1-19-1 Taps
雨が地面を叩きつける音に、夢から覚まされる。
ジェーンは“見えない”目で、天を仰いだ。
道にたまった水を撥ねながら、馬車が車輪を軋ませ鐘を鳴らして近づいてくる。
「ジェーン、大丈夫か?」
フェリクスのかけた声に、外套までずぶ濡れになったジェーンが黙って頷いた。
帝都ビュザスの五番街にある墓地。
この悪天候にも関わらず、そこには団長代理のメインデルトを始め、近衛騎士団の面々が儀仗に身を包んで整列していた。
まだ包帯だらけで痛々しいフェリクスとスヴェンの隣で、ジェーンは静かに震えていた。
アビゲイルは死んだ。
ウタの病院に運ばれたときには、もうこと切れていた。
もう数週間も前なのに、あの日のことを昨日のように覚えている。
ひときわ大きい車輪の軋む音を出して、馬車が止まった。
その音が、死神がほくそ笑む音のように聞こえて、ジェーンは耳を塞ぎたくなった。
十字教会の司祭を先頭に、四人の騎士が近衛騎士団の紋章をあしらった旗で覆われた棺を抱え、整列した騎士たちの前を進む。
「頭、右」
メインデルトが顔に引き寄せた剣を右下へと振り下ろす。それを合図に騎士たちが、棺へと顔を向けた。
「捧げ、銃!」
整列した騎士たちの後ろに並んだ三人が、手に持ったマスケット銃を地面と垂直になるようまっすぐに構えた。
地面に掘られた穴の横に棺が置かれ、司祭が言葉を送って静かに胸の前で十字を切った。
「狙え・・・撃て!」
宙に向けて三丁のマスケット銃が火を噴き、耳を衝く発砲音が墓地に響き渡る。
その音に、ジェーンは心臓が握りしめられるような痛みを感じた。
旗を紋章が上に来るよう小さく畳み、騎士が跪いてジェーンにそれをそっと手渡した。
「皇帝陛下とその帝国の為に、気高き死力を尽くした者への、感謝の印をどうかお受け取り下さい」
雨で絞れるほど濡れたそれを無気力に受け取ると、棺がゆっくりと穴の中へ降ろされていった。
ジェーンの前に数人の騎士が立ち寄り、一言二言述べると十字を切った。一人、また一人と騎士たちがその場から離れていき、残ったのはジェーン、フェリクス、スヴェン、そしてメインデルトとアンナだけになった。
冷たい雨は肌にまで染み込み、ジェーンの身も心も冷えていく。
「行こう」と促すことも、かといって一人にすることも不安でできず、フェリクスたちが彼女を遠巻きに見守る中、口火を切ったのはメインデルトだった
「・・・お悔やみを申し上げるよ。こちらの話になってしまうが、軍葬はボクが勝手に手配しただけだから、気にしなくていい」
「・・・礼を言えとでも?」
「ジェーン!」
ジェーンの言葉を、アンナがとがめた。
「いや、そう聞こえたのなら謝罪しよう。だが彼女、アビゲイルちゃんは、君を始め騎士を守ろうとしたんだ。こちらで軍葬を行うことが、何よりの謝礼かと思ってね」
「・・・それでもアビゲイルはッ・・・!」
「当然、戻ってこないだろうねぇ」
あっけからんとメインデルトがジェーンに答えた。
慰めるでもない、突き放すような返答に、その場の全員が驚きの視線を彼に向ける。
「何だと!?」
「至極当然のことを言ったまでだよ。それとも君は、死んだ人間が何らかに化けると思っているのかい?冗談じゃない、人は死ねばそれまでだよ」
吐き捨てるように言ったメインデルトに、ジェーンのみならず、フェリクスたちも頬をひくつかせた。
「お前ッ!」
「殴りたければ殴るといい。だが、死者は蘇らない。そしてボクたちはいま生きている。その事実に変わりはないだろう」
胸ぐらをつかんだジェーンに、メインデルトはなんら抵抗をしなかった。
彼女の茜色の髪を眺めて、「この言葉を知っているだろう」と口を開いた。
「「我々騎士は戦い続けなければならない。皇帝陛下に危害が及ぶ限り。帝国が平和にならない限り」。騎士の訓戒だ。だけどね、ボクは、“普通はそれが戦い続ける理由にはなりえない”と思っている」
意味が飲み込めないという顔をするジェーンに、静かに語りだす。
「それは大義ではあるが、あまりに人間の本能では理解しがたいことだからだよ。皇帝陛下をいくら愛していても、家族への愛には霞む。この国をどんなに護ろうとしても、愛する者を守る力の前には霞む。本能で求めるものにこそ真の力が発揮される。だからそれを大義に溶け込ませる。教会軍を見てみなよ。突撃する前には家族の写真を見て、いざするときは「法王猊下万歳」って叫ぶだろう」
「君がもしもう戦うことに心が折れたなら、その折れた剣をボクに渡して、どこへなりと行くといい。止めはしないよ。家族を失い、再び孤独に戻ることは、それだけつらいことさ。だが、自分の為でもいい、何か戦い続ける気はないかい?」
メインデルトの問いかけにジェーンは俯いた。
いつしか彼の胸ぐらをつかんでいた腕は、だらりと垂れていた。
「僅かにでも戦い続ける気があって、それが妹を失ったという孤独感に遮られているというのなら、もう一つ訓戒を思い出すといい。「後ろは見るな。横の仲間と連携しろ。前の敵に刃を突き立てろ」ってね」
ジェーンはフェリクスたちの存在を感じた。
苦しい。
今にも胸が張り裂けそうだ。
皆行ってしまった。
お父さんにお母さん、伯父さんに・・・
アビーまで―
これからどうしたらいいのか分からない
この暗闇からどうしたら抜け出せるのか分からない
だけど・・・
今の私には・・・
フェリクスたちの、“仲間”の存在を感じながら、ジェーンはメインデルトに向き直った。
「一つ・・・一つ教えてください・・・」
「うん、なんでも」
メインデルトは穏やかな顔で、そう言った。
「妹の・・・仇のために、戦い続けることは悪ですか・・・?」
「ジェーン・・・」
フェリクスの横で、アンナがつばを飲みこむ音がした。
「悪・・・じゃあない。かといって、真っ当だ、ともいえないね。でも・・・」
「でも?」
「その怒りや憎しみは、制御できれば大きな力になる。ただ憎しみで仇を取ったところで、残るのは空虚。だけど、それを制御した大きな力で仇を討つことを、ボクは悪だと思わないよ」
「君ならできるさ」とメインデルトはジェーンの頭にそっと手を置いた。
―今はまだ、私に何ができるのか、この人が何を言っているのかよく分からない
―でも、少なくとも、明かさなきゃいけない謎がまだある
―なぜ私の家が襲撃されたのか、家族が殺されたのか
―そして私をなぜ追い求めるのか
―だから・・・!!!
折れた仕込み剣に手を当てて、ジェーンは覚悟を決めた。
「私はまだ、騎士として戦い続けます」
20/8/24 再編集に伴い、独立話として新たに割込みしました。内容は以前掲載されていたものと同じです。




