2-2 新たな剣
馬を走らせ、帝都ビュザスから遥か北方の地、ネアンデルタールを目指す。
長城に到着すると、歓迎も無しに、駐屯部隊の指揮官がすぐに集合させた。
「近衛騎士団のアーベンロートです。こっちギュンターフィック卿」
「よろしゅう頼んます」
「第14連隊長のバンだ。あんたらのことは心から歓迎したくて山々だが、ことが急でな」
古めかしい石積みの長城内部で、カイゼル髭が特徴的なバン大佐が机の上に地図を広げた。
「ここがレイン川。このところは川幅が広く、深さも浅いから攻撃されやすい。偵察を5時間前に派遣したが、伝令も来ず、調査のために送った小隊も帰ってこない」
「侵攻の可能性が?」
「いや、大方強行偵察だろう。だが敵の規模も人員も不明。引き返したならそれでいいが、橋頭保を作られたら厄介だ。派遣する一個中隊にあんたらも何人か同行してくれ」
「戦闘になれば?」
「増援も送るが、極力“戦闘”は避けて、“自己防衛”で頼む。中央は戦争を認めたくないらしい」
「奴らは現場を分かっちゃいない」と、バンがタバコを床に叩きつけた。
教会軍にしては珍しくまともな士官だと、アンナは感心したが、直ぐに部隊の編成に移ることにした。
「どないしよか?」
「私が行こうと思います。騎士は五人ほど連れて行けば十分かと。どうでしょうか?」
「ええんとちゃうの。僕はここで配備の検討できるし。・・・ただ、あの子連れてくんは、賛成できひんなぁ」
カルヴィンはジェーンを見て言った。
当然、直弟子である彼女を連れて行くつもりであったアンナは、カルヴィンの言葉に目を丸くした。
「何故ですか?」
「危険すぎる。ジェーンちゃんが盲目だからとかじゃあらへんよ。単純に場数踏んどらんからや」
「しかし、戦闘経験ならば・・・」
「そう言うてんとちゃう。“戦場”の場数が足りひんって言うてんねん。そら、騎士同士の戦いはあっぱれやけど、“戦場”の初陣にこの任務は危なすぎる。“お荷物”はいらへんやろ」
確かにカルヴィンの言う通り、戦場での任務は、従者時代の最終訓練を除いて、ジェーンにとってこれが初めてであった。そして、今回のこの規模不明の敵を調査する任務は、初陣には危険というのもまたしかりであった。戦場での行動を教える時間は無い。
ちょっとした見落としが自分の死に、最悪部隊の死に繋がる。アンナもそれを痛いほどわかっていた。だがそれでも、ジェーンを否定するようなカルヴィンの言葉に憤りを感じた。
「では、私たちでファミリアエの分もカバーします」
反論しようとしたアンナの後ろで、フェリクスが声を上げた。隣のスヴェンも頷く。
「ギュンターフィック卿が仰ることもよくわかりますが、しかしファミリアエはこの派遣部隊に選抜されていることも事実です。それは、彼女の力が戦場での任務に耐えられるものということの、証左ではないでしょうか」
「・・・こら、その通りやな・・・。さっきの発言は撤回や。堪忍、堪忍」
手を振るカルヴィンに、アンナはジェーンを始め、フェリクス、スヴェン、残り二名の騎士を選んで部隊を編成した。
「短い任務よ。軽装にしなさい」
「了解!」
戦闘用のベルトを締め、ストラップから新品の剣をぶら下げる。
片刃で一見するとサーベルのようでありながら、刀身がくり抜かれており、片手で振りまわせるほど軽い。
ジェーンにとって、二本目となる剣だった。
◇ ◇ ◇
伯父、リチャード・ファミリアエから受け継いだ、杖に仕込まれた剣は、アビゲイルに折られた。
新しい剣を見繕うとアンナに連れられ、ビュザス三番街にある鍛冶屋に出向いた。近衛三隊の御用達らしく、店に入ると、工房からの炉の熱気、鍛造の金の音、鉄の灼ける匂いがジェーンを包んだ。
出迎えた、トバルカインと呼ばれた、痩せこけた老職人は折れた剣を一目見て、ふうと息を吐きだした。
「ずいぶんと、辛いことがあったのう」
「・・・何故わかるんですか?」
分厚いメガネの奥の小さな瞳で、剣を見つめ、優しい声で言うトバルカインに、ジェーンは思わず聞き返してしまった。
「剣が言っておる」
「剣が?」
「うむ。剣、武器というものは、使い手の体の一部じゃ。苦楽を、生死を共にする。鍛錬を積み、思いを通わせた剣は、色に、声に出る」
折れた剣を静かに机において、トバルカインはジェーンの手をそっと掴んだ。
「お主、次の剣に何を求める?」
「求める・・・?」
ジェーンにはこの老人が、何を聞いているのかわからなかった。剣に求めることなど考えたことすらなかった。
ただ思うように扱えればいいと思っていた。
ただ斬れればいいと思っていた。
ただ殺せればいいと思っていた。
「・・・そうか。・・・すまんの、アーベンロート卿。この子の剣は作れん」
「!?」
トバルカインの言葉にひどく驚いたジェーンと対照的に、アンナは小さく頷いただけだった。
「どうして」と問いかけようとしたジェーンに、トバルカインは口元にそっと人差し指を添えた。
「儂は魂を込めて、剣を作る。じゃが、使い手が魂を込めて使わなければ、意味が無い」
「すまんな」とトバルカインは言い残すと、工房へと帰っていった。
寮に戻って、自室でカーラにそのことを話していると、彼女はアハハと声を上げて笑った。
「あのおじいちゃんね。いやぁ懐かしいなぁ。元気にしてるんならいいんだけど」
「あの人が何を聞いていたのか分からなかった」
「それはそうよ」
リキュールの入ったコップをグイッと傾け、プハァと息を吐いたカーラがやや赤い顔で答えた。
「あのおじいちゃんに気難しいことで有名でね。それを踏まえて、私が「どうか剣作ってください!お願いします!」って根絶丁寧に言った時、なんて返したと思う?」
「「剣の材料を取ってこい!」・・・とか?」
「残念ハズレ」
普段よりも饒舌に、ブッブーとなどと言うカーラに、ジェーンは酔った時のフェリクスたちを思い出した。
「「お主、騎士としての“驕り”はないのか!?」よ」
「“驕り”?」
「そう、誇りじゃなくて、“驕り”よ驕り。だからもう私きょとんとしちゃって、「は?」って顔してたらさ。「かの近衛騎士となった者が、一介の鍛冶屋のジジイに慇懃であるなど、お先が知れるわい!野心なき、大望なき小童に剣など作るかバカタレが!」って」
カーラは「理不尽よ」と唇を尖らせた。
「それで何て言ったの?」
「私もカッてきちゃってさ、「じゃあどうすんのよ!」って怒鳴ったら、「どーんと構えて、生意気に『お願いします!』だけ言えばいいんじゃ!」って怒鳴り返されて、最後に「お願いします!」って叫んで店飛び出しちゃった」
「あれがその時作ってもらった剣」とカーラが壁に立てかけられた、細身の剣を指さした。
一度刀身を見せてもらったことがあるが、キラキラと輝き、まるで宝石のような見事な剣だった。
「変なおじいちゃんだけど、腕は帝国一だよ。あの性格を嫌って、別の店で買う騎士もいるけど、私はあの店で剣を買って、ようやく騎士になれた気がした」
いつの間にか机に突っ伏して、スヤスヤと寝息を立て始めたカーラに、ジェーンもコップに口を付けた。
―何を求めるか、か
―私が騎士として剣に求めるもの・・・
思えば、ピストルと言った銃を使えないジェーンにとって、剣というものは唯一の武器だった。
片時も手放したことが無く、常に共にあった。
メルセン・コッカと戦った時も、アビゲイルと戦った時も、自分の思いを形にしてくれるものだった。
―・・・私は
カーラにそっと毛布を掛け、寮監に見つからないよう、こっそりと夜の寮から抜け出す。
坂を駆け下り、二番街を抜けて三番街へと出た。
貴族などが住居を構え、それに見合った高級店が立ち並ぶ三番街は、夜になると静寂が包み込んでいた。時折、豪邸からパーティをしているのか声が漏れていたが、それ以外は虫の無く声が聞こえるようである。
区画の隅にある鍛冶屋を訪れると、当然だがもう店は閉まっていた。
ふと金の叩く音が聞こえ、裏手へ向かってみると、視界がオレンジ色に包まれた。熱波に肺が灼けるような思いでいると、細い手が、ジェーンの手を掴んだ。
「娘さんや、来ると思っておったよ」
庭のテーブルへと案内され、切り株に腰かけていると、トバルカインが紅茶を淹れてきた。
「さて、剣に何を求めるか、分かったのかね?」
「はい」
トバルカインの問いに、ジェーンは小さく、だがはっきりと頷いた。
「私は剣に、“力”を求めます。自分の思いを、形にする“力”を」
トバルカインは一瞬押し黙っていたが、すぐに老成した声で笑った。
「ここまでシンプルなものを求める者も、中々おらんな」
「・・・おかしいでしょうか?」
「いや、あいすまん。そんなことは全くない。むしろ、単純ゆえに、奥深い」
うんうんと頷くトバルカインに、ジェーンはカーラの言っていた「驕り」と言う言葉を思い出した。
「では、これで話を」
「お願いします!」
ジェーンの言葉に、トバルカインは目を丸くしたようであったが、直後にまた大声で笑い始めた。
「これは良い“驕り”じゃなぁ。・・・承った!至高の一品を作ろう」
ジェーンの差し出した手を、トバルカインは豆だらけの“職人”の手で、しっかりと握った。
◇ ◇ ◇
軽く、取り回しに特化した分、力を受け止めることはできず、いかに相手の力を利用するかにかかっている剣。まさに、ジェーンの剣の型にはピッタリの一品だった。
そしてそれと同じくらい、嬉しいものをトバルカインは作ってくれた。
リチャードから受け継いだ、折れた剣から作った短剣。ジェーンはそれを大切に、肩から下げたポシェットにしまい込んだ。
「ジェーン以外の騎士は、マスケット銃も持っていくように」
「弾薬はどのくらい持っていきますか?」
「10発分でいいわ」
手早く荷物を纏め、ジェーンたち六人が集合場所へ向かうと、既に中隊が四列縦隊で待機していた。
「お早う、お帰り」
ヒラヒラと手を振るカルヴィンの見送りも受けながら、六人も列についた。
後方に加わったのを確認して、馬に乗った中隊長が手を上げると、長城の城門が重苦しい音を立てて開く。
―遂に・・・
―戦場か・・・




