敵が来てもいつでも草むらに隠れられるよう、道の端を歩いて進む。

 もう二十分も歩けば長城というところで、最後尾を歩くジェーンの後ろで、ピューと笛のなる音が聞こえた。

 ―空を裂く音っ!

  ―()()

 即座に屈んだジェーンの上を矢が通過し、その前を行くフェリクスの肩を射抜いた。

「笛矢だ!!」

「敵が来るぞ!!」

 敵を発見したときに使う笛矢だが、重たい分、力強く安定して飛ぶので、空に向かって撃つのではなく、そのまま攻撃に使用することもある。呻くフェリクスの肩にめり込んだ矢を、兵士が何とか引き抜こうとする。

 その間にも、三人の騎兵が馬を嘶かせて、ジェーンたちに斬りかかってきた。フェリクスのマスケット銃を持っていた兵士の一人が、それを騎兵に撃つが全く当たらない。

「フェリクスを頼む!ここは私が!!」

 サッと剣を引き抜いて、首から下げた十字架のネックレスを胸に突き刺す。

―落ち着け・・・

  ―馬の駆ける速度

   ―通る道を探るんだ!

 戦闘を行く、二人の騎兵がサーベルを振り上げてジェーンの首を掻き斬らんとしたその時、下から突き上げる氷柱に馬がバランスを崩して倒れた。

 鞍から転げ落ちた二人の首に、手に持った剣と氷で作った剣を突き刺す。

 最後の一人は馬から飛び降りると、サーベルでジェーンに斬りかかってきた。それをすんでのところで躱し、剣の刀身にすっぽりと開いた穴でサーベルを絡めとる。続けざまにポシェットから左手で取り出した短剣を、騎兵の首筋に突き立てた。

 なおも抵抗しようとする騎兵を、体重をかけて押し倒し、短剣を180度動かして喉仏を着裂いた。

 騎兵の吐いた血が口に入り、立ち上がってそれを吐き出すジェーンに、フェリクスを抱えた兵士が駆け寄ってきた。

「アンタ、命の恩人だァ!」

「ありがとよォ!」

「いえ・・・。フェリクス、大丈夫か?」

 礼を言う兵士に頷きつつ、フェリクスに容体を尋ねる。

「ああ。鏃が引っかかって残っちゃいるが・・・」

「す、すまねぇ、上手く引き抜けなくてな・・・」

 肩を抑え、強がって見せるフェリクスにオロオロとする二人の兵士。そんな二人に、ジェーンは騎兵の馬を指さした。

「馬には乗れますか?」

「俺たちは農場の出だ。鞍無しでも乗れるぜ」

 頼もしく胸を叩く兵士の一人にフェリクスを任せ、三頭の馬にそれぞれ乗ると、長城目指して走らせた。

 だがその途中で、今度はジェーンに異変が起きた。突然()()()()()()()()のだ。

 もともと一番強い色程度しか分からないジェーンの視界だが、今まで木々の緑一色だった視界が、やや霧がかかったようになり始め、胸で動悸が波打った。

 ―なんだ・・・?

  ―頭が・・・重い・・・

 ぐらりと倒れかけたジェーンを、並走する兵士が支える。背中を擦るが、ジェーンの反応は鈍い。

「ど、どうしたんだい!?」

「うぅ・・・」

「くそ、しっかりしてくれぇ!」

 そのまま馬を走らせながら、ジェーンを背中にヒョイッと移動させ、兵士たちは長城に急いだ。


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